蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

癒しの島

2005年01月12日 | 季節の便り・旅篇

 灼熱の太陽がインド洋に燃え尽きて沈むと、圧倒的な夜がなだれ落ちてきた。
 結婚35周年を癒しの島で迎えようと、四たび赤道を越えた。初夏の日本を発って6時間余のフライトだが、時差1時間というのが熟年の身には嬉しい。インドネシア・ジャワ島の世界最大の仏教遺跡・ボロブドゥールを訪ねるために、たまたま泊まったバリ島に魅せられてからもう久しい。
 せわしない観光は2度目で卒業した。いつしか「何もしない」無為の贅沢の味を覚え、ホテルと朝食だけをリザーブして、あとは全てフリー。朝食を済ませると水着に着替え、文庫本を片手にプール・サイドのデッキ・チェアーで自由に時の刻みに身を任せる。暑くなればプールに飛び込み、トロピカル・ドリンクを啜りながらまた熱帯の日差しに浸り込む。バカンスはこうあるべきだということを、この島で学んだ。
 天から降ってくる巨大な凧の風音、うち寄せる濤の響き、かすかに流れてくるガムランの音色…それは限りなくリッチな時の流れだった。
 やがて日が西に傾く頃、シャワーを浴びて少し身だしなみを整え、崖下のレストランに向かう。松明とキャンドルに導かれながら長い石段を下ったところに、ひっそりとシーフード・レストランが崖に抱かれている。入り口のショー・ケースに並ぶロブスターから好みのサイズを選んで、記念のディナーと決めた。
 濤音が心を揺する。明かりの乏しい島では、日没と共に覆いかぶさるように一気に闇が落ちてくる。もう日本では失われた満天の星空は、凄みを感じるほどに美しい。平面ではない、厚みと深さを伴う星たちの煌めきを何に譬えたらいいのだろう。南十字星を椰子の葉末に搦め捕って、南国の夜のロマンに酔った。
 生活と信仰と芸術が渾然一体となって私達を迎えてくれる、神々に最も近い島・バリ。ケチャ、バロン、レゴンなどのダンス、ガムラン音楽、ベサキ寺院の風になる風琴、絵画、彫刻、金銀細工…旅人をもてなす数々のバリの文化に浸ると、もう抜け出せない。いつしかオラン・バリ(バリの人)になってしまっている自分に気づくのだ。
 静寂に包まれて辿る夢路の中で、守護神・ガルーダが鮮やかに天空を舞った。
   (2005年3月出稿予定;写真:バリ島・ガルーダ像)

最新の画像もっと見る

コメントを投稿