バレンタインデーの夕方6時半過ぎ。吉祥寺音楽祭は、華やかに幕を明けた。
中央の舞台には、地元のアマチュア・バンドやプロのバンドが登場し、華やかな音楽が演奏され始めた。
舞台の前には観客がぎっしり集まっていた。
マミと鈴木タケル、アミ、ミウとミサトは、朱鷺色ワーカーズの音楽プロデューサーの北川ミチコの計らいで、楽屋の隅にいることが出来た。
と、そこへ、朱鷺色ワーカーズの面々と話していた、カフェ「アルカンシェル」のマスターがマミ達の方へやってきて、声をかけてくれる。
「マミちゃん、シンイチのことなら、心配いらないよ。あいつは、いっつもギリギリのところで顔を出して美味しいところを全部持っていく奴だから」
と、ジュウゴはマミに気を使ってくれる。
「でも・・・ミチコさんさえ、シンイチさんが消えた理由を知らなかったなんて・・・」
と、タケルがミチコに言うと、
「まあ、正確に言うと、彼が消えたのは、知らなかったけれど・・・理由くらいは、わかるわよ、それは・・・」
と、ミチコが言う。
「え?何なんです。シンイチさんの消えた理由は?」
と、タケルがミチコに聞いた刹那・・・。
「わりいわりい・・・リハに間に合わなかったな」
と、当のシンイチが登場・・・。
「いや、ちょっと俺・・・馬鹿やっちまってさ・・・」
と、シンイチはミチコのところへ、やってくる・・・。
「シンイチさん!」
と、マミは急にド緊張・・・。
「あれ?君は・・・マミちゃん?あの・・・」
と、シンイチもマミに気づき驚く。
シンイチは、マミの大人の女性ぶりに驚き・・・思わず、足先の赤いピンヒールから・・・全身を舐めるように見て・・・マミの目を見つめてしまう。
「う、美しい・・・」
と、シンイチは知らず言葉にしている。
マミはその言葉に気づき、その言葉に感動しながらも、腹を据えた。
「マミちゃん、今だ・・・「マミ恋愛プロジェクト」の総仕上げだ!」
と、タケルがそっとささやくとマミはタケルの瞳を強く見つめ、コクリと頷く。
「バレンタインまでにすべき10個の事・・・(9)彼氏にしたい男のことを思いながら、チャーム(恋)の魔法を、彼氏にしたい男にかける」
「バレンタインまでにすべき10個の事・・・(10)バレンタインチョコを作り、彼氏にしたい男に渡す」
「マミ恋愛プロジェクト」の最後の2つの項目をマミは思い出していた。
マミは、じっとシンイチの瞳を見つめ、シンイチに近づくと、言葉を出す。
「シンイチさん・・・わたし、シンイチさんを愛せる大人のおんなになろうと思って・・・今日までがんばってきました」
と、マミはシンイチの瞳を見つめながら、静かにそう言葉にする。
「わたし、あなたを愛しています。そして、あなたに愛されたい。あなたのこれからの人生を守る為に・・・わたしはその為なら・・・あなたの為なら死んでもいい」
と、マミは言う。
「わたしにあなたのこれからの人生を守らせて・・・お願い・・・」
と、マミは言うと、
「これ、わたしが作った自作のチョコレートです・・・」
と、マミは少し緊張気味の強い表情でシンイチの目を見つめながら、チョコをシンイチに手渡す。
「あなたのことを想いながら、作ったチョコレートなんです。今日の日の・・・バレンタインの為のチョコレート・・・」
と、マミはシンイチの目をじっと見つめながら、そう言い切る。
「あなたが、好きです、シンイチ・・・」
と、マミは女性として、しっかり告白した。
マミはそっとチャーム(恋)の魔法をシンイチにかけたのだった。
シンイチはそのチョコレートを受け取り、再度、マミの瞳を見つめる。
マミの瞳はキラキラしていた。やさしく輝いていた。
「マミちゃん・・・」
と、シンイチは言葉にすると、マミの瞳を強く見つめながら、コクリと頷き、手を広げる。
緊張していたマミは、急に笑顔になると、その手の中に、飛び込んでいった。
シンイチは、美しくなったマミを思い切り抱きしめていた。
「わぁー」
周りを囲む男性や女性達から、小さな歓声があがっていた。
シンイチとマミを見つめる男性も女性も、いつしか、やさしい笑顔になっていた。
シンイチとマミは、少し離れたところで、二人きりで楽しく話していた。
「マミちゃんがいなくなった時、俺、初めてわかったんだ。俺は君の笑顔をいつも待っていたんだってね。だから、君がいない間、とっても不安だったよ」
と、シンイチは言う。
「それがこんなに美しい大人の女性に成長していたなんて・・・それも俺の為になんて聞いたら・・・その恋を受け入れない男なんて、ありえないさ」
と、シンイチは笑顔でマミに言う。
「それにマミちゃんは、俺の人生を守らせてって言ってくれた・・・俺、思い出したんだ。あの時ミキにも同じことを言われて感動したことを・・・」
と、シンイチは少し昔の出来事を思い出す。
「あなたは、マイさんの思い出に逃げ込んでるだけなのよ・・・それではマイさんの思いはどうなっちゃうの。ね、シンイチ、それ考えてる?」
と、ミキが言う。
「うるせーなー、お前にそんなこと関係ねーだろ」
と、邪険にい言うシンイチ。
「だったら、わたしにシンイチのこれからの人生を守らせてよ。マイさんの代わりに・・・ううん。わたしにあなたの人生を守らせて。その仕事は今の私にしか出来ないわ」
と、ミキは言った。
「今のわたしだったら、シンイチの為に死ぬことだって、厭わないわ。それだけ、わたしは、シンイチを素敵に生きさせる為に、これから全力で生きるの」
と、ミキは言う。
「だから、わたしにあなたの人生を守らせて!」
と、言うミキをシンイチはいつしか、抱きしめていた。
そのミキの言葉に、シンイチの心が大きく動いたのだった。
「そんなことがあったなんて・・・わたし、そんなこと全然知らなかった・・・」
と、マミは言う。
「でも・・・わたし、大人のおんなの身体になって・・・それから、わたしのシンイチに対する思いも変わったの・・・」
と、マミは言う。
「あなたの笑顔、あなたの声、あなたの雰囲気、すべてが魅力的だわ。わたしにとって・・・だから、それを守りたい・・・単純にそう思ったから、言葉に出来たの」
と、マミが言うと、シンイチは笑顔で、マミを抱きしめる。
マミも抱きしめられながら、素敵な笑顔になっていた。
シンイチも素敵な笑顔だった。
「ミチコさんとも話したんだけど・・・やっぱり、今晩は、シンイチひとりで歌ってもらおう。俺たちいつまでも、アイツにおんぶに抱っこってわけにはいかないしな」
と、シンイチとは離れた場所で打ち合わせていた朱鷺色ワーカーズのバンマス、キーボードのシンサクが他のメンバーにそう告げていた。
「あいつひとりで歌って場が盛り上がればアイツのデビューも決定するだろうし・・・俺たちは身を引こう。いい機会だ」
と、ドラムスのコウタも言う。
「そうだな。そうするか」
と、ベースのタスクも言う。
「家業もある中で、俺達これまで、がんばって来たよ・・・潮時だな」
と、シンサクが言うと、頷く2人だった。
「「君」って歌は、あいつにとって、新しいデビュー曲にふさわしい・・・あいつにはいつまでも光輝いて欲しいからな」
と、シンサクがつぶやくと、何も言わずにコクリと頷く2人だった。
「マミちゃん・・・今日歌う歌をよく聞いていてくれ。君の為に作った歌だ。君のことを思いながら、作り上げた歌なんだ」
と、シンイチは目の前のマミを正面から見つめながら言っている。
「君のことを思えたからこそ、作れた歌だ。僕のすべての気持ちが入ってる」
と、シンイチが言うと、
「うん。シンイチ・・・ありがとう。わたし、聞くわ。全身で、聞くから・・・全力で歌ってきて。シンイチ」
と、マミが言う。
シンイチは立ち上がりながら、そんなマミのおでこにキスをする。
「ライブが終わったら、続きをするからな」
と、シンイチは笑顔で手を振りながら、マミのいる場所を後にする。
「よし、皆、そろそろ時間だぜ。今日も一発すごいの決めようぜ」
と、シンイチは笑顔で、シンサク、コウタ、タスクに話しかける。
「いや、シンイチ・・・俺たち、もう、身を引くことにしたんだ」
と、シンサクが真面目な表情で切り出す。
「もう、俺達、お前におんぶに抱っこは、出来ないんだ。お前に迷惑ばかり、かけられないんだよ」
と、コウタがせつない表情で言う。
「もう、家業一本でやるべき時期なんだ」
と、タスクも真面目に話している。
「だから、今日はお前、ギター一本で歌いあげてくれ。あの曲は、そういう演出のほうが盛り上がる」
と、シンサクが言う。
「何を言ってるんだよ。今回のギグさえ、うまくやれば、夢のデビューだぞ。皆でデビュー出来るんだよ。そのチャンスを潰したいのかよ、お前たち!」
と、シンイチは言うことを聞かない。
「シンイチ・・・皆の言うことを了承したのは、わたしなの・・・」
と、音楽プロデューサーの北川ミチコが言う。
「ミチコさん、それはないじゃないですか。今までの皆の頑張りを知らないわけじゃないでしょう?それに俺は自分の為に楽曲を書いたわけじゃない!」
と、シンイチは言う。
「朱鷺色ワーカーズの為に、楽曲を書いてきたんだ。今回の「君」も朱鷺色ワーカーズの皆とデビューしたいから、書いたんだ。皆とデビューしなきゃ、意味がないんだ!」
と、シンイチは叫んだ。
「でもね、現実は・・・」
と、ミチコが言った時だった。
「あのー・・・こんな人達を呼んでみたんですけど・・・」
と、鈴木タケルが申し訳なさそうに話に入ってくる。
「えーと、夢さん、貴美子さん、翆さん・・・こちらへどうぞ!」
と、鈴木タケルが名前を呼ぶと3人の女性が現れる。それぞれ子供を連れて。
「夢!」とシンサクが、自分の妻の名前を呼ぶ。
「貴美子!」とコウタが自分の妻の名前を呼ぶ。
「翆」と、タスクが自分の妻の名前を呼ぶ。
「あのね。わたしたち、今まであなたたちをバックアップしてきたのは、朱鷺色ワーカーズであなた達が輝く為なのよ。それわかってるの?」
と、シンサクの奥さん、夢さんが、怒髪天を衝く感じで、朱鷺色ワーカーズの面々に言っている。
「そうよ。なんでここまで、バックアップしてきて、一番いい時に辞めなきゃいけないわけ?わたしたちのがんばりはどうなるのよ!」
と、コウタの奥さん、貴美子さんが、怒りの表情で皆に言う。
「私達を馬鹿にしないで。家業は私達で守るから、愛しい旦那様には、朱鷺色ワーカーズで輝いて欲しいって、そう思ってバックアップしてきたんだから、輝きなさいよ!」
と、タスクの奥さん、翆さんが怒りの表情で言う。
「だいたい子供達に輝いている父親の姿を見せるのが、父親の役目でしょう。違う、あなた達!」
と、シンサクの奥さん、夢さんが3人を見つめて言う。夢さんは2歳の夏海ちゃんを連れている。貴美子さんは、2歳の香音ちゃんを連れていた。
夏海ちゃんも香音ちゃんもお父さんのことをじっと見つめている。
「いーい、家業のせいにして、夢を諦める夫なんて、私達の夫じゃないわ。家業なら、わたしたちに任せなさい。男は輝いてなんぼなの!」
と、3人一斉に言うと、男たちは嬉し涙を流した。
「わかったよ・・・お前たちがそこまで言うなら・・・ミチコさんいいっすよね!」
と、シンサクが言うと、ミチコも少し涙ぐみながら、コクリと頷いた。コウタもタスクも嬉し涙を流していた。
「よし!なんだか、よくわからないが、いいもん見せて貰った・・・今日は最高のギグにするぜ!」
と、シンイチが言い放つと、
「おー!」「おー!」「おー!」
と、朱鷺色ワーカーズは、一気に燃え上がった。
(つづく)
→前回へ
→物語の初回へ
→「ラブ・クリスマス!」初回へ
中央の舞台には、地元のアマチュア・バンドやプロのバンドが登場し、華やかな音楽が演奏され始めた。
舞台の前には観客がぎっしり集まっていた。
マミと鈴木タケル、アミ、ミウとミサトは、朱鷺色ワーカーズの音楽プロデューサーの北川ミチコの計らいで、楽屋の隅にいることが出来た。
と、そこへ、朱鷺色ワーカーズの面々と話していた、カフェ「アルカンシェル」のマスターがマミ達の方へやってきて、声をかけてくれる。
「マミちゃん、シンイチのことなら、心配いらないよ。あいつは、いっつもギリギリのところで顔を出して美味しいところを全部持っていく奴だから」
と、ジュウゴはマミに気を使ってくれる。
「でも・・・ミチコさんさえ、シンイチさんが消えた理由を知らなかったなんて・・・」
と、タケルがミチコに言うと、
「まあ、正確に言うと、彼が消えたのは、知らなかったけれど・・・理由くらいは、わかるわよ、それは・・・」
と、ミチコが言う。
「え?何なんです。シンイチさんの消えた理由は?」
と、タケルがミチコに聞いた刹那・・・。
「わりいわりい・・・リハに間に合わなかったな」
と、当のシンイチが登場・・・。
「いや、ちょっと俺・・・馬鹿やっちまってさ・・・」
と、シンイチはミチコのところへ、やってくる・・・。
「シンイチさん!」
と、マミは急にド緊張・・・。
「あれ?君は・・・マミちゃん?あの・・・」
と、シンイチもマミに気づき驚く。
シンイチは、マミの大人の女性ぶりに驚き・・・思わず、足先の赤いピンヒールから・・・全身を舐めるように見て・・・マミの目を見つめてしまう。
「う、美しい・・・」
と、シンイチは知らず言葉にしている。
マミはその言葉に気づき、その言葉に感動しながらも、腹を据えた。
「マミちゃん、今だ・・・「マミ恋愛プロジェクト」の総仕上げだ!」
と、タケルがそっとささやくとマミはタケルの瞳を強く見つめ、コクリと頷く。
「バレンタインまでにすべき10個の事・・・(9)彼氏にしたい男のことを思いながら、チャーム(恋)の魔法を、彼氏にしたい男にかける」
「バレンタインまでにすべき10個の事・・・(10)バレンタインチョコを作り、彼氏にしたい男に渡す」
「マミ恋愛プロジェクト」の最後の2つの項目をマミは思い出していた。
マミは、じっとシンイチの瞳を見つめ、シンイチに近づくと、言葉を出す。
「シンイチさん・・・わたし、シンイチさんを愛せる大人のおんなになろうと思って・・・今日までがんばってきました」
と、マミはシンイチの瞳を見つめながら、静かにそう言葉にする。
「わたし、あなたを愛しています。そして、あなたに愛されたい。あなたのこれからの人生を守る為に・・・わたしはその為なら・・・あなたの為なら死んでもいい」
と、マミは言う。
「わたしにあなたのこれからの人生を守らせて・・・お願い・・・」
と、マミは言うと、
「これ、わたしが作った自作のチョコレートです・・・」
と、マミは少し緊張気味の強い表情でシンイチの目を見つめながら、チョコをシンイチに手渡す。
「あなたのことを想いながら、作ったチョコレートなんです。今日の日の・・・バレンタインの為のチョコレート・・・」
と、マミはシンイチの目をじっと見つめながら、そう言い切る。
「あなたが、好きです、シンイチ・・・」
と、マミは女性として、しっかり告白した。
マミはそっとチャーム(恋)の魔法をシンイチにかけたのだった。
シンイチはそのチョコレートを受け取り、再度、マミの瞳を見つめる。
マミの瞳はキラキラしていた。やさしく輝いていた。
「マミちゃん・・・」
と、シンイチは言葉にすると、マミの瞳を強く見つめながら、コクリと頷き、手を広げる。
緊張していたマミは、急に笑顔になると、その手の中に、飛び込んでいった。
シンイチは、美しくなったマミを思い切り抱きしめていた。
「わぁー」
周りを囲む男性や女性達から、小さな歓声があがっていた。
シンイチとマミを見つめる男性も女性も、いつしか、やさしい笑顔になっていた。
シンイチとマミは、少し離れたところで、二人きりで楽しく話していた。
「マミちゃんがいなくなった時、俺、初めてわかったんだ。俺は君の笑顔をいつも待っていたんだってね。だから、君がいない間、とっても不安だったよ」
と、シンイチは言う。
「それがこんなに美しい大人の女性に成長していたなんて・・・それも俺の為になんて聞いたら・・・その恋を受け入れない男なんて、ありえないさ」
と、シンイチは笑顔でマミに言う。
「それにマミちゃんは、俺の人生を守らせてって言ってくれた・・・俺、思い出したんだ。あの時ミキにも同じことを言われて感動したことを・・・」
と、シンイチは少し昔の出来事を思い出す。
「あなたは、マイさんの思い出に逃げ込んでるだけなのよ・・・それではマイさんの思いはどうなっちゃうの。ね、シンイチ、それ考えてる?」
と、ミキが言う。
「うるせーなー、お前にそんなこと関係ねーだろ」
と、邪険にい言うシンイチ。
「だったら、わたしにシンイチのこれからの人生を守らせてよ。マイさんの代わりに・・・ううん。わたしにあなたの人生を守らせて。その仕事は今の私にしか出来ないわ」
と、ミキは言った。
「今のわたしだったら、シンイチの為に死ぬことだって、厭わないわ。それだけ、わたしは、シンイチを素敵に生きさせる為に、これから全力で生きるの」
と、ミキは言う。
「だから、わたしにあなたの人生を守らせて!」
と、言うミキをシンイチはいつしか、抱きしめていた。
そのミキの言葉に、シンイチの心が大きく動いたのだった。
「そんなことがあったなんて・・・わたし、そんなこと全然知らなかった・・・」
と、マミは言う。
「でも・・・わたし、大人のおんなの身体になって・・・それから、わたしのシンイチに対する思いも変わったの・・・」
と、マミは言う。
「あなたの笑顔、あなたの声、あなたの雰囲気、すべてが魅力的だわ。わたしにとって・・・だから、それを守りたい・・・単純にそう思ったから、言葉に出来たの」
と、マミが言うと、シンイチは笑顔で、マミを抱きしめる。
マミも抱きしめられながら、素敵な笑顔になっていた。
シンイチも素敵な笑顔だった。
「ミチコさんとも話したんだけど・・・やっぱり、今晩は、シンイチひとりで歌ってもらおう。俺たちいつまでも、アイツにおんぶに抱っこってわけにはいかないしな」
と、シンイチとは離れた場所で打ち合わせていた朱鷺色ワーカーズのバンマス、キーボードのシンサクが他のメンバーにそう告げていた。
「あいつひとりで歌って場が盛り上がればアイツのデビューも決定するだろうし・・・俺たちは身を引こう。いい機会だ」
と、ドラムスのコウタも言う。
「そうだな。そうするか」
と、ベースのタスクも言う。
「家業もある中で、俺達これまで、がんばって来たよ・・・潮時だな」
と、シンサクが言うと、頷く2人だった。
「「君」って歌は、あいつにとって、新しいデビュー曲にふさわしい・・・あいつにはいつまでも光輝いて欲しいからな」
と、シンサクがつぶやくと、何も言わずにコクリと頷く2人だった。
「マミちゃん・・・今日歌う歌をよく聞いていてくれ。君の為に作った歌だ。君のことを思いながら、作り上げた歌なんだ」
と、シンイチは目の前のマミを正面から見つめながら言っている。
「君のことを思えたからこそ、作れた歌だ。僕のすべての気持ちが入ってる」
と、シンイチが言うと、
「うん。シンイチ・・・ありがとう。わたし、聞くわ。全身で、聞くから・・・全力で歌ってきて。シンイチ」
と、マミが言う。
シンイチは立ち上がりながら、そんなマミのおでこにキスをする。
「ライブが終わったら、続きをするからな」
と、シンイチは笑顔で手を振りながら、マミのいる場所を後にする。
「よし、皆、そろそろ時間だぜ。今日も一発すごいの決めようぜ」
と、シンイチは笑顔で、シンサク、コウタ、タスクに話しかける。
「いや、シンイチ・・・俺たち、もう、身を引くことにしたんだ」
と、シンサクが真面目な表情で切り出す。
「もう、俺達、お前におんぶに抱っこは、出来ないんだ。お前に迷惑ばかり、かけられないんだよ」
と、コウタがせつない表情で言う。
「もう、家業一本でやるべき時期なんだ」
と、タスクも真面目に話している。
「だから、今日はお前、ギター一本で歌いあげてくれ。あの曲は、そういう演出のほうが盛り上がる」
と、シンサクが言う。
「何を言ってるんだよ。今回のギグさえ、うまくやれば、夢のデビューだぞ。皆でデビュー出来るんだよ。そのチャンスを潰したいのかよ、お前たち!」
と、シンイチは言うことを聞かない。
「シンイチ・・・皆の言うことを了承したのは、わたしなの・・・」
と、音楽プロデューサーの北川ミチコが言う。
「ミチコさん、それはないじゃないですか。今までの皆の頑張りを知らないわけじゃないでしょう?それに俺は自分の為に楽曲を書いたわけじゃない!」
と、シンイチは言う。
「朱鷺色ワーカーズの為に、楽曲を書いてきたんだ。今回の「君」も朱鷺色ワーカーズの皆とデビューしたいから、書いたんだ。皆とデビューしなきゃ、意味がないんだ!」
と、シンイチは叫んだ。
「でもね、現実は・・・」
と、ミチコが言った時だった。
「あのー・・・こんな人達を呼んでみたんですけど・・・」
と、鈴木タケルが申し訳なさそうに話に入ってくる。
「えーと、夢さん、貴美子さん、翆さん・・・こちらへどうぞ!」
と、鈴木タケルが名前を呼ぶと3人の女性が現れる。それぞれ子供を連れて。
「夢!」とシンサクが、自分の妻の名前を呼ぶ。
「貴美子!」とコウタが自分の妻の名前を呼ぶ。
「翆」と、タスクが自分の妻の名前を呼ぶ。
「あのね。わたしたち、今まであなたたちをバックアップしてきたのは、朱鷺色ワーカーズであなた達が輝く為なのよ。それわかってるの?」
と、シンサクの奥さん、夢さんが、怒髪天を衝く感じで、朱鷺色ワーカーズの面々に言っている。
「そうよ。なんでここまで、バックアップしてきて、一番いい時に辞めなきゃいけないわけ?わたしたちのがんばりはどうなるのよ!」
と、コウタの奥さん、貴美子さんが、怒りの表情で皆に言う。
「私達を馬鹿にしないで。家業は私達で守るから、愛しい旦那様には、朱鷺色ワーカーズで輝いて欲しいって、そう思ってバックアップしてきたんだから、輝きなさいよ!」
と、タスクの奥さん、翆さんが怒りの表情で言う。
「だいたい子供達に輝いている父親の姿を見せるのが、父親の役目でしょう。違う、あなた達!」
と、シンサクの奥さん、夢さんが3人を見つめて言う。夢さんは2歳の夏海ちゃんを連れている。貴美子さんは、2歳の香音ちゃんを連れていた。
夏海ちゃんも香音ちゃんもお父さんのことをじっと見つめている。
「いーい、家業のせいにして、夢を諦める夫なんて、私達の夫じゃないわ。家業なら、わたしたちに任せなさい。男は輝いてなんぼなの!」
と、3人一斉に言うと、男たちは嬉し涙を流した。
「わかったよ・・・お前たちがそこまで言うなら・・・ミチコさんいいっすよね!」
と、シンサクが言うと、ミチコも少し涙ぐみながら、コクリと頷いた。コウタもタスクも嬉し涙を流していた。
「よし!なんだか、よくわからないが、いいもん見せて貰った・・・今日は最高のギグにするぜ!」
と、シンイチが言い放つと、
「おー!」「おー!」「おー!」
と、朱鷺色ワーカーズは、一気に燃え上がった。
(つづく)
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