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寡黙堂ひとりごと

詩吟と漢詩・漢文が趣味です。火曜日と木曜日が詩吟の日です花も酒も好きな無口な男です。

十八史略 恵帝

2011-12-27 08:42:17 | 十八史略
 この座惜しむ可し
孝惠皇帝名衷、性不慧。爲太子時、納妃賈氏。充之女也。多權詐。衞瓘嘗侍武帝、陽醉跪于前、以手撫床曰、此座可惜。武帝悟、密封尚書疑事、令太子決之。賈氏大懼、倩外人具草代對、令太子自寫。武帝悦得不廢。至是即位。賈氏爲皇后預政。皇太后楊氏、乃帝母楊后之從妹。父駿爲太傅。賈后殺駿而廢太后、殺太宰汝南王亮、殺太保衞瓘、殺楚王瑋、以衆望用張華・裴頠・王戎、管機要。華盡忠帝室。后雖凶險、猶知敬重、與頠同心輔政。數年之、雖暗主在上、而朝野安靜。

孝惠皇帝、名は衷(ちゅう)、性不慧(ふけい)なり。太子たりし時、妃賈氏(かし)を納(い)る。充の女(むすめ)なり。権詐(けんさ)多し。衞瓘(えいかん)、嘗て武帝に侍し、陽(いつわ)り酔うて前に跪(ひざまづ)き、手を以って床(しょう)を撫(ぶ)して曰く「この座、惜しむ可し」と。武帝悟り、尚書の疑事(ぎじ)を密封し、太子をして、之を決せしむ。賈氏大いに懼れ、外人を倩(やと)い、草(そう)を具して代って対(こた)えしめ、太子をして自ら写さしむ。武帝悦(よろこ)び、廃せざるを得たり。是(ここ)に至って即位す。賈氏、皇后と為って政(まつりごと)に預かる。皇太后楊氏は乃ち帝の母楊后(ようこう)の従妹なり。父の駿は太傅(たいふ)たり。賈后、駿を殺して、太后を廃し、太宰(たいさい)汝南王亮を殺し、太保(たいほ)衞瓘(えいかん)を殺し、楚王瑋(い)を殺し、衆望を以って張華・裴頠(はいき)・王戎を用いて、機要(きよう)を管せしむ。華、忠を帝室に尽す。后、凶険なりと雖も、猶敬重(けいちょう)することを知り、頠と心を同じうして政を輔(たす)く。数年の間、暗主上(かみ)に在りと雖も、而も朝野(ちょうや)安静なり。

不慧 慧はさとい事。 権詐 いつわり。 陽 うわべ。 床 牀、寝台。 疑事 判断しがたい事。 外人 部外の人。 草を具し 草稿を用意する。 太傅 三公の一、天子の補佐役太師の次位。太宰 百官の長、総理大臣。 太保 三公の一、天子や皇太子の教育係、太傅の次位。 機要 枢機。 

孝惠皇帝、名は衷で生来愚鈍であった。皇太子だった時、賈充の娘を妃としたが、いつわりの多い女だった。ある時、衞瓘が武帝と酒のお相手をしていた時、酔った振りをしてへたれこみ、帝の寝台を擦りながら「もったいないことですなあ、この座を」とつぶやいた。武帝はそれと悟って、尚書から上奏された事案を密封して、太子にこれを裁決させてみる事にした。妃の賈氏はおおいに懼れて外部の者に手をまわして、決裁の草稿を作らせ、太子の自筆で写しとらせた。武帝はそれを見て出来栄えに満足して、廃嫡を免れた。
太子が即位すると、賈妃は皇后となり、政治に参画するようになった。
恵帝の生母楊后は早世したため、いとこを次の皇后にした(皇太后)。その父の楊駿が太傅となっていたが、賈后は楊駿を殺し、皇太后を廃して庶人にした。又太宰の汝南王司馬亮を殺し、太保の衞瓘を殺し、楚王司馬瑋をもつぎつぎに殺した。そして衆望をあつめる張華・裴頠・王戎を用いて枢機にあずからせた。とりわけ張華は帝室に忠誠をつくした。賈皇后は凶悪陰険であったが、それでも人をうやまい尊重することは心得ていた。張華と裴頠は心をあわせて政治を補佐したから、数年間は暗君を戴いているとはいえ、朝廷も世間も安穏な日がつづいた。