ファンタジアランドのアイデア

ファンタジアランドは、虚偽の世界です。この国のお話をしますが、真実だとは考えないでください。

野外活動における自己責任を考える アイデア広場 その1250

2023-04-08 18:13:48 | 日記


 福島県福島市には、春の花咲く短期間に20万人の人々が訪れる花見山があります。この開花の時期の花見山周辺では、交通規制が敷かれます。自家用車でおいでになる方は、少し離れた阿武隈川湖畔の駐車場を利用することになります。ここから、バスで花見山に向かうことになるわけです。この駐車場から東の山の方向には、「小鳥の森」があります。健脚の方にお勧めの場所が、この小鳥の森になります。この時期、花見山の開花に合わせて、カタクリの花が咲くのです。もちろん、シジュウカラをはじめ、鶯やメジロなどの野鳥も見ることができます。知人は、小鳥の森のカタクリの花を見るのを楽しみしていました。毎年、この森にあるカタクリの群生地を見るのを楽しみにしていたのです。ところが、毎年訪れるこの群生地入る場所が、立ち入り禁止になっていたのです。その理由は、倒木の恐れがあるために、通行禁止にしたというものでした。公有地で事故があった場合、自治体の責任が及ぶこともあります。その責任を回避するために、リスクが少しでもある場合には「禁止」という処置を取りがちです。でも、美しく危険な自然が、人々に安らぎを与えることも事実です。そこで今回は、現代社会の中で暮らす私たちが、自然とのふれあいをどのようにしていけば良いのかを考えてみました。
 バックカントリーは、大自然の中で新雪を楽しめるとして人気です。このバックカントリーは、スキー場など管理されたエリア以外で、スキー、スノーボードなどを楽しむことになります。リフトなどを使わないで、自分の力で登って、自然のままの地形を滑ることを楽しむわけです。この元の意味は、レジャー用に整備された区域外のエリアを指す用語でした。この整備されない地域に、価値を見出す人たちが現れたわけです。問題は、この整備されない地域で事故が起きていることなのです。長野県小谷村の栂池高原スキー場のコース外で起きた遭難事故も、バックカントリーによるものでした。スキー場のバックカントリーで、遭難事故が多発しているのです。バックカントリーは、雪崩や滑落など命を危険にさらすリスクと隣り合わせになります。事故に備えて、「雪崩ビーコン」、「プローブ」、「スコップ」の3つは必携になります。雪崩に巻き込まれた際に備えて、電波の発信するツールが必要です。このツールが、遭難場所を特定できる「雪崩ビーコン」ということになります。「プローブ」は、雪面に突き刺して埋まった人の位置を探る棒状の道具になります。さらに、雪を掘り起こし、人を救助するためのスコップが必要になります。
 バックカントリーでの滑走は、冬山登山と同じで一律に禁止はされてはいません。でも、冬山のスキーや登山は、危険が伴うものです。近年は、少なくなっているようですが、尾瀬にハイヒールで行く方もいたようです。また、雨具を持たないで山に入る「野外愛好家」の方もいるようです。2022年夏期(7~8月)の山岳遭難は、発生件数が668件 になっています。夏期の山岳遭難は、ここ数年600件を超えているのです。そのたびに救助隊や捜索隊が、危険を冒して出動しています。遭難者の年齢を見ると、60代以上の方が51%を占めています。中高年の方が、危険を顧みず登山を行っていることがわかります。山登りは、危険が伴います。危険を承知で行うわけですが、その危険以上にやりがいや達成感を得る遊びでもあるようです。事故に遭おうと思って、山に登る人はいません。事故が起これば、本人がまず困ります。遭難者を救助する人達も困ります。登山の事故は、自己責任が世界の常識です。でも、日本の山登りは、登山者の自己責任を問えない現実があります。警察が救助に向かうのは当然で、ヘリコプターで救助されることも当然とうそぶく人もいるようです。もっとも、中高年の多くの方は、事故を起こさないように細心の準備をして、慎重な山登りをしています。
 日本には、我儘な登山愛好家や野外愛好家を規制する法律がありません。2003年に奥入瀬渓流の国有林の遊歩道で、落下した枯れ枝が女性観光客を直撃した事故がありました。この事故で女性は後遺症を負い、損害賠償を求めて裁判を起こしました。女性は勝訴し、県と国は破れました。私は、この裁判の結果に疑問を持っています。森を散策し、森の恵みを得るには、それなりの知識と経験が必要です。その知識と野外活動のスキルを持った人のみが、自己責任という形で、森や山に入るものだと考えています。こんな考えを支持する事例が、ドイツの森林法になります。ドイツの森林法には、市民が森林に自由に立ち入る権利を認めています。一方、この森林法は、利用者に自己責任のあることが明記されています。ドイツの森林法には、森林への立ち入りに伴う危険への安全義務は市民にあるとされているのです。
 野外活動には、危険を伴いながらも、多くの利点もあります。農業生産を中核にした文明の誕生は、1万年前でした。それ以前は、十数万年にわたって狩猟採集の時代が続いていました。農業を中核とした文明は、個々人が多くの集団に所属し、緩急の繋がりを構築し、農業生産を高めていきました。農業生産は、人びとが組織的に繋がり、集団から逸脱する行動をとらないことが一つの約束になります。農業社会のように安定化を優先すると、現状維持を優先して行うことになります。そこでは、挑戦的姿勢は軽視され、すぐに成果の出る事柄が優先されていくわけです。安定を優先する姿勢は、生産を飛躍的に高め、豊かを約束するために、次のステージに移行することを妨げます。人類には、アフリカから果敢に出たという好奇心の遺伝情報があります。安定を望む多数の人びとがいる一方で、危険な事に挑戦する少数の人もいたわけです。現代風な言い方をすると、我儘な野外活動愛好家と言えば良いのかもしれません。豊かさが約束された飽和状態が訪れたときに、この旺盛な好奇心を発揮しようとする異端者(挑戦者)が出てきます。面白いことに、文明や文化を発展させてきた組織を見ると、先見性のある組織は、好奇心の旺盛な人を大切にしてきました。ある意味で、我儘な野外活動愛好家の行動を黙認してきたのです。急激に自然環境や社会環境が変わる事態に備えて、好奇心のある人材を温存してきたともいえます。
 現代は、バックカントリーや登山、そして野外活動を奨励する空気が蔓延しています。そして、その行動によって生命の危機が訪れた場合、遭難した場合、救助隊を出して救い出すことを行っています。狩猟社会などでは、危険は自分自身で克服することがルールになっていました。それが、救ってもらって当たり前、救う義務が自治体や国にあるという考えの人もいます。でも、そのような甘えが許さない状況が生まれています。自治体も国も、救助の環境整備に使う予算に制約を受けるようになったのです。たとえば、国立公園内の登山道の整備や改修は、「事業執行者」と呼ばれる管理者が責任を持つことになります。これらの登山道の中には、国や自治体が整備し、業執行者となっているものもあります。そして、事業者は、山岳会や山小屋などの関係者の方に改修を発注することになります。でも、山岳会や山小屋の方たちの出費のほうが、国や自治体の予算を上回るケースが多くなっています。登山道は整備しなければならないが、整備する予算がないという状態が続いています。未整備の登山道で事故があれば、国や自治体の責任になるという裁判事例も出てきています。
 最後になりますが、野外活動はある意味で人間の根源的活動ともいえるものです。この活動は、大切にしたいものです。一方、この活動には危険が伴います。その危険を、自己責任で克服してほしいのです。ドイツは、森に入り自由に活動することを法律で認めています。でも、事故があった場合、自分で責任を取ることも求めています。自己責任を取れない方は、森に入れないのです。日本も、自己責任を取れない方は国立公園などに入れないようにすることも選択肢の一つになります。もう一つの選択肢は、保険になります。登山やハイキング人口は、800~1000万人といわれています。この方達の中で、「万が一事故に遭遇した場合、他人に迷惑をかけずにどのように命を守るか」を考えている方が対象になる保険を作ります。良心的な登山家を対象にした救急搬送隊を、24時間体制で稼動する仕組みをつくるわけです。保険金を事前に払った方が、山に登るときにはスマホにソフトを入力します。このソフトは「みちびき」に対応したGPS機種で、誤差が数cmという優れものです。発信器の役割もあり、登録者の登山移動状況が一目瞭然でわかる仕組みを作ります。危険な箇所には、発信器を設置し、事前に把握できるようにしておきます。ドローンを山の数カ所に設置し、ドローンから山の状況を撮影した画像を随時提供するサービスも行います。JAFの制度を応用したものと考えていただければ、分かりやすいかもしれません。野外活動のリスクは、ゼロになりあせん。でも、事故を少なくすることはできます。狩猟社会における挑戦とか好奇心の精神は、人類の中に脈々と生きづいています。その精神を保険という媒体で満足させることも面白いかもしれません。