クリスマスイブから2日前の木曜日の午前3時頃。リョウコは自宅に戻ってきていた。いつものように、スペイン産のカヴァ「リクオロス」を飲みながら、
今日あった出来事を反芻していた。
「今日リサさんは、別働隊で出たようだった・・・もう彼女は、通常配備されないってことなのかしら・・・」
と、細めのグラスに注がれた「リクオロス」を楽しみながら、リョウコは考えている。
「涼さんの言い草から、すると、リサさんが、何かの陰謀に関わっているのは、明白だわ。彼女の母体は、どこ?」
と、リョウコはゆっくりと考えている。
「どこの組織に所属しているのかしら。それと、何の目的で、公安に潜り込んだのかしら・・・」
と、リョウコは考えるが結論は、出ない。
「当たり前よね。これ以上の情報がないんだもの」
と、リョウコは、サバサバと考えるのを諦めた。
・・・と、リョウコの自宅の電話機がチカチカと点灯している。留守電が入っている証拠だった。
リョウコは、留守電を再生してみる。
「リョウコちゃん、アイリです。イブの夜はどうしてる?もし、時間があったら、祐くんのためにも、うちに来ない?楽しいイブを過ごしましょう!」
と、アイリからの伝言が入っていた。
大好きなアイリからの伝言にホッとするリョウコだった。
「そうだ・・・もうすぐ、クリスマスイブなんだ・・・土曜日か・・・」
と、リョウコは、急に現実を思い出したように、胸がキュンとなる。
「祐くん、告白するんだっけ・・・」
と、まだ、17歳の初々しい祐が、一生懸命になって、告白する練習をしているシーンを思い出した。
「あー・・・なんか、ああいう世界が遠いモノに思えてくる・・・」
と、そのシーンを思い出す度に胸がキュンキュンなるリョウコだった。
「私も好きなひとにあんな風に告白されたい・・・」
そこは、中身はひとりの少女のリョウコだった。
と、誰かの言葉が、胸に響く。
「お、リョウコちゃん・・・アイリ寂しがってるから、リョウコちゃん、話し相手になってあげて・・・悪いね」
それは鈴木タケルの言葉だった。
「そうだ・・・タケルさんがいる・・・タケルさんが・・・」
と、リョウコの胸に急に思いが、こみ上げてくる。
「タケルさんはいないけど・・・イブはアイリさんの部屋で迎えよう・・・祐くんの為にも」
と、リョウコは決意していた。
「タケルさんとの、約束でも、あるし・・・」
と、リョウコは、胸を焦がしていた。
「ああ・・・」
と、リョウコは自分の身体を抱きしめベッドに飛び込んでいた。
クリスマスイブから2日前の木曜日の朝8時半頃。マキは通勤電車の中であこがれの先輩、青山大輝(45)と一緒になった。
「お、マキくんじゃないか・・・久しぶり。いやあ、僕も所属が変わってね。この時間に出社出来るようになったよ。前は朝早くてねー」
と、朗らかに話す大輝は、細身のスポーツマンだった。
「大輝さんは、朝、ランニングしてから来るんですよね。この時期、寒くないですか?」
と、マキは、少し眩しそうに大輝を見ながら、素直に話している。
「まあ、防寒グッズはしっかり装備してね。まあ、走っているうちに、暖かくもなるし、へーきだよ」
と、大輝はやさしそうな眼差しで話してくれる。
「それより、マキくん、この季節、クリスマスシーズンじゃないか。マキくんは、決まったひとがいたんだっけ?」
と、大輝ははしゃぐように聞いてくる。
「いえ、それが・・・わたしもがんばっては、いるんですけど・・・これがなかなか・・・」
と、マキも、そこは素直に返してしまう。
「ほう。世の男どもは目が悪いと見える。僕なんかが、もし独り者だったら、まっさきにマキくんを落としにかかるぞ。はははは」
と、大輝は鷹揚に話す。
「ほんとですか?もう、大輝さんは、そんな冗談ばかり」
と、マキは大輝の肩を手でぶってしまう。
「いやあ、冗談じゃないよ。ほんと、ほんと。それくらい、マキくんの女ぶりはすごいってことじゃないか。世のおとこ共が、だらしがないんだな」
と、大輝は言う。
「そうなんですよ・・・自分のことしか考えない男ばっかり、わたしにすがりついて来て・・・大輝さんみたいな、女性のことをわかってる若い男が、いないんです」
と、マキが言うと、
「男はまず、女性の思いを大事にするところから始めなきゃいかん・・・女性の気持ちを第一に考えて、7歳の少女を扱うように、やさしく扱ってあげねばな」
と、大輝が言うと、
「そうなんですよ・・・それが出来る男性がいかに少ないことか・・・ほんと、大輝さんは、わかってますね・・・」
と、マキは感心して思わず言う。
「大輝さん、あのー・・・僭越なことを言わせてくれませんか・・・」
と、マキは少し伏し目がちに言う。
「ん、なんだい。なんでも、言ってご覧。マキくん」
と、大輝も鷹揚に言う。
「あのー、クリスマスプレゼントさせてくれませんか、今年・・・そのー、私の気持ちとして、プレゼントだけ、受け取ってください」
と、マキが言うと、一瞬ポカンとする大輝だが、すぐに態勢を立て直し、
「わかった。そこまでマキくんが言うのなら、マキくんのプレゼントを受けようじゃないか。それが男ってもんだ」
と、大輝は笑顔で、約束する。
「やったー。なんか、わたし、元気が出てきました!」
と、笑顔になるマキだった。
マキの隣の隣にしれっと立っていたアミも、同じく笑顔になるのだった。
クリスマスイブから2日前の木曜日の午前12時頃。清華女子高校に通う、タケルのいとこ、鈴木優(17)は、仲の良い友達同士で、お弁当を食べていた。
「で、さー、たっくんが言ったの。ジャニーズでも入ろうかなって、だから、たっくんはわたしのものだから、だめーって」
と、優の友達の神沢美羽(17)が、はしゃいでいる。
「なんか、神沢さん、はしゃいでるね」
と、優の友達の水野瞳(17)が、こっそりしゃべっている。
「うん。そうだね・・・」
と、鈴木優も、返している。
「鈴木さんって、彼氏いる?」
と、真面目肌の瞳が聞いてくる。
「ううん。いない」
と、優も返す。
「鈴木さんは、イブはどうやって過ごすの?」
と、瞳が聞く。
「うん。いとこのお兄ちゃんの頼みで、あるひとに会いにいくの」
と、優は真面目に言う。
「あるひと?」
と、瞳が聞く。
「いとこのお兄ちゃんの婚約者」
と、優が言う。
「婚約者・・・」
と、瞳も困惑気味。
「私がそのひとを、婚約者として、許せるかどうか見てきてって、言われたの」
と、優。
「ふーん・・・なんか、大人な感じだね、それ・・・」
と、瞳。
「うん・・・私もそう思う」
と、優。
「どうするつもり?」
と、瞳。
「わたしも、その時になってみないと、わからない・・・」
と、優。
「そうだよね・・・」
と、瞳も頷いていた。
優は窓の外の青い大空を見ていた。
同じ頃。京王高校に通う、滝田祐(17)は、友達とお弁当を食べていた。
「なあ、祐、おまえ、今年のイブは、どうやって過ごすんだ?」
と、親友の澤井隆(17)が声をかけてくる。
「ん。いとこの家でいとこ達と過ごす予定」
と、祐は、既に考えていた嘘を話した。
「ふーん、おまえも、彼女いないもんな」
と、隆は安心したように話す。
「まあ、彼女なんて、高校生の俺たちには、早すぎるよな。来年大学受験だし」
と、隆が言ってくるのに、
「そうだな・・・」
と、返してやる祐。
「今年のイブも、かーちゃんと、とーちゃんと俺っきりかあ」
と、隆は残念そうに話している。
祐は、それに乗らず、窓の外の青い大空を見ていた。
クリスマスイブから2日前の木曜日、夕方6時頃。
すでに真っ暗になったこの時間、リョウコはチームの仲間である三沢慶(28)と、都内にいくつか作られている秘密のアジトに戻ってきた。
「ちくしょう、今日は空振りだったかー」
と、三沢慶は、言いながら、アジトのドアに手をかけた。
瞬間、ビイイイイ・・・と三沢の腕に取り付けられたガジェットが咆哮する。
「駄目ぇ!」
と、三沢の逆の腕を引っ張り、ドアから避難させるリョウコ。
「ボン!」
という音とともに、ドアが爆発で吹っ飛んでいた。
二人共かなり吹き飛ばされていたが、大きな怪我はなかった。
「アジトのドアに、爆発物だと・・・」
と、三沢が唸る。
「明らかに私達が狙われたわ・・・次に、ここに戻ってくるのは私達だけの予定だったんだから」
と、リョウコが三沢に言うと、
「ま、脛に傷持つ身だけどねー・・・」
と、端正な顔を少しだけ歪める三沢だった。三沢もリョウコと同じ東大卒だった。
「狙われたのは、俺か、お前か、それとも、二人共か」
と、三沢が推理する。
「その可能性があるのは、私だわ・・・」
と、リョウコが青ざめる。
「何か心当たりがあるのか、リョウコ」
と、三沢はリョウコを見る。
「うん。あるけど・・・秘密事項よ」
と、リョウコは三沢の目を見ながら言う。
「お前も脛に傷持つ身だったか・・・ま、公安なんて、そんなもんだ」
と、三沢は軽く苦笑する。
「勲章だな。俺達の」
と、三沢は笑い、本部と連絡を取る。
「まさか、リサさんの仕業じゃ・・・いや、十分考えられる・・・むしろ、わたしの排除が目的?」
と、その時、リョウコは自問自答していた。
「スペインからのカタルーニャ州独立を密かに支援している私への刺客・・・あり得るわね・・・ということは、彼女は、CNIから派遣されてる?」
リョウコは大学時代にバルセロナでスペイン人の恋人を殺されて以来、その恋人の意志を継ぎ、カタルーニャ州独立の支援を続けてきた。
「それが明るみに?でも、たかが私一人に・・・」
と、リョウコは苦笑するが・・・。
「わからないわ・・・」
と、リョウコは、ひとり悩んでいた。
「少なくとも、あの時、感じた予感は、当たった、ということね」
と、リョウコは、唇を噛み締めていた。
クリスマスイブから2日前の木曜日、午後7時頃。東堂賢一(61)は、東堂エイイチ(30)の相手を、あれこれ悩んでいた。
とにかく、妻愛美(56)にいいところを見せないと、一生天の岩戸から出てこない恐れさえあった。
「うーん、わたしの考えつく限り・・・いい娘、いい娘ねえ・・・」
と、賢一は、思いつく限りの娘を探した。
しかし、どの娘も、帯に短し襷に長し、だった。
と、そこへ、賢一の携帯に電話が、かかってくる。
「はい。東堂ですが・・・」
と、出ると、その相手は、東堂弁護士事務所の経理を務める、白都優里(32)だった。
「お、白都くんか。どうした、何か、まずいことでもあったか?」
と、賢一はいつも顔を合わせている優里につい、軽い口を聞いてしまう。
「いえ・・・大先生は、今年は、イブはどうされるのかな・・・と」
と、優里は、少しおっとりした口調で質問をしている。
「昨年みたいに、パーティー開かれます?・・・そのう、わたし今年もイブの夜、暇でして、昨年のように寄せて貰えると幸せなんですが」
と、優里は、さらにおっとりした口調で話している。
「お、その手か!・・・よしよし、その手だ、その手だ・・・優里くん、いいところに電話してくれた。その手があったぞ」
と、賢一は、おおはしゃぎだ。
「優里くん、今年もパーティーを開く。と言ったって、昨年と同じメンバーだろうが・・・優里くんは、それで満足なんだよな」
と、賢一が聞くと、
「はい・・・昨年のように過ごせれば、わたしは、もう、大満足で・・・」
と、笑み崩れる様子がわかりそうな、おっとりとした口調の優里だった。
「愛美、愛美・・・エイイチのいい相手が見つかったよ。おい、愛美!」
と、賢一は携帯を切ると、すぐに、はしゃぐように、愛美を呼び寄せる。
愛美は訝しげな雰囲気で、自分の部屋から出てくると、渋々賢一の前に立つ。
「で、誰ですのエイイチに紹介する女性は?」
と、愛美は賢一に聞く。
賢一が口を開こうとしたその瞬間、また、携帯が鳴る。賢一は思わず出てしまう。
「え、レナちゃん・・・ここに電話しちゃ駄目って言ったじゃないか・・・ねえ、レナ・・」
と、まで賢一が思わず言った時、携帯は愛美にひったくられ、ボキリと愛美の手によって二つに折られ、その場に捨てられた。
「わたし、こんな家出ていきます!」
と、愛美は啖呵を切ると、既に用意していたのか、身の回りの品を入れたキャスター付きバックを引いて、玄関を出て行った。
あとには唖然とした表情の賢一が残るだけだった。
クリスマスイブから2日前の木曜日の午後8時頃。アイリ(29)とアミ(28)とマキ(29)は、いつものイタリアン・レストラン「グラッチェグラッチェ」で楽しく飲んでいた。
「もう、その時のマキの表情って言ったら、天にも昇る気持ちって感じだったわよー」
と、アミがアイリに、今朝のマキと青山大輝(45)の顛末を報告していた。
「でも、確かに大輝さんは、イケメンだし、スポーツマンだし、何より女性の扱い方がうまいから、プレゼントをあげたくなる気持ちもわかるわ」
と、アイリ。
「でも、わたしが見るところ、彼はマキだけにかなりやさしいと思うな。他の女性との扱い方が全然違うもん」
と、アミ。
「あーそれは、わたしも、感じる・・・わたしとか、アミには、割りと紳士よね」
と、アイリ。
「そうおー。わたしは・・・他と同じだと思うけど・・・」
と、少し赤くなっている、マキ。
「いいのよ・・・彼との「大人の恋」楽しめばいいのよ・・・ただ、笑顔を交わすだけだって、心が震えるんだから、しあわせいっぱいの気持ちになるんだから」
と、アミは、白鳥道生(44)との「大人の恋」を思い出しながら、甘い声を出していた。
「そうね・・・「大人の恋」か・・・あれは、いいものよね」
と、アイリも遠い目をして言う。
「え?アイリも「大人の恋」の経験者だったの」
と、マキがツッコむ。
「学生の頃の話よ・・・大学の講師の先生にあこがれたことがあって・・・でも、妻子が既にいたし・・・それで「大人の恋」のつもりで眺めていただけ。それだけよ」
と、アイリはぺろっと舌を出す。
「でも、いいわよね・・・「大人の恋」。で、マキは彼に何をプレゼントするの?」
と、アミ。
「それを考えないといけないよね・・・」
と、マキ。
「でも、それを考えている時間が、一番楽しいんじゃない?」
と、アイリ。
「そーね。その楽しみは、とっちゃ悪いわね。はいはい。私たちは飲みましょう」
と、アミ。
「そんなこと言わないで手伝ってよう」
と、マキ。
アミとアイリは、笑顔で顔を見合わせながら、それでも、飲むのを辞めないのでした。
クリスマスイブ2日前の木曜日の夜は、静かに更けていくのでした。
(つづく)
→物語の主要登場人物
→前回へ
→物語の初回へ
今日あった出来事を反芻していた。
「今日リサさんは、別働隊で出たようだった・・・もう彼女は、通常配備されないってことなのかしら・・・」
と、細めのグラスに注がれた「リクオロス」を楽しみながら、リョウコは考えている。
「涼さんの言い草から、すると、リサさんが、何かの陰謀に関わっているのは、明白だわ。彼女の母体は、どこ?」
と、リョウコはゆっくりと考えている。
「どこの組織に所属しているのかしら。それと、何の目的で、公安に潜り込んだのかしら・・・」
と、リョウコは考えるが結論は、出ない。
「当たり前よね。これ以上の情報がないんだもの」
と、リョウコは、サバサバと考えるのを諦めた。
・・・と、リョウコの自宅の電話機がチカチカと点灯している。留守電が入っている証拠だった。
リョウコは、留守電を再生してみる。
「リョウコちゃん、アイリです。イブの夜はどうしてる?もし、時間があったら、祐くんのためにも、うちに来ない?楽しいイブを過ごしましょう!」
と、アイリからの伝言が入っていた。
大好きなアイリからの伝言にホッとするリョウコだった。
「そうだ・・・もうすぐ、クリスマスイブなんだ・・・土曜日か・・・」
と、リョウコは、急に現実を思い出したように、胸がキュンとなる。
「祐くん、告白するんだっけ・・・」
と、まだ、17歳の初々しい祐が、一生懸命になって、告白する練習をしているシーンを思い出した。
「あー・・・なんか、ああいう世界が遠いモノに思えてくる・・・」
と、そのシーンを思い出す度に胸がキュンキュンなるリョウコだった。
「私も好きなひとにあんな風に告白されたい・・・」
そこは、中身はひとりの少女のリョウコだった。
と、誰かの言葉が、胸に響く。
「お、リョウコちゃん・・・アイリ寂しがってるから、リョウコちゃん、話し相手になってあげて・・・悪いね」
それは鈴木タケルの言葉だった。
「そうだ・・・タケルさんがいる・・・タケルさんが・・・」
と、リョウコの胸に急に思いが、こみ上げてくる。
「タケルさんはいないけど・・・イブはアイリさんの部屋で迎えよう・・・祐くんの為にも」
と、リョウコは決意していた。
「タケルさんとの、約束でも、あるし・・・」
と、リョウコは、胸を焦がしていた。
「ああ・・・」
と、リョウコは自分の身体を抱きしめベッドに飛び込んでいた。
クリスマスイブから2日前の木曜日の朝8時半頃。マキは通勤電車の中であこがれの先輩、青山大輝(45)と一緒になった。
「お、マキくんじゃないか・・・久しぶり。いやあ、僕も所属が変わってね。この時間に出社出来るようになったよ。前は朝早くてねー」
と、朗らかに話す大輝は、細身のスポーツマンだった。
「大輝さんは、朝、ランニングしてから来るんですよね。この時期、寒くないですか?」
と、マキは、少し眩しそうに大輝を見ながら、素直に話している。
「まあ、防寒グッズはしっかり装備してね。まあ、走っているうちに、暖かくもなるし、へーきだよ」
と、大輝はやさしそうな眼差しで話してくれる。
「それより、マキくん、この季節、クリスマスシーズンじゃないか。マキくんは、決まったひとがいたんだっけ?」
と、大輝ははしゃぐように聞いてくる。
「いえ、それが・・・わたしもがんばっては、いるんですけど・・・これがなかなか・・・」
と、マキも、そこは素直に返してしまう。
「ほう。世の男どもは目が悪いと見える。僕なんかが、もし独り者だったら、まっさきにマキくんを落としにかかるぞ。はははは」
と、大輝は鷹揚に話す。
「ほんとですか?もう、大輝さんは、そんな冗談ばかり」
と、マキは大輝の肩を手でぶってしまう。
「いやあ、冗談じゃないよ。ほんと、ほんと。それくらい、マキくんの女ぶりはすごいってことじゃないか。世のおとこ共が、だらしがないんだな」
と、大輝は言う。
「そうなんですよ・・・自分のことしか考えない男ばっかり、わたしにすがりついて来て・・・大輝さんみたいな、女性のことをわかってる若い男が、いないんです」
と、マキが言うと、
「男はまず、女性の思いを大事にするところから始めなきゃいかん・・・女性の気持ちを第一に考えて、7歳の少女を扱うように、やさしく扱ってあげねばな」
と、大輝が言うと、
「そうなんですよ・・・それが出来る男性がいかに少ないことか・・・ほんと、大輝さんは、わかってますね・・・」
と、マキは感心して思わず言う。
「大輝さん、あのー・・・僭越なことを言わせてくれませんか・・・」
と、マキは少し伏し目がちに言う。
「ん、なんだい。なんでも、言ってご覧。マキくん」
と、大輝も鷹揚に言う。
「あのー、クリスマスプレゼントさせてくれませんか、今年・・・そのー、私の気持ちとして、プレゼントだけ、受け取ってください」
と、マキが言うと、一瞬ポカンとする大輝だが、すぐに態勢を立て直し、
「わかった。そこまでマキくんが言うのなら、マキくんのプレゼントを受けようじゃないか。それが男ってもんだ」
と、大輝は笑顔で、約束する。
「やったー。なんか、わたし、元気が出てきました!」
と、笑顔になるマキだった。
マキの隣の隣にしれっと立っていたアミも、同じく笑顔になるのだった。
クリスマスイブから2日前の木曜日の午前12時頃。清華女子高校に通う、タケルのいとこ、鈴木優(17)は、仲の良い友達同士で、お弁当を食べていた。
「で、さー、たっくんが言ったの。ジャニーズでも入ろうかなって、だから、たっくんはわたしのものだから、だめーって」
と、優の友達の神沢美羽(17)が、はしゃいでいる。
「なんか、神沢さん、はしゃいでるね」
と、優の友達の水野瞳(17)が、こっそりしゃべっている。
「うん。そうだね・・・」
と、鈴木優も、返している。
「鈴木さんって、彼氏いる?」
と、真面目肌の瞳が聞いてくる。
「ううん。いない」
と、優も返す。
「鈴木さんは、イブはどうやって過ごすの?」
と、瞳が聞く。
「うん。いとこのお兄ちゃんの頼みで、あるひとに会いにいくの」
と、優は真面目に言う。
「あるひと?」
と、瞳が聞く。
「いとこのお兄ちゃんの婚約者」
と、優が言う。
「婚約者・・・」
と、瞳も困惑気味。
「私がそのひとを、婚約者として、許せるかどうか見てきてって、言われたの」
と、優。
「ふーん・・・なんか、大人な感じだね、それ・・・」
と、瞳。
「うん・・・私もそう思う」
と、優。
「どうするつもり?」
と、瞳。
「わたしも、その時になってみないと、わからない・・・」
と、優。
「そうだよね・・・」
と、瞳も頷いていた。
優は窓の外の青い大空を見ていた。
同じ頃。京王高校に通う、滝田祐(17)は、友達とお弁当を食べていた。
「なあ、祐、おまえ、今年のイブは、どうやって過ごすんだ?」
と、親友の澤井隆(17)が声をかけてくる。
「ん。いとこの家でいとこ達と過ごす予定」
と、祐は、既に考えていた嘘を話した。
「ふーん、おまえも、彼女いないもんな」
と、隆は安心したように話す。
「まあ、彼女なんて、高校生の俺たちには、早すぎるよな。来年大学受験だし」
と、隆が言ってくるのに、
「そうだな・・・」
と、返してやる祐。
「今年のイブも、かーちゃんと、とーちゃんと俺っきりかあ」
と、隆は残念そうに話している。
祐は、それに乗らず、窓の外の青い大空を見ていた。
クリスマスイブから2日前の木曜日、夕方6時頃。
すでに真っ暗になったこの時間、リョウコはチームの仲間である三沢慶(28)と、都内にいくつか作られている秘密のアジトに戻ってきた。
「ちくしょう、今日は空振りだったかー」
と、三沢慶は、言いながら、アジトのドアに手をかけた。
瞬間、ビイイイイ・・・と三沢の腕に取り付けられたガジェットが咆哮する。
「駄目ぇ!」
と、三沢の逆の腕を引っ張り、ドアから避難させるリョウコ。
「ボン!」
という音とともに、ドアが爆発で吹っ飛んでいた。
二人共かなり吹き飛ばされていたが、大きな怪我はなかった。
「アジトのドアに、爆発物だと・・・」
と、三沢が唸る。
「明らかに私達が狙われたわ・・・次に、ここに戻ってくるのは私達だけの予定だったんだから」
と、リョウコが三沢に言うと、
「ま、脛に傷持つ身だけどねー・・・」
と、端正な顔を少しだけ歪める三沢だった。三沢もリョウコと同じ東大卒だった。
「狙われたのは、俺か、お前か、それとも、二人共か」
と、三沢が推理する。
「その可能性があるのは、私だわ・・・」
と、リョウコが青ざめる。
「何か心当たりがあるのか、リョウコ」
と、三沢はリョウコを見る。
「うん。あるけど・・・秘密事項よ」
と、リョウコは三沢の目を見ながら言う。
「お前も脛に傷持つ身だったか・・・ま、公安なんて、そんなもんだ」
と、三沢は軽く苦笑する。
「勲章だな。俺達の」
と、三沢は笑い、本部と連絡を取る。
「まさか、リサさんの仕業じゃ・・・いや、十分考えられる・・・むしろ、わたしの排除が目的?」
と、その時、リョウコは自問自答していた。
「スペインからのカタルーニャ州独立を密かに支援している私への刺客・・・あり得るわね・・・ということは、彼女は、CNIから派遣されてる?」
リョウコは大学時代にバルセロナでスペイン人の恋人を殺されて以来、その恋人の意志を継ぎ、カタルーニャ州独立の支援を続けてきた。
「それが明るみに?でも、たかが私一人に・・・」
と、リョウコは苦笑するが・・・。
「わからないわ・・・」
と、リョウコは、ひとり悩んでいた。
「少なくとも、あの時、感じた予感は、当たった、ということね」
と、リョウコは、唇を噛み締めていた。
クリスマスイブから2日前の木曜日、午後7時頃。東堂賢一(61)は、東堂エイイチ(30)の相手を、あれこれ悩んでいた。
とにかく、妻愛美(56)にいいところを見せないと、一生天の岩戸から出てこない恐れさえあった。
「うーん、わたしの考えつく限り・・・いい娘、いい娘ねえ・・・」
と、賢一は、思いつく限りの娘を探した。
しかし、どの娘も、帯に短し襷に長し、だった。
と、そこへ、賢一の携帯に電話が、かかってくる。
「はい。東堂ですが・・・」
と、出ると、その相手は、東堂弁護士事務所の経理を務める、白都優里(32)だった。
「お、白都くんか。どうした、何か、まずいことでもあったか?」
と、賢一はいつも顔を合わせている優里につい、軽い口を聞いてしまう。
「いえ・・・大先生は、今年は、イブはどうされるのかな・・・と」
と、優里は、少しおっとりした口調で質問をしている。
「昨年みたいに、パーティー開かれます?・・・そのう、わたし今年もイブの夜、暇でして、昨年のように寄せて貰えると幸せなんですが」
と、優里は、さらにおっとりした口調で話している。
「お、その手か!・・・よしよし、その手だ、その手だ・・・優里くん、いいところに電話してくれた。その手があったぞ」
と、賢一は、おおはしゃぎだ。
「優里くん、今年もパーティーを開く。と言ったって、昨年と同じメンバーだろうが・・・優里くんは、それで満足なんだよな」
と、賢一が聞くと、
「はい・・・昨年のように過ごせれば、わたしは、もう、大満足で・・・」
と、笑み崩れる様子がわかりそうな、おっとりとした口調の優里だった。
「愛美、愛美・・・エイイチのいい相手が見つかったよ。おい、愛美!」
と、賢一は携帯を切ると、すぐに、はしゃぐように、愛美を呼び寄せる。
愛美は訝しげな雰囲気で、自分の部屋から出てくると、渋々賢一の前に立つ。
「で、誰ですのエイイチに紹介する女性は?」
と、愛美は賢一に聞く。
賢一が口を開こうとしたその瞬間、また、携帯が鳴る。賢一は思わず出てしまう。
「え、レナちゃん・・・ここに電話しちゃ駄目って言ったじゃないか・・・ねえ、レナ・・」
と、まで賢一が思わず言った時、携帯は愛美にひったくられ、ボキリと愛美の手によって二つに折られ、その場に捨てられた。
「わたし、こんな家出ていきます!」
と、愛美は啖呵を切ると、既に用意していたのか、身の回りの品を入れたキャスター付きバックを引いて、玄関を出て行った。
あとには唖然とした表情の賢一が残るだけだった。
クリスマスイブから2日前の木曜日の午後8時頃。アイリ(29)とアミ(28)とマキ(29)は、いつものイタリアン・レストラン「グラッチェグラッチェ」で楽しく飲んでいた。
「もう、その時のマキの表情って言ったら、天にも昇る気持ちって感じだったわよー」
と、アミがアイリに、今朝のマキと青山大輝(45)の顛末を報告していた。
「でも、確かに大輝さんは、イケメンだし、スポーツマンだし、何より女性の扱い方がうまいから、プレゼントをあげたくなる気持ちもわかるわ」
と、アイリ。
「でも、わたしが見るところ、彼はマキだけにかなりやさしいと思うな。他の女性との扱い方が全然違うもん」
と、アミ。
「あーそれは、わたしも、感じる・・・わたしとか、アミには、割りと紳士よね」
と、アイリ。
「そうおー。わたしは・・・他と同じだと思うけど・・・」
と、少し赤くなっている、マキ。
「いいのよ・・・彼との「大人の恋」楽しめばいいのよ・・・ただ、笑顔を交わすだけだって、心が震えるんだから、しあわせいっぱいの気持ちになるんだから」
と、アミは、白鳥道生(44)との「大人の恋」を思い出しながら、甘い声を出していた。
「そうね・・・「大人の恋」か・・・あれは、いいものよね」
と、アイリも遠い目をして言う。
「え?アイリも「大人の恋」の経験者だったの」
と、マキがツッコむ。
「学生の頃の話よ・・・大学の講師の先生にあこがれたことがあって・・・でも、妻子が既にいたし・・・それで「大人の恋」のつもりで眺めていただけ。それだけよ」
と、アイリはぺろっと舌を出す。
「でも、いいわよね・・・「大人の恋」。で、マキは彼に何をプレゼントするの?」
と、アミ。
「それを考えないといけないよね・・・」
と、マキ。
「でも、それを考えている時間が、一番楽しいんじゃない?」
と、アイリ。
「そーね。その楽しみは、とっちゃ悪いわね。はいはい。私たちは飲みましょう」
と、アミ。
「そんなこと言わないで手伝ってよう」
と、マキ。
アミとアイリは、笑顔で顔を見合わせながら、それでも、飲むのを辞めないのでした。
クリスマスイブ2日前の木曜日の夜は、静かに更けていくのでした。
(つづく)
→物語の主要登場人物
→前回へ
→物語の初回へ