人生の目的は音楽だ!toraのブログ

クラシック・コンサートを聴いた感想、映画を観た感想、お薦め本等について毎日、その翌日朝に書き綴っています。

西川美和監督「すばらしき世界」& 藤井道人監督「ヤクザと家族 The Family」を観る 〜 ヤクザにとっていかに生きにくい世の中になったかを描いた2作品

2021年06月22日 07時16分11秒 | 日記

22日(火)。わが家に来てから今日で2355日目を迎え、台湾当局は20日、香港にある出先機関の「台北経済文化事務所」の職員に対し、香港政府がビザ更新の条件として「一つの中国」を支持する誓約書に署名を求めてきたとし、抗議する声明を発表した  というニュースを見て感想を述べるモコタロです

 

     

     中国の習近平政権の思惑が「香港の次は台湾だ」ということを明確に示した事例だ

 

         

 

昨日、夕食に「ハッシュドビーフ」と「生野菜サラダ」を作りました ハッシュドビーフは久しぶりですが、わが家の牛肉はバラ肉を使います。安くて美味しいです

 

     

 

         

 

昨日、新文芸坐で「すばらしき世界」と「ヤクザと家族 The  Family」の2本立てを観ました

「すばらしき世界」は西川美和監督による2021年製作映画(126分)です

殺人を犯し13年の刑期を終えた三上正夫(役所広司)は、目まぐるしく変化する社会からすっかり取り残され、身元引受人の弁護士・庄司(橋爪功)らの助けを借りながら自立を目指していた そんなある日、行き別れた母を探す三上に、若手テレビディレクターの津乃田(仲野太賀)と、やり手のプロデューサーの吉澤(長澤まさみ)が近づいてくる 彼らは、社会に適応しようとしてあがきながら生き別れた母親を捜す三上の姿をドキュメンタリーに仕立て上げようとしていた しかし、チンピラに絡まれているサラリーマンを助けようとチンピラをボコボコにする三上の姿を見た津乃田は、殺人現場を目撃するかもしれないと恐れをなして現場から逃げ、吉澤は彼をプロ根性がないと非難する やがて、津乃田は三上の真っ直ぐな人間性に惚れ、彼の一代記を小説に書こうと決心する

 

     

 

この映画は、直木賞作家・佐木隆三が実在の人物をモデルに綴った小説「身分帳」を原案に、舞台を原作から約35年後の現代に置き換え、人生の大半をヤクザの世界と刑務所で過ごした男の再出発の日々を描いた作品です

一度殺人を犯した人間は、刑期を終えて世間に戻っても、身元引受人をはじめ理解ある人たちの助けがないと簡単には生きていけないという実態を描いています 三上は見た目は強面ですぐにカッとするタイプですが、根は優しく、困った人を見ると放っておけず、暴力で解決しようとする癖が抜けません 津野田をはじめ周囲の人たちが、それではいつまで経っても社会には復帰できないと説得します

三上が公衆電話を使うのが不便だと言うと、生活保護の担当者から「生活保護を受けているからといって、ケータイを持ってはいけないということはありません 大事なことは社会と繋がりを持って、孤立しないことです」と言われるシーンがあります。これは何も、過去の犯罪者に限ったことではないかもしれません(年寄りの単身世帯など)が、本人はもとより周囲の人たちも、孤立しないように留意すべきだという監督のメッセージが込められていると思います

ところで、映画の終盤で三上が自転車で帰宅する途中、ケータイに元妻から電話があり自転車を止めて会話するシーンがありますが、女性のスキャットでバックに流れていたのは、マスカーニ「カヴァレリア・ルスティカーナ」の間奏曲でした とても美しい音楽で、西川美和監督のセンスの良さを感じました

「すばらしき世界」というタイトルは、映画の冒頭には出て来ず、すぐにストーリーに入っていきます ラストで、カメラが三上が住んでいたアパートの上に広がる青空を映し出したときに初めて現れます。出所してから介護職員として働くようになるまで、いろいろな人たちの力を借りて生き延びてきた三上にとって、世間は「すばらしき世界」だったのかもしれません

 

     

 

         

 

「ヤクザと家族 The  Family」は藤井道人監督による2021年製作映画(136分)です

時は1999年。父親を覚せい剤で失った山本賢治(綾野剛)は、紫咲組組長・柴咲博(舘ひろし)の危機を救う その日暮らしの生活を送り、自暴自棄になっていた山本に、柴咲は手を差し伸べ、2人は親子の契りを結ぶ 2005年、短気ながら一本気な性格の山本は、ヤクザの世界で男を上げ、さまざまな出会いと別れの中で、自分の「家族」を守るため、抗争相手の幹部を殺害し刑務所に収監される 2019年、14年の刑期を終え出所した山本だったが、柴咲組は暴対法の影響でかつての隆盛の影もなく衰退の一途をたどっていた

 

     

 

この映画も、ヤクザが世間で生きていくことの難しさを描いています この映画でも描かれていますが、とくに暴対法の施行がヤクザに及ぼした影響には計り知れないものがあります

暴対法(暴力団員による不当な行為の防止に関する法律)は、「暴力団の行う暴力的要求行為について必要な規制を行い、暴力団の対立抗争等による市民生活に対する危険を防止するために必要な措置を講ずるとともに、暴力団員の活動による被害の予防等に資するための民間の公益的団体の活動を促進する措置等を講ずることにより、市民生活の安全と平穏の確保を図り、もって国民の自由と権利を保護することを目的とする」という法律です

映画の中でも語られますが、この法律により、暴力団員は、組から脱退しても5年間は預金通帳も開設できないし、携帯電話さえ買えないという「5年ルール」があるといいます 本人が堅気の人間になったと主張しても、その人と付き合うと「反社会的勢力」と繋がりがあるとして避けられるというのが実態だといいます

この映画では、ヤクザの世界は一昔前の「義理と人情」の世界はとっくに終わり、ビジネスとしての「しのぎ」によって縄張り争いを繰り広げ、それも暴対法で厳しく規制されるようになり、増々縮小傾向にあるという流れが描かれています その流れ自体は、正常な商慣習による取引が保証されることになるので歓迎すべきことだと思いますが、視野を広げて考えてみると、どこにも行き場のない「ハンパ者」を受け入れていた暴力団が壊滅状態になった時、どこのだれが彼らの面倒をみるのか、という心配が残ります その反面、暴力団が「ハンパ者」を使い、「オレオレ詐欺」の片棒を担ぐような仕事をさせているというニュースに接すると、やっぱり暴力団の存在は許しておいてはならないと思います

ところで、この映画のタイトル「ヤクザと家族 The  Family」で思い出したことがあります 学生時代のことだったと思います。地元では例年8月6,7日は七夕祭りで、通りに縁日の屋台が出るのですが、屋台の軽トラックがバックしてきてわが家の業務用バンに追突し、フロントがへこんでしまいました その時、父親は「しようがないやつだな」と言いながら、すぐに自動車整備工場に電話をして修理依頼をしましたが、軽トラックの運転手が謝罪にきても、「いいから、引き取ってくれ」と言って弁償もさせずに追い返してしまいました あとで父親が晩酌しながら言ったのは、「ああいう連中はヤクザか、裏で暴力団と繋がっている 修理代でも請求して、あとで暴力団が乗り込んで来たら大変なことになる。だから弁償しろとは言わなかったんだ」ということでした その時の運転手がヤクザだったのか、裏で暴力団と繋がっていたかどうかは分かりませんが、あの時、父親は「家族を守った」のです 傍から見れば「泣き寝入り」ですが、その当時は暴対法などない時代でした。ヤクザが血のつながりのない「家族」を守る以前に、堅気の一般市民は自分の本当の家族を守っているのです


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