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とりがら時事放談『コラム新喜劇』

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1985年の奇跡

2007年02月09日 22時31分15秒 | 書評
1985年10月16日。
この日、私はテレビの野球中継を観るべくテレビの前に陣取っていた。
生まれて初めて、我が愛すべき阪神タイガースがリーグ優勝する瞬間を目撃するためであった。

思えば1985年というのは、歴史に刻まれる重大事件の多い一年であった。
前年からその兆候は見られたものの、バース、掛布、岡田を中心とする猛虎打線(この3人のHR数の合計数は貧打横浜の全HR数を上回った)は数々の伝説を生み出しながら、優勝へ向かって駈け続けた。
その間、球団社長が8月12日の羽田発伊丹行きの日航123便に搭乗し、他の500余名の人たちととも御巣鷹山にその命を散らしたこともまた、大きな出来事として私たちの脳裏に焼き付けられることになった。

この阪神の優勝という慶事と日航機墜落という惨事がこの年の一番大きな出来事であったが、伝説のアイドル、おニャン子クラブがデビューしたのもこの年であったことを、私は五十嵐貴久著「1985年の奇跡」を読んで気づかされたのだった。

この小説を関空の国際線出発ロビーにある書店の書棚で見つけた時「1985年の奇跡」というタイトルから、私はヒョコヒョコと神宮のグラウンドに歩いてくる吉田義男監督のぎこちない胴上げシーンを私は連想した。
しかし手に取ってパラパラと捲ってみると、そこにはタイガースとはなんら関係のない高校生たちのめちゃくちゃ明るい青春ドラマが展開されていたのだった。

「僕たち」と読者に語りかける主人公を中心とするその仲間たちは、なんの変哲もない都立高校の野球部員たち。
興味の中心は夕方のテレビバラエティに登場するおニャン子クラブの女の子。
国生さゆり、新田恵利(注:利恵ではない)、福永恵規、河合その子などが、彼らの話題の中心だったのだ。
(なお、私は渡辺満里奈のファンである。)
野球でもなければ、勉強でもない。
ホント普通の高校生たちなのだ。

その普通の高校生たちが普通ではない物語を繰り広げていくのが、本作である。
全体的には質のいいテンポのある喜劇なのだが、その中に誰もが一度は経験したことがあるはずの青春の輝き(我ながらクサイ表現だが)が溢れていて、涙あり、笑いありで、一度読みはじめると止めることができない面白さがある。
もちろん小説なので、少し無理をした展開がないこともないが、その無理を許させてしまうようなエンタテーメントとしての痛快さを存分に備えている作品なのである。

物語はまさしく1985年の奇跡のように終るのだが、その爽快感とセンチメンタルな感情は是非ともの本書を読んで味わっていただきたい。
そう思えるオススメの一冊であった。

~「1985年の奇跡」五十嵐貴久著 双葉文庫刊~

藤沢周平 未刊行初期短篇

2007年01月08日 20時02分14秒 | 書評
キムタクが主演しているということで未だ劇場へ足を向けることに躊躇している映画「武士の一分」。
山田洋次が監督しているということで、なんとなく観てみたい欲求はあるのだが、もたもたしている間に、ロードショーが終了になりそうな気配なのだが、なかなか金を払って劇場に入る勇気が湧いてこない。

その一番大きな理由はやはり「藤沢作品の繊細さを山田洋次監督が果たして人気タレントを使って描ききっているのだろうか。」という心配と、その裏返しである「自分自身が持っている藤沢作品のイメージを壊されたくない」という危機感があるのだろう。

その「武士の一分」の原作者、藤沢周平の新刊を年末に書店で平積みされているのを発見した。
亡くなってから十年も経過する作家の作品の新刊というのも珍しいが、大ファンである藤沢周平の初期短篇集ということで、迷わず一冊攫んでレジに持っていった。

藤沢周平の時代小説は他の作家の小説と一線を画していると私は考えている。
その物語の中に流れるのは、時代背景を背負った実在の人物の立身出世物語でもなければ、単なる伝記でもない。
もちろん実在の人物を主人公においた小説も少なくないが、藤沢作品に溢れる魅力は人の生き様の描写だろう。
それも歴史上の有名人ではなく、一介の市民。
小藩(多くは海坂藩)に勤める身分の低い侍。
浪人者。
博徒。
旅芸人。
前科者。
商人。
など、名も無き人々の人生なのだ。
特別ではない、しかし私たちのものと相通ずる人生が描かれている。
その何でもない自然な感性で描かれた普通の世界に私たちは感動し、涙する。

この独特の魅力は他の作家の時代小説ではなかなか体験することはできない。
まさに藤沢ワールドの魅力はここになあるのだ。

その藤沢周平が亡くなってから十年が経過。
新刊など望むべくもなかったが、昨年はじめ、初期の作品が発見され新聞紙上を少しばかし賑わしたことがあった。

「藤沢周平 未刊行初期短篇」
この本には新たに発見されたそれら14篇の短篇が納められている。
したがって、正確に言うと新作ではないのだが、これまで一般の人々に知られることのなかったマイナーな雑誌に一度だけ掲載された「かけだし時代」の短篇ということで、大きな興味を惹いたのだ。

収録作品からは藤沢ワールドの息吹がひしひしと感ぜられ面白い。
後に発表されることになるいくつかの作品のモチーフになった拙い物語も納められ、私のような藤沢ファンにはたまらない短編集になっている。

映画は未見のままだが、藤沢作品で心地よく迎えた新年となった。

~「藤沢周平 未刊行初期短篇」藤沢周平著 文藝春秋社刊~

ザ・ホテル

2006年12月20日 22時46分11秒 | 書評
人生40年ほど生きてきたが、未だに5つ星のホテルには宿泊をしたことがない。
せいぜい4つ星が止まりである。

かといって1つ星のホテルになんぞ泊まったことはまったくないし、だいたい1つ星のホテルがあるのかどうか知らないが、バンコク・カオサンのドミトリーにも泊まったことはない(キッパリ)。

この「なんとか星」というホテルのグレードはいったい誰がどのようにランク付けしているのか正直、私は知らない。
きっと宿泊料金の高低で決めているのだろうと思っていたのだが、それだけでもないようだ。
第一、宿泊料金の高いホテルと安いホテルはどのように異なるのか。
そのへんもはっきりとしていなかった。

この春にミャンマーを訪れた時、私はヤンゴンで1泊10ドルの安ホテルに泊まることになった。
これは旅費をケチッタための措置であったが、ホテルそのものは悪くなかった。
ホテルのスタッフは気が利くし、清潔だし、街の繁華街の近くに位置しているし、戸締まりもしっかりとしていたのだ。
ところが、この10ドルのホテルに宿泊し、私は猛烈に疲れたのだった。
まず、エアコンが家庭用ルームクーラーなのは結構だが、ミャンマー名物の停電の度に停止するのには参った。
そのつどリセットボタンを押して再起動をかけなければ成らないのだ。
これでは漢字トーク時代のマッキントッシュ・コンピューターである。
それにベッドが狭い。
シングル用(シングル・ルームだから当たり前だが)の病院で使用しているようなパイプベッド。
おまけに繁華街に位置するため夜遅くまでガヤガヤ喧しいし、朝も早くから喧しい。

すっかり参ってしまったのだ。

この時のホテルでの宿泊が私に「バックパッカー卒業」を意識させた原因の1つにもなった。

で、これに懲りた私はビザを取得した日本ミャンマー友好協会のおじさんの「もう、バックパッカーなんて歳じゃないでしょ」との忠告も聞き入れ、先月のミャンマー旅行ではオール4つ星ホテルに予約を入れたのであった。
とりわけヤンゴンのホテルは快適で、日本にいる以上にリラックスした時間を過ごすことができた。

もちろん自家発があるので停電しない。
エアコンは埋め込み式。
ドアのキーはカード式の電子錠。
ベッドはセミダブル。
ボーイは礼儀正しく気さくであった。

つまり、ホテルのグレード付けというものは、いかに自宅にいるのと同じように、またそれ以上に過ごすことが出来るかどうか、ということに大きく左右されているのだ、と気づいたのだ。

ジェフリー・ロビンソン著の「ザ・ホテル ~扉の向こうに隠された世界~」はロンドンにあるクラリッジホテルに著者が半年も泊まり込んで取材したホテルの裏側ドキュメンタリーだ。
クラリッジホテルは世界でも最高級のホテルで1泊日本円で最低5万円。
ここに2泊するだけで私の一週間のタイ旅行の全額予算と同じになってしまうくらい凄いのだ。
ともかく宿泊料が凄いだけに、その豪華さも半端じゃない。
半端ではないがホテルの豪華さとはいったい何ぞい、と考えると、これも実はよく分らなかった。

本書では高級ホテルで展開されるホテルマンたちと客たちの様々な人間模様は映画を越えた面白さがあった。
しかしその面白さよりも、シンプルな一言が、私を大きく感動させてくれたのであった。

「よいホテルとは、ゆっくりと安心して眠れる場所のことだ」

この一見単純で簡単なように思えることが、なかなか実現できないのが普通だろう。
ホテルの一番重要な機能は「よく眠れる」ことなのだ。

マニュアルだけでは商売のできないホテル。
そのホテルの運営を、いったい誰が、どうやってこなしているのか。
ビジネスの神髄をのぞき見するような、そんなタメになる一冊だった。

~「ザ・ホテル ~扉の向こうに隠された世界~」ジェフリー・ロビンソン著 春日倫子訳 文春文庫~

世界反米ジョーク集

2006年11月22日 22時48分28秒 | 書評
ここ数年、アメリカの世界的信用が著しく低下している。
もしかするとアメリカ合衆国には初めから信用なんてなかったのかもしれないが、アメリカ文化を伝えるプロダクツ「映画」「テレビ」には、世界的信用が存在したと思う。

では、なぜアメリカの世界的信用が失墜してしまっているのか。
それは最後の超大国だったはずのアメリカに中国やインドといった新参ライバルが出現したためでもあるが、その信用失墜の原因はやはりジョージ・W・ブッシュ大統領。
その人にある。

「世界の反米ジョーク集」はアメリカという国家の矛盾をアメリカ以外の国の人々とアメリカ人自身の口を借りてジョークという形で描き出している、楽しめる新書だ。
それもそのはず、著者兼編者の早坂隆氏はここ数カ月のあいだ書店の販売トップテンに名前を連ねる「世界の日本人ジョーク集」の著者兼編者なのだ。

考えるまでもなくアメリカ合衆国ほど、世界にとって迷惑な国はない。
この国にはどんなささいなことであっても、自分の主義主張に合致しなければ徹底的に叩く、という性癖がある。
しかも叩かれる対象に「石油」「天然ガス」「鉱石」「交通の要衝」などの条件が一つでも含まれているる場合は、その叩き方は異常になり、まったく関係ないイザコザに巻き込んででも、力で占領してしまう(例:イラク)ことも辞さないのだからたまらない。
その徹底した暴力を大航海時代の「(キリスト教の)神の名の元に」と同じ発想で「民主主義の名の元に」と宣って正義の行動と主張し、正当化してしまうので性質が悪い。

本書を読むと近年、アメリカの大統領にふさわしい人材が乏しくなっているということに気がつく。
というのも、ジョークの数々を読んでいくと現職の大統領絡みの「悪口」ジョークが多いのは仕方がないが、ビル・クリントンやジミー・カーターといったジョージに勝らずとも劣らない最低の人物が輩出されていることに気づかされるからだ。

第2次世界大戦後の世界には「アメリカは強い」「そして正義だ」というイメージが存在した。
ところがベトナムに敗れ、イランに敗れ、そして国家でさえないアルカイダに敗れ、今、中東世論に敗れようとしている。

ジョークでアメリカを振り返ることは、新聞の紙面には描かれない世界人類の本音が描かれている。
そこが本書の最大の魅力なのだ。

~「世界反米ジョーク集」早坂隆著 中公新書クラレ刊~

日本人が知らない世界の歩き方

2006年10月29日 19時25分44秒 | 書評
またまた日本人の若者が海外で行方不明になったらしい。
昨日の夕刊によると、慶応大学の学生が9月にインドのニューデリー空港を下り立ち両替した後、消息を絶ったという。
本人から連絡が入らず、ついに10月になって帰国の航空券が失効してしまってので、心配になった両親が記者会見を開き息子がどうなったのか「だれか知りませんか?」と訴えはじめたという。

この手のニュースを最近頻繁に目にするようになった。
昨年だったか同じくインドのムンバイ空港で帰国直前の日本人ビジネスマンが行方不明になった事件があった。
そのビジネスマンは空港近くの荒れ地で死体で発見されたのだが、逮捕された犯人は金銭目当ての強盗殺人であったことを認めていた。

足下に置いてあった荷物を盗まれて、盗んだ犯人を捕まえたら犯人曰く、
「床に落ちていたものを拾ったのだから、これはオレのものだ」
と厚かましく主張するのがインドだという。
またそれはインドの正論であり、私たちには否定することができない文化なのだとも謂う。

国内と同じ感覚で旅行すると思わぬ災難に巻き込まれることになるのが外国だろう。

たとえば両替一つにしても注意を要する。
空港の到着ロビーで両替をするときは、なるべく財布の中身を見られないように、しかもその財布も何処へ直したのか分らなくするか、ちょっとやそっとじゃ盗めませんよ、という場所に収納する智慧が必要だ。
両替なんか慣れておらず、ましてや日頃ほとんど目にすることのないドル紙幣など持っていたりすると、現金ではなく人生ゲームのオモチャのお金を持っている感覚に陥る日本人だから、そのあたりの案配は、かなり無防備になる。
もしかすると行方不明の慶大生はニューデリー空港の両替所で多額のドル紙幣や円紙幣をもっていることを悪いヤツに認められたのかも分らない。
日本人にとってたかが3~4万円もインドの低階層の人々にとっては年収以上に値する金額なのだ。

PHP新書「日本人が知らない世界の歩き方」は作家の曾野綾子さんがキリスト教の慈善団体や日本財団の会長を務めていた時の経験を、数々の書籍に記したものからハイライト部分を抜き出したダイジェストだ。

そこには日本人の思い込みや価値観は世界では通用しないということを如実に描き出している。
単に「平和」を叫び「紛争は単に悪いこと」と決めつけることや、乏しいものは「正義で純粋」だという考え方は、頭の惚けた日本人のならではの発想だが、正しい面もある一方、実際にはそんな呑気な考え方は世界ではまったく無意味であることを、本書に記されている数々のエピソードは物語っている。

アラブの石油プラントで暮らす日本人の子供はアメリカやイギリスの子供とはすぐ仲よくなるが、アラブ人とは遊ばない。しかし、それは差別ではなく純粋に文化の違いが子供にさえ交流を難しくさせること。
巨額の援助を拠出しても、「それはその国が悪から当然だ」というパレスチナの考え方。
などなど。

物見遊山の海外旅行ばかりでなく、こういう旅のしかたがあるものだと考えさせる、海外へ出る時に最低限は読んでおきたい一冊だ。

~「日本人が知らない世界の歩き方」曾野綾子著 PHP新書~

死体が語る真実

2006年10月22日 21時09分05秒 | 書評
山崎豊子の「沈まぬ太陽」で描かれている日航123便の犠牲者の身元確認シーンは壮絶を極める。
残された数々の遺品や遺体の一部を手がかりに遺族や警察、日本航空の社員たちが身元を確認していく姿は読者の胸を激しく打つ。
ちなみに事故原因を作ったボーイング社社員の姿はない。
中でも犠牲者の一人が遺したメモに記された遺書は衝撃的で、1990年代になってから知りあった私のオーストラリア人の友人も熟知していたくらい報道から受けた世界のショックは大きかった。

ただ「沈まぬ太陽」を読むと、犠牲者の身元確認のための手法として現在ではあたりまえになっていることが、たった20年前の航空機事故ではまだ採用されていない技法であったことに気づき愕然とする。
そう、20年前は未だ「DNA鑑定による身元確認」という科学的で極めて正確な手法が実用化されていなかったのだ。

エミリー・グレイク著「死体が語る真実」は法人類学者という耳慣れない特殊な職業にスポットを当てたノンフィクションだ。
法人類学者とは、人体のほんの一欠けの骨でもあれば、それがどの部位の骨であるのか、どういう機能を司っている部位なのか、ということが特定することの出来る「特殊技能」をもつ科学者のことである。
この特殊技能はどういう時に生かされるのかというと、やはり犯罪や事故の犠牲者の身元や死因の特定を行うことに使われるのだ

著者はケンタッキー州で検死官として活躍している法人類学者で、本書は著者自身の生い立ちから、検死官としての仕事に従事するようになり、やがて9.11テロという未曾有の大惨事の犠牲者の検死に従事するまでの経験が綴られている。

本書にも記されている通り、検死官なる職業は私たち一般人には数本のアメリカテレビシーズでしか、その存在や仕事の内容を見聞きする機会がなかった。
それらの番組も、1970年代の科学でもって描かれており、現在のそれとは大きく異なっている。

技術的視点からの検死という職業もなかなか奥深いものが本書からは感じられるが、それよりも、一個の人間が物体と化してしまった人間に対してどのように接していけば良いのかを本書では強く訴えかけているのだ。
原野に放置された死体がどの程度で腐敗を開始すのか、またウジ虫がその死体を貪り食い尽くすのはどのくらいの時間を要するのか。
扱っている題材が題材だけに紙面から目を背けたくばなる描写も少なくない。
しかし、そのおぞましい表現の中からも犯罪や事故の犠牲になった人々に対する愛情とまで表現したくなる検死官としての、いや人間としての使命感は感動をもって深く深く読者の心に刻まれるのだ。

とりわけNYのWTCビルで亡くなった数千の人々の見分けもつかない遺体の部分部分を検死し、それが自分の知人や家族の成れの果ての姿であったことに接した著者の仲間たちの慟哭は、本書が単なる検死に関わる好奇心だけで読まれる作品ではないことを物語っていた。

~「死体が語る真実~9.11からバラバラ殺人までの衝撃の現場報告」エミリー・クレイグ著 三川基好訳 文春文庫~

ブッダの智慧で答えます

2006年10月02日 20時11分18秒 | 書評
「時々人は、心の中の不要なものをゴミ箱に捨てることも必要なんですよ」
といつもミャンマーで私のガイドを務めてくれているTさんは言った。

Tさんは他の多くのミャンマー人と同じように熱心な仏教徒だ。

「仕事が大変でストレスが溜まって、朝、変な時間に目が覚めるんです」

と先日メールを打ったらTさんが私のことを心配して、あるホームページを紹介してくれた。
そこに載っていたのが本書なのだ。

「ブッダの智慧で答えます」は日本上座部仏教界の僧侶であるアルボムッレ・スマナサーラ長老が、一般の人の質問に仏教的見地から答えた問答集だ。

日本も言わずと知れた仏教国(神道と併存)。
仏教が伝わったのは西暦6世紀でタイやミャンマーで仏教が国教とされるよりもずっと古い歴史を持つ。
ところが、伝わった仏教はチベット、中国を経由した北伝仏教「大乗仏教」であったために、その形態は時が経ると共に形骸化し、政治に利用された。
その結果、仏教本来の「人の道」を教え伝える機能が著しく低下してしまった。
第2次世界大戦後に制定された日本国憲法が「宗教の自由」をことさら謳い上げたために、ますます仏教の思想は廃退していくことになった。
今や仏教寺院は「観光客の入場料で賄う存在」であり「葬儀を請け負う葬儀屋」であり、僧侶は思想を深めるためではなく僧侶という職業に就職するために仏教系大学で学ぶような、体たらくになってしまった。
一方、正しい教えを受けていない国民の中には仏教の名を騙るオウム某教や、与党系カルトのS学会のような反社会的集団に騙される始末。
ホントにホント、嘆かわしい。
「京都の大寺院を訪れる旅行者は、一週間分の請求書を持ってきた肉屋とばったり出くわしたり、僧侶が自分の子供たちと遊んでいる場面に闖入してしまうかもしれない」
とは、ドナルド・キーンの名著「果てしなく美しき日本」(講談社学術文庫)の一節だ。

仏教の僧侶が「ビジネスの一つ」となってしまった現在の日本の人々が、タイやミャンマーなどの上座部仏教の国を訪れると、生活に染み渡った仏教文化に接し愕然としてしまうことが多い。
実は私もその一人。
僧侶が妻帯することは絶対なく、葬式を司るだけにビジネスマンでも決してない。
仏法を学び、人々に法話を伝え、時に子供たちの学習や生活までも面倒をみる。
そういう仏教の姿を目撃すれば「日本のお寺はちとオカシイ」となってしまうのも仕方がない。

そういう意味に於いて、日本で上座部仏教を通じて釈尊の教えを伝えるスマナサーラ長老の著書は新鮮だが、祖父母から口伝えに教え込まれた日本人の考え方を蘇らせるものとして、面白い。

「何のために生きるのか」
「なぜ働くのか」
「自殺について」
「親とは何か」
「戦場でも善は成り立つか」
などなど。
今社会で問題になっている事柄の一つ一つに本書を読むと釈尊は答えを用意していて、僧侶はそれを人々に分りやすく伝える義務があることを思い起こさせる。
拝観料を徴収して、葬式をコーディネート、高い金額で戒名を販売する。
それは仏教を伝える僧侶の仕事ではないのである。

なお、スリランカ出身のスマナサーラ長老は駒沢大学の大学院留学を経て、現在はNHKなどの番組や、数多くの講演を通じ釈尊の教えを伝えることを職務にされている。
Tさんに教えてもらうまで、日本にこういう仏教界があることも、長老のような僧侶が日本にいることも知らなかった私は正直、ショックを受けた。

帯に書かれていた長老の言葉「仏教とは、正しく生きるための実践マニュアルなのです。」は、日頃宗教観の乏しい私には強烈なパンチとなったのは言うまでもない。

~「ブッダの智慧で答えます」A・スマナサーラ著 創元社刊~

レディー、ゴー Lady, Go

2006年09月28日 20時39分10秒 | 書評
「なんか笑える小説はないかなっ、と」
という気持ちで書店の本棚を物色していたら、
「25万部の大ベストセラー『県庁の星』の著者、渾身の傑作長編!」
という宣伝帯が目にとまった。

織田裕二主演の映画「県庁の星」はついに映画館で見ることなくロードショーが終ってしまった。
しかし、原作小説「県庁の星」は読んでいる。
あの物語は勉強にもなり、涙と笑いに溢れたアップテンポの娯楽現代劇で、とてつもなく面白かった。
その作者の「新作」?

私は平積みされた陳列から、一冊抜き出して中身もチェックせずにレジへ持っていった。

桂望実著「レディー、ゴー」は、大都会で一人暮らしをしている何の変哲もない23歳の普通の女の子「南玲奈」が主人公。
派遣社員のその玲奈はひょんなことからキャバクラで働くようになるが、それから物語はメチャクチャ面白くなっていくのだ。

「県庁の星」の時もそうだったが、この作者の描く人物像は実に魅惑的だ。
主人公の「ボンヤリ」した性格は、どこにでもいる普通の女の子を思い描かせ、その主人公を取り巻くキャバクラの店長やボーイ頭、オカマのスタイリスト、キャバクラのキャスト仲間などなどが、性格俳優的に活き活きとしており、憎めない。
一人一人の背景はほとんど描かれていないが、その個々の人生に刻まれているものはなんなのか、という読者の想像を引き出していく広がりが、この物語にはある。

そして「レディー、ゴー」では、読者を「県庁の星」で織田裕二が演じた出向役人の立場にさえさせてしまう驚きがある。
主人公の出向役人は、パート従業員の子持ちの女にスーパーとは何かを伝えていくのだが、「レディー・ゴー」では主人公の南玲奈が、キャバクラのビジネスとは何か、ということを試行錯誤する行程を彼女自身の言葉として描くことにより、読者に「それは、キャバクラだけではないぞ」と気づかせる凄みがある。

お客様に喜んでもらえるにはどうしたらいいのか。
品格はあるか。
嘘は必要か。
営業メモはいつつける?
などなど

キャバクラビジネスの中身を知ることが出来るという面白い面を持った小説だが、何よりも今の私のように少し元気をなくしている者にとっては「夢を持って、元気に生きよう」と思わせる素晴らしい物語である。
一気に読み切り、最後に涙したのはいうまでもない。

~「レディー、ゴー Lady Go」桂望実著 幻冬舎刊~

奇跡の自転車

2006年09月25日 20時25分38秒 | 書評
男、43歳。
独身。
毎晩のビール数缶とジャンクフード。
体重126キロ。
仕事は工場の製造ラインで製品の品質チェックを行うこと。

私はある新聞に載っていた書評欄を読んで「すぐに読んでみたい」と思った。
というのも、主人公の男は私の現状と瓜二つだったからだ。
もっとも年齢やビールを常飲することを除いて、多少違うこともある。
私は太ってはいるが、体重は126キロもないし、工場作業員でもない。

しかし、43歳、独身。
なんとも痛々しく、自分自身を投影した分身を描いた小説ではないかと思われてならなかったのだ。

「奇跡の自転車」
なんていう邦題が付けられているが、原題は「THE MEMORY OF RUNNING」。
「翔る記憶」とでも訳せばよいのか私は翻訳のセンスがよくないので分らない。
分らないが、これを「奇跡の自転車」と訳した翻訳家か編集者の感覚は素晴らしいと思う。

主人公は交通事故で両親を失う。
その葬儀が終わり、誰もいない実家で一人、郵便物の整理をしているとロサンゼルス市から送られてきていた行方不明の姉の遺体が見つかったという封書を見つける。
やがて彼は、姉の遺体を確認し、引き取るため東海岸のメイン州からロサンゼルスに向かって自転車の旅に出る。

人はいつも「奇跡」を求めている。
なにか、突拍子もない信じられないことが起こり、自分を導き救ってくれることを夢想する。
しかし、決して人は自分の人生の存在そのものが実は「奇跡」であることに気づくことはない。
そんな「人生」という、ガラス細工のように繊細な時間の流れが「奇跡」であることに気づかせてくれる。
この小説は、そんな途方もない魅力を持っているのだ。

主人公の男は、旅の途中で多くの人々に遭遇する。
ある者はアル中で自分の人生を失ってしまったベトナム帰りの英雄であり、またある者はエイズに苦しむ若者であり、またある者は暗い過去を引きずりつつ力強く生きるトラック運転手であったりする。
両親のこと、姉のこと、そして自分を好きと思ってくれている隣家の車いすの幼なじみのこと。
もしもあのとき、あのうようにしていれば。
という過去への想いは誰もが持っているもの。

知らない間に涙してしまう、いくつもの小さなエピソードが織りなす長編小説。
43歳の独身男が読むにはあまりに深く、人生を考えさせてくれるロードノベルだった。

~「奇跡の自転車」ロン・マクラーティ著 森田義信訳 新潮社刊~

私の行き方 阪急電鉄と宝塚歌劇を創った男

2006年09月16日 21時37分20秒 | 書評
JR大阪駅前は全国でも最も過酷な百貨店激戦区だ。
大阪駅ターミナルに隣接して大丸梅田店があり、その南向かいには阪神百貨店が店を構える。
数年後には大阪駅そのものの上に東京の老舗三越百貨店が大阪店を構える予定で、買い物客の数よりこれらのデパートの店員の数の方が多くなるのではないかと心配だ。

しかし、大阪駅前の老舗百貨店といえば、気の毒ながら上記のどれも当てはまらない。
大阪駅の東隣、阪急百貨店こそ大阪駅前一の百貨店だ。

この世界初の鉄道ターミナルに店を構えた阪急百貨店大阪本店。
これを企画創業した人こそ小林一三。
阪急・東宝グループの創業者だ。

「私の行き方 阪急電鉄、宝塚歌劇を創った男」
は、その小林一三自らが語った経営哲学を綴ったビジネス書だ。

昭和十年に初版された本書の中で語られている哲学は、現代でも十分に通じる内容といえるだろう。
女性社員の結婚観や家族に関する考え方にはいささか現代との相違を覚えるが、仕事へ取り組む姿勢やビジネスマンとして持つべき心構えの考え方には大きく共感することができる。

しかし、なによりも驚かされるのは、考え方そのもののの斬新さだ。
大正時代から昭和時代の実業家の思考回路とは思えない柔らか頭で実践主義的な考え方が私たち21世紀に生きる読者を驚かす。
例えば、劇場経営や百貨店経営に着手したときのエピソードは興味深い。
既存のそれらの業界人が小林氏に向かって「安易に儲からない世界だ」と忠告したり「劇場が当たったのはマグレなんだ」と中傷した時、小林氏は具体的事例で反論する。
店を訪れる人の客数予想や、劇場での座席数と料金の関係、そして顧客に来店または来劇場してもらえるための大衆性を具体的に示して論じている。
つまりマネージメントとマーケティングの概念から論じているということは、まさに今現在大流行しているビジネス論に他ならない。

決して奢ることなく、一人のビジネスマンとして語る謙虚な姿勢は、現在もてはやされる金さえあれば何でも出来る論への痛烈な批判でもある。

そして最終的には「企業は人だ」と論じているのが私にとって最も印象的だった。
「良き人材を得なければ企業は成長しないし、それが最も難しいこと。また経営する側も人を信じなければ良き人材を得ることはできない」という意味合いのことが書かれているが、まことにもって現代の経営者(とりわけ若い経営者)に聞かせてやりたい一言だ。
「数字が出来ない?じゃ、辞めて下さい。私の考え方に反対ですか?じゃ辞めて下さい」
ではダメなのだ。

「今日の社会はなかなか成功できないと聞くが、成功の道がないとは思われない。例え、無一文でも、じぎょうでもなんでもできる」

裏表紙に書かれている氏の言葉は、きっと読者を元気づけてくれるだろう。

~「私の行き方 阪急電鉄、宝塚歌劇を創った男」~小林一三著 PHP文庫刊