躁鬱おばさんのプチ田舎暮らし

何かにつけうつつつと落ち込んでしまうわたしが、プチ田舎に引っ越すと・・・

明日は立秋

2006-08-07 22:27:18 | Weblog
午前中は、中央公民館で気功だった。
休みながら来る人も多いけど、それなりに順調に続いている。
その後で、公民館の近くの不動産屋さんが月曜日に開く、無料のミニコンサートに行って、
ピアノの生演奏を聞いて帰ってきた。
外は、雲がダイナミックに輝く夏空。
白銀の太陽。
木陰のデッキでお昼を食べながら、高いケヤキの先端の方の葉を見ると、
真っ白くて、病気にでもなっているかのように見えた。
良く見ると、日差しが強くて、白く見えているのだった。
庭の蝉の「土砂降り」の声がますます元気で、それを聞きながら、
ベンチに寝っころがったらそのまま眠ってしまった。
30分ほどして目が覚めて、3通ほど事務的な手紙を書いて、それから買い物に行った。
夕方、近くの農家のご主人がやって来たので、葡萄が来た!と喜んだら、オクラだった。
うちにも少し出来ているんだけど・・・・葡萄の方がいいんだけど・・・なんては言わないよ。
畑に夕飯の支度に(つまり、材料を採りに)行ったら、
かなり南よりに薄っすらと、半月より大きくなった月が出ていたので
とうちゃんとそこまで散歩に出た。
ほぼ360度の空。
やっぱり、今日の太陽は白い。夕日でも白いんだもの。
いろんな種類のいろんな雲が出ていた。
パステルカラーのきれいな水色の空に、
いろんな種類のいろんな雲が出ていて、
黄色、ピンク、白、グレーが混ざり合い、薄くなったり濃くなったりと、
変化する。
東や南の雲までが染まった。それが暮れていくのを見ていた。
そして、月が光りを増していく。
明日は夕方海に行くと、月の出が丁度いい時間かしらね。
あー、明日はお天気が悪いんだ。
海で見る夕日と月の出は素晴らしいよ。

夜は、羽化したばかりの蝉の産声があちこちで、
コオロギやスイッチョなどの秋の虫の音も、騒がしく聞こえるようになった。
もう明日は立秋だね。

今見たら、月が白くてきれいに輝いていた。


優先席

2006-08-06 22:00:40 | Weblog
ちょと前の話なんだけど、田舎行きの電車に乗り換えて帰ってくる時のこと。
ぎゅうぎゅうではないけれど、電車は、結構混んでいたので、
適当なところで、つり革を持って立っていた。
ふと前の席に目をやると、
爪楊枝をくわえた坊主頭の恐そ~うな高校生らしきお兄ちゃんが座っていて、
携帯を見ながら、これまた、ふと目を上げたので、視線が合ってしまった。
こわ~!
ガンをつけたとか言われても困るので、すぐに視線をそらせた。
でも、気にもなったので、視界の端で見ていると、
携帯を見ながら、ちらちらとまだ私の方を見ている。
こわ~!
もっと知らん振りをした。
電車が動いてから、しばらく経った頃、
突然その子が立ち上がって、電車の反対側のドアのところに行った。

私の前にひとつ席が空いた。
訳が分からない。すぐには座れない。
また帰ってくるかもしれないし・・・・。
しばらく誰も座らず、そのままだった。
その時、目の前の優先席マークに気が付いた!
え?譲ったってわけ?誰に?
両隣に立っているのは若者だ。すると・・・
私?まさか。でも「私に」なのだ!なんで?
私は、まだ53歳。精神年齢はかなり若いと思っている。
悔しい気持ち、恥ずかしい気持ちで混乱して立ったままでいた。

が、気を取り直して、自分が席を譲た時のことを思い出した。
勇気を出して座った。座るよりない。
でも、かなりショックだった。

電車が空いてくると、彼は、少し離れた席に座った。
かなり疲れていた様子だった。

こちらも、だんだんに落ち着いてきた。
私は、彼の母親より年上だろう。
そうか、母親より年上なんてあの年齢の子からみれば、みな年寄りに見えるのかもしれない。
それに、優先席に座ったのが後ろめたい気持ちもあったのだろう。
爪楊枝くわえているだけで、本当は優しい、真面目な子なんだ。

そして、私は、確かに歳をとっているのだ。
なんだかんだと、半世紀以上も生きて来たではないか。
これからは、次の世代に、何か残すことを考えていかなければ・・・
年長者としての責任みたいなことをと、
電車の中で、突然のプチ悟りだ。

まずは、あの若者の好意に、素直に感謝を伝えなくては。
降りる駅が来た。離れた席の彼に向かって、
大きな声で、「ありがとう!」と言ったら、
あの恐い顔が一瞬にして崩れ、ちょっと赤くなり、そして、満面の笑みに変わった。

いろんな意味で本当に有難かったよ。

夏野菜

2006-08-05 21:18:14 | Weblog

な~つ、なつ、夏!

おー!日差しは絶好調!
外に出るとジュ!と皮膚が焼けるようだ。
庭では1日中蝉しぐれ。
「蝉時雨」とはよく言ったものだと思うが、
今日のうちの庭は「蝉土砂降り」というところだ。
ちゃんと夏が来てよかったね。
家の側に広がる田んぼの稲穂は、花が咲き、実り始めて、
ザワラザワラと風に揺れる。
長い日照不足だったのが嘘のように元気だ。よかったね。

うちでは、きゅうり、トマト、なす、がやっと旬になって来た。
自然な温度で発芽させた苗だとこんなものだと思う。
今までに出回っていたのは、ビニールハウスで育てたものか、
苗まではビニールハウスで育てて、その後、畑に植え替えたものだ。
種苗店で苗を買うと、大抵は温室育ちだ。
ということで、ビニールハウスなしのうちの畑ではやっとこれからだ。
二人では食べきれないほど採れるだろう。
トマトはピューレにして保存するけど、
きゅうりは貰ってくれる近くの友人を捜す毎日が始まる。
プチ田舎なので、友人達も菜園をしていたり、
すでに誰かに貰っていたりすることが多いからね。

とうちゃんが種まきをしたスイカに、小さな実が結構ついた。
1日ごとにぐんぐん大きくなっている。
ちゃんと夏の日差しを浴びたスイカは、とても甘くて美味しいよ。
それから、やっぱりとうちゃんの係りのとうもろこしは、黒もちコーンという種類で、
もちもちとして、充実した食べ応えである。
程よい甘味で、トウモロコシらしい味だ。
一度食べると、スイートコーンが食べられなくなるよ。

冬瓜、にがうり、ズッキーニもこれから。
それから、あっちの畑にはかぼちゃができているはず。

この時期、昼間は外に出られなくて、
夕方、畑に出るのだけど、今度は蚊に悩まされる。
早起きすればいいんだけどね~。

コーヒー牛乳

2006-08-04 23:05:56 | Weblog
昨日は、元「怪しい系(不思議系)」の会の会食に出席させてもらった。
とうちゃんと私は、退会しているのだけど、
お世話してくださる方が気を利かして誘ってくださったのだ。
とうちゃんはひきこもりを楽しんでいるので、私ひとりで出席。
都内だった。

1時間も早く着いてしまったので、流行のコーヒー店に入った。
このチェーン店には3度目だけど、一人で入ったのは初めてで、メニューを見てもよく分からない。
仕方ないので、カウンターの少女に聞く。
いろいろ説明を聞いてるうちに面倒になって、
キャラメルなんとかと言うのが目に付いたので、面白そうだと頼んでみた。
ドキドキ初体験と思って飲んだら、何のことはない、コーヒー牛乳ではないか!
いくら私だって、四角いキャラメルが入っているとは思わなかったよ。けど、
せめて、プリンの上のキャラメルソースくらいの存在感はあって欲しかった。
これなら、生クリームがのっかてる方がよかったなあ。
でも、ウィンナーコーヒーなんてメニューにはなかったから、また、訳のわからない名前なんだろうなあ。
このコーヒー店は、私には日本語の外国だ。

会食はもちろん楽しかった。
怪しい系も実生活も一生懸命楽しんでいる友人達に会って、リフレッシュ。

イギリス

2006-08-02 23:04:28 | Weblog
知り合いの若い女性が、イギリスに留学するという話を聞いて、
約30年前の4ヶ月間滞在したイギリスを懐かしく思い出した。

田舎町の林の中にあるゆったりとした住宅地で、
小さな湖の側の、『3匹の子豚』のお話に出てくるような、
レンガの小さな家に住んだ。
その家の持ち主は、老貴族夫人で老人ホームに入っていた。
貴族のご主人は、亡くなっていたが、インドに軍隊を率いて駐留した経験があり、
その時のインドの悲惨さに心を痛めて、引退し、広い屋敷を親族に譲り、
この質素な家に隠遁したのだと、隣のおばさんが教えてくれたっけ。

そのころは、その町では東洋人は珍しく、用もないのに子供達が私を珍しがって、
ただ話したいだけで、「今、何時?」と聞いてくる。
そうとも気づかず、腕時計をしていなかったので、わざわざ近くのコインランドリーまで子供たちを連れて行って、
時計を指射して教えたつもりになっていたっけ。

私の噂を聞いて、訪ねて来た女性の英語が聞き取りづらくて、
「隣のおばさんの英語が一番だ。」と言ったら、小学校の国語(つまり英語)の先生だったけ。
気を悪くしたのか、それっきりだった。

八百屋さんのお兄さんは、日本から来たというと、おまえの国から輸入したものだと中国産の胡桃を勧める。
説明すると、日本は中国にある思っていたと驚いていたっけ。
こちらは、もっと驚いたけど、
世界地図の端にある小さな島が、大陸にある大きな国の一部と思われても仕方ないかと思った。
そこの八百屋には、「サツマ」というオレンジがあったっけ。たしかにポンカンだった。

その町には、特に観光する場所もなく、ちょっと遠出をして何かを見て来ようと、
行ったのが、なぜか、ストーンヘンジだったっけ。
どういうものか良く解からなくて、人も少なかったので、石が大きかったなあという印象しかなかったっけ。

その後、10年ほどして家族と再訪して隣人の家に2泊させてもらった。
その時も、ストーンヘンジになんとなく行ったっけ。

今でも、その面倒見のいいおばさんと、フランスにあこがれていた素敵な近所の奥さんのふたりとは、
クリスマスカードを交換しているのだが、懐かしくて遠いイギリスである。