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愛媛の伝承文化

大本敬久。民俗学・日本文化論。災害史・災害伝承。地域と文化、人間と社会。愛媛、四国を出発点に考えています。

タンポポの俗信

2004年03月24日 | 口頭伝承

愛媛で聞くことのできる俗信「ミミツブシ:タンポポの綿毛が耳に入ると耳が聞こえなくなる」を考えてみた。
 そもそも「タンポポ」については、文明本節用集に「蒲公草 タンホホ」とあったり、日葡辞書に「Tnpopo」とあるように、中世には既に「タンポポ」と呼ばれていたことがわかる。江戸時代の和漢三才図会に「蒲公英 和名不知奈、一云太奈、俗云太牟保々」とあり、正式には「蒲公英(ホコウエイ)」と呼ばれ、日本名として「不知奈(=藤奈)」、「太奈(=田菜:田んぼに生える草の意?)」があり、その俗的な言い方として「太牟保々(たんぽぽ)」と呼んでいた。なお、漢方では「蒲公英」は、解熱、健胃薬であり、食されていたようである。
 タンポポの語源は、大言海によると、「タン」は「タナ(田菜)」の転で、「ホホ」は綿がほほけていることからだというが、柳田国男『野草雑記』(定本22集)によると、タンポポの方言にツヅミクサ(鼓草)があり、鼓の音を擬したものではないかという。
 さて、「ミミツブシ」であるが、本草綱目啓蒙によると「馬勃<略>ほこりたけ、みみつぶれ、みみつぶし 讃州」とあり、キノコ科の「埃茸」のことを「みみつぶし」といっている。必ずしもタンポポの方言だけでないことがわかるが、さらに調べてみると、キク科の多年草であり、タンポポに似た植物である「ジシバリ」のことを「ミミツブシ」という事例が愛媛県重信町にある(『日本国語大辞典』より)。類例として、タンポポの方言に「ミミツンボ」というところが大分市にあるが、同じく重信町や周桑郡では「ジシバリ」のことを「ミミツンボ」という。また、柳田『野草雑記』によると、福井市ではススキの穂を「ミミツンボ」という(以上『日本国語大辞典』)。
 なお、タンポポ、ジシバリを食べたり、綿毛が耳に入ると聞こえなくなるという文献や事例は、私の手元の一次資料では確認できない。
 そもそも耳に異物が入ることは歓迎すべき事ではないが、綿毛が外耳に入ったところで、即、耳が聞こえなくなるとは考えにくい。また、耳元で吹いたとしても、押し込まない限り、耳に入るとも考えにくい。医学的にはタンポポの綿毛が耳に入って鼓膜につくと耳閉感(耳がつまった感じ。高所での耳詰まり感のこと)になるらしいが、過去の文献や各地の方言を見ていくと、耳が聞こえなくなるという俗信は、「タンポポ」の語源が鼓の音に由来していることと、何か関係しているのではないだろうか。
なお、『日本民俗大辞典』下633頁によると、今も利用されている民間薬としても「蒲公英(タンポポ)」が「健胃、利尿、催乳」の効能があるとして紹介されている。

2004年03月24日