常識について思うこと

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なのはシリーズから思うこと

2010年02月13日 | ヒーロー&アニメ

ここしばらくの間、「魔法少女リリカルなのはStrikerS」を見ておりました。同作品は、「魔法少女リリカルなのは」、「魔法少女リリカルなのはA’s」に続く三期目のタイトルで、第一期では小学三年生だった主人公・なのはが、大人のようなキャラクターとして登場するところが、とても印象的で良かったと思います。

調べてみると、この企画は19歳のなのはのラフイラストが持ち込まれたところから始まったらしいです。私個人としては、こういうキャラクターを大切にする精神は、とても好感が持てるところです。StrikerSのメインキャラクターは、スバルやティアナといった若手陣に入れ替わり、主人公だったなのはやフェイトは、彼らを指導する教官、あるいは先輩としての役回りとなっています。このように同じ世界観ながらも、時を経た設定にすることで、それぞれのキャラクターたちの成長や人間関係の発展性を感じられることは、とても新鮮で楽しいと思いました。

そして、これを見ながら思ったのは、「次期プリキュア、こんな展開はダメ?」ということでした。今週から、新しいプリキュア「ハートキャッチプリキュア!」が始まっている最中、こんなことを書くのは不謹慎かもしれませんが、物語の連続性という意味では、非常に面白いのではないかと思うのです。

これまでのプリキュアの流れは、1年ないし2年毎に、まったく新しいタイトルに切り替わって、映画等の特別な作品での設定を除いて、それぞれのプリキュアの世界はブツ切りになるというものでした。しかし、例えばなのはシリーズのように、前作のキャラクターが先輩役として登場し、新しく出てきた後輩キャラクターたちを指導するという展開でも十分通用するような気がするのです。

こうした試みについて、例えば昔、「ウルトラマンレオ」で、ウルトラセブンがレオを教育、指導するような設定がありました。幼心に、セブンのスパルタぶりがあまりに厳しく、それほど好きではなかったのですが、これはこれで、ストーリーの展開としてなかなか面白いのではないかと思います。また、なのはシリーズでは、空尉だの執務官だのという組織の難しい設定があるので、プリキュアに適用する際には、そうした難しさについての工夫が必要だと思いますが、こうした流れそのものは、とても楽しいのではないかという気がしてなりません。

個人的に、これをプリキュアでやる場合には、作品の質の割に1年で終わってしまったSplashStarをベースにして、咲・舞コンビ、プラス満・薫コンビが先輩役として登場し、新しい伝説の戦士プリキュアを育てるという設定はどうかと思います。話の展開によっては、初代プリキュアのなぎさとほのかが、たびたび登場するというのもアリでしょう。この場合、ウルトラマン的に考えると、通常は登場しないゾフィや初代ウルトラマンが助けに来てくれるような、かなり貴重でスペシャルな扱いにすると盛り上がるような気がします。

自分で書いておいて何ですが、これらは、ほとんど私の妄想の域を出ていません。しかし、キャラクターを大切にするという発想自体は、やり方次第でビジネスの効率化や生産性向上という意味で、矛盾をきたすことなくうまく機能するのではないかとも思います。そして何よりも、次から次へと新しい作品を生み出し、同時に(いわゆるキャラが立たない)ジャンクのようなキャラクターを増やしてしまうよりも、多くのファンに喜んでもらえる作品になるのではないかという意味で、こうした試みがなされたら、一ファンとして、とても嬉しいだろうと思うのです。

実際のところ、どうなるかは別にして、以上、ここ最近、「魔法少女リリカルなのはStrikerS」を見て思ったことでした。

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4 コメント

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地続きにするかリセットするか (無限堂)
2012-08-01 08:20:03
世界観が連続していると言えば、特撮では初代から80迄のウルトラマンと初代からRXの仮面ライダーが、アニメはドラゴンボールやセーラームーンが有名で、作品毎に世界観をリセットするのは、特撮ではデンジマン~サンバルカンを除くスーパー戦隊(ゴーカイジャーはゴレンジャーから地続きの世界は一種のパラレル)、ガイア~マックスの平成ウルトラマン、平成仮面ライダー、アニメはプリキュアが有名で、それぞれ一長一短があり、一概に何れが良いは言い難いです。プリキュアが世界観をリセットしているのは、聖闘士星矢、セーラームーン、おじゃ魔女どれみが単一キャラクターで延命するのに限界があるのと、やはり商品展開が絡んでおり、デジモンアドベンチャーはキャラクターすげ替えで延命し、最終的にはブランクを含め12年続くシリーズになりました。東映関係者の話しによれば、プリキュアは10年計画で全500話前後を目指しており、最速で2013年放送予定のシリーズが最終作になる可能性が高いでしょう。プリキュア世界が地続きはTV最終シリーズで実現しそうな可能性が高く、個人的には8代目プリキュアチームが一度敵に敗れ、歴代プリキュア戦士達を訪ね再起なんて展開が望ましいです。また、2012年春から聖闘士星矢Ωが始まりましたが、アニメ版の続編と旧作キャラの客演にはびっくりしました。ただ、日曜朝の放映と言う事に、既にテレ朝でもアニメの発言力が低下しているのは残念で、もしかしたらプリキュア終結が日本のTVアニメ終焉の始まりになるかも知れません。
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一長一短 (竹内一斉)
2012-08-01 14:23:55
無限堂さん、コメントありがとうございます。
なるほど、そうですね。たしかに、どちらがいいかとは、言い切れないと思います。ただどちらにしても、スポンサー戦略に振り回されていると感じてしまうと、作品を楽しもうという気持ちも萎えてしまいます。何よりも、商売道具として、使い捨てられてしまうキャラクターがいるような気分になると、とてもやりきれません。
「聖闘士星矢Ω」で、オリジナル作品のキャラが出てくるところなどは、いいですよね。おっしゃるように、歴代プリキュアが、現プリキュアを助けに来るとかいう展開があったら、それはちょっとした伝説回になるでしょう。
仮面ライダーとプリキュアは、長年見てきましたが、フォーゼ、スマイルから、見なくなってしまいました。また何か惹きつけるものがあったら、存分に楽しみたいとは思っています。
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作品を粗末にした例と大切にした例 (無限堂)
2012-08-14 09:23:10
竹内様 仰る通りです。作品の裏側が判ると作品が楽しめなくなるのは判る気がします。そこで作品を粗末にした例と大切にした例を挙げようと思います。粗末にした例は90年代にヒットしたTVゲーム「ときめきメモリアル」で、PCエンジンオリジナル版のスタッフが解散した後にヒットした為、以後の歴代責任者がヒット要因を正確に把握していたとは言い切れず、矢鱈グッズを乱売しユーザーを呆れさせ、「2」は開発が難航した割に余り改良されず、急な商品展開で早死にさせられ、「3」は悪名高きゲームファンドで発売延期が出来ず不具合なまま出し失敗、「オンライン」は過剰且つ厳格な規制と運営の粗末さから失敗し、ユーザーの意見に耳を貸さなかったばかりに優良コンテンツを自ら潰す愚行を犯しました。逆に大切にした例は、90~00年代にヒットしたTVゲームの「トゥルーラブストーリー」と「サクラ大戦」で、先のときメモを反面教師にし、ユーザーの要望に耳を傾け作品に反映する事で、売上ではときメモには及ばなかったものの、ユーザーとスタッフとの信頼関係が築かれ一つの手本となり、サクラは新旧キャラを巧みに使い世界観を維持ました。やはり作品の命は作り手と売り手とファンの相互関係で成立すると言え、私事ながらアニメ版セーラームーンが5年続いた割に、放送終了8ヶ月後に呆気なく時間帯移動し、結局3年後に廃枠になった事で、放送終了から1年以上過ぎてから移動ならまだ納得がいきましたか、結局放送局に利用され乗せられただけだったと思うとすっかり醒めました。セラムンのリメイクアニメは案外テレ朝以外の局になる可能性もあります。
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キャッチボール (竹内一斉)
2012-08-14 11:20:48
無限堂さん、コメントありがとうございます。
いろいろと勉強になる内容です。結局のところ、ユーザー(あるいは視聴者)とのキャッチボールが、どれだけできているかということなのでしょうかね。
会社というのは、ユーザーや消費者にきちんと耳を貸してこそ、永続するものだと思うのですが、株式会社の仕組み上、短期間に売上げをどう伸ばすか、回転率をどう上げるかといったことを重視してしまうと、短期的にはよくても、中長期的に市場から見放されるということでしょう。このあたり、人間の生き方にも通じるものがあるように思います。
セーラームーン、最近話題になっていますね。アレは少し気になっています(笑)。
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