満月に聴く音楽

宮本隆の音楽活動(エレクトリックベース、時弦プロダクションなど)及び、新譜批評のサイト

「LIVE AT FUTURO CAFÉ」山内 桂、千野秀一、宮本 隆、木村文彦。そして澤居大三郎 

2018-09-23 | 新規投稿
このアルバムを語るにまず、1人の人物の名を挙げなければならない。
澤居大三郎。彼が発案、制作したドモンケーブル(DOMON CABLE)は知る人ぞ知るシールドの傑作であり、そのユーザーは多い。私がDOMON CABLEの名を知ったのはギタリスト内橋和久氏がCDのアルバムスリーブに常にUchihashi uses DOMON CABLEと銘記しているのを度々、認めていたからであるが、使用しているシールドのメーカーを銘記する事にむしろ不思議を覚え、何か特別に思い入れのある海外のメーカーなのかなと勝手に推測していたのを記憶している。その後、どこかしらのライブ会場で度々、その一風、個性的な姿(失礼)を見る人物と話をするようになり、その人が正にDOMON CABLEの製作者、澤居氏である事に驚いた次第であった。彼はしばしば色々なライブ会場に現れてはリハーサルやセットの合間に演奏者に「これを使ってみなさい」とシールドの使用を勧め、喜ばれたり、迷惑がられたりしているが、その‘いい音’への追及が半端ではなく、ライブなどで‘悪い音’に遭遇すると、いてもたってもいられなくなるようなのである。そんな澤居氏はシールドの他にもコントラバスのスタンド(曰く「これを使えば畳の上で弾いても音が良くなります」)や特製アンプケーブル(曰く「大きなスピーカーをはめていても細いケーブルを使っているのは製作者が電気の流れを知らないから」)等、数々の名品、珍品を作りだし、曰く「メーカーの怠慢」は放っておいて演奏者への啓蒙活動に余念がない。

そんな澤居氏が近年、ハンディーレコーダーでのライブ録音に凝って、様々な試行錯誤を繰り返している姿を私は目撃していた。昨年2017年11月11日、この日のライブ会場であるFuturo Caféに現れた澤居氏は私に「演奏を録音してもいいですか?」と尋ねるので、「どうぞ」と気のない返事をしたと思う。ハンディーレコは自分でもやっているし、それは誰がやっても同じような機械を使う限り、その音質に大差がある筈はないとハナから思っていた。それを澤居氏が行うにしても特別な期待はしていなかったからである。

その日は山内桂氏(sax)からのオファーに応じ、偶然その時期にベルリンからの来日日程が重なった千野秀一氏(keyboard)、更に山内氏とは初の共演となる木村文彦氏(percussion)を誘い、私(bass)を含めた一夜限りのカルテットのセッションライブとして企画された。ソロやデュオを織り交ぜ、40分ほどの切れ目なしの演奏を2セット。お互いが抑揚を意識しながら進行した全体のアンサンブルは結果的に絶妙であったと思う。私は演奏に手応えを感じ、録音を後で聴くのを楽しみにしていた。勿論、自分で録ったものをである。その時点で澤居氏の録音に大した関心を示さなかったのは間違いない。しかし、よくある事だが翌日、自分の録音がレベルが合っておらず、録音に失敗したことが判明。木村氏もハンディで録っていた事を思い出し、連絡すると私と同様の失敗をしており、がっかりしていたところに澤居氏から録音されていたCDRが届き、あっそうだ。澤居氏も録ってくれていたんだと思いだした次第で、そのメモには「1セット目は失敗しましたので、2セット目の音源だけ送ります。」と書いてある。そうですかとばかりに聴いたその音に私は衝撃を受けた。眼前に演奏が拡がるかのようなクリアで豊かな音量で迫る録音であったのだ。えっ澤居さんはいつマルチ録音をしていたのか!と勘違いしたほどに。それは全く素晴らしい音質であった。驚いた。改めて、侮ってはいけない人物であった。私が早速、澤居氏になぜ、このような録音ができたのか尋ねたのは言うまでもない。

澤居氏が丁寧に教えてくれたことによれば
「使用したのはマイク内蔵のハンディレコーダー単体だけです。ハンディレコーダーも、最新型ではありません、7年前の機械です。去年の12月に、知人のレコーディングエンジニアから、使っていないレコーダーがあるというのでゆずってもらったものです。いい音で録音するための工夫はたくさんあります。いくつかをいいますと、使う日は朝から電源をいれっぱなしにします。それと置く場所の振動を拾わないように自作の振動遮断板を使います。また、CDRを焼くとき、青ペンで塗ってから焼きます。CDR自体は昔に買って、温存しておいた三井化学の製品を使います。二千枚ぐらい持っています。三井化学のCDRは信用できますから。努力すればいくらでも音は良くなります。そうしない人が殆どであるだけです。」

そういえば澤居氏が何か風変わりな分厚い板のようなものを持って来ていた事を思い出し、あれがその自作の‘振動遮断版’なるものなのかと思いだしながら、再び質問すると以下の更に詳細な試行錯誤の経緯を教えてくれた。

「振動遮断板等の録音上の技術や設定について、今現在の状態について書きます。録音機はKORG MR-2です。底についている4つのゴム足ははずしています。薄い鉛板を筐体の一部に貼り付けています。電源は単三2本です。使う電池によって大きく音色が変わります。現在は、楽器の余韻がいちばん長くききとれることからエネループプロを使っています。まだ試していない電池が多いので、これからも変わっていきます。振動遮断板は東急ハンズで販売されている約800グラムの鉛の塊です。底にはソルボセインという防振ゴム(厚さ5ミリ、ソフトタイプ)を2枚重ねて10ミリ厚にして貼り付けています。5ミリと10ミリの音質の差は大きいです。MR-2の設定ですが、ローカットフィルターやリミッターはオフに設定しています。録音レベル調整はもちろんマニュアルです。録音開始の直前に、挿入してあるSDカードをフォーマットしてそれから録音ボタンを押します。録音フォーマットはDSDです。マイクスタンドを使うこともあり、外部マイクではなく、MR-2本体をスタンドに取り付けています。マイクスタンドをそのまま使うと音が濁るので、パイプに薄い鉛板を貼って振動を抑えています。マイクスタンドの下にも振動遮断板をしきます。ほかにも工夫はありますが、おもなものはこういうところです。」

もはや私は感嘆符しか出てこない心境であった。
ソロやデュオ演奏の録音ならともかく、4つの楽器から成るバンド編成の録音にいい音を望むなら普通の考えにおいて、複数のマイクによるマルチ録音、しかもそれなりのレコーダー、ミキサーに頼るのが通常であろう。しかし澤居氏は違う。いい音の追及は創意工夫に基本在りという持論を信じ、実践する。それは簡易録音でも可能であるという信念のもとに。それはいわば限られた環境での限界への挑戦にも映る。‘もう使わないから’という理由で知人のレコーディングエンジニアから譲り受けたという7年前のハンディレコーダーをこのように独自の創意工夫で最大限に使用するという発想はいかばかりの情熱故の行動だろう。
しかも、彼はその成果を出しながら、その追及の手を緩めない。‘使う電池によって音色は大きく変わります’という言葉に私たちはどう反応するだろうか。私には正直、その差がそれ程あるのかどうかわからない。ただ、氏の「努力すればいくらでも音は良くなります。そうしない人が殆どであるだけです。」という言葉の説得力をこの録音音源を前に納得するしかないのである。

ここにある音源の質とはいわばアンプへのオンマイクと部屋の上部で遠目に録るエアマイクをミックスし絶妙な距離感を実現したようなベストな録音に近い感触を持つものである。それを一台のハンディーレコーダーで実現しているのは驚きだ。演奏者からの距離は恐らく2.3メートルだったと思う。多くのハンディレコは距離を接近させて、レベルをピークオーバーぎりぎりまで上げても、後で聴くとどこか遠い音のような何かしらの距離感が出る。その距離感はいい意味での‘空気感’とも違ういわば機械的な距離であり、音が小さく圧縮される事で生じる、実際の音楽とはかけ離れた記録的産物の様相である。それは避けられないものであり、いわばハンディレコの限界性とも言えるものだった。しかし私にとって澤居氏の録音はそれを感じさせない初めての体験であり、簡易録音の常識を覆すほどのインパクトを持つものだったと言っていい。

私はこの澤居録音を聴くにつれ、当初、全く予定していなかった作品化への想いが募ってきた。私はpro-toolに音源を仕込み、波形処理に取り組んだ。リージョンを2波にし、それぞれの定位を内側、外側に分け、若干のEQを加え、ミックスを完成させ、山内、千野、木村各氏へCD化の意向を伝え、了解をもらい、馴染みのスタジオである吹田のSTUDIO YOUで大輪真三氏にマスタリングを依頼、ついに完成をみた。

録音の質を実現したのはこの日の各人の演奏の質がそうさせた面も多分にあるだろう。私たちはとにかく間を意識したと思う。それは事前の打ち合わせをする事なく、演奏のリアルタイムに生じた共通の志向だったと思われる。
アルバム冒頭の山内桂氏のソプラノによるサックスソロを聴いていただきたい。独特のブレス奏法による単音の反復は邦楽のようでもあり、音の強弱と間による一つの美しい部屋を用意するかのようである。やがてその部屋に木村文彦氏のフェイドインする打楽器群がこだまするとこの音楽の舞台は第二幕を迎える。後方に退いたサックスの音が逆に環境音と化し、先ほどまでは最前線で鋭角な共鳴を提示した場所から絶妙な前後感を作りだす。千野秀一氏はダウンタウンヴギウギバンド時代から断続的に使用するヴィンテージのMOOGシンセサイザーをこの日、持ち込んだ。それはメロディと効果音、パーカッシブなアタック音が混合された大変、魅力的な音響となり、サウンドに奥行きを与えた。

50分切れ目なしの演奏であったが、私はそれを省略編集することなく、4つのトラックに分け、それぞれを個別の場面に独立させるという施しを入れた。演奏自体が場面転換を無意識にも実現していたので、それは容易であり、ある意味、必然的であったかもしれない。こうしてリスニングに耐えうる音源作品が実現したと自負している。

最後に澤居大三郎氏からいただいたプロフィールを紹介して本稿を閉じたいと考える。

澤居大三郎 さわいだいさぶろう 大阪生まれ大阪育ち
12歳からのラジオ少年。
音響に関わった原点は、なじみのチェリストのライブで、ピックアップとアンプを使った演奏のあまりに貧相な音質に驚いたこと。
使われていた不平衡ケーブルいわゆるギターシールドが原因と考えた。
当時、マイクロコンピューターの自作をしてあそんでいたので、その実装技術にヒントを得て電磁気学に沿った不平衡ケーブルを考案しドモンケーブルとして1982年に商品化した。
その後エレキギターの高音質化改造の指導、高音質マイクケーブルの制作と貸し出し、その他コントラバスやヴィオラ・ダ・ガンバなど生楽器の高音質化グッズを開発している。
また、「いい音楽はいい音で」と標語を掲げて、ミュージシャン向けに高音質演奏のための講習会を不定期にひらいている。
主なものとしては、2002年に横浜ジャズプロムナードでの講習会、2007年に大阪フェスティバルゲートでの大阪市主催による講習会がある。
2016年の年末にたまたま中古のハンディレコーダーを友人から譲り受けて以来、客として行ったライブでほぼ毎回録音をしている。
もちろん事前に録音の許可を得たうえでの録音である。録音したものは、CDRに焼いて自分だけのコレクションにして楽しんでいる。
今回の音源はそのなかのひとつ。 

2018年9月22日
宮本隆(時弦プロダクション)
コメント
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