蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

「昆虫、やばいぜ!」

2019年08月01日 | 季節の便り・虫篇

 こんな姿で再会したくはなかった。多分、再会まで半世紀を超える時間が流れている。

 あれは中学生の頃だった。ひたすら、母校の小学校の裏山・西公園に365日通い詰めて虫を追った。まだ、採集することにうつつを抜かしていた頃である。埋め立てされてない時代、博多湾に突き出した小さな小山。春は桜、秋は紅葉が全山を彩り、酔客の喧騒の季節さえ外せば、笹に覆われた細い径は、昆虫少年」の無我の世界だった。
 この時期、この時間、何処の小径に立つと、どの方向に、どんな蝶が飛んでいく……「蝶道」という地図さえ頭に入り、思うままに捕虫網を振るった。
 木陰にはヒカゲチョウやジャノメチョウが飛び交う。山道から笹薮に踏み込んでクヌギの樹を探し、樹液に群がる虫たちを拾うように採集した。カブトムシ、ヒラタクワガタ、ノコギリクワガタ、青緑に輝くアオカナブン、クロキマワリ、サビキコリ……妙に気に入っていたのは、背中に赤い4つの斑紋を持つヨツボシケシキスイだった。
 いろいろな蝶も訪れる。時にはスズメバチもいて、採集を試みて刺されたこともあった。無謀でもあり、純粋でもあった昆虫少年……そのなれの果てが今の「昆虫老年」の私である。
 何もなかった時代である。捕虫網も、蝶を納める三角紙も三角ケースも、蝶の翅を拡げる展翅台も、勿論採集した虫たちを納める標本箱も、全て手作りだった。ピンセットさえ竹を割り削って自製していた。

 その頃初めて、ノコギリカミキリを捕まえた。黒光りする背中、鋸のようにギザギザの触角、肩にある鋭い棘、両脇を親指と人差し指で掴むと、後ろ脚を前翅に擦りつけてギーギーと音を立てる。腐敗しないようにホルマリンを注入し、触角や脚の形を整えて標本に固める。暫くの間、私の標本箱のセンターを取っていた虫だった。
 採集することにうつつを抜かしていたのは中学校までだった。やがて食草ごと採って来て幼虫から育て、羽化して飛び立つ姿を見送ったり、カメラに納めることで満たされるようになった。今、我が家のプランターのスミレの群落はツマグロヒョウモンの為、そして生い繁るパセリはキアゲハの為……その原点が、65年前のこの頃にある。
 早春の大宰府政庁近くの道端で、スカンポの葉裏に冬を越したベニシジミの幼虫を見付けた日のことは今も忘れない。雪に埋もれて、半ば凍結した状態で冬を越す逞しさ、春の日溜まりをチロチロと小さな炎のように舞うベニシジミは、私の最も好きな蝶になった。

 庭の片隅で、梅雨明けと共に延びはじめた雑草に包まれるように、あの懐かしいノコギリカミキリが骸になって転がっていた。近くにビロードコガネも脚を縮めて蟻の引くままになっている。
 虫も焼き尽くすほどの猛暑である。連日、35度を超える猛暑日が続いている。
 蝉の骸も目立つようになった。姦しい鳴き声も、彼らにとっては雌を惹き付けるための、懸命の求愛の歌声である。鳴き疲れ、交尾を済ませた雄や産卵を終えた雌は、やがて力尽きて地に落ち、蟻に身を任せる。まだ8月にもならないのに、沢山の虫たちの命が尽きていく。
 そんな暑さをものともせずに、庭の散策にいつも付き合ってくれるのは、2匹に増えたハンミョウだけである。

 そして、8月が来た。

 今夜の番組に、カマキリ先生・香川照之の「昆虫すごい!やばい!」と出ていた。遥々コスタリカまで虫を追っかけて行ったらしい。歌舞伎役者の市川中車としてより、カマキリの着ぐるみを着たの彼の方が遥かに生き生きしていると思う。
 「やばい!」という言葉が気になる。近年、昆虫の絶滅が増えているというニュースを見た。人間一人当たり3億匹とも5匹億ともいう昆虫の個体数だが、絶滅していく数も半端じゃないのだろう。

 今日も36.1度。明後日に、38度の予報が出た!

 何故か、ハナミズキにニイニイゼミが群れる。これも今年初めての現象だった。数年後には、このハナミズキの枝にたくさんの空蝉がしがみつくことだろう。
 その光景を絶対に見届けてやろう、と決意している自分がいた。
                  (2019年8月:ノコギリカミキリの骸)

<追記>
 「昆虫カタストロフィー」⇒⇒「人間カタストロフィー」という、怖ろしい内容を示唆する番組だった。毎年2.5%昆虫の数が減り続けているという。100年後には、僅か1%に激減……食物連鎖の最下層の昆虫が激減すれば、やがてその連鎖は上層に及び、人類も滅亡に到る。更に、植物の80%が昆虫に依存して授粉している。その機能が失われれば、廻りまわってやはり人間のカタストロフィーに結び付くというのだ。
 誕生以来4億年の間に、昆虫は幾度もの生物絶滅期を生き延びてきた。既に、環境に順応して変化(進化)を始めている昆虫も確認されているという。加速しながら絶滅期に突入した人類……人間が亡びた後に地球を席巻するのは昆虫か、それともウイルスか?……いずれにしろ、人間が地球最悪の害獣であることに疑いはない。