彝父子不以爲意。至是羽林・虎賁近千人、相率至尚書省、詬罵以瓦石撃省門。上下懾懼、不敢禁討。遂至彝第焚其舎、曳彝父子、毆撃投火中。仲瑀重傷走免。彝死。遠近震駭。胡后収其凶強八人斬之、餘不復治。大赦以安之。懐朔鎭函使高歡、至洛陽、見張彝之死、還家傾貲以結客。或問其故。歡曰、宿衞相率焚大臣之第、朝廷懼而不問。爲政如此、事可知矣。財物豈可常守邪。歡自先世坐法徙北邊、遂習鮮卑之俗。沈深有大志。與侯景等相友善。以任侠雄郷里。
彝(い)父子、以って意と為さず。是に至って羽林・虎賁(こほん)千人に近く、相率いて尚書省に至り、詬罵(こうば)して、瓦石を以って省門を撃つ。上下(しょうか) 懾懼(しょうく)し、敢えて禁討(きんとう)せず。遂に彝の第(てい)に至りその舎を焚(や)き、彝父子を曳き、殴撃(おうげき)して火中に投ず。仲瑀(ちゅうう)、重傷して走り免る。彝死す。遠近震駭(しんがい)す。胡后その凶強八人を収(とら)えて之を斬り、余は復た治(ち)せず。大赦して以って之を安んず。
懐朔鎮(かいさくちん)の函使(かんし)高歓、洛陽に至り、張彝の死するを見て、家に帰り貲(し)を傾けて以って客に結ぶ。或るひとその故を問う。歓曰く、「宿衛、相率いて大臣の第を焚けども、朝廷懼れて問わず。政をなすこと此(かく)の如くんば、事知るべし。財物は豈常に守るべけんや」と。歓は先世より法に坐して北辺に徙(うつ)り、遂に鮮卑の俗に習う。沈深(ちんしん)にして大志有り。侯景等と相友とし善し。任侠を以って郷里に雄たり。
羽林・虎賁 羽林は天子の宿営を守備する近衛、虎賁は虎の奔る如く勇猛な軍隊。 詬罵 ののしり、辱しめること。 懾懼 恐れおののくこと。 禁討 禁止討伐。 第 邸。 治 取り締まる。 函使 文書を京師に運ぶ役人。 貲 資産。 任侠 男だて。
彝父子はさして意に介さなかった。やがて羽林・虎賁といった近衛の兵士が千人近く徒党を組んで尚書省に来ると、罵声をあびせながら投石し、省の門を打ち破った。中では上も下も恐れ慄き、敢えておさえ鎮める者も居なかった。遂に彝の屋敷に火をつけ、親子を引きずり出した。散々に殴りつけて火中に投げ込んだ。仲瑀は重傷を負いながら、からくも逃げ出したが張彝はそこで命を落とした。これを見て遠近みな懼れ慄いたが胡太后は首謀者八人を斬っただけでそれ以外は不問にして安堵させる処置をとった。懐朔鎮の文書吏の高歓は洛陽に居合わせて、この争乱を目撃すると、家に帰るなり費用を顧みず客を招いて交わりを結んだ。ある人が訳を尋ねると、「近衛の兵たちが徒党を組んで大臣の邸宅を焼き討ちにしても、朝廷は兵を恐れて手を下さない。政治がこのような有様ではこの先どうなるかわかったものではない。財産など無事に守ることができるかわからない。ならば今から顔を売っておいたほうが余程ましだろう」と言った。高歓は先の世から罪に連坐して北方の故郷地帯に移され、すっかり鮮卑の風に馴染んでいた。かれは沈着で思慮深く大きい志をもっており、侯景らを友として交わり男伊達をもって郷里で重んじられていた。
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