蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

捨てる神あれば……

2020年06月06日 | つれづれに

 数日前に松の剪定を済ませた植木屋が昨夕集金に来て、突然「今日で引退します」という。80歳、カミさんと同い年であり、たまたま誕生日が我が家の結婚記念日と同じ日である。それやこれやの親近感で、お互いに一升瓶を祝いに送り合ったりしながら、長年親しくしていた。
 父の代からの出入職人であり、もう半世紀を超える付き合いだった。彼の師匠は植木の里・田主丸の昔ながらの植木職で、父が家を建てたときに、築山や泉水、蹲を配した純和風の庭園を築いてくれた。
 父が逝き、一人で10年生きた母が亡くなって家を売るに際し、庭石や植木を形見として我が家に移した。その際にも、年老いた田主丸の師匠が来て、顎で指図しながら我が家に松3本に槇、紅椿、乙女椿、山茶花、侘助、何本もの躑躅などの植木と6個ほどの庭石を配して日本庭園を造ってくれた。師匠は既に故人となったが、その弟子の植木職人が、ずっと我が家の面倒を見てくれていた。
 3年ほど前に大病を患って以来体調安定せず、松以外の手入れや消毒も滞りがちになっていた。突然ではあったが、年齢を考えれば引退も已むを得ない。長年の世話に感謝して別れるしかなかった。
 また一人、身近な人が去っていった。

 さて、困った。神も、この庭を見捨てたか!
 我が家の庭は植木も多く、手が届く低木の剪定は素人でも出来るが、高木や、まして松は手が出ない。シルバーセンターに頼むと、電動鋸で無残な姿にされてしまう心配があるし……。
 しかも、今年はチャドクガが異常発生している。侘助に付いた毛虫が、紅椿と乙女椿、山茶花にも蔓延り、特に乙女椿は再生不能かと思わせるほど無残に食い荒らされ、すぐにも消毒しないと大変なことになりそうな有り様である。
 取り敢えずホームセンターに走り、買ってきた消毒剤を噴霧したが、高い枝には届かない。

 カミさんと頭を抱えていたが、ふと思い出した。「拾う神」が2軒隣にいるではないか!植木職人が、数年前に越して来ていたのだ。早速、今朝カミさんが相談に行ったら、二つ返事で今後の面倒を引き受けてくれた。経験10年、年中組の女の子と3人暮らしの若い職人である。
 「チャドクガでしょ、今から消毒に行きます」と、恐縮するほどの身軽さである。早速噴霧器を抱えて駆けつけ、4本の椿系を消毒してくた。
 「剪定は、それぞれの時期がありますから、その時が来たら参ります」
 
 「初めてですから、今回はタダでいいです」
 「いや、それでは今後の付き合いがやりにくい。前の植木屋さんには、消毒に5000円払ってたから、それで」
 「いや、それは全部の木をやった時でしよ。今日は4本だけだから……1500円ももらっておきましょうか」
 「それじゃ申し訳ないから、じゃあ、3000円で」

 そんな会話も楽しかった。「捨てる神」の翌日に現れた「拾う神」、世の中、まだまだ捨てたものじゃない。

 昨日ショッピングセンターで、懐かしい「アブッテカモ」を見付けた!「オキュウト」と並ぶ博多の味である。スズメダイに、粉を吹くほど塩を効かせて売っている。これを焼いて、硬い骨を剥がしながら皮ごと毟って食べる。酒の肴にもよし。子供の頃から親しんできた干物だが、今では滅多に見かけなくなった。
 炙って噛むから、アブッテカモ。なんとも分かりやすい名前のこの味を知っているのは……やっぱり高齢者だけか!
 明日は友人の畑で、ジャガイモを掘らせてもらう。今夕、庭で採れた10キロの梅のうち2キロを届けてくれた。梅酒は1キロ漬けてあるから、梅サワーで1キロ、梅蜜で1キロ、今年の猛暑は梅尽くしで乗り切ることにしよう。

 梅の木の周りを、しきりにユウマダラエダシャクが儚げに舞う。梅雨の蛾である。
                         (2020年6月:写真:アブッテカモ)