上越・町家暮らし

主に新潟県・上越市の自然、文化、風土、そして町家暮らしについて書いていきます

 町おこし・十日町市 松代

2018-05-13 20:47:03 | 十日町

 3年と4か月前、十日町市の竹所という集落に建つ、ドイツ人の建築家、カール・ベンクスさん設計による家を取材しました。

 2015年2月取材記事⇨「ある山村にて」 

そのカール・ベンクスさんの事務所があり、拠点になっている十日町市の松代に行ってきた。

 

      竹所にあるベンクスさんの自宅。この家は鬱蒼とした緑の森の中にあり、

      ピンク・ベージュのカラーと相まって、緑の森とコーデイネートしていると思う

 

 竹所の集落を回ってみると3年前と同じで、居宅は増えておらず、7〜8軒ほど、そのうち半分は別荘のようで、人の気配はなかった。一軒の建物が増えていたが、作業小屋であった。もともと雪が深く、住居として住むには、竹所は余程の覚悟がないと生活には適していないと、私は思っている。ここに居を構えた方は、どんな思いを持ってこの地とベンクスさんの設計を選んだのだろうか。

 

 

 

 上記はカールベンクスさん設計によるものと思われる建物。(十日町、松代集落)

3枚目の画像の家は窓辺に大きな筆がかかっていたので、書家の方が住んでいると思われるが、好感の持てる設計、色である。

 

 ベンクスさん設計の家の近くには、従来からあるこの地の建物が建っている。飾り気のない何ら変哲もない、昔ながらの木造建築物である。そこで改めてパステル調の、ドイツの家とまごうようなカラーの家と比べると、従来の建物が、何とも心が和み、浮つかず落ち着いて見えてくる。

 それは私だけなのだろうか。

日本人は元来、突出することを嫌う。特別目立つこと、他人と差異を持つことは、その地で安穏と生きていけないことを意味していた。目立たず、ひっそりと生きる。個人主義はご法度なのだ。そんな国民性は私は嫌いだが、反面、集団様式美を生み出してきたと思う。それが顕著なのは、福島の大内宿、岐阜、富山の白川郷、五箇山等の建物なのではないかと思う。その意味で、昭和の佇まいの多くを残した松代の建物そのものを、資源として生かすメンテナンスができないのだろうか。松代をドイツビレッジカラーに誘導していくのも、ありなのだろうが。

 1980年代に観光で興隆を誇った清里が、今や廃村状態であるという。そんな記事を読み、昭和の街並みが色濃く残った松代に、改めて気がつかされたのである。


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2 コメント

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町おこし (いちじく)
2018-05-14 14:50:45
風まかせ、いつも拝見してます。今回はカール・ベンクス氏の古民家の事が書かれていたので、こちらで初コメントさせていただきます。20年ほど前の新聞記事で、「松代町のかやぶき民家再生奮闘」というタイトルで、カール・ベンクス氏の松代の家の事が掲載されていました。日本人が壊し捨て去ろうとしていた古民家に、外国人ならではの感覚を練りこみながら、古民家の良さも生かし暮らす姿に心が打たれました。しかし今回ブログにアップされた華やかな色彩の家屋
の画像を目にして、残念な気持ちになってしまいました。なぜあの場所であの華やかな色彩なのだろうか。色彩が華やかであればあるほど、暗い気持ちになってしまいました。それとは対照的に、時を経て建つ木造家屋の味わい深い茶の色。その古さが自然と共存して和み美しい景観を作り上げています。田辺さんも書かれているように、建物を資源として生かし、メンテナンスしていく家造りが松代で出来たなら個々の家がその地の財産になっていくのではないでしょうか。
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失われいく民家 ()
2018-05-14 16:05:17
 いちじくさん、毎度。
私だけであろうかと、書きましたように、私の言及は懐疑的ですが、フォローありがとうございます。
 ベンクス氏が20年ほど前から、民家の保全に尽くされていたということには、頭が下がりますね。

 10年前購入し、私が住んでいる直江津の小さな町屋の改装は、経済力がないので、自分自身でメンテナンスしただけの粗末な景観の町家ですが、周りの家並みに違和感のないよう、心がけました。それは老害とも言える思い込み、懐古趣味嗜好の私の見解からですから、的を外しているのかもしれません。
 しかし松代に限らず、古い、不便、暗いと、後継者不足で失われいく民家を、一軒でも残そうとする方が多く排出されることを望む思いは、同じなのでしょう。
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