「俺、大学続けられなくなったって、話したろ?」
と、ヨウコは話を続けている。
ミウとテルコはコクリと頷いた。
「俺んちは・・・米兵だった父親が戦場で死んで・・・その恩給で食べてたんだ」
と、ヨウコは話す。
「それと俺のお袋が横須賀基地で働いていてよ・・・それで俺を大学に行かせてくれたんだが・・・お袋体調崩してよ・・・」
と、ヨウコは話す。
「それが元であっけなく亡くなっちまって・・・だから、親父の恩給も支給停止になるだろ・・・さらにお袋俺に内緒で、けっこうな額の借金していてよ・・・」
と、ヨウコは話す。
「とにかく、いきなり収入は無くなるは、借金はみつかるわで、もうどうにもならなくて・・・大学辞めてソープで働いたんだ」
と、ヨウコは話す。
「これでもナンバー1を何度も取ったんだぜ・・・ま、ひとに言える話じゃねーけどさ」
と、ヨウコは話す。
「東京の有名店は、けっこう回ったよ・・・引き抜き引き抜きでさ・・・だから、客もたくさんいて・・・ファンも多くてさ」
と、ヨウコは話す。
「その頃だよ・・・男に金持ち逃げされたのは・・・まあ、その時点で、残りは600万円以上あったけどな」
と、ヨウコは話す。
「まあ、でも・・・その時にホスト遊びを覚えちまって・・・金なんてすぐに無くなった・・・それでも、自分で稼げばいいって、派手に遊びまわったよ」
と、ヨウコは話す。
「そんな俺が変わったのは、あるサラリーマンに出会った時だ・・・」
と、ヨウコは話す。
「どこか影のある、気の弱いサラリーマンの男でさ・・・そいつが客で来たんだけど・・・そいつ二回目も俺を指名してくれて・・・こっちだって満更じゃなくてさ」
と、ヨウコは話す。
「そいつはひと月に一回、月給が出ると、来てくれるんだよ。そんなに裕福なサラリーマンじゃない・・・むしろ安月給のサラリーマンだよ。着てる服とか見りゃわかる」
と、ヨウコは話す。
「奴にすりゃあ、俺と寝るのは、贅沢な遊びなんだよ。ちまちました奴だけど・・・なんか、ほっこり暖かい奴で・・・来るようになって一年後、始めて客と外で会ったんだ」
と、ヨウコは話す。
「俺の方がそいつを好きになっちまってよ・・・それでつきあってたんだけど・・・エッチだって、してあげてんのに、そいつ義理堅く店に来てくれるんだよ、アホだろ」
と、ヨウコは話す。
「でも、そういう奴が気に入っちまってよ、俺・・・遊びは全部辞めて・・・そいつの為に貯金を始めたんだ・・・でも、そうなってからすぐだったな・・・」
と、ヨウコは話す。
「外で奴とデートしている時に、昔の客に声をかけられちまって・・・俺、こいつと寝たことあるぜって、目の前で堂々と言われて・・・奴もショックだったろうけど・・・」
と、ヨウコは話す。
「それでパーよ。何もかもすべて・・・奴はもちろん、客として来なくなったし、部屋も引き払われていた・・・よっぽどショックだったんだろう・・・」
と、ヨウコは話す。
「俺もそれをきっかけにして、ソープから足を洗ったってこと。で、この街に流れてきたんだ・・・この街なら、静かに隠れていられるかなって思ってな」
と、ヨウコは話す。
「今・・・話しながら、思ったけどよ・・・お前のサトルの今の状態・・・俺を振った男と同じ状態なんだな・・・」
と、ヨウコはミウを見て言葉にする。
「つまり、今の俺とおまえは境遇が一緒ってことだよ・・・ミウ・・・」
と、ヨウコは言葉にした。
「そうだね・・・同じ境遇だね・・・でも、ヨウコの彼は死んでは、いないでしょ?」
と、ミウも言葉にする。
「そうだな・・・ま、可能性がないわけじゃねーけどな・・・」
と、ヨウコも言葉にする。
「だから、ミウ・・・おまえも元気だせよ・・・俺だって空元気だけど、元気な風には見せているんだからよ・・・」
と、ヨウコは言葉にする。
「そうね。うん。元気な風に見せる・・・努力はするわ」
と、少し笑顔の戻るミウだった。
「そっか・・・ヨウコはヨウコなりにわたしを元気付ける為にこの話をしたのか・・・案外この子・・・根はやさしいひとなんじゃない・・・」
と、ミウは思っていた。
「ヨウコとテルさんがいるから・・・私も話しておこうかな・・・」
と、ミウは話しだす。
ヨウコとテルはミウを見る。
「わたし、実は、両親共に亡くしてるの・・・多分、全部わたしが原因・・・」
と、ミウは二人を見ながら話す。
「あれ、だって、姫ちゃん、お母さんが病気だって・・・」
と、テルコは言葉にする。
「あれは、実家でわたしが世話になっていたおばさんが・・・今、病気していて・・・その援助の為のお金で・・・母って言った方が通りがいいかと思って・・・」
と、ミウは言葉にする。
「両親が亡くなってから、そのおばさんに随分世話になって・・・今度はわたしが世話する番だって、思って・・・つい・・・」
と、ミウは言葉にする。
「そのおばさん、よっぽど悪いのか?」
と、ヨウコは言葉にする。
「一時期はかなり悪かったの・・・でも、今は峠は越えたって・・・快方に向かうだろうって、息子さんが連絡してきてくれて・・・」
と、ミウは言葉にする。
「そうか・・・それは・・・少しは朗報があるじゃねえか」
と、ヨウコは言葉にする。
「ええ・・・それだけが朗報かな・・・」
と、ミウは言葉にする。
「姫ちゃん、お父さんもお母さんも亡くなったのか・・・寂しかねえだが?」
と、テルコは言葉にする。
「テルさんとヨウコがいてくれるし・・・それにサトルはわたしの希望だから・・・大丈夫、がんばれます」
と、ミウは言葉にする。
「なんか、死んだ弟が帰ってきてくれたみたいで・・・もう一度、わたし、がんばってみようって思えて・・・だから、がんばれます。わたし」
と、ミウは言葉にする。
「姫ちゃんは強いだが・・・強くなっただが・・・」
と、テルコが言葉にする。
「皆、いろいろあるだが・・・ヨウコはもし、その元カレが・・・ここに訪ねてきたら、どうするだが?」
と、テルコが質問する。
「ふ。来るわけねえじゃん・・・だって、俺がいやで、捨てていったんだぜ、そいつ・・・」
と、ヨウコは一笑に付す。
「だから、もし、来た時の話よ・・・」
と、ミウも言葉にする。
「さあ、その時になってみないと、わからねーな」
と、ヨウコは遠くを見るような目で、そう言った。
同じ頃、八津菱電機鎌倉地区にあるコンピューター製作所の官公システム部第三課課長の飯島コウイチは、携帯電話をかけていた。
「いやあ、久しぶり、わたしだ・・・ちょっといつも忙しいところ、仕事を依頼したくてね・・・うん。まあ、割りと楽しい仕事と言ってもいいかな」
と、飯島コウイチは、久しぶりの相手に楽しそうに電話をしていた。
と、その電話を切った飯島コウイチの背中を叩くのは、官公システム部の部長の林だった。
「例の件、どうだ?」
と、短く聞く林。
「あ、それなら、たった今依頼したところで・・・林さんにも、よろしくとのことでした」
と、飯島コウイチは、笑顔になりながら、話す。
「そうか・・・奴なら、仕事は確実だからな・・・よし、いいだろう」
と、林は納得して、部長室に戻っていく。
「ま、あの一族はそのあたりは優秀だからな」
と、思わず笑顔になる飯島コウイチだった。
藤沢駅南口にある居酒屋「須藤」に鈴木サトルの姿があった・・・その前に座るのは、そのいとこの鈴木タケルだった。
「で、どうだ「鬱病」の方は・・・俺も経験者だから、だいたいわかっちゃいるが・・・ベッドの上での体育座りはもう終わったか?」
と、タケルはサトルに質問している。
「ええ・・・最悪からは随分脱出出来て・・・まあ、他人も怖くなくなりました・・・ただ、八津菱電機の人間だけは、まだ、怖いですね」
と、サトルはタケルに言葉にしている。
「まあ、そんなところだろうな・・・飯島さんから電話が来た時は、ちょっと驚いたけどね。八津菱にいる頃、俺も、ちょっとお世話になったしな」
と、タケルはサトルに言っている。
「タケルさんは、もう八津菱電機からは離れたんですよね?」
と、サトルはタケルに聞いている。
「ああ。今はフリーランスで働いている。まあ、でも、政府の仕事メインで、いろいろやらされているよ」
と、タケルは愚痴るように言う。
「僕、タケルさんにあこがれて、八津菱に入ったんですけどね・・・」
と、サトルは言う。
「だから、システムエンジニアは、人のやる仕事じゃないってあれほど言ったのに・・・」
と、タケルはサトルへ言う。
「でも、遠回りしてでも、コンピューターを学んでおいた方がいいって言ったのもタケルさんですよ」
と、サトルも負けじとタケルに言い返す。
「わかったよ・・・同じ一族なんだから、言い合いはなしにしようや」
と、タケルは言う。
「まあ、でも、せっかく休職させてもらっているんだから、人生について、深く考える時間が出来たじゃん・・・それはよかったんじゃね?」
と、タケルが言う。
「そうですね。それはほんとに、よかったと思います。というか、僕は限界でしたよ・・・あれが・・・」
と、サトルが言う。
「じゃあ、どうする?これから・・・」
と、タケルが聞く。
「わかったのは・・・僕的には主任システムエンジニアには、もうなる気はさらさらない・・・ということです。あれは人のする仕事じゃない」
と、サトルは明確に言う。
「だったら、どうするんだ、これから・・・?」
と、タケルが聞く。
「少しゆっくり考えてみたいと思います。人生について・・・これからの僕の人生について・・・」
と、サトルは言葉にする。
「そうだな。自分の人生なんだから、自分で決めろや・・・責任もってな」
と、タケルは言葉にする。
「そういえば・・・お前、女の方はどうなってる?電話で仲良く話している女性がいるって前回言ってただろ」
と、タケルは言葉にする。
「あ、そうでしたね、前回電話貰った時、話しましたね・・・タケルさん、結構僕の事、心配してくれてたんですね」
と、サトルは言葉にする。
「そりゃ、そうだ・・・主任システムエンジニアなんて、めちゃくちゃ大変だからな。お前がそれに就任したって聞いて、心配になってな」
と、タケルは言葉にする。
「ずっと電話出来ませんでした・・・例の女性」
と、サトルは言葉にする。
「心配しているぜー、そのおんな・・・近々電話してやるんだな・・・迷惑かけたことになるんだから」
と、タケルは言葉にする。
「ええ、それは考えていました・・・僕がある程度元気になったら、説明がてら電話しないとって」
と、サトルは言葉にする。
「ま、今のおまえなら、大丈夫だろうけどな」
と、タケルは言葉にする。
「まあ、サトル・・・言ってくれれば何でも支援するから。人探しから警察的なこと・・・探偵的なこと・・・ガードマン的なこと・・・何でもいいぞ」
と、タケルは言葉にする。
「その気になりゃ、ハッキングだってお手のモノだからな・・・ま、何かあったら、携帯に電話くれや・・・」
と、言っている傍から、タケルの携帯が鳴り出す。
「はい、もしもし・・・え?何それ?マジか・・・わあったわあった・・・それは俺しか出来ないわ・・・1時間くれ、すぐ行く」
と、タケルは携帯を切ると、
「呼ばれちった。また、どっかで、今度はゆっくり飲もう・・・お前が大丈夫そうだってことは、飯島さんに報告しておくから、おまえから報告する必要はないからな」
と、タケルは言いながらバックを担ぐと、
「じゃ、またな」
と、タケルは勘定を払って、店を出て行った。
「お客様・・・先程、お客様に、と・・・この二本のワインをプレゼントするようにと、お代を払っていかれた方が・・・」
と、高そうな白ワインと赤ワインを店員が持ってきてくれる。
「ありがとう」
と、それを受け取ると、
「せっかくだから、腰をすえて飲もう・・・久しぶりの酒だし・・・」
と、静かにワインを飲みだすサトルだった。
「タケルさんは、やっぱりいいな。経験が濃いから、人間がデカイ・・・話しているとこっちまで安心する」
と、サトルは言葉にしている。
「まあ、今日はゆっくり飲もう・・・」
と、サトルは言葉にしていた。
(つづく)
→主要登場人物へ
→前回へ
→物語の初回へ
と、ヨウコは話を続けている。
ミウとテルコはコクリと頷いた。
「俺んちは・・・米兵だった父親が戦場で死んで・・・その恩給で食べてたんだ」
と、ヨウコは話す。
「それと俺のお袋が横須賀基地で働いていてよ・・・それで俺を大学に行かせてくれたんだが・・・お袋体調崩してよ・・・」
と、ヨウコは話す。
「それが元であっけなく亡くなっちまって・・・だから、親父の恩給も支給停止になるだろ・・・さらにお袋俺に内緒で、けっこうな額の借金していてよ・・・」
と、ヨウコは話す。
「とにかく、いきなり収入は無くなるは、借金はみつかるわで、もうどうにもならなくて・・・大学辞めてソープで働いたんだ」
と、ヨウコは話す。
「これでもナンバー1を何度も取ったんだぜ・・・ま、ひとに言える話じゃねーけどさ」
と、ヨウコは話す。
「東京の有名店は、けっこう回ったよ・・・引き抜き引き抜きでさ・・・だから、客もたくさんいて・・・ファンも多くてさ」
と、ヨウコは話す。
「その頃だよ・・・男に金持ち逃げされたのは・・・まあ、その時点で、残りは600万円以上あったけどな」
と、ヨウコは話す。
「まあ、でも・・・その時にホスト遊びを覚えちまって・・・金なんてすぐに無くなった・・・それでも、自分で稼げばいいって、派手に遊びまわったよ」
と、ヨウコは話す。
「そんな俺が変わったのは、あるサラリーマンに出会った時だ・・・」
と、ヨウコは話す。
「どこか影のある、気の弱いサラリーマンの男でさ・・・そいつが客で来たんだけど・・・そいつ二回目も俺を指名してくれて・・・こっちだって満更じゃなくてさ」
と、ヨウコは話す。
「そいつはひと月に一回、月給が出ると、来てくれるんだよ。そんなに裕福なサラリーマンじゃない・・・むしろ安月給のサラリーマンだよ。着てる服とか見りゃわかる」
と、ヨウコは話す。
「奴にすりゃあ、俺と寝るのは、贅沢な遊びなんだよ。ちまちました奴だけど・・・なんか、ほっこり暖かい奴で・・・来るようになって一年後、始めて客と外で会ったんだ」
と、ヨウコは話す。
「俺の方がそいつを好きになっちまってよ・・・それでつきあってたんだけど・・・エッチだって、してあげてんのに、そいつ義理堅く店に来てくれるんだよ、アホだろ」
と、ヨウコは話す。
「でも、そういう奴が気に入っちまってよ、俺・・・遊びは全部辞めて・・・そいつの為に貯金を始めたんだ・・・でも、そうなってからすぐだったな・・・」
と、ヨウコは話す。
「外で奴とデートしている時に、昔の客に声をかけられちまって・・・俺、こいつと寝たことあるぜって、目の前で堂々と言われて・・・奴もショックだったろうけど・・・」
と、ヨウコは話す。
「それでパーよ。何もかもすべて・・・奴はもちろん、客として来なくなったし、部屋も引き払われていた・・・よっぽどショックだったんだろう・・・」
と、ヨウコは話す。
「俺もそれをきっかけにして、ソープから足を洗ったってこと。で、この街に流れてきたんだ・・・この街なら、静かに隠れていられるかなって思ってな」
と、ヨウコは話す。
「今・・・話しながら、思ったけどよ・・・お前のサトルの今の状態・・・俺を振った男と同じ状態なんだな・・・」
と、ヨウコはミウを見て言葉にする。
「つまり、今の俺とおまえは境遇が一緒ってことだよ・・・ミウ・・・」
と、ヨウコは言葉にした。
「そうだね・・・同じ境遇だね・・・でも、ヨウコの彼は死んでは、いないでしょ?」
と、ミウも言葉にする。
「そうだな・・・ま、可能性がないわけじゃねーけどな・・・」
と、ヨウコも言葉にする。
「だから、ミウ・・・おまえも元気だせよ・・・俺だって空元気だけど、元気な風には見せているんだからよ・・・」
と、ヨウコは言葉にする。
「そうね。うん。元気な風に見せる・・・努力はするわ」
と、少し笑顔の戻るミウだった。
「そっか・・・ヨウコはヨウコなりにわたしを元気付ける為にこの話をしたのか・・・案外この子・・・根はやさしいひとなんじゃない・・・」
と、ミウは思っていた。
「ヨウコとテルさんがいるから・・・私も話しておこうかな・・・」
と、ミウは話しだす。
ヨウコとテルはミウを見る。
「わたし、実は、両親共に亡くしてるの・・・多分、全部わたしが原因・・・」
と、ミウは二人を見ながら話す。
「あれ、だって、姫ちゃん、お母さんが病気だって・・・」
と、テルコは言葉にする。
「あれは、実家でわたしが世話になっていたおばさんが・・・今、病気していて・・・その援助の為のお金で・・・母って言った方が通りがいいかと思って・・・」
と、ミウは言葉にする。
「両親が亡くなってから、そのおばさんに随分世話になって・・・今度はわたしが世話する番だって、思って・・・つい・・・」
と、ミウは言葉にする。
「そのおばさん、よっぽど悪いのか?」
と、ヨウコは言葉にする。
「一時期はかなり悪かったの・・・でも、今は峠は越えたって・・・快方に向かうだろうって、息子さんが連絡してきてくれて・・・」
と、ミウは言葉にする。
「そうか・・・それは・・・少しは朗報があるじゃねえか」
と、ヨウコは言葉にする。
「ええ・・・それだけが朗報かな・・・」
と、ミウは言葉にする。
「姫ちゃん、お父さんもお母さんも亡くなったのか・・・寂しかねえだが?」
と、テルコは言葉にする。
「テルさんとヨウコがいてくれるし・・・それにサトルはわたしの希望だから・・・大丈夫、がんばれます」
と、ミウは言葉にする。
「なんか、死んだ弟が帰ってきてくれたみたいで・・・もう一度、わたし、がんばってみようって思えて・・・だから、がんばれます。わたし」
と、ミウは言葉にする。
「姫ちゃんは強いだが・・・強くなっただが・・・」
と、テルコが言葉にする。
「皆、いろいろあるだが・・・ヨウコはもし、その元カレが・・・ここに訪ねてきたら、どうするだが?」
と、テルコが質問する。
「ふ。来るわけねえじゃん・・・だって、俺がいやで、捨てていったんだぜ、そいつ・・・」
と、ヨウコは一笑に付す。
「だから、もし、来た時の話よ・・・」
と、ミウも言葉にする。
「さあ、その時になってみないと、わからねーな」
と、ヨウコは遠くを見るような目で、そう言った。
同じ頃、八津菱電機鎌倉地区にあるコンピューター製作所の官公システム部第三課課長の飯島コウイチは、携帯電話をかけていた。
「いやあ、久しぶり、わたしだ・・・ちょっといつも忙しいところ、仕事を依頼したくてね・・・うん。まあ、割りと楽しい仕事と言ってもいいかな」
と、飯島コウイチは、久しぶりの相手に楽しそうに電話をしていた。
と、その電話を切った飯島コウイチの背中を叩くのは、官公システム部の部長の林だった。
「例の件、どうだ?」
と、短く聞く林。
「あ、それなら、たった今依頼したところで・・・林さんにも、よろしくとのことでした」
と、飯島コウイチは、笑顔になりながら、話す。
「そうか・・・奴なら、仕事は確実だからな・・・よし、いいだろう」
と、林は納得して、部長室に戻っていく。
「ま、あの一族はそのあたりは優秀だからな」
と、思わず笑顔になる飯島コウイチだった。
藤沢駅南口にある居酒屋「須藤」に鈴木サトルの姿があった・・・その前に座るのは、そのいとこの鈴木タケルだった。
「で、どうだ「鬱病」の方は・・・俺も経験者だから、だいたいわかっちゃいるが・・・ベッドの上での体育座りはもう終わったか?」
と、タケルはサトルに質問している。
「ええ・・・最悪からは随分脱出出来て・・・まあ、他人も怖くなくなりました・・・ただ、八津菱電機の人間だけは、まだ、怖いですね」
と、サトルはタケルに言葉にしている。
「まあ、そんなところだろうな・・・飯島さんから電話が来た時は、ちょっと驚いたけどね。八津菱にいる頃、俺も、ちょっとお世話になったしな」
と、タケルはサトルに言っている。
「タケルさんは、もう八津菱電機からは離れたんですよね?」
と、サトルはタケルに聞いている。
「ああ。今はフリーランスで働いている。まあ、でも、政府の仕事メインで、いろいろやらされているよ」
と、タケルは愚痴るように言う。
「僕、タケルさんにあこがれて、八津菱に入ったんですけどね・・・」
と、サトルは言う。
「だから、システムエンジニアは、人のやる仕事じゃないってあれほど言ったのに・・・」
と、タケルはサトルへ言う。
「でも、遠回りしてでも、コンピューターを学んでおいた方がいいって言ったのもタケルさんですよ」
と、サトルも負けじとタケルに言い返す。
「わかったよ・・・同じ一族なんだから、言い合いはなしにしようや」
と、タケルは言う。
「まあ、でも、せっかく休職させてもらっているんだから、人生について、深く考える時間が出来たじゃん・・・それはよかったんじゃね?」
と、タケルが言う。
「そうですね。それはほんとに、よかったと思います。というか、僕は限界でしたよ・・・あれが・・・」
と、サトルが言う。
「じゃあ、どうする?これから・・・」
と、タケルが聞く。
「わかったのは・・・僕的には主任システムエンジニアには、もうなる気はさらさらない・・・ということです。あれは人のする仕事じゃない」
と、サトルは明確に言う。
「だったら、どうするんだ、これから・・・?」
と、タケルが聞く。
「少しゆっくり考えてみたいと思います。人生について・・・これからの僕の人生について・・・」
と、サトルは言葉にする。
「そうだな。自分の人生なんだから、自分で決めろや・・・責任もってな」
と、タケルは言葉にする。
「そういえば・・・お前、女の方はどうなってる?電話で仲良く話している女性がいるって前回言ってただろ」
と、タケルは言葉にする。
「あ、そうでしたね、前回電話貰った時、話しましたね・・・タケルさん、結構僕の事、心配してくれてたんですね」
と、サトルは言葉にする。
「そりゃ、そうだ・・・主任システムエンジニアなんて、めちゃくちゃ大変だからな。お前がそれに就任したって聞いて、心配になってな」
と、タケルは言葉にする。
「ずっと電話出来ませんでした・・・例の女性」
と、サトルは言葉にする。
「心配しているぜー、そのおんな・・・近々電話してやるんだな・・・迷惑かけたことになるんだから」
と、タケルは言葉にする。
「ええ、それは考えていました・・・僕がある程度元気になったら、説明がてら電話しないとって」
と、サトルは言葉にする。
「ま、今のおまえなら、大丈夫だろうけどな」
と、タケルは言葉にする。
「まあ、サトル・・・言ってくれれば何でも支援するから。人探しから警察的なこと・・・探偵的なこと・・・ガードマン的なこと・・・何でもいいぞ」
と、タケルは言葉にする。
「その気になりゃ、ハッキングだってお手のモノだからな・・・ま、何かあったら、携帯に電話くれや・・・」
と、言っている傍から、タケルの携帯が鳴り出す。
「はい、もしもし・・・え?何それ?マジか・・・わあったわあった・・・それは俺しか出来ないわ・・・1時間くれ、すぐ行く」
と、タケルは携帯を切ると、
「呼ばれちった。また、どっかで、今度はゆっくり飲もう・・・お前が大丈夫そうだってことは、飯島さんに報告しておくから、おまえから報告する必要はないからな」
と、タケルは言いながらバックを担ぐと、
「じゃ、またな」
と、タケルは勘定を払って、店を出て行った。
「お客様・・・先程、お客様に、と・・・この二本のワインをプレゼントするようにと、お代を払っていかれた方が・・・」
と、高そうな白ワインと赤ワインを店員が持ってきてくれる。
「ありがとう」
と、それを受け取ると、
「せっかくだから、腰をすえて飲もう・・・久しぶりの酒だし・・・」
と、静かにワインを飲みだすサトルだった。
「タケルさんは、やっぱりいいな。経験が濃いから、人間がデカイ・・・話しているとこっちまで安心する」
と、サトルは言葉にしている。
「まあ、今日はゆっくり飲もう・・・」
と、サトルは言葉にしていた。
(つづく)
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