花紅柳緑~院長のブログ

京都府京田辺市、谷村医院の院長です。 日常診療を通じて感じたこと、四季折々の健康情報、趣味の活動を御報告いたします。

木賊(とくさ)といふ物は│枕草子

2019-09-06 | アート・文化

歌川芳虎画「書畫五拾三驛 大和西京 清少納言雪見の圖」, 明治五年

華道大和未生流の月次研究会で、御家元が『枕草子』の「草は」、「草の花は」で始まる段を提示され、鮮やかな感覚で掬いとられた草花の表現に言及された。枕草子の諸伝本には三巻本、能因本、堺本、前田家本の四大系統がある。御講義でお挙げになった一つの例は、能因本・第六十七段「木賊のといふ物は、風に吹かれたらむ音こそ、いかならむと思ひやられてをかしけれ。」のくだりである。同じく「草は」で始まる三巻本・第六十四段に木賊の記述はない。

木賊は生け花の花材として賞翫されてきた植物である。また細い添花の根元を一つに纏める際に輪切りにした茎を使えば有用である。だが非常に繁殖力が旺盛で、地下茎が多数分枝して節から地上茎を次々と直立する。見る間に庭全体に広がって彼方此方に繁茂するので、他の植生への影響を考えて多くを刈り取らざるを得ない。どちらかと申せば、我家では邪魔者扱いの木賊である。

木賊が風に吹かれる音とは如何なる音なのか。研磨に用いて砥草とも称する木賊のざらつく茎が擦れ合って出す軋音だ、などと申せば商量に過ぎ微塵の風趣もない。ところで耳鼻咽喉科医が申すには語弊があるが、音を聞くのは必ずしも耳だけではない。木賊を眼前にして木賊を見ていない時にはこの音が響く耳はもたない。「松の事は松に習へ、竹の事は竹に習へ」ならば、木賊の事は木賊に教えを請わねばなるまい。蓑虫説跋中に程顥の詩を踏まえた「静にみれば物皆自得す」の言葉がある。静観の眼で木賊を見た時に初めて忽然と心の耳をうつ音なのだろう。その時の幽(かそけ)き音をいけばなに留めようとする。木賊に限らない、大和未生流で斯くあるべしと御指導頂いてきたのはこのような花である。

「草は、菖蒲。菰。葵、いとをかし。祭のをり、神代よりして、さるかざしとなりけむ、いみじくめでたし。物のさまも、いとをかし。おもだ)も、名のをかしきなり、心あがりしけむと思ふに。三稜草。ひろむしろ。苔。こだに。雪間の青草。かたに。かたばみ、綾の紋にてあるも、こと物よりはをかし。
 あやふ草は、岸の額に生ふらむも、げにたのもしげなくあはれなり。いつまで草は、生ふる所いとはかなくあはれなり。岸の額よりも、これはくづれやすげなり。まことの石灰などには、え生ひずやあらむと思ふぞわろき。事なし草は、思ふ事なすにやあらむと思ふもをかし。また、あしき事を失ふにやと、いづれもをかし。
 しのぶ草いとあはれなり。屋のつま、さし出でたる物のつまなどに、あながちに生ひ出でたるさま、いとをかし。蓬いとをかし。茅花いとをかし。浜茅の葉は、ましてをかし。まろ小菅。浮草。こま。あられ。笹。たかせ。浅茅。あをつづら。木賊といふ物は、風に吹かれたらむ音こそ、いかならむと思ひやられてをかしけれ。なづな。ならしばいとをかし。蓮の浮き葉のいとらうたげにて、のどかに澄める池の面に、大きなると小さきと、ひろごりただよひてありく、いとをかし。取りあげて、物おしつけなどして見るも、よにいみじうをかし。八重葎。山菅。山藍。日陰。浜木綿。葦。葛の風に吹きかへされて、裏のいと白く見ゆるもをかし。」 
(能因本・第六十七段│「枕草子 能因本」, p98-100)

参考資料:
萩谷朴校注:新潮日本古典集成「枕草子 上」, 新潮社, 1977
松尾聡、永井和子校注:新編日本古典文学全集「 枕草子」, 小学館, 2007
池田亀鑑校注:岩波文庫「枕草子」, 岩波書店, 2012年
松尾聡, 永井和子校注:「枕草子 能因本」, 笠間書院, 2008