蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

魔女の悪戯

2013年11月03日 | 季節の便り・花篇

 “御三家筆頭・尾張徳川家の至宝 日本最古の絵巻、色あせないドラマ。国宝「源氏物語絵巻」4週間限定で特別公開!”

 この惹句に引き寄せられて、友人夫妻と九州国立博物館を訪れた。……と言っても、いつもの馴染の散策路の途中にある。家から歩いて10分後には、会場へのエスカレーターに乗っていた。
 人波に押されながら、人気の特別展を半ばほど観進んだ時に、それはやってきた。右膝を突然襲った激痛!ウッと息を詰めて、一瞬立ち止まった。展覧会は、立ち止まっては時折身体を捻って次の展示物に歩みを進める。その膝の捻りが痛みでかなわなくなった。
 騙し騙ししながら何とか最後まで観て、友人夫妻を残して家内と先に帰ることにした。真っ直ぐそろりそろりと前だけに足を出しながら帰り着いて、その後動けなくなった。この段階ではまだ「歩行困難」というレベルだったが、夜から膝を曲げられない、捻れない、体重を掛けられないという「歩行不能」状態となった。
 運悪く、木曜日午後は整形外科の休診日である。悪寒に身体が震えるほどの痛みに呻吟しながら床に就いた。2階の寝室まで階段を上がることも出来ない。1階の客間に布団を敷き、松葉杖代わりに、トレッキング用のストック2本を枕元に置いて眠った。

 翌日タクシーを呼び、家内にエスコートされながら行きつけの整形外科に辿り着いた。今朝は何とか1本ストックで騙し歩き出来るくらいになっていた。
 X線診断の結果、若干軟骨のへたれはあるものの幸い骨には異常なく、一時的な炎症だろうという事だった。膝関節にヒエルロン酸の注射を週1回、高周波と低周波のリハビリを毎日、そして抗炎症鎮痛解熱剤を服用しながら様子を見ることになった。しかし、翌日から3連休で休診、リハビリもお預けという不運が待っていた。

 身に覚えはある。このところ、少し右膝に違和感はあった。正座から立ち上がる時の一瞬の痛み。「やばいな」と思いながら八千代座の桟敷席での2時間半の苦行難行に加え、二日にわたって梯子の上で膝に負担を掛けながら物置の屋根のペンキ塗りをしたとき、「無理な姿勢だな」という自覚はあった。前日、町内の高齢者と共に(自分も高齢者なのだが)マリンワールド海の中道水族館にバスハイクに行き、カメラマンとして8000歩余りを歩いた。そして、「徳川家の至宝展」である。
 この手の観覧は、立ち止まっては身体を捻って歩くの繰り返しだから、実は早足で歩く以上に足腰に負担を掛ける。……繰り返した過負荷の膝を、魔女が軽く叩いた。加齢で経年劣化した膝に疲労が溜まり、魔女の軽いひと突きで脆くも打ちのめされる羽目になったという事だろう。

 整形外科は、高齢者の群れである。それほど高齢化が進んだこの町なのだが、否応なしに自分自身が年寄りになったことを自覚させられて、いささか切ない。
 二日目から何とかストックなしで擦り歩けるようになったが、捻るとまだ痛みが走る。ナマケモノのようにそろそろ、てろりてろりと家の中を動きながら、3連休を過ごしている。膝の角度の関係で運転には支障ないと分かり、用心しながら買い物に出て膝サポーターを買ってきた。「グラつきからくる痛みに!!」という謳い文句どおり、ありがたいことに、捻りによる痛みが抑えられるようになった。
 更に、とどめのオチがある。右足を庇って動いているから、どうしても身体のバランスが乱れる。何かの弾みで、左腰がキクッとなった。魔女のひと突き(ぎっくり腰)とは、中学生の頃から半世紀のつきあいがある。このところ発作を起こさずに来ているのに、もうたくさんである。

 友人夫妻が手土産に持ってきてくれたダイモンジソウとイトラッキョウが可憐に咲き、テレビと読書に倦み疲れた目を癒してくれる。
 左肩腱板断裂修復手術後の入院病棟で新年を迎えた今年も、もう残り2ヶ月を切った。家内も私も、今年は十分に痛めつけられた。魔女よ、もうこれ以上の悪戯は勘弁して欲しい。
               (2013年11月:写真:ダイモンジソウ)