満月に聴く音楽

宮本隆の音楽活動(エレクトリックベース、時弦プロダクションなど)及び、新譜批評のサイト

          Richard Lainhart 『SHORT FILMS』

2009-11-21 | 新規投稿

嘗て、四季が均等にあった事は日本人の感性に多大な影響を与え、独特の情緒や無常観等を含む、感性のバリエーションをもたらせていただろう。しかもその四季とは明確に入れ替わる場面展開としてではなく、かすかに動く微妙な混ざり具合を持って、微動するが如き移行を表していた筈だ。ゆっくりフェイドインとフェイドアウトを繰り返す四季。それは自然、季節の動性というものが微妙な心の移ろいや感情の起伏と一体化されるという独自の解釈学を生み、日本の芸能や文化的土壌を育んだのだと理解する。
しかし、近年、いつしか季節は唐突に入れ替わるようになり、しかも年々、短くなる春と秋が四季の均等バランスを崩し、変化の味わいが失なわれていった事は単に温暖化や気候変動という生態系に及ぼす影響以上に、人の感性に与える絶対的な影響の大きさがもたらすという意味で日本人の精神性の拠り所に関するテーマを含む問題でもあろう。

『SHORT FILMS』はアンビエント・ドローンミュージック作家であるリチャード ラインハートによるDVDアルバムである。私は「one year」という季節の移り変わりをミクロに刻まれるような時間の推移で表現したナンバーから上記のような想いに捉われた。繊細な感受性とは人間の関係性やドラマツルギー以上に自然環境に最も起因する。自然に対する同位な目線と平行に感情移入する感覚が日本独特の対自然一体化の感性だろう。恵みでもあり畏怖の対象である自然という現象を受け入れる感受の方法論が、無数に顕われる季語の創出や詩的な平衡感覚に綾られた文学へと結実した。そしてその特徴は‘静的’である事に尽きよう。

リチャード ラインハートの表現世界はそんなイーノ的な東洋的無のエッセンスや禅の影響を受けたジョンケージの沈黙音楽に通じる起伏なき静的な音響世界であるが、同時に単なる自然回帰やスローライフといった‘原理’的なるものへの吸引性の無さと、逆に芸術至上主義的な高踏的スタンスの匂いすらも皆無であるという印象を受けた。以前なら何らかの言説的背景を必要とするコンセプト抜きには成立し得なかったかもしれないようなこの音楽がむしろ、そこかしこで鳴っているような万民性、路上性を持つのは何故か。これは表現者の内面の発露や前提的なコンセプトに従う志向のものではなく、あらゆる‘描写’を徹底させた表現だからではないか。正に‘そこに在る’というリアル性がこの映像音楽の本質であり、もし、日本人的感性に一脈通じるものがあるならば、この表現世界が含むエモーションの質が人間の内側から発せられる抑えきれない感情ではなく、自然に相対した時に涵養される制御された感情、個人の枠を超えた外部描写的な感情であるという事の共通性に他ならないとイメージする。

リチャードラインハートは本作をメタル缶仕様ジャケットの私家版として発表した。手作り感覚に溢れた自主制作による贅沢な一品といったところか。その風貌は決して高位ではない一般性に満ちている。誰もが作り得る作品、スケッチできる音楽を彼は創作し、リリースした。

2009.11.20

コメント
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