蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

無精者の呟き

2019年08月07日 | 季節の便り・虫篇

 「ひでぇ風だな!台風8号?そんなこたぁ、知っちゃぁいねぇや。これじゃあ、何処にも移動出来やしねぇじゃねぇか!プランターのパセリも俺様ひとりで殆ど平らげたし、体内時計はそろそろ蛹になれと急かしてくる。仕方ねぇや、無精してここで蛹になるとするか。ちよっと地面に近すぎて、誰かに襲われそうで怖いけどナ……蜥蜴の野郎も、この辺りをうろちょろしてるしなぁ」

 「フゥ、何とか尻尾に糸掛けて固定した。首を反らせてひと回し、背中にも糸を掛けた。あとは、時が来たら脱皮して蛹になるだけだ。……え、何だ?俄かに空が真っ黒!雷までゴロゴロ、ピカピカ!ウッ、土砂降りの夕立じゃねぇか、まいったな。必死でしがみついているしかねェか」

 つるべ打ちの台風8号、9号、10号。直撃を覚悟していた8号は、幸い佐賀から唐津に抜けて朝鮮半島に向かった。雨も風も思ったほどもなく、取り敢えずは「やれやれ」である。9号と10号の行先はまだ定かではない。3つの台風がお互いに影響し合って、高気圧を気儘にもてあそんでいる。だから気象予報士も、特に10号については進路を読みあぐねている。

 台風一過、秋立つ……そんな筈はないか、まだ立秋前である。気温は36.4度、あっという間に真夏に逆戻りである。
 気功仲間とフレンチのランチを済ませて帰り、買い物に走った。俄かに暗くなる空に、早々に帰り着いて洗濯物を取り込んだ。それを持っていたように、夕暮れのように暗くなった空に稲妻が走り、腹に響く雷鳴が轟いて、久し振りに豪快な夕立が来た。傘も役に立たないほどの激しい吹き降りである。
 実は、これを待っていた。台風の風雨で汚れた車を、雨で洗おうという魂胆である。土砂降りの中を、あえてカーポートから車を外に出した。高速ワイパーを回しても、雨の飛沫が視界を妨げる。僅か20分ほどで25ミリの豪雨、気温は一気に23.9度まで下がった。
 追っかけをするほどの「雷大好き人間」である。車の中でワクワクしながら、ガラガラドーンと轟く雷鳴と、暗雲を切り裂く稲光に見入っていた。

 雷雲が去って、夕方の青空が戻った。ヒグラシが一斉に鳴きたて、黄昏を呼び寄せる。
 
 パセリのプランターに育っていたキアゲハの幼虫のその後が気になって探した。壁際からラカンマキの生垣近くに移したから、探すのに難儀するだろうと覚悟していた。平気で5メートルや10メートルを移動し、安全な場所で蛹になる。時には手の届かない高さまで壁を登ったこともある。
 ほぼ蚕食され尽くしたパセリを片付けようと伸ばした手の先に、ちゃっかり身体を丸めた前蛹がいた。こんな近場の食草の中で蛹になるのは初めてのことだった。探す手間は省けたが、ちょっと先行き心配な事態ではある。
 無精者め、悪天候の中で待ってられなかったのだろう。しかし、これもひとつの環境への順応力。あれほどの豪雨をものともせずに、パセリの茎に身体を縛り付けて、のんびりと憩っているように見えた。明日の朝には綺麗な蛹になり、多分10日ほどで羽化の時を迎えるだろう。

 お盆明けの頃、その羽化の瞬間を連続写真で撮ることが出来たら……昆虫老人の至福、これに尽きる。

 明日は立秋……名ばかりの秋が立つ。
                   (2019年8月:写真:キアゲハ前蛹)