愛媛の伝承文化

大本敬久。民俗学・日本文化論。災害史・災害伝承。地域と文化、人間と社会。愛媛、四国を出発点に考えています。

【帰る】の愛媛方言「いんでこうわい」「いぬる」

2012年09月14日 | 口頭伝承
愛媛県とくに松山市周辺では、「帰ります」を「いんでこうわい」という。

同僚が仕事を終えて、先に帰るときに「いんでこうわい」。

はて?帰ってくる?家に帰るのか、はたまた休憩して再度職場に戻ってくるのか?

「いんでこうわい」と言われた側は、また職場に戻るのだろうかと思って、

逆に帰りづらくなる。職場を施錠して帰ろうにも、

「いんでこうわい」と言った同僚はなかなか帰ってこない。

結局、家に帰ってしまっているのである。これが恐怖の松山言葉「いんでこうわい」。


「いんでこうわい」。これは「いぬ」つまり去る、帰るの意味。

日本国語大辞典では「ある場所から立ち去って、他の場所へ行く。また、もと居た所へ帰る」とある。

この辞典の説明も2つの意味がごちゃまぜになっている。

AからBに行く。これだけではなく「もと居た所へ帰る」

この「もと居た所」ってどこ?? Aなのか、それともBなのか。

Aを職場、Bを家に例えると、

「もと居た」はAでもBでも構わないように受け取ることができる。

でも、松山言葉「いんでこうわい」の帰る先はBの家である。

つまり「もと居た所」イコール家。

松山の人が、職場よりも家を大事にしている? それは別として、

自分の本拠が家であると強く認識している証左かもしれない。


こんなことを考えていると、愛媛の各地で「いぬる」という方言を使っていたことを思い出した。

「いぬ」じゃなくて「いぬる」である。

動詞としての「いぬる」。これ日本国語大辞典にも出ていない。

出ているの「いぬる」は、「いぬ」の連体形である。動詞ではない。

と思っていたら、『日葡辞書』にこう書いてあった。

「Ini, uru, inda(イヌル)<訳>去る、または元に帰る」

『日葡辞書』が編纂されたのは西暦1603年。

このときのイヌルとか inda つまりインダは、愛媛でも頻繁に使われている方言である。

「いぬ」自体は、古事記、万葉集にも出てくる古語である。

これに、わざわざ「る」を付けて「いぬる」という動詞を作り上げられたのだろう。

ちなみに、いぬ、いんだの方言は、日本国語大辞典で紹介されているのは、

福井県遠敷郡の事例だけある。

愛媛にもあるが、全国さがせば、他の地域にもあるのだろう。

しかし、「いぬ」、「いぬる」の方言の分布、地域差は

もしかしたら、言語変化の時代差かもしれない。

古い「いぬ」、新しい「いぬる」、そしてそれが使われなくなる時代、そして地域。


松山の「いんでこうわい」や愛媛各地の「いぬる」という方言は、

日本語の変遷を考える上で、結構、面白い題材なのかもしれない

と思ってしまった。


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