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ようこのかまど

おいしいからうれしくなるのかな、うれしいからおいしくなるのかな。

ちょっと卒業式に。

2020年01月17日 | おべんとメモ
境い目にいる焦燥感。
それは周囲が醸し出しているだけだと思ってたけど
それなりに吸い込んで染まった。
生活が変わるから、とか
誰かいなくなるから、とかではなく
振り返ったりまとめたりいつも言わないことを言ってみたり
そういう機会ってなかなかないから
人々はこの境い目を儀式の機会として利用してきたのだな。
無意識に向き合わないようにしてきたことにも気付いてしまったし
他人との距離が長くなったりとまだ寂しさも味わうのだろうけど
悪い気がしないのは、次のからは真の、愛妻弁当ということ。

*****

なんとかかんとか記録を書き上げ(緊急受診のときはごめん!としか汗)
送るものは送りつけ(あ、あと一つ離陸前にやっつけなきゃ…涙)
大学院の履修手帳も無事に提出し(こちらはまだ卒業じゃありません笑)
ふわふわと空港に向かっています。
休みは休みでその前が大変な学年になってきたんだなあ…

そいえばいただいたお小遣い、スーツケースを買っても少し余ったので
新しいお弁当箱を買いました!
きれいに洗って乾かして…
帰ってきて使うのを楽しみに、
いってきます。

ととのいました

2020年01月10日 | おべんとメモ
※残ってた、去年のお弁当の写真

うそ、当日まで整え続けます。
ここにきて脳内大忙しです。
いや、実際やるべきことが多く溜まっているのかな?
緊張が強いせいで、やや深刻に感じすぎていると信じたい。

日々の臨床の記録も、研究の質問紙配りも、学会アピール系の発表の業務(2つ)も
ちゃんとやりたいとか欲張っているとどれも完了しないまま毎日が過ぎて行く。
それは先月から仕事の後にもう一つ用事を入れていることが多いからというのも大いにあるけども笑
(だいじなセレモニー前なのでさすがに肌や筋肉やいろいろのメンテナンスもやらせてくれい!)

そう、メンテナンスだいじ!
プロセスだいじ!!!
結果オーライなセレモニー頼みの私にプランナーさんも釘を刺していた、
その意図がだんだんわかってきた。

昨日は心がばたつき過ぎて私のメンターのところへ髪切りに。
「やっと落ち着いたけど、最後にこんなこと言われて驚いた」という話をしたら、メンターが
「素直に言ってくれたこと、感謝だね」と…
セレモニーに備えてトリートメントで整えておくね〜なんて言いながら。
さすがです。

たしかに、途中は下手な喧嘩みたいになって、ぐしょぐしょになって、もうどうしようかと思ったけど。
最後の言葉を聞いて、「そんなの早く言ってよ!」って思ったりもしたけど。
それが初めから言えたら苦労はないんだ。
それでも私を思って諦めず言葉を投げては受け続けて、大きく変化してくれたんだ。


ちょっとウルッとしてしまった。

あらたしき年の始めを前にして

2019年12月31日 | おべんとメモ
お弁当納め。
作り始めて1年が過ぎた。
課題はいろいろ詰まってる。
でも毎回おいしいと言って食べてもらえることと
前より上達したとも言ってもらえること、
その両方に支えられているから
いい予感。
いい予感を持ち続けている限り、
昨日より今日、今日より明日、今年より来年と
前に進めるから、
そしてちょっとずつ上にも登っていけるはずだから。
そう思えば、うまくいかなかった自分も認めてあげられるね。

総じて、
総じれば、いい1年だった。
それは、辛い経験が自分の仕事に役立つからかと思っていた。
でもそれだけじゃない、それでしか成長できないなら辛過ぎて、この仕事ひとに勧められない笑
新しい年につながるだいじな1年になったから。
だいじなものが見つかったから。
宝物の1年。

丁寧にやりたいだけ

2019年12月17日 | おべんとメモ
やっぱり私たちのプランナーさんはすごい。
私のとらえどころのない質問に適切に回答し、
私に「つまり私のこのモヤモヤは、“ボヤける”ことへの抵抗感だったのだ」
と気付かせてくれた。

ボヤけるとは、ひとつひとつの行為の趣旨が見えにくくなること。
儀式的なことに関して、よく感じる。準備が始まった時から多分それが嫌で不安を感じてきた。
別に儀式が嫌いなわけでもクレイジーな型破りを求めているのではないのだ。ただ、明らかに形骸化しているものには首を傾げてしまうから。だから礼拝学専攻だった私の教会の牧師先生には共感するところが多いのかもしれない。
もちろん私が趣旨を納得しているだけでは不十分で、それが周りにも伝わってこそ意義がある。そこがチャレンジングなところであり、そのやり方にこそ個性が出て、それがやりがいにもなりうるのではないか。

何にでも意味を、どの行為にも目的を持たせたい私のこだわりを
理解しようと受け止めてくれる人といられるのは、私にとってこの上ない幸せなのだ。
そのこだわりで自分の首しめてることはよくあるけれど、
納得しての苦労は厭わないでいるつもり…時間が許す限り笑
その点、研究の質問紙配りが思うように進まないことは私の慢性ストレスになりつつある…!

アイデンティティ

2019年12月03日 | おべんとメモ
抑うつ状態の背景にアイデンティティ・クライシスがあるよねと 師匠によく言われてきたけど今まではピンとこなかった。 年下の患者さんがその答えを自ら見つけてきてくれて、それでほとんど治ってて 私も腑に落ちた。 そして彼女のクライシスは、なんと私のクライシスでもあった。 痛いほどわかった。変われることと、変わらないことがある。それを知ることが、大人になるということ。 治療的自己が相当ぐらついた。 そして、少し、しかし確実に、開けた。 私も人のこと言えなかった。 嫌な思いしてぶつかって、それでやっと見えるものがある。避けてきたのだ、そのツケは必ずいつか。 いつもこうして患者さんから教わってばかり。

祝福

2019年11月29日 | おべんとメモ
いつまでも
みんなのかわいこちゃん
ではいられない。

世界をいったん狭めることも必要だった。
おかげでほんとうにだいじなものが見つかった。
どんなときも正しい目で見てくれる人がわかった。
他人のことを心から祝福できる人もいることを知れた。
そんな祝福を、心から貴くありがたいと思えるようになった。
これが今年の経験から私が得た有意味感、sence of coherence。

報告義務

2019年11月23日 | おべんとメモ
とのはありがとうとかごめんとかをごく自然に心から伝えられてしまう、
私にとっては奇跡の人である。
自慢じゃないけど(自慢です)この日もお弁当食べた後のフィードバック(ポジティブのみ)メッセージが送られてきた。
私はこれが送られてくるのをいつも密かに待ちながら、熱気の溜まってきた午後の外来で闘っているのである。

一方、私はとのに出会ってから何度も反省してるんだけど、
それでも
あ!あの時に私ちゃんと伝えられてたかな、伝えてないかも!
と思うことがある。

たとえば…
私たちが選んだ会場に、
初めて食事に行ったのは私のだいじな業務が始まる前の壮行会。
数時間後には大勢の前で挨拶することもすっかり忘れて、全く緊張せずに前日寝るまでを過ごしてしまったほどの美味しい食事だった。人を夢中にならせる食事ってすごい。
次に行ったのはプロポーズの日。
予感が全くなかったわけではなかったのに(笑)やっぱり美味しい食事(ワイン込)に夢中になるうちにふわふわしてしまって、大事な局面でまるっきりの素のリアクションをしてしまった。人を素直にさせる食事ってすごい。
私たちの門出の日の会場は、その素晴らしすぎる食事やプロポーズのエピソードが決め手になったと思われるかもしれないけれど
私としては壮行会の時にとのが「ささえます」と言ってくれた時に見えた窓の外の夕焼けがすごく印象に残っていて
大岡信の「今日のこの風景を君にあげよう」級の感動として心の中にしまってあるの

は、との知らないでしょうね…伝えなきゃ。