夏休みの終わり
2016/08/31
子供の頃から、夏休みの終わりの日8月31日は、嫌いでした。
宿題が出来ていず、徹夜でも間に合わず、未完成のまま、カバンに詰めるのは、嫌な気分でした。
小学校の頃のこの日には、台風がいつも来ていたような雰囲気です。大雨の音も辛気臭く心が暗くなったものです。
ゲゲゲの鬼太郎では「おばけにゃ学校も試験も何にもない」との歌になりましたが、実感持って「そうだそうだ」と感じます。
老人になると、宿題も懐かしい感じですが、時々には、宿題が出来ず、先生に叱られる夢を見ます。
誕生日の27日には、友達を呼んでお寿司など食べる会を母がしてくれましたが、そのときは、宿題のできていないことを威張りあう会話が多かったようで、みな強がりしていました。
78才の今は、義務としてすることは何もなく、したいことばかりしていますが、その感覚は韓国の両班の雰囲気かも知れません。
月刊「HANADA」という新刊の雑誌は、文春の花田編集長が新しく発行したものですが、室谷克実さんが「隣国のかたち」と連載しています。そこには働かなくてもよい楽しさが書かれています。百姓は春・夏・秋には忙しく苦しい毎日です、冬は寒く耐えがたいほどですが、何もしなくてよい百姓の天国だという意味の詩があり、韓国語のテキストで紹介されているそうです。
韓国の老人たちは、何もする必要のない老人生活を天国と感じているのでしょう?
日本のように、「生き甲斐」など考えてやる必要はいらないのです。
私の同じ年の同級生たちには、78才になって学校に通ったり、絵画の展覧会に出品したりする人が多数います。新聞社の主催する学習教室も、受講生は沢山います。
私はこのブログの発信が、日課として、ボケ防止対策になっています。何かしていないと、生きる意味が感じられないのが日本人でしょう。
この生き甲斐が政治に向かうと、将来のない老人は、共産党ひいきになるかもしれませんね。
生き甲斐をお金儲け・小遣い稼ぎにすると、株式投資のデイトレードやFXトレードになるかもしれません。
老人も自立するには、収入が要りますし、FXはあまり無理しない老人にピッタリかもしれません。
2016/08/31
子供の頃から、夏休みの終わりの日8月31日は、嫌いでした。
宿題が出来ていず、徹夜でも間に合わず、未完成のまま、カバンに詰めるのは、嫌な気分でした。
小学校の頃のこの日には、台風がいつも来ていたような雰囲気です。大雨の音も辛気臭く心が暗くなったものです。
ゲゲゲの鬼太郎では「おばけにゃ学校も試験も何にもない」との歌になりましたが、実感持って「そうだそうだ」と感じます。
老人になると、宿題も懐かしい感じですが、時々には、宿題が出来ず、先生に叱られる夢を見ます。
誕生日の27日には、友達を呼んでお寿司など食べる会を母がしてくれましたが、そのときは、宿題のできていないことを威張りあう会話が多かったようで、みな強がりしていました。
78才の今は、義務としてすることは何もなく、したいことばかりしていますが、その感覚は韓国の両班の雰囲気かも知れません。
月刊「HANADA」という新刊の雑誌は、文春の花田編集長が新しく発行したものですが、室谷克実さんが「隣国のかたち」と連載しています。そこには働かなくてもよい楽しさが書かれています。百姓は春・夏・秋には忙しく苦しい毎日です、冬は寒く耐えがたいほどですが、何もしなくてよい百姓の天国だという意味の詩があり、韓国語のテキストで紹介されているそうです。
韓国の老人たちは、何もする必要のない老人生活を天国と感じているのでしょう?
日本のように、「生き甲斐」など考えてやる必要はいらないのです。
私の同じ年の同級生たちには、78才になって学校に通ったり、絵画の展覧会に出品したりする人が多数います。新聞社の主催する学習教室も、受講生は沢山います。
私はこのブログの発信が、日課として、ボケ防止対策になっています。何かしていないと、生きる意味が感じられないのが日本人でしょう。
この生き甲斐が政治に向かうと、将来のない老人は、共産党ひいきになるかもしれませんね。
生き甲斐をお金儲け・小遣い稼ぎにすると、株式投資のデイトレードやFXトレードになるかもしれません。
老人も自立するには、収入が要りますし、FXはあまり無理しない老人にピッタリかもしれません。