うたのすけの日常

日々の単なる日記等

うたのすけの日常 山田風太郎の「戦中派不戦日記」を読む58

2010-03-28 04:38:04 | 日記

戦時下浮世床風景<o:p></o:p>

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 ひる散髪にゆく<o:p></o:p>

 (それはよいのですが、世にも恐ろしく腹立たしい光景が飛び込んでまいりました。客を客と思わぬ傍若無人の床やの主の言動には吃驚です。この光景かなりの紙数ですが、とにかく書き写してまいります。)<o:p></o:p>

 ……。昭和もはたちなる春の床、その入り口にBarberなる洋文字うすれつつ残れるに、砂けぶり曇れるガラス戸越しにおそるおそるのぞけば、五人掛けの藁はみ出したるままの長椅子に、八人ばかり雀おしに小さくなりて、その傍にはまた三人立ちん坊のごとく髭面待てり。<o:p></o:p>

 その奥に腕まくりしてバリカンふるうおやじ、ほつれ髪すさまじく剃刀ひらめかす老婆、鬼床と麗々しき看板かかげねど、今の都に鬼床ならざる浮世床ありや。<o:p></o:p>

 三度の食事さえ千人の行列作りて、箸も立たざる雑炊食う世なり。理髪調髪もとより贅沢。十一人待つがごときはこれ天命と観念して、音もせざるよう扉を押せば、バリカンのおやじジロリと見て、<o:p></o:p>

 「待ちますよ」<o:p></o:p>

 「けっこうです」<o:p></o:p>

 と小さく答えて、立ち坊のあとに立つ。おやじ舌打ちたかく、<o:p></o:p>

 「ふん、悪日だな。きょうは知らねえがんくびばかりおしかけやがる。あんまり入ってくれるなよ。気が詰まって、くそ面白くもねえ」<o:p></o:p>

 さすがに気色ばみてその顔にらめば、いよいよ声高に、<o:p></o:p>

 「疎開々々で追い立てられた床屋に、あぶれた連中がみんな来るんだから、こちら身体がつづかねえ。いくら稼いだって腹いっぺえ食えるわけあねえしサ」<o:p></o:p>

 と語るに落つる匹夫の腹勘定。なに、たかが床や風情なり。時のあらしにいささかのぼせ気味あるは大目に見るとせんと、ほほえみてなお隅に立つ。