北海道を離れて奈良県に引っ越しをしてから昨日で一か月。 色々、引っ越し後の手続きやら荷物の整理等で落ち着いた生活を送れるようになったのは数日前、でも今度は猛暑到来で又もバタバタ。
そんな訳でブログの更新は先延ばし、カレンダーを見ると今日で6月も終わることに気付き慌てて更新作業をすることにした。
先ずは先月の5月27日午前8時過ぎに、生まれ故郷を私達夫婦とちゃ平次の二人と一匹で軽バンのダイハツ,アトレーに乗って出発する。この旅と云うか移動はちゃ平次ファーストで考えているので、
今年11歳を迎えるちゃ平次には厳し過ぎるのではないかと移動する手段を色々考えたりもしたが、最終的に家族である我々二人と一緒が一番ではないかと決めたことである。 私の姉等は移動中にちゃ平次が
如何にかなるのではと思って別れの言葉を繰り返し掛けていたほどである。ちゃ平次も車に乗るのは生後六か月頃に去勢手術と健康診断で30キロ程離れた動物病院に2回行ったのみで、約10年振りでの車移動である。

キャリーバックにすんなりと入った10キロ近い体重のちゃ平次を車に乗せるが、意外に大人しくしてくれており先ずは一安心。エンジンを掛けて走り始めてからは少し鳴いていたが概ね大人しい。下道から高速に乗って最初のPAで
暴れもしないので、そこからはキャリーバックから出し、車内で自由にさせる。 今回、私は運転席での仮眠スタイルで、後席(荷室)一人用の簡易ベッドには妻、その下段のスペースはちゃ平次で、一番ちゃ平次が場所を占有している。
車での移動には一安心したが、一番心配していたのはフェリー内でのことで、音等にビビりのちゃ平次が一匹で4時間もの間、無事で居れるのかと云うこと。(ネコは車内から出すことが禁じられており、人は車内に残れない)しかし、頑張れと言葉を掛けて函館、青森間の4時間を辛抱してもらうしかなかった。(午前11時のフェリーに乗る)
青森港に着き、どんな状況だろうとドキドキしながら車内のちゃ平次をみたところ全然平気な様子であった・・・それにしてもよく頑張った。(午後4時頃に青森到着) ちゃ平次のことも考えて小一時間、フェリー乗り場で停車させて休ませることにする。(動いていると余り眠れないようで、停車中は眠っていた)
此れ迄の奈良行きでは1日半であったが、今回は2日間を費やすこととして、停車している時間を多くした。初めての旅行ともなる妻には少々可哀そうとは思ったが、今回は何といってもネコ優先の旅なので、我慢してもらった。でも、ベッドで眠れるだけ私よりは良かったのでは・・・(1日目は秋田県、PA畑 2日目は新潟県、SA名立谷浜で車中泊)

1日目こそ落ち着かずにいたが、2日目からは走り行く窓外の景色を睥睨し、走行中の車内に有るネコトイレで上手にバランスを取りながらウンチをしたりと元気よく、29日の夕方5時過ぎに奈良の自宅へ到着した。高齢ながらちゃ平次は大したものである。以前、ちゃ平次の子猫時の記事を書いたが、このネコは雄ばかりの5人兄弟で我が家の車庫内で生まれ、生後間もなく母ネコが居なくなり、その後、母ネコの姿が見えないことに気付いて保護したが、既に2匹が死んでおり、保護した翌日には1匹、そしてその10数日後には残っていたもう1匹も死に、ちゃ平次のみが残ったので、並みの生命力を持ったネコではないと家族中が認識していた。ミルクの飲みっぷりも自分で哺乳瓶を手で持って飲んでおり他の兄弟の倍以上の大きさであった。それが、そのまま今でも維持し、先日痩せたようなので体重を計ったが9.5キロであった。
兎に角、無事に1400キロの旅を終えることが出来ホッとしている。しかし、全くの影響がなかったとも言えず、鳴き声が多様になったことと夜鳴きをするようになったこと。引越して10日間位は随分と鳴き声や行動で起こされたが、最近は随分と落ち着いて夜中に起こされることは略無くなった。と云うことで、我々夫婦は毎日のように寺社巡りをしているが、暑いので余り無理は出来ない。ちゃ平次はエアコンの効いた部屋でへそ天でお留守番を日課としている。
そんな訳でブログの更新は先延ばし、カレンダーを見ると今日で6月も終わることに気付き慌てて更新作業をすることにした。
先ずは先月の5月27日午前8時過ぎに、生まれ故郷を私達夫婦とちゃ平次の二人と一匹で軽バンのダイハツ,アトレーに乗って出発する。この旅と云うか移動はちゃ平次ファーストで考えているので、
今年11歳を迎えるちゃ平次には厳し過ぎるのではないかと移動する手段を色々考えたりもしたが、最終的に家族である我々二人と一緒が一番ではないかと決めたことである。 私の姉等は移動中にちゃ平次が
如何にかなるのではと思って別れの言葉を繰り返し掛けていたほどである。ちゃ平次も車に乗るのは生後六か月頃に去勢手術と健康診断で30キロ程離れた動物病院に2回行ったのみで、約10年振りでの車移動である。

キャリーバックにすんなりと入った10キロ近い体重のちゃ平次を車に乗せるが、意外に大人しくしてくれており先ずは一安心。エンジンを掛けて走り始めてからは少し鳴いていたが概ね大人しい。下道から高速に乗って最初のPAで
暴れもしないので、そこからはキャリーバックから出し、車内で自由にさせる。 今回、私は運転席での仮眠スタイルで、後席(荷室)一人用の簡易ベッドには妻、その下段のスペースはちゃ平次で、一番ちゃ平次が場所を占有している。
車での移動には一安心したが、一番心配していたのはフェリー内でのことで、音等にビビりのちゃ平次が一匹で4時間もの間、無事で居れるのかと云うこと。(ネコは車内から出すことが禁じられており、人は車内に残れない)しかし、頑張れと言葉を掛けて函館、青森間の4時間を辛抱してもらうしかなかった。(午前11時のフェリーに乗る)

青森港に着き、どんな状況だろうとドキドキしながら車内のちゃ平次をみたところ全然平気な様子であった・・・それにしてもよく頑張った。(午後4時頃に青森到着) ちゃ平次のことも考えて小一時間、フェリー乗り場で停車させて休ませることにする。(動いていると余り眠れないようで、停車中は眠っていた)
此れ迄の奈良行きでは1日半であったが、今回は2日間を費やすこととして、停車している時間を多くした。初めての旅行ともなる妻には少々可哀そうとは思ったが、今回は何といってもネコ優先の旅なので、我慢してもらった。でも、ベッドで眠れるだけ私よりは良かったのでは・・・(1日目は秋田県、PA畑 2日目は新潟県、SA名立谷浜で車中泊)

1日目こそ落ち着かずにいたが、2日目からは走り行く窓外の景色を睥睨し、走行中の車内に有るネコトイレで上手にバランスを取りながらウンチをしたりと元気よく、29日の夕方5時過ぎに奈良の自宅へ到着した。高齢ながらちゃ平次は大したものである。以前、ちゃ平次の子猫時の記事を書いたが、このネコは雄ばかりの5人兄弟で我が家の車庫内で生まれ、生後間もなく母ネコが居なくなり、その後、母ネコの姿が見えないことに気付いて保護したが、既に2匹が死んでおり、保護した翌日には1匹、そしてその10数日後には残っていたもう1匹も死に、ちゃ平次のみが残ったので、並みの生命力を持ったネコではないと家族中が認識していた。ミルクの飲みっぷりも自分で哺乳瓶を手で持って飲んでおり他の兄弟の倍以上の大きさであった。それが、そのまま今でも維持し、先日痩せたようなので体重を計ったが9.5キロであった。
兎に角、無事に1400キロの旅を終えることが出来ホッとしている。しかし、全くの影響がなかったとも言えず、鳴き声が多様になったことと夜鳴きをするようになったこと。引越して10日間位は随分と鳴き声や行動で起こされたが、最近は随分と落ち着いて夜中に起こされることは略無くなった。と云うことで、我々夫婦は毎日のように寺社巡りをしているが、暑いので余り無理は出来ない。ちゃ平次はエアコンの効いた部屋でへそ天でお留守番を日課としている。