満月に聴く音楽

宮本隆の音楽活動(エレクトリックベース、時弦プロダクションなど)及び、新譜批評のサイト

      YOUNG JAZZ REBELS 『 slave riot 』

2010-05-26 | 新規投稿


マッドリブの強い‘ジャズ愛’は彼の感覚と嗅覚を鍛え上げ、そのあくなき偏愛がもたらす創作の数々が結果的にジャズの再生に寄与していると言えばおおげさか。マッドリブは演奏者ではない。彼の本質はリスナーであり、サンプリングアーティスト、ビートメイカーである。ジャズの進化や革新が演奏者のみの手によってなされ、それが一部、批評家との相乗関係で継続されてきた事実がある一方でジャズそのものを袋小路に追い込んできた事の中に演奏第一主義に捉われたまま、時代感覚から乖離した側面を指摘されるケースもあるだろう。演奏を鍛錬し、演奏の革新を意図しても超えられない壁が時代には築かれていた。いつしか私達の耳は‘すごい’演奏でも感心しなくなった。その感覚麻痺の正体こそが、‘音響’による快楽指数という新たな聴覚の座標軸だったのではないか。
マッドリブがサンプリング、リメイクする‘ビバップ’の気持ちよさと今の上手いジャズミュージシャンが演奏するビバップの全く快楽的に響かない、その落差は何か。

『slave riot』はマッドリブによるジャズ音源のニューリリースだが、Yesterday’s universe(2007)の中にYOUNG JAZZ REBELS名義の『slave riot』が収録されていたので、新作と言うよりは、溜めていたトラックをまとめたものだと思われる。CDをセットするといきなり、レコードからサンプリングした溝のノイズがバチバチと響く。そしてこもったドラムやベースのホール感あふれる生演奏のようなローファイな重いジャズがきこえてきた。まるで60年代の漆黒のフリージャズのような重低音空間が拡がる。ブルーノートからビバップ、ソウルジャズ、ジャズボッサ、エレクトリックマイルス等にオマージュを捧げてきたマッドリブの新たな対象はフリージャズだった。この人のもはや‘リスペクトシリーズ’とも言えるジャズ愛溢れる音源の数々からはしかし、他のだれも注意を向けないジャズの内奥に対する嗅覚が感じられるのも確かだ。
Yesterday’s new quintetの音の質感はジャズ本来のチェンバー(室内)感覚を更なる内奥(=屋内)へ誘ったものだったと感じている。マッドリブの構築する音響ジャズには独特のインナースペースのフィーリングに溢れているのだ。かつてはマイルスデイビスがビバップやクールの50年代を経てから独自のスピードジャズを展開した60年代の流れの中で、ジャズクラブという閉鎖性の壁を突破すべく、70年代にエレクトリックへの転換によるジャズの宇宙的外部への開放を企図したのであるが、マッドリブは4ビートジャズの屋内性を逆に、更なる屋内へと滑り込ませたような神秘的なジャズ音楽を構築する事で、インナーな宇宙を実現したような感触を私は持った。私はそんな彼の視点に関心が向かう。マッドリブのジャズの聴き方は明らかに大方のそれとは違う。

「ジョンコルトレ~ン!」と聴衆に向かって叫びながらそのレコードをターンテーブルに乗せるマドリブの映像を観た時は、そのあからさまなマニア性に少々、辟易させられたが、そんなダンスフロアの開放感のさなかのDJとしての姿と部屋にこもってトラック制作に集中する時の顔は少しばかり違うのかもしれない。いや、むしろマッドリブは音楽の快楽にあらゆる局面を束ねるような方向性を持っているのだとイメージする。

元来、ジャズに在った演奏という肉体性と批評という思考性を相反するものではなく同一のカテゴリーに収めながら、聴覚を入口とする‘体感性’に新たな方向性を求めるマッドリブの精神を感じる。この‘体感性’は演奏と批評というアンビバレンツを無効にしながら、新たな快楽を意味性という価値まで高めていく。従って脱批評を体現するリズムの無意味性から発展して、それが鑑賞的味わいを包摂する一つの‘意味性’に至るかのような新しい領域ではないか。

YOUNG JAZZ REBELSの『slave riot』はレコード溝のノイズを曲の切れ目毎に貼り付けたアナログというより最早、作為的なオールド感の逆襲のような衝撃的な音源であった。翻って私は最近、音楽編集ソフトを購入し、慣れない手つきで自分のバンドの過去のライブテープを編集して正規の作品に仕上げるべく悪戦苦闘しているのだが、ここにはあらゆるノイズリダクションの装置があり、いかにノイズを消去するかを音質向上のキーとする現代的発想の典型がある。

ノイズ消去に躍起になっているさ中に聴いたマッドリブのノイズ貼り付け音楽集。
「うーむ」と考えさせられたのも事実である。

2010.5.25


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