満月に聴く音楽

宮本隆の音楽活動(エレクトリックベース、時弦プロダクションなど)及び、新譜批評のサイト

12/9 sounds of guitar wonder終了

2019-12-11 | 新規投稿
12/9 12/9 sounds of guitar wonder終了。心配していた集客は私と臼井康浩氏のDUOが始まる直前に増えて来て一安心。臼井氏とはこれまで何度も共演しているが、私の意識はまずボリュームを彼に合わせる事だった。つまり、臼井氏はDUOの時、あるいは複数のセッションの際も、ボリュームをその場に応じて変えてくる印象がある。正確にはそれはボリュームと言うより、音の厚み、重ね方、あるいはテンションの強弱という演奏そのものの変幻さによるものなのだが、例えば、昨年、なってるハウス(東京)で大沼志朗氏(ds)とトリオで演奏した時はいきなり爆音という感じでトリオを牽引し、そのまま最後まで突っ走っていた。かと思えば、今年の4月、バレンタインドライブ(名古屋)で小埜涼子氏(sax)を交えた5人のセッションでは周りの音の間をぬって行くような演奏をしていた。このように場面によって即興の形を変えていくのが臼井氏の持ち味とも感じており、それはその時の会場の雰囲気やニーズ、今、どのようにやるべきかという事に常に気を配る心構えとも言えるだろう。そして今回、私とのDUOでは生音の空ピックでも充分な音の反響を得られると感じたのか、程よいボリュームで圧縮されたテンションの心地良さが伝わる演奏を披露。私もそこに合わせ、ややアンビエントな応対をし、バトル的ではない共同即興の形が作れたと自負している。大変、心地よかった。
2番目は秋山徹次氏。「今回はアコースティックギターで実験をしたい」と事前に言っており、これは普通に弾くだけではないなと予感していたが、やはりいきなりマイクを弦に近つけ単音でフィードバックを鳴らし始める。そしてマイクの距離を操作しながらハウリング寸前で他の音に移行したりと音響のバリエーションを色々と試していた。エレキギターを発信機の扱いで様々な音を発するパフォーマンスは多いが、アコースティックでこれをやるの初めて観た気がする。そしてようやく通常の演奏に入っていくが、間をあけたグリッサンドの演奏で単音をポーンと弾く事をメインに、時折、一小節分のメロディを入れていく。ただ、弾き方がいずれも強く、ガッツが感じられるところが何とも個性的であり、ギターアンビエントともノイズとも違うロック的リフの応酬のような感触が生まれる。
3番目は踝打無kurubushi dub (gt)×原口裕司(ds)。照明を極端に暗くし、真っ暗闇の中で煌めくようなDUO演奏が始まる。踝打無の個性でもあるブルースをベースにしたサイケデリックな即興はこの闇の世界がぴったり合う事をここに再確認。原口氏の相変わらずの創造性豊かなアレンジ的なドラム演奏との合体は小さい音で聴いても説得力が失せない質のものだと感じた。真っ暗なので2人の表情も演奏の態勢も見えないインビジブル・ワールド。音はダークでこれも踝打無の特徴であるギターの弦をスライドさせクイ~ンと響かせる単音が怪しさを増す。私は35年前に観た裸のラリーズを思い出した。真っ暗の中でストロボライトが一部分だけで激しく点滅し、終末感覚を表現したラリーズのパフォーマンスとの類似を感じ、踝打無は即興音楽ではなく一つのビジョンとしてこの闇の中の光りを提示しているのではと思ったのだ。従って即興演奏の即物性ならぬロック、あるいはアンダーグランド・ソウルな感性を彼の中に垣間見た気がする。
4番目にいよいよ半野田拓が登場。実は本人、3番手と勘違いし、出ていこうとするのを押しとどめた。4月以来のライブなので気合が入って早まったか。その分、演奏で半野田ワールドいきなり全開。弦が一本欠けたギターとサンプラーで展開される半野田節。可愛いリフと風変わりなリズムの反復。シールドを抜いたり入れたり、それを弦に当てて、ノイズを作り、それをサンプラーでリアルタイムにビートを生み出したりと半野田氏によって楽器と機材が高度に玩具化される。私も時折、サンプラー(ローランドSP-404)を使ってはいるが、殆ど、仕込んだ音を再生させているだけでこの半野田氏のように全く、自在に使いこなせてはいない。機材もここまで徹底的に遊ばれてこそ嬉しいというものだろう。そんな事をいつも感じさせるのが半野田拓という特異な表現者だ。そしていつも感じるのがその全てをやり切るという感覚だが、この日も30分の持ち時間を軽くオーバー。時間など気にせず、一心不乱に作業を続けている。これもいつもの事なので了解済みではあるが、最後のセクションを控え、私はやや焦る。止めるわけにもいかないのでもうずっと終わらないのではないかと感じ、最悪、ラストセクションの中止も覚悟した。やがてピコピコピコと鳴る不思議サウンドを確かめるように演奏の手を止め、「ありがとうございました」と一礼してほっとした。全く素晴らしいパフォーマンスであった。正に何物にも似ていない、何物にも束縛されていない表現者であることを再確認。
ラストは秋山、臼井、私のトリオで演奏。秋山氏はソロの時と違い、ややオーソドックスな通常演奏でこれにより3人のサウンドが平均化された。3つの音は混濁せず、クリアーであったと思う。今、録音を聴き返しているが、臼井、秋山両氏のギターはいい音出している。臼井氏はややハイを抑えて丸みを出し、秋山氏のアコースティックだが、ヘヴィな音色に対応し、私は逆に忙しく音色をあれこれ、変えて試すような演奏をし、色をつけられたかなと実感している。
という事で、今回のイベントは招聘した面々によるノイズインプロビゼーションというイメージの予想は、皆無だった事もイベントの成果と言うか意外な結果となった。サウンドのカオス状態は殆どなく、ギターサウンドの多角な響きをいろんな場面で楽しめるイベントとなり、大変、満足な一夜であった。
<出演>
秋山徹次Tetuzi Akiyama(acoustic gt)
臼井康浩 Usui Yasuhiro(gt)×宮本隆 Miyamoto Takashi(ba)
踝打無kurubushi dub(gt)×原口裕司Haraguchi Yuji(ds)
半野田拓 Hannoda Taku : gt,smplar

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