躁鬱おばさんのプチ田舎暮らし

何かにつけうつつつと落ち込んでしまうわたしが、プチ田舎に引っ越すと・・・

ツクツクボ~シ

2006-08-21 15:06:07 | Weblog
柿の葉っぱ

ツクツクボウシが多くなってきた。
秋が近づいた印。
ツクツクボウシの抜け殻はとても小さい。
それなのにあの大きな声だから、全身の力を振絞っているんだろう。

今日は気功教室。
ほとんどの後輩達(同好会の生徒さん達)も、昨日の先生の気功講習会に出たので、
その話でもちっきり。
先生が、ガン末期の人に遠隔で気を送ったら治ってしまった話や、
(本人には肺炎だと告げられていて、その娘さんが、
せめて楽に逝けるようにと思って、先生にしていただいたつもりだったとか)
夜になっても私たち、お腹が全然空かなかったから、気がいっぱい入ったのだとか、
一瞬にして入静(体の感覚がなくなって意識だけになる)をした先生の様子とか
ets・・・
それで、今日の気功の感じがみんなとても良くて、
もっと大勢になればいいねと、やる気満々。
でもさ、とにかく毎日の練功第一・・・やらなくっちゃ。

それから、この気功は養生を目指すところから始まっていて、
とりあえず、他人を癒すのを目的とはしてない。
気功ってあんまり軽く考えると恐い側面もある。
先生の気功はそこも考えて、安全な方法にしている。

さて、畑は草が伸びていて、作物より背が低いのはいいとしても、
イチゴはランナーで子株孫株が増えまくっているのに、
草に埋もれているのは非常にまずい。
まだ日差は強いけど、一汗かいてこよう。



気功

2006-08-20 23:11:04 | Weblog
私ととうちゃんの気功の先生は、于(う)先生。
3,4年前まで長く日本に住んでいらっしゃった。
今は中国に帰国されている。
息子さんが引き続き日本で気功を教えているので、
先生は、時々、来日なさっていて、今日は、1日講習会。
都内で、1日中気功をしてきた。

中国の医家気功で内丹派である。
自分の内気を充実させ、仙人のように天人合一を目指す。
派手に人を飛ばして見せたりする外気功とは違って、
健康と精神性を目指して修行として行う気功。

私はこの気功しかしたことないから分からないのだけど、
いろいろな気功を渡り歩いた人が、
于先生のところに来て、
やっと本当の気功、師に出会えたと喜んで、
深めていっている人が多い。
その中には、一呼吸が30分という達人もいると聞く。

代々中医学の家に生まれて、幼少の頃から気功の修行をされている。
遠隔治療もできるし、西洋医学のお医者さんでもあるし、
古典研究もなさって、中医学の総合的な体系作りをしていらして、
なんだかとてもすごい先生なんだけど、
私には根性とか日々の努力とか、ましてや修行とかとは縁がなくて、
というか嫌いで、
「真面目にやれば必ず上達します。」といわれてもだめなんだよなあ。
と、いいつつだらだら14年位やって、初歩の指導員の資格をとって、
教えているこのいい加減さ。
(先生、すみません)

ここに越してきたら、そこそこ自然もあるし、
のんびりムードで、気功はあまりやっていなかった。
あるボランティアの会に、特技として登録したのは4年ぐらい前で、
もうすっかり忘れていたのに、今年の春、突然依頼があって、
1日体験のイベントをしたら、教室をして欲しいという希望者が集まって、
あれよあれよという間に始まった。
これも縁だわ。
そろそろ、老化も気になってきたことだし、
もう少し真面目にやってみようと思っている。



秋の気配

2006-08-19 21:08:18 | Weblog
「とうちゃんのスイカとその花」
(写真提供:とうちゃん)

もう8月も終盤になるね。
こちらは、土砂降りのにわか雨の日が多い。
人参の種まきをした後なので、発芽までは、
種の上にかけた土の表面が乾かないようにしなくてはいけないので、
水遣りの手間が省けていい。

でも、湿気が多いせいなのか、
近くの田んぼの稲穂が、黒くなっているのが目に付く。
空中散布をした田も、しない田も同じようだ。
私の三角田んぼはどうなっているのかなあ。
福島の友人が、春に、
「今年はコブシが咲かないから不作だと地元の人が言っている。」
と、教えてくれた。
うちのコブシの花も咲かなかった。
それから、別の友人の実家がある広島の山でも咲かないと、
春にお母さんがおっしゃっていたそうだ。

ところで、あんなに草刈していても、
もうほったらかしの畑のように草が生えている。
毎年この時期になるとギブアップしてしまう。
暑いしね。
でもとにかく、じゃが芋の植付け場所を作らねばと、
なんとか空いてるところを見つけて草刈をした。
野菜をとりに行くだけでも、汗が噴出すのだから、体を動かすと、
それはもうすごい汗だ。
よく(滝汗)なんて掲示板とかに書いてあるけど、
書いた人は体験したことあるのかしら。
今日はその滝汗で、ぼたぼた手元に顔から汗が落ちてきた。
でもこれが気持ちいい~。
終わると、絞れるくらいシャツが濡れている。

それでも、夜はすっかり秋の気配。
虫の声が増えてきた。
風も涼しい。
どこからともなく、ほんの何分間か花の香りが漂ってきたけど、
なんの花なんだろう。

明日は、気功に都内へ。
中国から私たちの先生がいらしている。
8時間の気功三昧だ。

貰っちゃった

2006-08-18 22:13:46 | Weblog
ゴマの花

毎日、きゅうりとトマトとなすが食べきれない。
おまけに、ニガウリまで加わって、
昨日は食べてもらう人を考えた。

朝、個人の小さなお店に焼きたてパンを買いに行った時、
奥の棚にあるパンが美味しそうだったので、買いたいと言ったら、
「これは試作品なのでお売りできませんので、差し上げます。」
230円の食パンを買っただけで、天然酵母の美味しい大きなパンを貰うことになった。

それで夕方、お礼に野菜を持って行こうと思って車で家を出たのだけど、
急に別口が頭に浮かんだ。
それは、飼っていた犬を貰ってくれたうち。

野良犬が飢え死に寸前でやって来たのを2,3年飼っていたが、
事情があって困っていた時、布教にきたクリスチャンの親子が、
気に入って貰ってくれた。
まさに救世主だった。
その家族とはそれからもお付き合いをしていて(私たちはクリスチャンじゃないよ)、
時々、犬に会いがてら訪ねていく。

玄関で野菜を渡して、庭に回って、
哲(私たちがつけた犬の名前・・・哲学の「哲」・・・性格とは程遠かったが)に会った。
今までは新しい飼い主に遠慮してか、飼い主の見てる前では私に甘えなかったのに、
今回はなぜかくんくんと甘えてきた。
飼い主の話だと、ママ以外には唸って威嚇するようになったとのこと。
とても甘やかしているらしくて、手におえなくなっているらしい。
この春の予防注射に、私が連れて行かなければならないほどだった。
厳しく叱って下さいと、叱り方を教えた。
というか、叩きかたなんだけど・・・やれやれ、
クリスチャンの人達にこんなこと教えていいのだろうか。
帰ろうとすると、後追いする。
うちよりはるかに面倒見がいいうちなのに。
スパルタ好きの犬だったのかしら。

で、帰るときに、丁度北海道からメロンが送られて来ているからと、
立派なメロンを貰った。

それから、今日はついに葡萄が来た。
毎年、近所の農家から届く。ピオーネと巨峰だ。
「今年は天候に恵まれず、遅くなったし、
(「ええ、かなり待っていました」とは言わなかったよ)
甘味が出ないけど、食べてみて。」と言う。
自家用に作っている無農薬のとりたてなので、
ぶどうが大好きな私は、その場でつまんで食べた。
おおおいしいいいい。

明日は、野菜を持って、昨日のパン屋に焼きたてパンを買いに行こう。
それから、菓子パンも買って、農家にお礼をしようと思っている。

暑い、熱い

2006-08-17 16:48:02 | Weblog
四国の実家の暑さは相当なものだった。
今日は降ったと思うけど、雨もずっと降っていなかったらしくて、
クーラー嫌いの私でも、クーラーの部屋が心地よかった。
私がまだ実家にいた頃は、夏の昼寝は、入ってくる風が涼しすぎて、
窓を閉めて寝るほどだったのに・・・・
温暖化はかなり進んでいるよね。

実家の暑さに、家に帰れば涼しいからと期待して帰ってきたら、
まるで熱帯雨林。
こちらは湿気もすごいね。
外でなくても動くと汗だくになってしまう。
うちには、とうちゃんの部屋しかエアコンがないので、
暑い時間帯は、極力動かないでやり過ごす。
午後からは、大抵風が出るので、木陰になるデッキにいると涼しい。
(と、ほとんどなまけもの状態)
クーラーが必要な生活なんて嫌だけど、まだ温暖化が進むようなら、
さすがに我慢できなくなるかも。

実家では、異端児(?)の私。
大人しくしてるつもりだったのだけど、やっぱり口を開くと熱くなる。
母と私の息子を前に、「このまま行くと、憲法改正になって、
そうなればあっという間に日本は徴兵制に逆戻りだから、なんとかしなくちゃ」と、
発言。
二人の反応が意外だった。
母は戦時中、学徒動員くらいで、たいして辛い経験はない。
親しい身内に戦死者もいない。
戦前の教育を受けていることもあってか、
他所の国に攻められた時のことを思えば軍隊も仕方ないという。
日本が戦争(第二次世界大戦)を始めたのも仕方ないことだったし、
負けたけれど、そのお陰で、今日の恵まれた日本があると。

そして驚いたことに、30前の息子も同じようなことを言う。
若者の間で何か偏った情報が流れているのだろうか。

そんなのおかしい!
憲法9条があるからこそ、今の平和がなんとか保たれている。
戦争(第二次世界大戦)をしなくても、もっと別の方法があったのではないか。
無念な思いで死んでいった人たちのことをもっと考えて欲しい。
日本軍に虐殺された外国の人達のことも。
それから、日本軍に殺された日本人達(沖縄や満州)の悲惨さ。
何よりも、私は徴兵制で息子を軍隊に入れたくない。
戦争に送り出したくない。
そんなになってもいいの?
個人的な感情だけど、個人が幸せになるための国家でしょ。
個人が集まって国家でしょ。
ちょっと興奮して、うまく話し合えなかった。

わたしが一番恐がっているのは、息子が人殺しをさせられること。
殺されること。
そうならないためにも、憲法改正なんて嫌だ!
戦争をしたい人たちの、したいように話が進んで行っているのが嫌だ!

そのあと弟達とも戦争の話をする機会があって、
結論は出ないけど、こうしてぐちゃぐちゃ話しながら、
それぞれが考えるきっかけを作れて良かったと、
異端児の役目を果たせた気がした。

新幹線の中で読んだ本なんだけど、
C.ダグラス・スミス著(日本在住)
『経済成長がなければ私たちは豊かになれないのだろうか』
平凡社
とってもいい本なのに、タイトルがイマイチで残念。
平和や環境のことも書いてあって(経済も結局は同じこと)、
読みやすくて、濃厚だった。

今年も足りない

2006-08-12 16:47:47 | Weblog
稲穂<写真をクリックすると大きくなります>
(写真提供:とうちゃん)
http://www.geocities.co.jp/NatureLand/1741/

ここに住んで、畑を始めて7年。
畑も家事の一部のようになってしまった。
これって当然のことだと思う。
お店で買う代わりに、畑で作って料理しているのだから。
家庭菜園から始めて、直売場に出すようになった友人もいるけど、
そこまでやる気力も体力もない。
もともと何をしても飽きっぽいから、
いつ畑を返上したくなってもおかしくない私が恐い・・・・・
そんなことをメールに書いたら、
本格的田舎暮らしの菜園友達に渇を入れられた。
彼女は、借りた休耕田を何日もかけて手作業で高畝を作り、
珍しい品種のじゃが芋をたくさん植えたのに、
天候のせいで大方が腐ったらしい。
その他のものも、今年はだめになったのが多いそうだ。
気を取り直して、これから、人参、大根の種まきをすると書いてある。
私の方は、それプラス、秋収穫のじゃが芋の植付けもあるし、
なんだかんだ言いながら、
やっぱり今年も畑が足りなくなったよ~。
どうしよう。

ところで、明日からひとりで実家に行くことにした。
ほんとはもう行っているはずだったけど、
電話でプチ嫌なことがあって、いく気が失せてしまっていた。
けど、母も歳だし、兄弟で集まる機会が一度でも多いほうがいいだろう。
明日は頑張って新幹線に乗ろうっと。

とうちゃんは引き篭もりが気に入って、今絶好調だ。
2作目の写真集を編集するのに余念がない。
ちょっとしたことで声をかけると、集中が途切れてしまうと機嫌が悪い。
私がいなければ、もっとマイペースで、引き篭もりを楽しめるはず。
と、一人にしておく口実。

ということで、ココは4日ほど留守です。

釣り糸

2006-08-11 20:52:42 | Weblog
2階の窓から

今日は午前中あっちの畑にふたりで行ってみた。
かぼちゃとスイカと草が元気に絡み合って伸びていた。
もちろん、実がいくつも付いていて、大きくなっているのもあった。
でも、まだ熟れてはいない。
草を取って、カラスにスイカをやられないようにナイロン製の釣り糸(テグス)を張った。
カラスはこれが絡まると命とりになるのを知っているらしく、
恐くて近付かない。
以前、観光に行った浜辺で、釣り糸が、足と体に絡まったかもめを見たことがある。
飛ぶことが満足に出来ないので、餌もあれでは採れないだろうから、
死は時間の問題のようだった。
助けてやろうと近づくと逃げ回って、ますます糸が絡まる。
釣り人を呪いたくなったものだが、それを自分が脅しに使うことになるとはね。
思い出しては収穫した後の回収をしっかり心がけている。

こっちの畑でも、落花生のところに使う。
「権兵衛が種播きゃカラスがほじくる」で、カラスは木の上から見ていて、
播いた後にやって来て食べたり、いたずらに掘り返したりする。
それで、農家の人の中には、落花生の種(ようするに生の皮付きピーナツなんだけど)を、
苦いかなにかの、いやーな味が付く薬品に浸してから播いたりするらしい。
ひとつふたつ食べて苦いとそれ以上食べないかららしい。
そんなことしたくないので、仕方なく釣り糸を使うことにしたのだ。

釣り糸だけでなく、カラスの被害対策に、黒いビニール袋をボロボロに切って、
カラスの死体に見せかけて吊るしておく人もいるらしい。
もっとすごいのは、本物のカラスの死体を吊り下げる人もいると、農家の友人に聞いた。
どうやってカラスの死体を手に入れたのか・・・
カラスが集団で復讐に来たと言ううから、ひどいことしたのだと思うけど。

作物には病害虫の被害、空からは鳥の被害、土の中からモグラ、鼠の被害がある。
それだけではなく、この辺では、ハクビシンの被害も聞く。
山村に引っ越した友人は、猪やウサギ、狸の被害もあるという。
無事に収穫するのってほんと大変。
(動物だって大変なんだろうなあ。)

自然と不自然

2006-08-10 22:18:13 | Weblog
maloさん、昨日のコメント本当にありがとう!

‘自然と不自然があったほうが自然‘
う~ん鋭い!です。
不自然な人間がいて知ることが出来る自然だし、
自然があってこその人間。
そうですよね、陰と陽があるように、善と悪があるように、
両方あるからこそ意識できるのだから、一緒にあるのが自然なことね。

それと、お陰さまで、ひとつの大きな解放がありました。
私は自分が人間であることまで否定していたようです。
昨日のあなたのコメントで、それがすっと消えました。
鈍いから、消えてから気付いたのです。
ここまで自己否定の塊だったとは!
これが鬱の大きな原因だったかもです。
あの吉福さんにでも、匙を投げられたはずですよね。(笑)

なんだか、今日はとっても心が軽くて、『躁鬱おばさん・・・・』の題名
を変えなくっちゃかな。

と思っていたら、犬を繋がないで散歩させてる男性がやってきて、
犬が畑に入って走り回る。
作物なんてお構いなしだ。
頭に来て、「繋いでよ!」と怒鳴ったけど、
躾てないから飼い主のところに行かないの。
種まきの後だったらどうしてくれるのよ~。
飼い主は謝りもしないで行ってしまった。
犬より人間を躾なくちゃとプリプリ。
こんなところは、まだまだ変わりそうもない。(笑)

蝉の声を聞きながら

2006-08-09 16:36:59 | Weblog
昨日の虹(撮るのが遅かったから、少し)
(撮影:とうちゃん)

ちょっと雨が弱くなると蝉が鳴き出した。
土の外に出て、1週間しか生きていないのでは無駄な時間なんてないだろう。
鳥に食べられたり、蜘蛛の巣に引っ掛かってやられたり、
もちろん8年間の土の中で犠牲になった蝉も多いだろう。
こんなにたくさん鳴いている蝉のうちで、どのくらいが寿命をまっとう出来るのだろうかと思う。
ひっくり返ってばたばたしているのがいる。
起こしてやっても、もうだめのようだ。
救急車が来るわけでもなく、誰に看取られるわけでもなく、一人(一匹で)で死んで、葬式があるわけでもない。
自然界はすごいなあと思う。
それに比べ、やっぱり人間は異常だわ。

自然と共になんて口では言っても、実際は不自然なのが人間だと、
とうちゃんと話した。
人類がこの地球で生きている他の生物に対する意味と、人類自身の意味。
つまり、人間がいなければ循環がうまく出来ているであろうこの地球に、
わざわざなぜ人類を出現させたのか。
あるいは、人類はこの地球で何をしたくて出現したのか。
いろんな人がいろんなことを言っているし、いろいろ本を読むけれど、
それは、他人の言葉。
自分自身で実感としてリアルに知ることができたらいいなあと思う。

2006-08-08 21:09:19 | Weblog
今日の夕空
(写真提供:とうちゃん)

今日も素晴らしい夕暮れだった。

どんよりして暗くなった外から帰ってきたばかりで、じゃが芋の皮をむいていたら、
とうちゃんが「空が焼けてる」というので、顔をあげて、窓を見たら、
「すごーい!」
さっきまでのあの空とは全然違う。
大急ぎで飛び出していったら、南の空に虹が2本!
濃いピンクの虹(もちろん他の色もあるんだけど、赤っぽい)で、短いけど、
くっきりと2本もだよ。
それで、日は沈んでいるのに、西をを中心に全天雲が黄金色になってる。
いやーすごいわ。
彩雲もあるし~。
虹を見ようか、西の黄金の光源の方を見ようかと迷ってしまった。

ここに住むようになってから、彩雲や虹を良く見るようになった。
というより、空を良く見るようになったのかもね。
360度の広い空が気に入っている。
田舎暮らしを考えた時は、山のイメージがあって、
確かに山があると、植物の種類も豊富だし、季節の変化ももっと楽しめるので、
今でも山に住みたいと思うのだけど、
いざ山の方に遊びに行くと、空が狭くて、
ずっと住むには息苦しいなあと思ったりするようになった。

地平線近くに沈む夕日はダイナミックな空を見せてくれる。
雨上がりの夕日が虹を作ることは多い。
しっかりした半円ので~っかい虹を何度も見た。
「空いっぱいの七色の橋」そのもの。
しかも、二重にくっきりと出たこともあって、
あまり大きい虹は、突然見ると恐ろしいくらいだった。

ところで、虹も彩雲も呼んでくれるような気がするよ。
今日のもそうだった。
2本の虹のうちの1本は、私達が見たらすぐに消えてしまったから。