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とりがら時事放談『コラム新喜劇』

政治、経済、映画、寄席、旅に風俗、なんでもありの個人的オピニオン・サイト

日本航空ファン

2005年08月11日 22時54分56秒 | 社会
昨年から日本航空の飛行機が色んなトラブルを発生させて、各方面に迷惑と不安をかけているのは周知のこと。
一昨日は、バンコクから関西空港へ向かう日本航空機に離陸直後に異常が発生。
客室の原因不明の霧が発生し、あわててドムアン空港に舞い戻った。
調べてみると、潤滑油がリークしたためだという。

そして今日。
成田空港に着陸した日本航空機から部品が外れ、滑走路に散乱した。
直後に着陸した大韓航空機がそれを踏んづけてパンクした。
滑走路は30分ぐらい閉鎖されて、まともな滑走路が一本しかない首都の飛行場は混乱した。

折しも明日12日は御巣鷹山への123便墜落事故から20年。
このときの教訓をこの会社は活かせていないらしい。
いったいその原因はなんだろうか、と色々考えてみた。
というのも、私も出張で日本航空を利用する機会があるからだ。
で、その原因は、
一つ、「日本航空は半官半民で危機意識に薄いから」
構造改革時代の今日である、尤もな意見だろう。
二つ、「日本エアシステムとの強引な合併がダメなのだ」
これまた尤もな意見である。
国際線の日本航空と国内線の日本エアシステム。対立しても不思議でなはない。

しかし、なによりこの会社に悪影響を与えているのは、日本航空を好んで利用する「日本航空ファン」だろう。

私の得意先の社長で日本航空しか利用しない人がいる。
「ワシ、日本航空しか乗れへんねん。心配やろ?墜落とかしたら。」
墜落したときの保障費を心配しているのであればお目出度い。
墜落しない(ありえないが)エアラインを選ぶのが正常な考え方だ。
この社長と一緒に出張へ行ったことがあったのだが、このとき無理やり日航に乗せられた。
「社長、全日空にしましょう。着くの早いし、機内はきれいやし」
と説得したが、ファンの気持ちを切り替えさせることはできなかった。
戦前生まれの社長の頭には航空会社イコール日航なのかもしれない。

件のバンコクからの便は午前中にバンコクを経って、夕方関西空港に到着する。この便に乗ると一日まるまる飛行機の中で潰すことになるので、まともな旅行者は利用しないので知られている。
しかし、
「ワシ、日本航空しか乗れへんねん」
というお目出度いファンがいる限り、墜落することを前提に、利用者を無視して日本航空は飛び続けるのだ。

つまづいた郵政民営化法案

2005年08月10日 19時42分05秒 | 社会
やはり、ドロボウがドロボウを裁くのは無理なのか。
小泉首相がその政治生命(そんなん、あったん?)を懸けた郵政民営化法案が参院で否決された。 
僅か十数票差での否決なので、政治生命を懸けた小泉の純ちゃんにすれば悔しいやら、腹が立つやら、でご苦労さんである。

もっとも小泉首相も政治生命を懸けた割に肝心の法案は野党やら自党の反対派に押し切られ、ずいぶんと玉虫色のものに変えられたてしまっていた。
それでも国会を通過しなかったところをみると、やっぱし郵政関連の労働組合からの票田と郵便貯金のうま味からは政治家、役人ともに離れたくない、というのが本音らしい。

「え?郵便貯金?なにそれ? 田舎の郵便局が減るのが問題じゃないの?」
と思っているあなた。そういうあなたはお目出度い。
「民営化されると田舎の郵便局が廃止される」
というのは、いわば煙幕目くらまし。
事実は「わたしらの自由に使える金(郵便貯金)が、使えんようになる。」
というのが本音なのだ。

この財政投融資はアホ役人と強欲政治家が音頭をとって使っているものだから、ほとんどが焦げ付いていて、その規模も一昔前の住専なんて屁でもない額に達している、というのは半年ぐらい前に書いたような気がする。
「放っておいたら、郵便貯金が破綻するよ。」って書いたのだ。
そいう意味で、あまり好きではないが小泉首相の郵政民営化は正しい考え方なのだ。

で、解散総選挙になったのでどうなるかというと、自民党そのものも解散するんじゃないか、というのがホントのところ。
カルト公明党が滅びるらしいのは喜ばしい。
ほいでもって、次期与党は民主党。
首相はジャスコ岡田君。

お~い!
だれか人材はいないかい?
亡命中の前ペルー大統領のフジモリ氏か、台湾の李登輝前総統に「日本国籍を復活しますから、かつての祖国をお助けてください」と、私はお願いしたいくらい、人材不足。
あーなんて情けない国だろう。

それにしても、総選挙投票日が9月11日。
なんか、シャレの一種か?

平和記念碑の破壊事件

2005年08月09日 21時04分11秒 | 社会
八月九日といえば長崎に原子爆弾が投下された命日にあたる。
落とされたのはプルトニウム爆弾で広島に落とされたものよりも強力だった。
ただ長崎は地形が海に向かってすり鉢状になっているため、広島よりは被害は小さかった。
小さかったといっても、それは比較論の話で多くの一般市民が一瞬のうちに殺傷されたことに変わりはない。

戦後、連合国は日本に対して「残虐行為をやったから」という理由で一方的な裁判「東京裁判」を実施。「あんたはA級、あんたはB級」とランクをつけ、気に入らない連中を死刑にした。
たとえば米英からは「フィリピン・バターンの死の行進」も「泰緬鉄道の建設」も、すべて日本軍の残虐な施策のもとに実施されたと、いかにもなるほどと思えるような嘘をつかれ、支那からは南京で数十万の市民を虐殺したと嘘をつかれた。
なにもかも真実虚実をとりまぜて作った嘘だったが、なんせ連合国としては「日本憎し」の感覚があるから、資材不足にも関わらず安全のために実施しなければならなかったバターンの苦肉の作戦も、初めてアジアで捕虜になり、アジアの食い物でマラリア地帯を働かされた屈辱も、すべて日本人の責任にしたかったのだから、仕方がない。
日本を戦勝者が一方的に裁くのは正義ではない、と庇ってくれたのはインドだけだった。

それに対して実際に日本人市民を焼夷弾や原子爆弾で虐殺し、戦後、海外の日本資産をことごとく搾取した米英をはじめとする連合国はお咎めなし。
「収容所から出てきたら、自分の銀行貯金まで没収されていた」
という泰国日本人学校の中学生もいる。
「原子爆弾は日本の降伏を速め、多くの米国市民の命を救った」
と真面目に信じている米国人が現在もなお大勢存在している。
しかもこの意見に同調している日本人がいるのにはあきれ返ってものが言えない。

この米国人の感覚は、今も実地に見ることが出来る。
1960年代からはベトナム人を無差別にナパーム弾で焼き殺し、枯葉剤をまいて奇形児を作り出し、
80年代は国内経済が大変で、ちょっとは大人しくしてたけれど、
90年代はソマリア問題から旧ユーゴスラビア問題まで、相手が黒人だとか異教徒ならばお構いなし。重機弾薬売りつけて、話がもつれると即撤退した。
そして9.11の当てつけにイラクに戦争をふっかけて、敵大統領を拘束し、相手の一般市民も武装ゲリラとごった煮で殺害している。
自分は正義で、他人は悪。
それがアメリカ的な価値観か?

先月、原爆とサヨクの街広島の平和公園にある「あやまちは、二度とくりかえしませんから」という文面の有名な平和記念碑を打ち壊そうとしたウヨクの男が捕まった。
「なんで、日本人が「過ちは二度と繰り返しませんから」って書かないかんのじゃい!」
というのが彼の言い分。

実に尤もな言い分ではある。

タイ王国フェスタ (後編)

2005年08月04日 20時33分13秒 | 社会
色んな屋台が店を開いていたが、やはり半分はタイ関係のお店だった。
タイ東北部の郷土料理、豚の串焼きが売られていた。
「イサーンの味」
などと書いていたので、
「もしかして、タガメやカブトムシの唐揚げ?」
などと一瞬恐怖に引き吊ったが、さすがここは日本である。そんなもの売り出しても買う者がいるはずもなく、ごく普通のタイ料理なのであった。

タイのビールも売られていた。
何しろバンコクよりも蒸し暑い大阪の夏である。ビールは必需品。
それに「桂雀三郎withまんぷくブラザーズ」のライヴはサンケイホールでしか聴いたことがないのでビールを飲みながら耳を傾けられるなんて夢みたいだ。
売られていたのはシンハビール、チャーンビール、プーケットビールの三種類。
価格を見て吃驚した。
一本なんと五百円。
バンコクの7~10倍の価格で売られているのだ。
「許せん!」
とは言うものの、ここは日本だし税制も違うし口銭も必要だ。
あれやこれや経費や税金がかかっていくうちに一本500円というようなヱビスビールよりも高い価格になってしまうのだろう。
つい2週間ほど前に一本20バーツのチャーンビールをたらふく飲んで来たばかりなので、「こんな暴利を許して良いものか」と思ったが、暑さには勝てず購入した。

ライヴではいつもの曲の他に2曲の新曲が披露された。
たった30分のライヴだったが、問題なくそれなりに楽しめるものだった。
問題はライヴ終盤の観客の態度だった。
実はこの桂雀三郎withまんぷくブラザーズのライヴの後にタイの人気歌手が出演することになっており、当の二人の女性アイドルが舞台の左袖でスタッフたちと打ち合わせを始めたのだ。
すると、驚くなかれタイ・アイドルの追っかけらしきデブのオタク、もとい太っちょなファンたちがビデオカメラ、デジタルカメラを三脚にセットして、舞台の背後狙い始めたのだ。
まだまんぷくブラザーズは演奏をしているというのになんという失礼な連中だろう。
日本人アイドルには見向きもされないので、もしかするとタイアイドルだと接触する機会を持てそうだと思い、追っかけをしている連中なのではないだろうか、と思うくらいマナーが良くないのだ。
しかも、このあとライヴが始まってから「ウァー!」とか「やー!」とか応援の奇声を上げるのかとおもって見ていたのだが、ただ単にビデオを回し、デジカメのシャッターを押すだけの、元気のかけらもないほんとうに「アニメオタク」のような「オタク」であることを思い知り、つくづく情けなく思った次第だった。
でも、タイのアイドルはなかなかの美人だった。

ライヴが終わって、帰ろうとすると私を呼ぶ声がする。
「はて? こんなところに私の知り合いがいるはずがない」
と思って声の方向に目をやると、かつて私にタイ語を教えてくれていたM先生がいるではないか。
「先生! サワディークアップ。どうしたんですか」
両手を胸の前で合わせてタイ式挨拶を忘れない礼儀正しい私であった。
先生はタイマッサージの店を出し、せっせと稼いでいらっしゃるところなのであった。
「ワタシ、バンコクニモオミセダシタンデスヨ」
「え、どこです?」
「シーロムデス」
「シーロムですか」
「ルンピニーナイトバザールニ、ダシタンデスヨ」
ルンピニーナイトバザールとシーロムでは随分違うではないか、と内心思った(なんばと心斎橋、渋谷と原宿ぐらい違う)が、ともかくルンピニーのナイトバザールにも先々週行ってきたばかりなので、妙に親近感を覚えたのであった。
先生は教え子の私がもう帰るというと、ちょっとしたプレゼントくれた。
先生出演のVCDであった。
先生のタイ古式マッサージが学べる結構なビデオで、これで私にマッサージを勉強しろということなのか判別できないが、ともかく有り難く頂戴することにした。
気がつけば、しょーもなかった「亡国のイージス」の疫病神もどこかに吹っ飛び、結構楽しんでいる自分に気付いたのであった。

鶴橋商店街。
キムチだけの商店街だと思っていたが、なかなか憎めない場所である。

タイ王国フェスタ (前編)

2005年08月03日 21時16分03秒 | 社会
大阪の鶴橋といえば、JR環状線と近鉄線の乗り換えターミナルであることはもちろん、駅に降り立つと焼き肉の匂いが充満し暑い夏期には気分が悪くなってくるというドヤ街、もとい庶民の町としても知られている。
さらに、焼き肉でお分かりの通り、ここは在日の南北朝鮮人の皆さんが数多く生活している地区としても知られている。
その為かどうかわからないがコリアンタウンという名前と合わせてアジアンタウンという別名も持っているのが特徴でもあり不思議でもある。
大人数の朝鮮人が住んでいるからといってなぜアジアンタウンとまで断言するのか理解に苦しむが、「何でもウチが事始め」というくらいに立派な儒教思想の民族の方々なので、さもありなん、という気もしないではない。

このアジアンタウン鶴橋で一昨日の日曜日「タイ王国フェスタ」が開催された。

この在大阪タイ王国領事館の後援もない地味なタイ王国フェスタをどのようにして知ることになったのかというと、落語会の情報を検索していて見つけたのだった。
「ああ、家におっても暑いしな。落語でも聴きに行こか」
とインターネットで桂雀三郎の落語会情報を検索したら、お仕事情報に「タイ王国フェスタ」というのが掲載されていたのだ。
しかも落語会ではなく、まんぷくブラザーズのライブだという。
なるほど、鶴橋でヒット曲「焼き肉食べ放題」を歌うのもなかなかなアイデアである。
もちろん私にとっても無料で見られるライヴほど有り難いものはない。
そこで私はこの日、午前中は「亡国のイージス」を観賞し、午後からは鶴橋のタイ王国フェスタへ向かうことに決めたのだった。

鶴橋の商店街は聞きしに勝るアジアンテイストに溢れていた。
通路の狭さはバンコクのチャトチャックよりも狭いうえ、今は夏なのでチャトチャックよりも暑いという二重苦が待ちかまえていた。
もともと涼を求めて落語会を検索していたのに、まったく反対のことになってしまった。
だいたい朝から見た映画「亡国のイージス」がいけなかった。
期待に胸膨らませて見た映画が、まったくの期待外れであった不運が午後にも続いているのではないかと思われてならなかった。

会場である商店街の東端にある広場には多くの屋台が店開きをして大勢の客で賑わっていた。
会場中央にある舞台の前ではなぜかタンザニアの踊りが披露されており、「確かタイ王国フェスタではなかったのか」「アジアンタウンではなかったのか」と疑問を感じたが、何しろ場所は鶴橋なのでなんでもありということで無理やり納得することに決めた。

つづく

ついてない

2005年08月02日 23時48分16秒 | 社会
私が飛行機に乗ると、利用する空港がトラブルを起こすという傾向があるようだ。
先々月、沖縄に出張に出かけたとき、嘉手納基地のレーダーが故障した。
おかげで沖縄本島の上空を1時間以上も旋回するという、めったに味わえない体験をした。
那覇空港に到着したとき、
「ここ、台北ですか?」
と思わず訊きそうになるような、大阪から那覇までの三時間半のフライトであった。

そして今日、東京出張にANAを利用すると、羽田空港が停電をした。
大阪からの往路は早朝だったので問題はなかったが、帰りの便が遅れた。
「関西空港行きは、機材到着の遅れから出発時刻を20:30に変更いたします。なにとぞご理解のほどよろしくお願いいたします。」
理解できるかい!
新幹線のほうが早いやないか!
なんのために飛行機使っとると思てるねん。

しかも、その遅れた便に乗ってみると、すぐ近くで赤ん坊を抱えたバカ夫婦が子供をあやせず、赤ん坊はギャーギャー泣きよる。
フライトアテンダントが抱くと泣きやむ。
そして親が抱くと泣く。
よく泣く子供は搭乗前にクロロホルムを嗅がせるちゅう法律でもできんかい!と思うほど不快であった。
しかもこのバカ夫婦には仲間がおり、そいつらもニコニコ笑っているだけ。
廻りが迷惑していることなど露知らず。

本日の羽田発関西空港行きANA149便の40DEFGに座っとった親子に告ぐ。
おまえら、飛行機に乗るな!

回数券

2005年08月01日 21時35分02秒 | 社会
今日、八月一日の一番の話題といえばPL教団の花火大会であろう。
そもそも、全国各地から集められた花火師達は、この世界最大の花火大会をどうのように迎えるのか、私はいつも関心を持っている。
というのは花火師というのは花火打ち上げの当日か前日にその安全を願い、神社仏閣に参拝するであろう職業と推察するがPL教団のような「有名だけど、やっぱりカルト」というような新興宗教主催のイベントにはどう立ち向かうのだろうか。
是非とも知りたいものである。

しかし、今日の最大の話題は実のところ「花火大会」ではない。
今日から阪神高速道路の回数券が使えなくなったのだ。
これこそ関西地区での大問題。そして最大の話題と言っていいだろう。
「花火が見たーい!」
などと宣っている、パープー頭のミーちゃんハーちゃんよ。
もっと社会に目を向けよう!

今回の回数券廃止は「割引率の高い回数券の見直しを図る」ことや「偽造回数券の増加対策」や「ETCシステムの普及」を目的として実施されたという。
しかしそれは飽くまでも建前であることを、近畿一円はおろか日本国中の我が国人民は知るべきであろう。

話は遡る。
阪神高速道路公団は実のところ平成7年までは黒字の事業団であった。
ところが平成8年から赤字に転落し、現在は凄まじい金額の累積赤字を抱えている。
これとは特に関係ないが、阪神高速道路公団には平成7年までは国からの天下りの役員は一人も存在しなかった。そして赤字に転落した平成8年から、偶然なのかどうなのか、国からの天下りの役員が出現し、累積赤字の増大とともに、その天下りの人数も増えているのだ。
多分偶然だろう。

赤字に転落した原因は阪神淡路大震災で神戸線を中心に甚大な被害を受け、それを復旧するのに金がかかったということだが、俄には信じ難いものがある。

今回の回数券廃止も、ほんとの理由は回数券など売っていてもお役人様には金が回ってこないからやったまでで、ETCにすると数社しかないETCの開発業者から「そでの下」が貰える上に料金所のオッサンどもを首切りして利益をさらにせしめることができるからだ。
「あー良かった、これで退職金は貰えるね」
というのが真実なのだろう。

阪神高速道路は建設開始の時「建築費を償却したら無料にする」と宣言されて作られた。
建設費はとうの昔に償却したが、通行料は400円が500円に。そして600円になり、ついには700円になってしまった。
道路公団では700円のことを講談用語で「無料」と言うのかも知れない。

英会話カフェ

2005年07月30日 18時35分29秒 | 社会
英会話を習いはじめてかなりの年月が経つ。
その「かなりの年月」の割に自覚するほど上達していないところをみると、きっとスクールや講師の質に問題があるのだろう。
と責任を他人に押し付けたいところだが、ほんとのところ自宅学習など努力をまったくしていない私に原因があるのは言うまでもない。
なんせ出された簡単な宿題でも「仕事が忙しくてやってません」と言い訳する有り様なのだ。
これではまるで「宿題やりましたけど、やった宿題のノート忘れました(?嘉門達夫)」というアホガキ小学生と同じなので、あまり考えないように努めている。
それはともかく、今週、大阪市内にある英会話カフェなる「英会話スクール」へ行ってみた。
もちろん私が通っているレギュラーなスクールとは別物だ。

この日、たまたま仕事が終ってから飲み会の約束があり、待ち合わせの時刻まで三時間近くを潰さねばならなかったので、何年か前にインターネットで見つけて興味を持ち続けていた英会話カフェへ行ってみようと思ったのだった。

「スクールで習う必要などありません」といのがこのカフェのキャッチフレーズのようだったが、正直がっかりした。
どうがっかりしたかというと、
1.一つの大きな部屋で複数グループがバカでかい声で話すので、良く聞き取れないし、騒々しい。なんせ日本語さえ聞き取れない。
2.レベルが初級、中級、上級の三つ程度しかなく、試しに中級グループに入ったら時制の基本がわかっとらんようなオバハンと一緒にレッスンを受けるはめになった。
3.だからといって上級グループへ行ってみると、なれ合い同士が集団を形成していて、トピックが内輪ネタに終始してまったく面白くない。
4.おまけに「自分は英会話の上手なエリートなんだ」と勘違いしている抜け作が数人存在した。
5.講師の質はNOVAほど悪くないが、私の通っている英会話スクールには遠く及ばない。
などなど。

フリーでたくさん話せるのかな、と思っていたが、実際には人数が多くて話す機会はあまりなかった。
まさか隣に座った日本人に英語で話しかけるわけにはいかないし、それになんとなく不自然だ。
日本人同士で英語で会話している奇特な人がいたが、用法や単語が間違っていても講師は訂正しないから、まったく正常に上達しないのではなかろうか。

ま、時間潰しにはちょうど良いか、と思ってカフェからの去り際に初級者グループに耳を傾けてみると、30才ぐらいのオタク風のお兄さんが、
「ローング!ローング!ハーリー!ハーリー!」
と叫んでいた。
どうやら高速道路を走って何処かに行ってきた話をしているらしいが............これでは土人だ。

アスベストと薬害エイズ

2005年07月28日 20時23分09秒 | 社会
アスベスト被害が世間の注目を集めている。
兵庫県尼崎のクボタとヤンマーの工場で従業員数十人と多くの周辺住民がアスベストのために死んでいた。このことが判明してから、出るわ出るわ。
あっちでアスベスト死者、こっちの建物にアスベストが混入、と大騒ぎ。

私自身もアスベストには関心がある。
なぜなら、大学を卒業した後、四年間務めた建築設備の会社でアスベストを浴びるように吸い込んでいたのではないかという疑いがあるからだ。
このとき仕事柄、天井裏に潜り込むことが多かった。
この天井裏がくせ者で、天井裏の鉄骨むき出しの部分には、アスベストらしき保温材が大量に使われていた。
ごそごそはいずり回るうちの、どうしてもヘルメットや工具類でそのアスベストらしきものと擦れてしまい、飛び散った粉塵を少なからず吸い込むことになってしまうのだ。
時として、作業服がチクチクしていたのはアスベストのせいではなかったのか、と気が気ではない。

おまけに私が担当した建築現場は有名な建物が多い。
大阪、神戸、京都にある何軒かの一流ホテルなんかはよく知っている。
神戸の港のよく見える「あの高級ホテル」の天井裏も、京都の御所に近い「あの高級ホテル」の天井裏も、大阪のお城の見える「あの高級ホテル」の天井裏も、アスベストの防火被覆で一杯だと思うのだが、誰も何一つ言わないのがとっても不思議だ。
もしかすると天井裏の空気に混じって空調機械や開口部分から、アスベストの粉塵がパラパラと飛び散っているかも知れないことは、極秘にされているというのだろうか。それとも客や従業員が発病したころは、「ケッ、ワシャその頃には関係ないからな、ヘッ!」ということなのか、よくわからない。
ともかく問題は、四年間そんなところで働いた私自身の健康に問題はないのかが、重要なのだ。

で、このアスベスト。
欧米では40年も前に「毒性が強いから禁止します」とされたものを、私たちの呑気な国ではつい10年ほど前まで「限定的(報道によると)」に使っていたというのだから、面白い。
「どうして、すぐに禁止しなかったのか」
の問いに対して、
「すぐに禁止すると業界に影響が出るからだ」
というのが大方の意見だ。
アホかこいつら。
だいたいこれって「薬害エイズ」と一緒じゃないのか。
HIV入り血液製剤を輸入して金もうけに勤しんでいた人が昔いた。
「すぐに使用中止にしたら、会社の業績に影響がでるから」
という勝手な理由で自分の地位を利用して死の血液製剤を使用し続けさせたヤツがいた。
そいつらは厚生省の役人と帝京大学の阿部教授とミドリ十字という会社だった。
この薬害エイズの問題に対して厚生省の役人はほっかむりを決め込んで、ミドリ十字は倒産して、阿部教授はあの世へ行って、逃げ散ったが、今回のアスベストに対しても、関係者は同じ方法をとるのだろうか?

今度も役人が関わっているみたいだから、きっと同じ方法をとるのだろう。
しかし、笑っている場合ではないな。

から梅雨、熱暑、電気代

2005年07月01日 21時51分41秒 | 社会
今日から7月だというのに雨が降らない。その代わりものすごく暑い晴天の日々が続いている。

連日最高気温は35度を指し、頭上には夏の太陽が燦々と輝いている。
燦々と。
シャレかい!

あまりの天気の良さに、この火曜日、和歌山へ行ってくるとあちらこちらの海岸ではすでに海水浴を楽しむ暇人たちやガキ共の姿が臨まれた。
しかし、まだ6月だというのに、沖縄でもないくせに海水浴を楽しむ人々とは裏腹に、農業と林業、そして漁業以外にさしたる産業のない和歌山では今年のから梅雨は深刻である。
みかんが採れんようになってしまうからだ。
江戸時代なら、雨乞いの祈祷が始まっているところだろう。

ところで、読者の方には異国で猛暑に苦しんでおられる方もいらっしゃるようだが、この連日35度を越える大阪もなかなかバカにならないものがあるのだ。
できるだけ電気代を節約するためにクーラーをつけずに暑いのを先週まで我慢してきたが、ついに一昨日の水曜日に今年初めてクーラーのスイッチを入れた。
私の部屋のクーラーは窓取りつけタイプの「冷えればいい」という簡素なタイプなので、冷えると猛烈に冷えて朝起きると体が怠くしてしかたがなくなる、という欠点がある。
しかも除湿機能で空気も乾燥するためか、喉がいがらっぽくなり咳がでる。これではとてもウィーン少年合唱団に入団することはできないだろう。
電気代もかさんできて、きっと雀の涙のようなボーナスはそのエネルギー費用に消え去ることであろう。
クーラーから垂れてくる水滴は、電気代で家計に苦しむ私の涙なのかもしれない。

それはそうと、6月からエアコンを使わねばならないような大阪、もとい関西は暮らしにくいところだと思う。
10年ほど前に英会話を教えてくれていたトロント出身のカナダ人講師のオッサンは、
「大阪ハ、エエキセツ、イウノガ、ホンマ、アラヘンネ」
と関西弁で言っていたが、まさしくその通りだと思う。

1月に函館を訪れたとき、ラーメン屋のオバサンが、
「去年の冬に、西宮の従姉妹のところ行ったんだけど、寒いね。函館より寒かったよ」
と言っていたし、先々週の沖縄那覇の居酒屋では、隣に座った見知らぬオバハンが気さくに話かけてきて、
「あのさー、私も大阪行ったことあるけど。暑いね。大阪の夏、沖縄より暑いよ」
と言っていた。

大阪の地下街が日本一なのは、夏と冬の厳しい気候のせいなのかもしれない。