goo blog サービス終了のお知らせ 

ようこのかまど

おいしいからうれしくなるのかな、うれしいからおいしくなるのかな。

ホット梅ジュース

2013年10月20日 | ひとり飯 ~持続可能な生活会議~

梅シロップ、お湯で5倍に希釈。

ふう、冷たい雨の中よく歩いた一日だった。
でも久々にスカッとするような演奏が聴けて気分は晴れやか。
心からおめでとうと思ってる。


*****


一人暮らしの料理に圧倒的に足りない要素は
人に作ってあげる・食べてもらう、そんな“やりとり”からくる喜びだと思います。
だからある日突然モチベーションが下がるんです、「あー今日はもう冷凍食品のエビグラタンでいいや」って。

長崎を旅した際、コルベ神父に関する展示を併設したお土産屋さんのおばちゃんが母と私を捕まえて
ルルドの泉について誰か偉い人に質問した時のことを話してくれました。
そのお水をわざわざルルドまで行って汲んできて飲ませるまでに関わった全ての人々の心が、そのお水には入っているのだと。
誰かのためにと思うと力が湧くこともあり、
みんなが想ってくれてると思うと力が湧くことも、ありますよね。

では、一人暮らしの我々はどうすればいいか。

最近のこのブログのサービスで
一年前の自分の記事をメールで送ってくれるというのがあって
それが楽しいのはなんでかな、と思ったんです。
ふらっと昔の記事を眺めると、意外なことに驚きます。前は「脇役の感情こそ書き留めておくべき」と思っていたけれど、むしろその時に「この気持ちは絶対に忘れないだろうし当たり前のことだから記録しなくていいんだけど…」と思いながら書いた記事を、他人事のように懐かしく読み返す自分がいる。あんなに強烈だった感情さえ、すっかり忘れているのです!

私は私でも時が経つと大きく変化していて
今の私が過去の私から受け取るのは新しいもの。
それで「おっ、ありがとよ私」って、けっこう思っているのでしょ皆さんも。

何ヶ月も前に仕込む梅シロップや一晩寝かせるゼリーなどの料理が楽しいのも一緒の理由かもしれないなと閃いた訳です。
未来の私のために、直ぐには食べられないものをわざわざ作る。
はい、立派な“やりとり”が成立です。

今と過去 わたしとわたしが 出会う時
思い出は 新たな色合いを持って

リクエスト味噌汁

2013年10月19日 | ひとり飯 ~持続可能な生活会議~
泊りにくる友人がどうしてもお味噌汁というので

作った。

今迄あまり習慣がなかったのですが、これからはお味噌汁作って食べてもいいなと思いました。
…我ながら美味しかったんだもん。
他にも和食をもっと取り入れようかなあ。このサイトいい。:
http://www.sirogohan.com

てな訳で、土曜日11:00の朝(?)ごはん、究極ゆったりを満喫しました。
前回のウォッカ会に引き続き二回目にして
けっこうリラックスしてくれた模様。
私の部屋、小さいけれどなかなか居心地いいんじゃないか?


*****


ちなみに昨日のサシ呑みは

おでんでした。おでんって自分一人用にも便利そうなので、今日帰ったら母さんにうちのレシピをもらおうっと。
副菜担当のKは揚げ出し豆腐を作ってきてくれました。う~ん、Tシャツ(写真参照)然り、よいセンス!
デザートには、彼女のお母様からの差し入れの栗の渋皮煮と、うちの梅シロップ漬けたあとの梅。

これらを肴にちびりちびりと、
まあ、よくしゃべりました。
彼女と話す度に世界が一回り大きく見えます。
世界にはいつも、私の知らないことばかり。

キャベツともやしのナムル

2013年10月18日 | ひとり飯 ~持続可能な生活会議~

余ったキャベツを冷凍してたモヤシでカサ増し。
ラー油や七味で大人味に。


*****


月曜の本番で私のピッコロはどうだったのだろう。
たぶん団員の誰もが、私が苦手であることを知っているピッコロは。
こんなに気になるなら聞きに行けばいいのに
それどころか顔を合わせるのさえ避けている自分がいるんだから呆れる。
褒めてもらうことばかり期待している。
そもそも、気にかけてもらっているのかどうかも分からないのに。

実は知ってほしい胸の内。
でもあくまで“胸の内”としておきたいから
別にあなたに読んでとお願いしている訳ではありません、ご自由にどうぞー!という気持ちから、
ダダ漏れというやり方に。

偶然にも特定の“あの耳”に入ってくれないだろうか、
それで何かしらレスポンスしてくれないだろうか…
でもレスポンスがなかった時に傷つきたくないという気持ちから、
放り投げて見て見ぬふりというやり方に。

それで人はネット上にものを書きたがるようになったかなと思ったりします。
もちろん、動機は他にもあるけど。

先週末、ダラダラと湯上がりおしゃべりの夜長

(こんな素敵なお部屋でした)
日記やブログやツイッターやフェイスブックを書くことについて友人Sと話しながら、
自分にももっと手書きの要素があった方がいいのかなと思いました。
なんとなく。

小松菜のフライパンリゾット

2013年10月17日 | ひとり飯 ~持続可能な生活会議~

これ先々週くらいの夕ごはんだけど昨日は作ってないし。

ご飯を炊いていない日に思い立っても作れるし、放っておく時間がほとんどのラクラク料理。
美味しんだよ、これ。


*****


病棟実習中の当直は若干ハイテンションになるイベントである。
もちろん学生は見学のみなので気楽なもので、もはや「夜の病院」とか「みんなでお泊り」といった感じに近いので

こうなって

こうなったりもする(他の2人もおそろいの朝食。美味しかったこと美味しかったこと…)。
数少ない大学の思い出作りか!とか思われても仕方ない。

いやいや、そんなことを言いたかったのではない。
こういう機会に目撃する症例や先生たちの様子は、強烈な印象を与えることがある。せっかく直明けで帰れるのに「もちょっと見てようかな…」なんて言う人が出るほどに。

それに対してあからさまに興味ないと言う態度をとっていた人が、何かが琴線に触れたことで急にジワジワ惹かれて行く…こういう場面を見ると、私はとても嬉しくなる。
何を偉そうにと思われるだろうけれど、感じてしまうものは仕方ない。
私自身は見た目がいい子ちゃんなのでこういうことが起きない分、余計にそう感じるのかもしれない。(私はさして興味がなくても興味のありそうな顔をしてしまう。)

高校の聖書の先生が昔、
「それまで突っ伏していたのに自分の話を聞いてふと顔を上げた生徒を見てほくそ笑むのだ」
と言っていたのを思い出した。
きっと同じ感覚を、私は経験している。

きのこのマヨ炒め

2013年10月15日 | ひとり飯 ~持続可能な生活会議~

マヨは油としての一面と調味料としての一面を持つため、炒め物に便利なのだという
食べようびの教えに従って。

初めにフライパンに絞り出したマヨを熱してから
具を加えます。
おじいちゃんの畑のにんにくがたっぷり入っていますので
夕食用。


*****


病気と健常の境目の世界から
生と死の境目の世界へ
やってきた。

甘酒スムージー

2013年10月15日 | ひとり飯 ~持続可能な生活会議~
甘酒のもと、終わっちゃった!
最後に試した活用法はこれ。


白衣を纏った健康志向のマドレーヌですが
おそるおそる覗き込んでいます。
ブタなんか腰ひけてるし…

美味しいのに!
いつもの小松菜&バナナスムージーに、甘酒の甘味プラスしてるから。


*****


なるべく皆を喜ばせたいんだけど
いつも相手を選ばなきゃいけない。
順番こに誰かを犠牲にしている。
順番こにしていることは彼らが知る由もない。
すごく悲しい。
私は皆をその場で笑顔にできたらそれだけでいいと、思ってしまうこともある。
レジャー施設とかダンスショーとかはそれを追求してるよね、ほんとに尊敬する。

それなのに私は
誰も喜ばないかもしれない仕事を選ぼうとしている。
それどころか一時的には絶叫され罵られことも覚悟すべき仕事。
しばりつけたり閉じ込めたりすることもあるかしら。
少なくとも痛がらせたり泣かせたりはするだろう。
待たせる、がっかりさせる…毎日ありそうだ。

絶対いいことなんだから、
家族にとっては、とか
長い目で見たら、とか
論理的には、とか。
それってそんなに重要な理由になり得るのかな。
楽しい、気持ちいい、嬉しい、甘い、優しい…目の前のそんな感覚を我慢してまでがんばる理由に。

豚肉とキャベツの卵とじ

2013年10月11日 | ひとり飯 ~持続可能な生活会議~

昨日の夕飯。
めんつゆを熱し、豚肉・おあげ・キャベツをグツグツ。
アクをとって卵を回しかたら蓋、さいごに七味!


*****


ちなみに昨日は、病院の食堂がウィンナーコーヒーのサービスデー。
日々に彩りプラス、ね。


そして今日は今回のメンバーでは最後となるお昼食。
お店の名前のついた中華ランチ丼ぶり、いつもこれ。


けっこうお店でお昼食べちゃったな~…(お財布ゴソゴソ。)
「納豆は一気に3パックくらい食べられるよ」とか言われたりして笑
でも三人で楽しかったからまあいっか。
さて、中華くさいまま行くのは気が引けますが
これから中高時代にお世話になった先生のフルートオケを聴きに行ってきます。
秋は多くて大変ね。(演奏会三昧は去年で最後と思っていたが遅刻を許せば意外と行けちゃってる。)

さつまいものピーナッツバター和え

2013年10月11日 | ひとり飯 ~持続可能な生活会議~

ジャンキートーストに引き続き、ピーナッツバターを使用。
夕飯のおかずに、という名目で作りましたが
おやつです。完全におやつ。
なんで自分がこれほどにピーナッツバター味を欲しているのかはよくわかりません。

おいもはなるべく切らずにチンした方がホクホクになるそうです。
また、おいもが熱いうちに和えるとピーナッツバターと絡みやすいそうです。
ピーナッツバター大さじ3に対して醤油小さじ2、白ごまお好みで。

残ったら冷蔵庫で冷やして食べるのもまたよし。
一切れしか残らなかったけれど。


*****


昨日の試問で印象的だった、しかし当たり前のセリフひとつ。
「病名を付ける目的はその人を理解することである。」

ジャンキートースト

2013年10月10日 | ひとり飯 ~持続可能な生活会議~

頓服:動悸がするほどの空腹時

ピーナッツバター+スライスチーズです。
甘味と塩気…じゃない。
あまじょっぱい。
そう、この「じょ」という響きがきっと大事なんです。

さて、落ち着いたところで夕飯つくります。


*****


私たちも問診ではとりあえず食欲低下と不眠があるかどうかを聞くという習慣がありますが
実際にそれらが主訴となっている患者さんも
治療の妨げとなっている患者さんも多い。

摂食障害ではない疾患で入院されていても「食べたくない」という言葉が聞かれると、
先生は大抵こう仰います。
「精神にストレスがかかっている時はエネルギーをたくさん消費しているから、食べた方がいい!」

不眠は出ているがご本人にとってはいつものことであまり困っていないケースでも
「治療効果を考えると、寝過ぎでぼんやりくらいの方がいい!」

…ほう、と。
すると、未熟者の医学生なぞは自分がお腹が空いてカバンをやさがししたりクルズス中にも拘らず眠さに抗えなかったりする時にも
「ああ私のこの状態は体が必要としていることだから仕方がないのだな」と短絡的に思ってしまうのですが。
興味深いのは、病名のつかない自分にも共感できることはあって、「何にせよ程度の問題なのではないか」と思ってしまうことです。

特に今の科の部長回診などでは、あとで振り返ってみると
トイレの日めくりに書いてあるような…
と思うような人生の教訓が聞かれることもあります
(恋愛のことなどを“オヤジ”に言われて「あなたの知ったことか!」と思うこともありますが笑)。
そして、その時はなんとも思わなかったようなセリフほど
生活の中で、ふと思い出されたりするものです。

というわけで!
明後日から福島のハワイ、いってきます。
親友と温泉と美味しい食事と良質な睡眠(おしゃべりし過ぎなければ)で
“体”を万全にして、ピッコロの本番とその翌日から始まる救命の三週目に備えます。