躁鬱おばさんのプチ田舎暮らし

何かにつけうつつつと落ち込んでしまうわたしが、プチ田舎に引っ越すと・・・

玄米味噌

2015-10-27 21:22:46 | Weblog
毎年のように味噌を手作りしている。
その年によって米味噌、麦味噌、玄米味噌のどれか、
1,2種類を作る。
同じ種類の味噌でも仕込んだ年が違うので、
発酵程度が違い、味が違っている。
ということで、常に何種類もの味の味噌の瓶が納屋に並んでいる。

市販されている味噌のほとんどは、
殺菌で発酵を止めてあるので、(止めないと容器が変形したり、カビが出たりするだろう)
有用菌が少ないと思う。
味も良くない。
一度手作りすると、その美味しさに釣られて、
毎年作る人が多いようだ。
そして、自分の味噌が一番の美味しさのように言う。
つまり手前味噌。

私もその手前味噌なのだけれど、
熟成させた玄米味噌の美味しいこと!
豆も麹の玄米も有機栽培で、塩は海水から作った自然塩。
米味噌、麦味噌は半年くらいから食べ始めても、それなりの味がして楽しめるけれど、
玄米味噌は2,3年寝かせないと味が馴染まない。

先日、冷蔵庫に小分けしている味噌がなくなったので、
棚の奥に置いていた玄米味噌の瓶を出してきた。
瓶の蓋に張っている仕込んだ時期を書いた紙を見ると、
「2011年 春」

そうなのだ、あの震災の年なのだ。
しかも「春」・・・思い出した。原発事故の直後に作ったのだった。
材料は震災前に揃えていた。
混乱しているあの時期に、
心を落ち着かせるかのように味噌作りをした。
水は、友人が飲み水用にと気を効かして、西日本から送ってくれた温泉水を使った。
なので、いつもの年よりも一層素材の良いものになった。

この上なく美味しい玄米味噌汁を味わいながら、
あの日からの約4年7カ月のたくさんのことを思い出している。






10月26日

2015-10-26 21:21:16 | Weblog
気づきの瞑想を続けて、気感中毒からやっと抜け出られた。

始終気感があるようになっていた。
知らず知らずのうちに夢中になっていたのだろう。
そして、気感がまるで自分みたいになって、
気感を意識すると自分に帰れる気がした。

ただ、気に包まれてとても幸せな気分になっても、
あとで、なんか疲れてくるような、なんか違う気はしていた。
それでも、やっぱり気感の中に居たくなって、
また入っていくの繰り返しだった。

まさか、これが中毒とは、
気付きの瞑想の先生に、それとなく言われるまでは、思ってもいなかった。

それからは、気感が出ても、できるだけ受け流すようにしていると、
徐々に出て来るのが減ってきて、
でも、それが寂しかったりするものだから、
また意識したりする時期もあったりしながら、
瞑想を続けているうちに、
いつの間に抜け出てた。

今は、静かで良い。
あんな騒がしさはこりごりだと思う不思議。

多分、気感がなくなったわけではなく、
スイッチを入れないだけで、(入れる気にならない)
極自然に出てくる時がある。
そして、質が以前とはまるで違うのに気づくけれど、
それも受け流すようにしている。
今はまだ、また、はまり込んでしまいそうな気がするから。

そのうち、時期がきて、
自然なかたちで、上手く気を活用できるようになるのかもしれないし、
そうでなくても良いとも思う。



十三夜

2015-10-25 21:39:30 | Weblog
エゴマを収穫。
エゴマは巨大な紫蘇。
しばらく軒下で干して、穂紫蘇(しその実がついている穂)の部分が黒く枯れたら、
ビニールシートを敷いた上で、叩いて実を落とす。
その実(粒)を炒ってゴマと同じように使う。
エゴマ油をとることもできるけど、
それなりの機械が必要だし、相当量のエゴマがないとなのでやっていない。
穂紫蘇がまだ若いころ、天ぷらにしても美味。

紫蘇もそうだけど、
こぼれ種でよく増える。
畑を借りた13年前に1度種を播いただけ。

小豆とケツメイシ(マメ科。炒って煎じて飲む。ハブ茶とも)の収穫を半分した。
半分はまだ莢が乾いていないので、もう少ししてから。
これらも毎年こぼれ種からほとんど手をかけることなく育つ。

畑には農道に沿って花を植えてある。
手のかからないヒルザキツキミソウ、セージやミント、ヒャクニチソウ、オシロイバナ、ダリア。
それから、雑草の花たちも一緒に咲く。
その花たちに元気がなくなって来た今頃からは、
小菊と(貰ってきて名前を忘れた)紫の花が、出番を待っていたように咲き誇る。
こうして、春から晩秋まで、いつも花が咲いている。

これらの花たちも、こぼれ種や宿根で、手間いらず。
むしろ増えるのを抑えるのが私の役目。

夕方、咲き始めた小菊と紫の花を見に出た。
東の空に白い月。
そう、今日は十三夜。
夕日が落ちると月は銀色に光り、
中秋の名月とはまた違った趣の素敵月でした。





ひとりごと

2015-10-24 21:25:29 | Weblog
宗教としての仏教と釈迦(仏陀)の教えとは別のもの。
(確かに)

変性意識は脳の作用。
それを目指すと悟りからは遠ざかる。
はまると中毒になる。
(脳なのだ。)

釈迦(仏陀)は肉体を痛めつけるような修行を否定している。
(1000日修行って?宗教だからか)

全ては一瞬一瞬変化しているので、
変わらぬ自分などというものもなく、
普遍の魂のようなものが生まれ変わるなどということもない。
(これ、いいね!と思えるのが不思議)




ピンチ

2015-10-23 20:33:50 | Weblog
今日は久しぶりに大事なお出かけの日。
それで、2日前から準備をしてた。
洋服も靴もバッグにets、完璧に準備をしたはずだった。

さて、今朝のこと。
鏡の前で、化粧しようとして・・・うそ!
ファンデーションがない!!
前回化粧したのは1か月前で・・・四国の実家。忘れてきたのだ!
いくらなんでもスーツ姿でスッピンはない。
ピンチすぎる~。(汗)って言ってる時間もない。

探して探して出てきた古いコンパクトは、
たしか柔らかかったはずが、ガチガチに固まって淵にへばりついていた。
それでも天の助け。
スポンジに水を含ませ、なんとか剥ぎ取って顔に塗った。
地黒+日焼けが少しは白くなった!?

ふん!顔の表情豊かにして誤魔化せば良いのだと、居直って出かけた。
それよりないのだから。(涙)
一時ならぬ一日の恥ですむさ。

ところがなのです。
お出かけしてみると、
集合写真を撮ることになっていたという更なるピンチ。
しかも煌々とした写真館で少人数。
知らなかった。
嗚呼、
写真館のご主人が色の修正をしてくれることを。。。。


    



悔しい話

2015-10-15 23:00:06 | Weblog
3週間留守にして帰って来たのが10日前。
次の日、収穫が遅くなって気になっていた落花生を掘ってみると、
見事にない!
未熟なのは残っているのに、
食べられるように成熟したのは、ほとんどネズミのご家族の食卓へ?
いや、ここがお食事処になったのだろう。
モグラの穴を利用してやってきては、落花生を地下側から掘り掘りして、
成熟した豆から食べていく美味しい日々が続いていたのね。
想像すると悔しい~!!

でも、ま、私たちも四国で美味しい日々をしてたのだ。
その上、中秋の名月クルージング、
ミニ八十八カ所巡りの山ハイキングなどなど楽しんだのだから、
欲張っちゃいけない。
ネズミへお布施したのだと思おう・・・ああ無理してるなあ。
すっごく無理してる。
だって、本当に楽しみだったんだもの。
うちのは無肥料無農薬の特別美味しい落花生なのだから。
やっぱり悔しすぎる!!

でも、ま、来年の種用くらいの数は残していたのだから許そう。
ん?来年も自分たちの食糧を私に作らせようってこと?(笑)

次の日、知り合いの農家にお土産を持っていったら、
なんと、丁度掘り上げたばかりの落花生を下さった。
オオマサリという、普通の落花生の2、3倍の巨大な品種。
それで、毎年恒例、掘りたて落花生を茹でて食べることができました。

小粒落花生の方が美味しいんだけどな・・・まだ言っている






悔しい話

2015-10-15 21:55:39 | Weblog
3週間留守にして帰って来たのが10日前。
次の日、収穫が遅くなって気になっていた落花生を掘ってみると、
見事にない!
未熟なのは残っているのに、
食べられるように成熟したのは、ほとんどネズミのご家族の食卓へ?
いや、ここがお食事処になったのだろう。
モグラの穴を利用してやってきては、落花生を地下側から掘り掘りして、
成熟した豆から食べていく美味しい日々が続いていたのね。
想像すると悔しい~!!

でも、ま、私たちも四国で美味しい日々をしてたのだ。
その上、中秋の名月クルージング、
ミニ八十八カ所巡りの山ハイキングなどなど楽しんだのだから、
欲張っちゃいけない。
ネズミへお布施したのだと思おう・・・ああ無理してるなあ。
すっごく無理してる。
だって、本当に楽しみだったんだもの。
うちのは無肥料無農薬の特別美味しい落花生なのだから。
やっぱり悔しすぎる!!

でも、ま、来年の種の用くらいの数は残していたのだから許そう。
ん?来年も自分たちの食糧を私に作らせようってこと?(笑)

次の日、知り合いの農家にお土産を持っていったら、
なんと、丁度掘り上げたばかりの落花生を下さった。
オオマサリという、普通の落花生の2、3倍の巨大な品種。
それで、毎年恒例、掘りたて落花生を茹でて食べることができました。

小粒落花生の方が美味しいんだけどな・・・まだ言っている