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とりがら時事放談『コラム新喜劇』

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中華航空機の丸焼けと鰻の蒲焼き

2007年08月21日 06時39分12秒 | 社会
沖縄の那覇空港で中華航空のB737が全焼した。
原因は未だ不明とのことだが、死傷者がでなかったのが幸いだ。
私はニュースを聞いて名古屋空港の事故を思い出し、チェッ、またチャイナエアーかと毒ついた。

さて、ニュースが発信され始めた丁度その頃、私は仕事をちょこっとサボってmixiの掲示板を閲覧していた。
やはりmixiのニュースのコーナーでは中華航空の火災事故の第一報が報じられ、多くの人がコメントをつけはじめていた。

どんなコメントを書き込んでいるのだろうかと読んだ私はひっくり返りそうになった。
私の体重で椅子が壊れかけていたのだ。
それはともかく、どんなコメントが書き込まれているかというと.......。

「中国絡みは何かと問題が........」
とか、
「食品だけでなく飛行機までも.....」
とか、
「もう中国へは行きません.......」

なんてコメントが溢れているのだ。
アホちゃうか、この人ら。

中華航空に乗っても中国へは行けまへ~ん!

中華航空が台湾のエアラインであることを知らないのか、この人ら。
台湾は中国とちゃいまっせ。

そもそも中華航空という名前がいけないのだろう。
「中華」というような「中国」を連想するような名前を付けているのがまず間違い。
確かに、中華航空は外省人が作ったヒコーキ会社なので中国のエアラインといえるのかも知れないが、後発のエバー航空と同様、チャイナエアーは台湾の会社なのだ。

もし、中華航空と言う名前だけで中国の会社ということになれば、「餃子の眠眠」も「来々亭」も「豚まんの551蓬莱」もぜ~んぶ中国の会社ということになってしまう。

ともかく事故を頻発させるエアラインだが、中華航空機の丸焼けと抗生物質入り中国産の鰻の蒲焼きは違うということを知っておこう。

なお、ずっとまえから気になっていたのだがエバー航空のナビの画面に日本海のことを「東海」と表示してんのは、ん?日本人をナメてんの?
中華航空が中国の会社なら、エバー航空は朝鮮の会社なのかもわからない。

浴衣の着こなし

2007年08月06日 20時30分21秒 | 社会
このところ夏真っ盛りということもあり花火大会が盛んだ。
先週末の土曜日は大阪淀川大花火大会、そして火曜日はPL教団の大花火芸術と、花火大会が続いている。

花火大会が増えると浴衣姿の女性が増えてなかなか艶やかでいい。
男も浴衣を来ている者がいるが、男が浴衣を着るとどうしても安もんの落語家程度にしか見えないし艶ややかさもないので、これは居ても居なくてもどっちでもよい。

地下鉄の中でも、戎橋通りや心斎橋通り、お初天神あたりでも、百貨店の中でも様々な色合いの浴衣姿がチラホラ見られて「夏だな」という雰囲気がする。
しかも「日本の夏だな」という雰囲気がしていいのだ。
唐突だが日本の夏といえば「日本の夏、金鳥の夏」という美空ひばりが出演していたCMが懐しい。

しかし、一つ問題がある。

それは普段は和服など着もしない奴らが「夏だから」だとか「祭りだから」だとか「花火大会だから」などという理由で浴衣を着るものだから、着こなしがちゃんと出来ていない人が多いことだ。
見ていてこっちが恥ずかしくなるような人も少なくない。
しかも本人はまったくその事実に気付いていないのだ。

たとえば、
ズボンを履いている時と同じ歩き方をしているので裾のはだけている人。
草履を履かずにスニーカーを履いている和洋折衷型。
背が高すぎて浴衣がまったく似合わない人。
太り過ぎて女関取状態になっているひと。
などなど。

最悪なのが帯を締める位置がおかしくて「天才バカボン状態」になっている人が多いことだ。
帯の位置がやたら高く、胸の辺りで帯を締めている。
おまけにそういう人はあまり賢そうにも見えないので、
「パパ~、ママ~、ハジメちゃ~ん、タ~リラ~リラ~ン♪」
となってしまっているのだ。
浴衣の着こなしの下手な人の三人に一人はバカボン状態といっても過言ではない。

幸いなことに今では「天才バカボン」といっても知らない人も多いので本人も気にしていないのかも知れないが、私のように30代、40代のオジサンにはバカボンに見えて仕方がないので和装には注意が必要だ。

失言列島「地震は歴史的な実験だった」

2007年08月04日 17時35分11秒 | 社会
先の中越地震で甚大な被害を受けた東京電力刈羽原子力発電所.
その技術調査会の座長である法政大学の宮客員教授が、
「地震は歴史的な実験だった(かもしれない)」
と言ったことが失言扱いとなり即日委員を辞任した。

昨今の我が国はなんだかんだと言葉狩りが盛んである。

それなりの地位に就いている人の一言一言をチェックしているクレーマーみたいな人がいのかどうか知らないが、そのうち「発言禁止会議」なんてのが実施されるようになるかもわからない。
これではまるで「ビッグスリーゴルフ」の英語禁止ホールと変わらない。

それにしても指摘する側も指摘される側もオツムに何か問題を抱えているとしか思えない。
上げ足とって、社会や国家になにが益するというのだろう。

「女は子供を産む機械」
とか、
「原爆投下はしょうがない」

なんて類いのものは明らかにバカの発言だが、
「地震は歴史的な実験だった(かもしれない)」
なんていうのは科学者であれば、それぐらい言うかもしれないだろう。
素人の私でも、今度の地震は日本の原子力技術にとって「歴史的な経験」だったのではないかと思うくらいだ。
地震の被災住民の方々は誠にお気の毒だと言いようがないが、多くの人々は同じことを思っているだろう。

アメリカのミネアポリスでフリーウェイの陸橋が突然ミシシッピー川に崩落した。
ちょうどラッシュ時間帯だったので多くの人々が自動車ごと事故に巻き込まれ今もなお20名以上が行方不明だ。

で、橋が落っこちたで思い出すのが童謡「ロンドン橋が落ちた」。
もし今、子供たちが夏の炎天下元気に広場か何処かで、
「♪ロンドンばーし、落ちたー、落ちたー、落ちたー♪」
なんて歌いながら遊んでいたら、大人たちは「こら!そんな不謹慎な歌を歌うな!」
と怒鳴るのだろうか。

失言列島。
誰がこんな低次元なことを取り上げはじめた?

修学旅行にTDL

2007年07月31日 12時28分57秒 | 社会
修学旅行で東京ディズニーランドを訪問した大阪府高石市の市立中学の生徒が万引きを働いた。
その数なんと8人。

万引きをする中学生も中学生だが、修学旅行先にディズニーランドを選ぶ学校もどうかしている。
修学、つまり学問を修めるための旅行先が「ディズニーランド」。
どんな勉強を積んできた学校なのか。
その教育カリキュラムの内容と万引き生徒の親の脳みそを見てみたくなる。

「そんなこと言って。今時の学校はみんなそうだよ。考え方が古いんじゃない?」
なんておっしゃるあなた。
あなたの脳みそは腐っている。

ディズニーランドを訪問して、もし「TDLのビジネス成功の秘密は?」とか「TDLを訪れる外国人は中国や韓国のテーマパーク開業でどう変化したか」などを調査しにやってきていたのであれば、すごい勉強だ。
しかし、それは大学生以上の大人がやるべき研究で、中学生ぐらいの子供ができるものではない。

つまり修学旅行と称して遊びに来ていたのだ。

「当たり前でしょ」
と言うなかれ。

10年位前まで修学の目的とはまったく違うので、TDLのようなテーマパークが目的地に選ばれることもなかった。

私は高校生の時、修学旅行にスキー旅行に行かされたが、これは体育の授業の一環だった。
その証拠に自由に滑る(大阪生まれの私は滑れなかったが)ことは一切許されず、コーチが付いてリフトの乗り降りからボーゲンのマスターまで徹底的にしごかれたのだ。

「スキー旅行がOKだから、TDLでもOKね。」
というアイデアは教育委員会が考え出したのかどうか知らないが、もしそうだとしたらトンデモない考え違いと断言するしかない。

ともかくお役人や政治家が「研修」「視察」と称して海外に遊びに出かけて、市民団体や監査委員から吊るし上げを食らっているような情けない世の中。
その源流は、こういう遊び半分の修学旅行にあるのかも知れない。

弁護士とゴキブリ

2007年07月27日 21時40分59秒 | 社会
結論から言って、私は「ゴキブリ」と「弁護士」には共通点が多いと思っている。
どちらにも数が多いと社会が困るという特徴があるのだ。

たとえば、ゴキブリが多いとゴキブリを媒介として黴菌や雑菌が人間の生活空間に運び込まれ清潔な環境を保てなくなる。それに気持ちも悪い。
一方、弁護士が多いと弁護士を媒介としてどうでもいいような常識外の訴訟が裁判所に持ち込まれ正常な社会を保てなくなる。それに気分も悪い。

このようにたった数行書いてみただけでも共通点を語呂まで合わせて表現することができる弁護士とゴキブリ。
これはいったいなんなのか?
お友達なのか?

現在日本の弁護士数2万3千人。
数年前まで1万人台だったことを思うと急速に増えてしまった。
今や1人の弁護士を見つけたら、そのビルには30人の弁護士が入っていると思わなければならない。
困った事態だ。

この弁護士の急増は司法制度改革に原因があるとのことだが、質を下げずに量を増加させるはどこの世界でも難しい。

米国に比べて日本は弁護士や司法書士の人数がすくないと言われていた。
なんでもかんでも米国がお手本だと考える未だに被占領体制感覚のお国柄なので米国が正しいと思い込み、弁護士の数を増やすような改革を行った結果、弁護士の量は増えたが質が落ちた。
しかも日本ではもともと弁護士に頼まなければならないような揉め事は多くはなかったのに、揉め事以上に弁護士が増えたので、大量の失業弁護士とその予備軍を生み出したのだ。

結果、信じられないような事態が発生した。

たとえば人の家に勝手に押し入り、その家の若い母親を絞殺したうえ屍姦をし、泣きじゃくるその母の子を床に投げつけ殺害した男に「無罪を勝ち取ろう」といきり立つ弁護団。
パソコンから火が出たのにショックを受けてトラウマになったから金払え、というキ印の訴訟を引き受ける弁護士。
事故調査が終了して国が出した正式な報告書を「納得いかない」と、自分の想像通りの報告書を出すまで訴訟を続けるぞと宣言している身勝手遺族の会の弁護をつとめる弁護士。
テレビタレントよろしくたかじんの番組なんかに出ているので「オレは人気弁護士だ」と勘違いし「だから税金なんか誤魔化してもへっちゃらさ」などと思い込む不逞の輩など。

挙げていけばきりがない。

弁護士といえば昔は立派な尊敬される職業だった。
選ばれし優秀な人々。
厳然たる倫理観を持った先生方。
法の番人。
弱者の味方。

それが今となれば、
司法試験に受かった受験技術だけに優れた人々
厳然たる守銭奴たる先生方。
悪の召人。
法律知識のあるチンピラ左翼集団。
犯罪者の味方。

まさに街のゴキブリと言えるだろう。

ともかく、量を減らして弁護士の質を上げたら、日本はもっとまともな国になるに違いない。

原子力

2007年07月26日 20時13分06秒 | 社会
ほんの数年前のこと。
営業マンだった私は閑散期のある日、あまりに暇だったので思いきって飛び込み営業をすることに決めた。

もともとうちは「飛び込みセールス一切なし」の会社なのだが、あまりに暇なので暇つぶしに「いっちょ飛び込み営業でもやってみっか」と新聞の勧誘員が聞いたら洗剤でもってぶん殴られるような心構えで出かけてみたのだ。
もちろん私は飛び込み未経験の営業マンだったが、ユーザー訪問はちょくちょくしていたのでなんら臆することはないし、だいたい飛び込みセールスで達成しなければならないという数字さえない。
つまりプレッシャーがない。
呑気な話だ。
でも、呑気だといっても下らないところに飛び込んでも時間の無駄でし、面白くないと思い、とりあえず国立大学の各学部の庶務課や会計係を飛び込みでまわることにした(何を売っているのかは、ヒ・ミ・ツ)。

いくつかの学部を回ったが、活気のある所はケンモホロロ。
マジメにとりあってくれやしない。
「その担当教授のお名前は?」
なんて訊こうものなら、
「なんでオタクに教えなきゃなんないの?え?」
と顎を斜めにして訊かれる始末。
ヤンキーの兄ちゃんか、っちゅうねん。

やっぱり飛び込みはつまらんの。
などと思いながら次は小汚い建物に入っていた。
人気はほとんどない。
電気代も払えないのかと思えるくらいロビーが薄暗い。
「すいませ~ん。誰かいませんか~?」
と声を掛けたが反応なし。
奥へ入ったら集団自殺の死体が転がっているかも分らない、というような陰気な場所だったのだ。

でも国立大学の一般校舎なので入って悪いことはないだろうと考え、来客用のスリッパに履き替え勝手にあがった。

しばらく歩くと会計係の事務所があり中を覗くと人がいた。
「すいません。ちょっと新しいカタログをお持ちして製品のご紹介に来たんですが」
と言ったら、
「はいはい。それね、2階の○○研究室へ行ってみて。きっと聞いてくれるから」
と言われた。
で、言葉の通りあがったら人の良さそうな○○助教授が応対してくれて製品はもちろん、関係のない世間話に花が咲いた。
「この学部、暇なんだな」
と思ったところが工学部の原子力学科だった。

「うちはね、今は注目もされなくなって斜陽研究なんよ。原子力って危ないイメージあるからね。欧米じゃ研究、やめちゃってるもん」
と先生は自嘲気味に話された。
そこはボロボロの研究室だったが、機器や研究書類などはきちんと整理されていた。

その原子力がまたまた注目されはじめたのはここ二年のこと。
地球温暖化に一番効果のあるのが原子力発電であることがわかったからだ。(もちろん事故やトラブルがないと言う条件で)
原子力をコツコツ研究し続けていたのは被爆国日本くらいだったので今では世界各国からはその技術を買われて引く手あまた。
アメリカの新型原子力発電所は日本企業の製品になりそうだし、ロシアでも中国でもそうなりそうな雲行きだ。(アメリカはともかくロシア、中国に販売する際は「ノンクレーム、ノンリターンで」をお忘れなく)
あの暇そうな研究室も活況を呈していることだろう。

ところで、新潟地震で柏崎市の東電の原発が火を吹いたので世間はビックリ。
結局火を吹いたのは変電設備だったので一安心だったが、その一安心を吹き飛ばすようにあちらこちらで破損が見つかり大騒ぎになっている。
親善試合で来る筈だったセリエAのサッカーチームは「日本は放射線で危険だ」と宣って来日予定をキャンセルした。
どこぞの外人野球選手のように「神のお告げ」を騙って帰国するよりましだろう。

数年前と違って忙しくて仕方の無い筈の○○研究室。
地震騒ぎをどんな目で見ているのだろうか。

地震が暴く報道陣のバカさ加減

2007年07月18日 20時35分16秒 | 社会
また大地震が発生した。
テレビや新聞は地震報道一色で、がけ崩れや倒壊した家屋、転覆した電車を映しては惨状を訴えている。

地震報道を見るにつけ思い出すのは12年前の阪神淡路大震災。
震災当日の夕方のニュース番組で瓦礫と化した神戸の空撮映像に「おどろおどろしいBGM」を乗せて報道していたのだ。
「なんで報道番組にBGM?」
棚から散乱した書籍や模型、置物などを整理しながら画面を見ていた私はテレビ局の演出に呆れる前に憤りを感じた。
私の場合、あれだけの惨事で亡くなった知人はいなかったが、家を失ったものは数名いた。
家族や財産を無くした人が数十万という数ほどいるなかで、BGM付きの演出報道。
以来、その民放の報道番組は見ないようにしている。

あれから幾年月が流れたが地震報道の質はまったく変わらない。
ヘルメットを被ったレポーターが倒壊家屋の前に立ち、さも悲惨そうに伝える姿には報道哲学はまったくなく、浪花節的感情論に訴えるだけ。
だから報道としての正確さもなければ、被災者や視聴者が知りたい情報は粒ほどもない。
これが民放一社だけなら理解はできるが、NHKを含めてどのチャンネルもどれもこれも同じなのだ。

避難所の食料が足らなければ「行政は何をしているんだ?」調の報道はする。
しかしなぜ足りないかは報道しない。
きっと調べるのが面倒なのだろう。
地震によるインフラ状況も報道しなければ、支援品のデリバリー体勢、それに要する費用の出所や備蓄品の有無は報道しない。
さらに地震をきっかけに災害援助物資で儲けているヤツがいることも、報道しない。
そういうダークサイドは公務員制度改革と同じで、大学時代に同窓で学問を修めた仲間を報道する側は売るわけにいかないのだろう。

かといって行政の苦労は報道しない。
何か不備でもあったら突っついて手軽にできる取材のネタにとっておかなければならないのだ。
さらにさらに自衛隊がどこでどう救出救援活動をしているかなんてことを報道するのはご法度のようで、隊員の姿も画面の中央に見ることはない。

テレビ画面に映し出すのは「エコノミークラス症候群対策で体操をするお爺ちゃん、お婆ちゃん」だとか「オニギリを作るNGO」だとか「カウンセラーを要請する無能な学校教職員」だとかの姿ばかり。
朝も昼も夜もほとんど同じ映像。
チャンネル変えたら別の角度から同じものを写した映像だ。

「電車の開通はいつごろ?」
「高速道路は使えるの?」
「電話回線はどうなっているの?」
「上下水道、電力ガスはいつ復旧?」
「病院はどこへ行けば見てもらえるの?」
「地元の人が立ち直るための経済への影響は?」

なんてことはほとんど報道しない。

人々の生活のもとやインフラの状況よりもブルーシートの配布状況の方がニュースとして大切だとは思えない。

地震はいつも報道陣のバカさ加減を暴露する。

死刑囚の人権

2007年07月04日 06時12分32秒 | 社会
結論から言って、死刑囚に人権はない。
いや、人権があるからこそ、自ら犯した残虐な罪に対して「死」という人間らしい刑罰で被害者に対して報いることができるのだ。

CNNの報道によるとオハイオ州に住む死刑囚の母親が、
「息子の死刑は残酷だった。人権蹂躙の憲法違反だ」
と称して裁判所に訴え出たということだ。

これって、変じゃないか?

なんでもこのオバハンの主張によると、
「息子の死刑は薬物によるものだったが、死に至るまで90分もかかった。
90分もの長い時間苦しまなければならなかった息子の死刑は「残虐な行為」で憲法に違反する」
というものだ。

人を殺しておいて、犯人の息子が裁かれる時に「苦しんだか」だとか「時間がかかったから」だとか、と訴え出るこのオバハンあって殺人者の息子あり。
さもありなん、といったところか。

ではオバハンの悩みと怒りを解決する方策をお教えしよう。
死刑囚の処刑方法は、
「打ち首獄門」
「磔の刑」
「八つ裂きの刑」
をお勧めしたい。

これらは苦しむ時間が短くて「人権と憲法に適った」処刑方法。
処刑後は人権を考慮して「ほら苦しまずに死にましたよ」ということを証明するため、安らかな表情の「さらし首」。

是非、アメリカ政府にはこのあたりを実行していただきたい。
もしかすると犯罪率が減るかも知れない。

おばあさんが死んだ

2007年07月03日 05時29分01秒 | 社会
沢木耕太郎の短編集「人の砂漠」に納められている「おばあさんが死んだ」は実際にあった異様な事件を扱った印象的な作品だった。

ある老女が老衰と栄養失調で亡くなった。
老女の住んでいた長屋を整理にやって来た役所の職員は、奥の部屋に敷かれたままになっている布団を発見。
汚らしいなと思いながら何気なく布団を捲ると、そこには一体のミイラが横たわっていたのだ。

ミイラと一緒に住んでいた老女というのはいかにも異様だが、最近こういう異様な事件が多すぎる。
多すぎるために人々は驚かなくなってきてさえいる。

先週、病気で死んだ娘をそのまま布団に放置しミイラ化させた一家が逮捕された。
数年前には都内のホテルで「死者の復活」を信じたカルトな一家が父親をミイラにしてしまった事件が話題を呼んだ。

こういう「死」というものに対するオカルトチックな犯罪がなぜ日本人の間に定着してしまったのだろう。
それはきっと「死」というものが身近なものではなくなり、何か他人事のようなものに変わってしまっていることに原因があるのではないだろうか。

かつて日本は家族の単位が大きかった。
その大きな単位の中には老人もいるし、生まれたばかりの赤ん坊もいた。
出生間もない子供の生存率は現在よりももっと低く、さらに老人の寿命も短かった。
家族の中で、誰かが亡くなるということは当然のことながら少なくなかった。
死が身近である分、人々は生きることに意味を持ち、そして考えたのだ。

その考えを補助する役目が仏教であり、神道であったのだが、今や多くの人は宗教的哲学を習うよりも、なにか不思議なだけでインチキがぷんぷん漂うオカルト的なものを信じるようになってしまっている。
なぜなら、哲学的な世界は想像力と考える力が必要だが、オカルトチックな考えはテレビやマンガと一緒で考える必要がないからだ。

細木某や江原某などといったインチキ霊能者がチヤホヤされているのがなによりの証拠だ。

娘が病気で亡くなって肉体が朽ち果て、周囲に腐臭を漂わせてもなんとも思わない人々。
事故で肉親が亡くなったら、あらゆるものに責任を押し付けなければ我慢できない遺族団というクレーマー集団。
人の家族を平然と殺して死体を押し入れに積め「ドラえもんがなんとかしてくれると思った」などという人を舐めた証言をする人殺しと、そう言わせた弁護団。

こういう人々を見るにつけ「おばあさんが死んだ」と同じことがいつ身近に起こっても不思議ではない。
もしかすると「日本社会が死んだ」という時代が来ているのかもわからない。

日本の中の社会主義「運賃の謎」

2007年06月29日 21時16分51秒 | 社会
アマゾンドットコムで1500円以上購入すると送料が無料になる。
横田増生著「アマゾン・ドットコムの光と影」によると、客が1500円以上商品を購入するとアマゾンドットコム社が運賃を負担しても損をしないような運賃契約を運送会社と取り決めているのだという。
その契約価格のミニマム、300円。
1500円の購入だと粗利が300円以上あるので、顧客から別途送料を徴収しなくても赤にはならないというわけだ。

アマゾンドットコムの日本での急成長は、この運賃「見かけ無料」にあるに違いない。

ところで、私たち一般人が宅急便や郵便で小荷物を送るとき、一通あたり300円では送ることはできない。
アマゾンドットコムが最低300円の料金で全国どこへでも配送できるのは運送会社との契約が特別な内容であるからにほかならない。。
毎日数万という数の受注を捌くので運送会社としても自社倉庫のアマゾンへの賃貸と荷物の管理業務、そして配送業務と多岐にわたり、仕事の内容としても魅力的だ。
アマゾンという会社は、その販売システムが一番の武器であり、商品の在庫や荷捌きなどは世界中どこでもアウトソーシングなので日本でのやりかたが特別なわけではない。

実のところ運送業の運賃というのは国土交通省の管理下にあり、迂闊に変更などができない構造になっている。
変更ができないどころか配送を請け負う運送業者は自社の登記場所と営業エリアが厳しく管理されており、自社に認められている地域以外では簡単に営業できないのだ。
したがって、アマゾンや私たちが利用している小口貨物については、その規制範囲で運送会社と荷主がいかな方策が互いの利益になるのか模索した結果として、現在の姿が存在するというわけだ。

これがバス会社やタクシー会社になるとさらに厳しくなる。
路線バスは言うに及ばす観光バスやタクシーなども許可を受けた地域でなければ営業することはできない。
例えば、大阪に在住する人が九州に住む家族のために東京で免許を受けているバス会社の観光バスをチャーターすることはできないのだ。
しかも価格まで決められているのだから、この世界だけは社会主義がまかり通っていることになる。

今週の前半、このヤクザのシマ管理のような「縄張管理」に違反したかどで京阪タクシーの社長らが逮捕された。
中央競馬会の関連会社から依頼された印刷物の運搬を長年に渡って請け負っていたことに対する運送法違反の容疑だそうだ。

「運送会社に頼むより、タクシーで運んだ方が運賃が3分の2から半分になるんですよ」
と荷主は語った。

確かに法律違反は咎められて当然だ。
悪法も法なり。
しかし、これって何処かおかしくないか。