旅立つもの 江原 達
ぼくはふたたび旅立つだろう
夢みる逃亡者の影のように彷徨い
にぶい岩肌の道を
朝の静寂が夜のしじまに面紗を蔽い
さわやかな風の音とともにやってくるのを聞きながら
空のたかみに突き刺さる樹々の梢が
肩を寄せあう森の上 湖の中に影を沈めた
その尖峰のところへ。
ひとしきり烈しい雨が降り
霧が苔を培う橋の下に
名残りをとどめる雫がぎらぎら輝き
岩をかむせせらぎに咲いた
一本の真紅のコスモスも
ぼくの濡れた午後を癒すことはない。
ぼくはふたたび旅立つだろう
はるかゆくてに虹が架る
草いきれのむんむんする中に仰ぎみた
積乱雲の中で
白い花びらのように飛翔する
鳥たちの群れのめざす
その夕映えの中へ。
子供の頃、親に連れられ京都市内からの帰り道の思い出である。お土産に一冊本を買ってあげると言われ、京都駅の土産物店が並んだ一隅の小さな書店に立ち寄った。早く決めなさいと叱られながら、迷った挙句に選んだのが『エーデルワイス・シリーズ2 山の詩集』(角川書店、1968年)で、このなかに収載されていたのが「旅立つもの」である。
駅前再開発に際して自宅や医院が移転を余儀なくされたのを機に、再び読むことはあるまいと思う多くの本を処分した。この本は手元に残して今の住まいに携えてきた内の一冊である。巷で右往左往したまま、ついぞ本格的な山登りには御縁がなかった身であるが、この詩にふれるたびに、心身共に山巓の涼気に洗われる思いがする。