蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

季節の亡び

2020年08月18日 | 季節の便り・虫篇

 初鳴きは7月2日だった。それから僅か40日ほど後の8月12日、ツクヅクボウシが秋を呼ぶ初鳴きを聴かせた。耳鳴りがするほど庭に君臨していた「ワ~シ、ワシ、ワシ、ワシ!」という姦しい声も既に盛りを過ぎ、日毎に法師蝉の「オ~シ、ツク、ツク!」に王座を譲り渡していく。

 過激な暑さが続く。史上最高の41度超えという浜松の記録に霞んでしまっているが、ここ太宰府でも昨日は36.5度、私の平熱と同じである。
 そうか、私の体温は、こんなに暑っ苦しく、鬱陶しいのか!
 「いえいえ、同じ温度でも、大気と体温では全く異質です!人肌の、ほっこりとする優しい温もりと一緒にしないで下さい!!」と、誰か言ってくれないかな。

 昨日の朝、エイザンスミレの食べ残した茎に下がっていたツマグロヒョウモンの蛹が、丁度殻を破って羽化するところに出くわした。3頭目の羽化である。
 2頭目は、既に羽化が終わった後だったが、今回は見ている目の前で背中が割れ、くしゃくしゃに丸めたような翅が現れた。急いでカメラを取りに行っている僅かな間に、惜しい!!既に翅が伸びきって、弱々しい触覚も垂れ下がっていた。思った以上に速い変化だった。

 昆虫少年を自認して70年、長い長い虫たちとの付き合いだったが、蝶の羽化の瞬間に立ち会ったのは今年が初めてだった。蝉の羽化は夜9時過ぎから長い時間を掛けるが、蝶は朝7時頃から一瞬で羽化する……新しい体験だった。
 ツマグロヒョウモンの蛹は、まだ2つプランターの蓋と、横たえていた庭仕事用コロ付き椅子の縁にぶら下がっている。指で触ると、くねくねと身をくねらせて威嚇する。あの10個の黄金色の突起が、朝の陽ざしを受けてキラキラ光る。やはり、この黄金色も威嚇の装備なのだろうか?

 やることもなく、行くところもないコロナ籠りのお盆を前に、公安委員会から運転免許証更新に伴う「認知機能検査・後期高齢者講習通知」が届いた。来年1月18日が、多分私の最後の免許証更新になる。
 3年前は盆明けを待って予約を入れたら、既に10月末しか空いていなかった。それに懲りて、今年は即日予約の電話を入れたら、「最も早い日は、9月9日の9時10分、福岡試験場です」と答えが返ってきた。ありがとう!なんのi異存があろう。 
 屈辱的検査ではあるが、己の脳の健康度を知る得難いチャンスでもある。前回の97点を超えるのは無理にしても、49点未満で「認知症専門医の診断」になることはないだろう。
 不安?楽しみ?……ギラギラの夏空を見上げながら、自分の内心を転がして遊んでいた。

 庭の片隅に、クマゼミの雄と雌の亡骸が転がっていた。一つの季節の亡びである。
 長い長い地中の生活を経て地上に這い上がり、羽化して1週間ほどの命である。ひたむきに鳴き立て、伴侶に巡り合って交尾し、次世代への命を繋げば使命は終わる。繁殖行動を終えて静かに横たわる亡骸は、哀しくもあり、また美しくもある。繋がれた命が再び地上に現れる姿を私が見ることは、多分もうないだろう。

 「頑張って生きたね!」と心の中で声を掛けながら、二つを側近くに並べて寄り添わせてやった。
                   (2020年8月:写真:寄り添うクマゼミの亡骸)