梅之芝居日記

歌舞伎俳優の修行をはじめてから15年がたちました。
日々の舞台の記録、お芝居ばなし等、お楽しみ下さい。

衣裳が一瞬で

2005年09月12日 | 芝居
今日は休演日。昨晩のお酒も手伝って、昼までぐっすり眠りました。これから雑事をこなして、銀座でいつもお世話になっているスポーツマッサージのお店に行き、それから歌舞伎座の夜の部を拝見させて頂きます。

さて、今回は衣裳の仕掛け「引き抜き」についてお話いたしましょう。今月の『櫓のお七』で、お七の着物が、<黄八丈>から一瞬で<麻の葉の段鹿子>に変わるアレですね。『娘道成寺』や『鷺娘』など、主に女形の舞踊の衣裳で見られますが、『蝶の道行』や『独楽』などでは、立役でも行われます。
予めニ枚の衣裳を重ね縫いしたものを着て、上の衣裳だけを取り去ることで一瞬の変化をお見せするわけですが、着るまでの準備も、舞台での作業も、なかなか簡単ではございません。
上に重ねている衣裳は、腰の部分から上下二つに分かれております。上下それぞれを、下に着る衣裳に粗く縫い付けるのですが、縫い付ける糸は<太白(たいはく)>といい、タコ糸くらいの太さがあります。これにはロウをひいてあり、これはほつれを防ぐ意味と、演者の汗が染み込んで、抜きにくくなることを防ぐ意味があるそうです。
<太白>の一端には<玉>という、衣裳と同じ柄で作られた丸いものがついており、これを掴んで、後見が糸を抜くわけです。
<玉>の数だけ抜くところがあるわけですが、『櫓のお七』の場合ですと、袖口、袂の前後、裾の端に、左右対称についているので、計八個の<玉>がついております。
腰の部分は、帯で挟むだけなので、縫い付けてはありませんが、着せるときが大変なので、仕付け糸で仮止めしておき、着終わった時点で外してしまいます。
ここまでが<衣裳さん>の仕事。舞台では、今度は後見が振りに合わせて<玉>を掴んで糸を抜いてゆき、全部糸を抜いたら帯に挟んだ部分を引っぱりだしてばらけさせ、右手で襟元、左手で帯の下の腰の辺りを掴み。キッカケを見計らって、演者と息を合わせて上下いっぺんに取り去る、というわけですね。

女形の引き抜きは、裾を引いた衣裳がほとんどなので、そのぶん糸も長くなります。縫った方向にあわせて抜くと、抵抗なくスーッと抜けるそうです。また、帯に挟んだ部分をばらす時も、あまり下の衣裳が見えないように加減しないと、変化の妙がなくなってしまいます。
前にも書きましたが、この一連の作業は、目立たぬようにするのが心得で、これにはやはり場数と経験が大切でしょう。私も、この前の勉強会の『本朝廿四孝・奥庭狐火の場』で、八重垣姫の引き抜きをさせて頂きましたが、とても勉強になりました。

引き抜きは、演目によって若干縫い方が変わることもあるそうです。今回は、あくまで『櫓のお七』を例に御説明いたしました。
ちなみにお七の衣裳は、<人形振り>をするために、襦袢の袖口、着付の裾に、それぞれ手の指、足の指を挟むところがついています。これはより人形らしく見せるためで、手をむき出しにしない、足を見せない(文楽の女の人形には足がないのです)ための工夫だそうです。