たまびと日記

『何でも載せちゃうガラクタブログ』

白糸台掩体壕 (えんたいごう)

2008-02-06 | 調布市 府中市 三鷹市
2008年最初の多摩地域散策は 『府中市』 です。
明日まで開かれている 白糸台掩体壕現場見学会 に行きました。
今回は散策なんて素敵なものじゃありません。 
探索 の言葉のほうがピッタリだと思います。
 
最寄り駅の京王線「武蔵野台」の駅を降りると、今冬4度目の雪がサラサラと舞っているではありませんか。
「ここまで来たんだから、行くっきゃない!」
歩き始めた私を励ますように、案内板が出迎えてくれます。



住宅街の中に突然現れた異様な物体。
このコンクリートのかたまりは、戦時中、陸軍の戦闘機『飛燕(ひえん)』を、
敵機の空襲から守るために作られた格納庫なのだそうです。



今は民家がビッシリと建っていますが、第二次世界大戦の時代、
このあたり一帯は陸軍調布飛行場でした。
当時、掩体壕(えんたいごう)は60基ほどあったようです。



発掘調査の結果、飛行機のタイヤ痕や排水溝などが確認されています。
しかし壕の大きさが、飛行機のサイズに対してあまりにも小さくて驚きました。
入り口幅、12,34メートルに対し、『飛燕』の翼長は、12,00メートル、
入り口高、3,73メートルに対し、『飛燕』の全高3,70メートルという具合です。



所在地 府中市白糸台2-17-1、3

帰りは、西武多摩川線「白糸台」駅から西武線に乗り、JR中央線「武蔵境」駅に向かいました。


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8 コメント

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こんばんは (bikki)
2008-02-07 22:15:33
白糸台の名前にびっくりしました
私が上京の折から親代わりだった叔母夫婦が
白糸台の電々公社の借り上げ社宅に住んでいたことがあり何度も足を運んだ場所です。
あの頃は駅からの道すがら畑などがまだ残っていて
都会には畑なんぞないものと思っていたイモね~ちゃんの私はそれだけでうれしくなったのでした
私の記憶違いでなければ当時は北多摩駅という駅名だったと思うのですが・・・・。
叔母たちは主に三多摩地区の社宅を何度か引越しを重ねて今は狭山の山奥に住んでいます(笑)。
たまびとさんの記事を読んでいるとこういうことがあるので楽しいですね。
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同じく (風屋)
2008-02-08 14:01:17
アミノバイタルフィールドの隣ですね。
長男が第一志望に合格していれば
そのあたり(白糸台と武蔵野台の間あたり)で
アパートを探すことになってました。
中央線沿線よりも安かったので。
縁ができそうでできなくて、でも部活で縁ができたという
何だかビミョーな場所で気になります(笑)
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bikkiさんへ (たまびと)
2008-02-09 16:24:06
bikkiさん、こんにちは。
ご縁が深い場所だったとは・・・驚きました。
確かに以前は『北多磨』という名の駅でした。
昔、私たちは、この線路のことを『是政線』と読んでいました。
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風屋さんへ (たまびと)
2008-02-09 16:33:02
風屋さん、こんにちは。
bikkiさんに縁の場所だったとは驚きですが、風屋さんもご縁がありましたよね。
ご子息の受験の頃の話、よく覚えています。

昔、味の素スタジアムのあたりは『関東村』といっていましたが、今は随分風景が変わりました。

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昭和 (newsummerorange)
2008-02-17 17:52:14
身近なところで、戦争の遺物が発掘されているのですね。
TVで九州の方?の飛行場の同じような格納庫を見たことがあります。
でも、東京でもまだ残っていたなんて。
縦・横のサイズが、飛行機のサイズとほんのちょっとしか大きくないです、びっくり!!
当時の日本人気質だったのでしょうか。
操縦桿を握るパイロットの腕は素晴らしかったのですね。

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newsummerorangeさんへ (たまびと)
2008-02-18 19:59:55
掩体壕は各地に残っているようです。
韓国にも日本軍が作った掩体壕があるそうです。
私の父も、戦時中はこうした格納庫を作っていたのではないかと思いますが、その年代の方々は、次々とこの世を去っていかれる現状があります。
戦争の愚かさをこれから生きていく人たちに伝えるために、古いものを保存する意義があるのでしょうね。
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偶然見つけました (アレクサンドロ原田)
2010-02-25 20:16:37
初めまして。
本日自転車で移動中に偶然見つけました。
このブログの画像から中がどうなっているのか初めて知りました。ありがとうございます。
現在の白糸台掩体壕は工事用バリケードで塞がれていて中が見えなくなっています。
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アレクサンドロ原田さんへ (たまびと)
2010-02-26 20:41:30
こんばんは。
私の記事も見つけてくださいまして、ありがとうございます。
日付を見ましたら、2年前の2月ですね。
あのビッシリと建つ住宅街の中に当時のままの姿で残っていたことは、奇跡と言えるほどのことだと思います。
住宅のすぐ隣ですから、異様な光景とも言えますね。
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