千葉県の酒々井町(しすいまち)に住んでいる私にとっては、三寒四温という諺があるように、だんだん春の足音が近付いてきている気がする今日この頃です。もう雪は降ったとしても積もることはないだろうと考え、3月6日の休日を使って、愛車ステップワゴンのタイヤをスタッドレスから通常のノーマルに替えることにしました。隣の成田市にある「オート〇ックス」へ出かけ、「燃費性能を向上させつつ更に長持ち」という特長を持った新しいタイヤを購入し、タイヤを付け替えてもらいました。スタッドレスタイヤは、昨年の11月末に購入したものですから、来シーズンも使うため自宅に持って帰りました。それにしても、車を維持するというのは、本当にお金がかかりますね。車本体だけでなく、こうしてタイヤを定期的に取り替えたり、保険や税金も高額だし、常々贅沢品だと思っています。まして、愛車はリッター9km程度しか走らない燃費の悪さです。購入後10年になりますので、乗り続けるか買い換えるか、来年あたりには考えようと思っています。
多分、どなたのご家庭でも、家電製品が数えきれない程たくさんあると思います。我が篠原家でも、捨てる程たくさん家電製品はあるのですが、ちょっと考えることがありブログに投稿してみました。よく、家電製品は10年持てば当たりと言われますが、浴槽・風呂釜・電子レンジが既に10年、寝室のエアコンは15年を超えています。私が使ってきた歴代のパソコン・電気カミソリは、せいぜい3年前後、短いものは1年で壊れていますので、10年以上もきちんと動いている家電製品は、本当に凄いと思います。
たとえ燃費が悪くても壊れていないため、交換時期を迷っています。かつて、冷蔵庫・洗濯機・乾燥器・DVDレコーダーなどが連続で故障し、交換するはめになった経験があり、経済的に大変まいりました。しかし、昨年ですが両親と次男の部屋にそれぞれ設置されたエアコンを新調したところ、かなり毎月の電気代が減ったので、確かに頻繁に使うエアコンは新しい方が経済的だと感じました。ちなみに、携帯電話では、iPhoneを3S以降ずっと機種変更しながら使っていますが、現在は最新の6Plusです。
たとえ燃費が悪くても壊れていないため、交換時期を迷っています。かつて、冷蔵庫・洗濯機・乾燥器・DVDレコーダーなどが連続で故障し、交換するはめになった経験があり、経済的に大変まいりました。しかし、昨年ですが両親と次男の部屋にそれぞれ設置されたエアコンを新調したところ、かなり毎月の電気代が減ったので、確かに頻繁に使うエアコンは新しい方が経済的だと感じました。ちなみに、携帯電話では、iPhoneを3S以降ずっと機種変更しながら使っていますが、現在は最新の6Plusです。
恥ずかしながら、2月2日の通勤時に毛糸の帽子を紛失しました。坊主頭の私には、寒い日は必需品です。職場の更衣室に着いて、着替える際に初めて帽子が無いことに気付きました。夜勤の仕事が始まる前で、探す時間はありませんでした。そのため記億を辿り、電車に乗るまでは帽子を被っていたけど車内は温かいので帽子をぬいで座席に置いた事までを確認しました。つまり、車内に置き忘れたことに間違いないと思い、翌日の夜勤明けにJR成田空港駅の職員に尋ねました。
長男と同じ年くらいの若い男性職員でしたが、すぐに対応し帽子を見つけて返却してくれました。その際に訊かれたのは、帽子の特長・失くした日付と時間・どの車両か?ということについてでした。私が詳しく説明したモノにピッタリ該当した忘れ物として帽子を見せてもらい、正しく自分の帽子と確認でき嬉しくて大感謝しました。掃除担当の職員が見つけて届けてくれたそうです。日本の鉄道に係る大勢の皆さんは、きっと同様の素晴らしい働きぶりと信じています。
長男と同じ年くらいの若い男性職員でしたが、すぐに対応し帽子を見つけて返却してくれました。その際に訊かれたのは、帽子の特長・失くした日付と時間・どの車両か?ということについてでした。私が詳しく説明したモノにピッタリ該当した忘れ物として帽子を見せてもらい、正しく自分の帽子と確認でき嬉しくて大感謝しました。掃除担当の職員が見つけて届けてくれたそうです。日本の鉄道に係る大勢の皆さんは、きっと同様の素晴らしい働きぶりと信じています。
最近、オンラインショッピングの機会が重なってしまい、特に女房から「モノガ多い!」と怒られています。オークションで安く落札したDVDセットは確かに怒られても仕方ありませんが、防災に関わるモノは必要だと確信していますので、女房にも理解してもらおうと説得しています。例を挙げると、LEDの懐中電灯やヘッドライトなどの照明器具・豆乳クッキーや水などの保存食品・防寒用のタイツやレインウェアなどの衣料品です。実は、これらは全て趣味のジョギングに利用しているグッヅなのですけど。女房には、見透かされているのでしょうね。
1月23日になって、以前から欲しかった写真のCDを、ようやく1年余り待ってから購入することにしました。テレビで宇宙戦艦ヤマトのリメイク版が放映されて以降、サウンドトラックが欲しかったのですが、定価で買うのはもったいないから、中古が出回るまで待つ決心をし、今日まできました。オンラインショップでの定価は3086円でしたが、最近チェックしたところ2527円に値下がりしていました。また、小さく中古品の存在も記載されており、レンタル落ちの物ならカバーやケースにシール等が貼ってあるものの、中身は異常なしで1971円と紹介されているのを見つけました。
私の場合、CDはパソコン経由でiPhoneに曲を取り込んで聴いているので、カバーやケースのシール等は特に気にしていません。定価に比べて1115円安くなり、しかも配送料は無料サービスというので、迷わず購入したわけです。昔なら、レンタルビデオ屋に行ってCDを安く借りてきて、不正コピーしたものですが、今ではきちんとCDを購入してから正々堂々とコピーして視聴を楽しんでいます。多少は高くつきますが、店まで行かずにオンラインショップで購入し、自宅まで配送してもらえるので便利です。
私の場合、CDはパソコン経由でiPhoneに曲を取り込んで聴いているので、カバーやケースのシール等は特に気にしていません。定価に比べて1115円安くなり、しかも配送料は無料サービスというので、迷わず購入したわけです。昔なら、レンタルビデオ屋に行ってCDを安く借りてきて、不正コピーしたものですが、今ではきちんとCDを購入してから正々堂々とコピーして視聴を楽しんでいます。多少は高くつきますが、店まで行かずにオンラインショップで購入し、自宅まで配送してもらえるので便利です。
1月11日は、3番目の子の成人式があり、夫婦で式典に同伴してきました。平成元年生まれの長男は2010年に、3年生まれの長女は2012年に既に成人式を済ませています。私は3交替制勤務をしているため、なんとか3人とも成人式に同伴できたことは、とても嬉しいです。今回の次男は早生まれのため、兄弟の中で一人だけ19歳での成人式となりました。私ら夫婦の仲人さんや大勢の親戚の方々から、次男の成人祝いを頂き、恐縮してしまいました。式典は、酒々井町にある複合施設の中のイベントホールで開催され、厳粛なうちに30分で無事に終わりました。その後の集い大会は、ビンゴゲームなどをして楽しんでいました。
次男は、知的障害があることから、地元の小・中学校では特別支援学級に通いました。その際、心無い周りの子どもたちから「いじめ」を受けてきました。言葉による暴力や、持ち物を壊されたり隠されたりすることなどの「いじめ」にも、私ら夫婦は次男を守るため真っ向から立ち向かってきました。中学卒業後は、特別支援学校の高等部に進み、幸い卒業と共に地元の食堂に就職でき、現在に至っています。幼い頃は身体が弱く病気がちだった次男ですが、中学3年間での野球部での経験は、心身共に成長させてもらえたようです。殆ど正式な試合には出られず補欠でしたが、ずっと練習に励みながら休まず3年間の部活動をやり遂げられたのは、とても立派でした。中3の夏休みに、チーム内でラストゲームとなる紅白戦をした際、かねてからの希望を叶えてもらい、ピッチャーを途中からさせてもらい、見事に打者数名から三振も奪いました。また、打者としてタイムリーも打って勝利に貢献したことから、観戦していた大勢の保護者からの満場一致で次男がMVPに選ばれました。一生忘れられない思い出です。
中3の夏休みに情報を入手し、2学期から参加し始めたスペシャルオリンピックスのサッカープログラムは、今でも楽しんで続けています。昨年の11月には、千葉県代表チームの一員として福岡で開催された全国大会(4年に1度の開催)に出場し、予選と決勝合わせて6試合全てでプレーし、一度も負けることなく見事に優勝を飾りました。私も仕事を休んで応援に行き、全試合を観戦してきました。多分これからも、ずっとスペシャルオリンピックスの活動には関わっていくと思います。社会人となった次男には、月に2度のサッカーが唯一の運動ですから。今は選手としてですが、将来は小さい子どもたちの面倒をみながらコーチする立場にもシフトしていくことでしょう。私も、次男を通じて生涯スポーツとしてスペシャルオリンピックスに関わっていき、次男と同じような知的障害を持つ大勢の子どもたちと触れ合っていきたいと思っています。
次男は、知的障害があることから、地元の小・中学校では特別支援学級に通いました。その際、心無い周りの子どもたちから「いじめ」を受けてきました。言葉による暴力や、持ち物を壊されたり隠されたりすることなどの「いじめ」にも、私ら夫婦は次男を守るため真っ向から立ち向かってきました。中学卒業後は、特別支援学校の高等部に進み、幸い卒業と共に地元の食堂に就職でき、現在に至っています。幼い頃は身体が弱く病気がちだった次男ですが、中学3年間での野球部での経験は、心身共に成長させてもらえたようです。殆ど正式な試合には出られず補欠でしたが、ずっと練習に励みながら休まず3年間の部活動をやり遂げられたのは、とても立派でした。中3の夏休みに、チーム内でラストゲームとなる紅白戦をした際、かねてからの希望を叶えてもらい、ピッチャーを途中からさせてもらい、見事に打者数名から三振も奪いました。また、打者としてタイムリーも打って勝利に貢献したことから、観戦していた大勢の保護者からの満場一致で次男がMVPに選ばれました。一生忘れられない思い出です。
中3の夏休みに情報を入手し、2学期から参加し始めたスペシャルオリンピックスのサッカープログラムは、今でも楽しんで続けています。昨年の11月には、千葉県代表チームの一員として福岡で開催された全国大会(4年に1度の開催)に出場し、予選と決勝合わせて6試合全てでプレーし、一度も負けることなく見事に優勝を飾りました。私も仕事を休んで応援に行き、全試合を観戦してきました。多分これからも、ずっとスペシャルオリンピックスの活動には関わっていくと思います。社会人となった次男には、月に2度のサッカーが唯一の運動ですから。今は選手としてですが、将来は小さい子どもたちの面倒をみながらコーチする立場にもシフトしていくことでしょう。私も、次男を通じて生涯スポーツとしてスペシャルオリンピックスに関わっていき、次男と同じような知的障害を持つ大勢の子どもたちと触れ合っていきたいと思っています。
12月30日、今年最後の休日は朝から喉が痛いので、のんびり自宅で静養中。酒々井町役場で以前購入した防災ラジオを久々に出して、居間で音楽を聴きながら、パソコンに向かっています。たまには、昔ながらのラジオを聴くのも良いものですね。
雑音が入っても、気にしません。家族でシイタケを屋外で栽培していた昭和40年代では、収穫したシイタケをラジオを聴きながら家族で袋詰めし出荷準備したり、自分の部屋に戻ればFMの深夜放送を聴きながら、遅い時間まで勉強したものです。
雑音が入っても、気にしません。家族でシイタケを屋外で栽培していた昭和40年代では、収穫したシイタケをラジオを聴きながら家族で袋詰めし出荷準備したり、自分の部屋に戻ればFMの深夜放送を聴きながら、遅い時間まで勉強したものです。
アップル社が新しいiPhoneを秋に発表し、日本で売り出されて以降、心待ちにしていた6Plusを、ようやく先日の機種変更でゲットしました。これまでのiPhone5は、2012年11月29日に入手したものであり、2年経過しないと本体価格の分割支払いが終わらなかったので、ずっと6Plusを我慢してきました。
初めて手にした際は、かなりiPhone5に比べると大きいと感じましたが、使っているうちにすぐに慣れました。最近になって解約したiPadの大きさに比べれば、当然ながら半分以下の大きさです。それに、オジサンの目には字が大きくて見やすいとか、バッテリーが長持ちする点が気に入りました。写真のように、カバーもネット通販で入手し、本体の色はシルバーですが、カバーのお陰でゴールドに見えます。
初めて手にした際は、かなりiPhone5に比べると大きいと感じましたが、使っているうちにすぐに慣れました。最近になって解約したiPadの大きさに比べれば、当然ながら半分以下の大きさです。それに、オジサンの目には字が大きくて見やすいとか、バッテリーが長持ちする点が気に入りました。写真のように、カバーもネット通販で入手し、本体の色はシルバーですが、カバーのお陰でゴールドに見えます。
今年も、あと残りわずかとなりました。もう、12月(師走:しわす)とは、全く時の歩みは早いですね。4月に職場で内部異動があり、月~金の日勤の部署から、長年慣れ親しんだ3交替制の夜勤の部署に戻れました。4日に1度のサイクルで成田空港に泊まりながら、厳しい課長から毎回怒られながらも、我慢して勤務に励んでいます。たとえ、パワハラと思えるような仕打ちを受けても、私は決してめげません。多少はその時に凹むこともありますが、すぐに立ち直ります。これも長年の経験で培ってきた長所なのでしょう。
時には、出勤するのが嫌でたまらないこともありますが、成田空港に到着した時点で私の「スイッチ」が入るようです。通勤電車を降りて、無人の改札口を出ると、荷物検査所を通過します。担当者に身分証明書を見せて通過すると、もう逃げ道がないような、やるしかないという気持ちになります。全く不思議ですね。なるべく、マイナスな気持ちは忘れ、プラス思考で行動するように心がけています。出来の悪い管理職の端くれですが、部下ひとりひとりのことを考えつつも、職場全体の事も考え、頑張っています。
時には、出勤するのが嫌でたまらないこともありますが、成田空港に到着した時点で私の「スイッチ」が入るようです。通勤電車を降りて、無人の改札口を出ると、荷物検査所を通過します。担当者に身分証明書を見せて通過すると、もう逃げ道がないような、やるしかないという気持ちになります。全く不思議ですね。なるべく、マイナスな気持ちは忘れ、プラス思考で行動するように心がけています。出来の悪い管理職の端くれですが、部下ひとりひとりのことを考えつつも、職場全体の事も考え、頑張っています。
2014/10/14 フェイスブックに投稿した文章を、ご紹介させて頂きます。これは、福祉に関わる大勢の方に対して失礼な内容かもしれませんが、知的障害者を持つ家族としては考えざるを得ないものとして、ご理解頂ければ幸いです。
「個人的なことですが、もし戦争が起こったら、どんなことが今の自分にとって大変なのか?困るのか?考えてみました。ちょっと、第三者には極端な話に感じるかもしれませんが、ご了承願います。10月14日20時から某国営放送で放映された番組で、「沖縄で語りだした障害者たち」という映像を視聴して、考え込んでしまいました。私には、知的障害を持つ子どもがいます。年齢は19歳ですから、戦争が起きれば徴兵されるのは避けられません。見た目は健常者と変わりませんし、体格も172cmで75kgといった堂々とした体格です。障害について理解していない方からすれば、息子はキビキビトした動きが出来ませんし、相手の話を理解する力も劣っていますので、ふざけているとか、故意に仕事をさぼろうとしていると勘違いされるでしょう。昭和の戦時中の映像を見ると、きっと息子は軍隊の教官に半殺しにされるか、本当に殺されてしまうかもしれない恐怖感が湧いてきました。敵国とされる相手の国の兵隊からではなく、自国の先生とされる教官に殺されたら、親の私は狂ってしまい、その教官への復讐に命をかけてしまうかもしれません。
目が見えない、片腕がない、車椅子に乗っているなど、身体的な障害ならば、誰が見てもすぐに障害者と理解できます。しかし、知的障害は違います。見た目は健常者であり、障害者とは分かりません。言動をしばらく見れば、何か変だと感じるかもしれませんが、なかなか障害によるものと理解するのは難しいことでしょう。平和な世界だからこそ、障害者についての福利厚生が、国や地方自治体により実施されているのです。万が一、再び戦争が勃発したら、真っ先に障害者は戦えないとか、避難する際の邪魔者になると考えられ、健常者である多くの自国民に虐(しいた)げられることでしょう。どんなに素晴らしい知識のある福祉の専門家であっても、経験豊富なスタッフの方でも、いざとなれば自分を守ることを優先し、障害者は蚊帳の外。彼ら、彼女らを守れるのは「家族」だけといった気がしてなりません。先般、朝ドラでヒットした「花子とアン」でも戦時中の様子が克明に表現されていましたが、結局は弱者は生きる術(すべ)がないに等しいのでは?歴史は繰り返すと言われますが、決して日本は戦争に巻き込まれても、自ら起こしてもいけないのです。」
「個人的なことですが、もし戦争が起こったら、どんなことが今の自分にとって大変なのか?困るのか?考えてみました。ちょっと、第三者には極端な話に感じるかもしれませんが、ご了承願います。10月14日20時から某国営放送で放映された番組で、「沖縄で語りだした障害者たち」という映像を視聴して、考え込んでしまいました。私には、知的障害を持つ子どもがいます。年齢は19歳ですから、戦争が起きれば徴兵されるのは避けられません。見た目は健常者と変わりませんし、体格も172cmで75kgといった堂々とした体格です。障害について理解していない方からすれば、息子はキビキビトした動きが出来ませんし、相手の話を理解する力も劣っていますので、ふざけているとか、故意に仕事をさぼろうとしていると勘違いされるでしょう。昭和の戦時中の映像を見ると、きっと息子は軍隊の教官に半殺しにされるか、本当に殺されてしまうかもしれない恐怖感が湧いてきました。敵国とされる相手の国の兵隊からではなく、自国の先生とされる教官に殺されたら、親の私は狂ってしまい、その教官への復讐に命をかけてしまうかもしれません。
目が見えない、片腕がない、車椅子に乗っているなど、身体的な障害ならば、誰が見てもすぐに障害者と理解できます。しかし、知的障害は違います。見た目は健常者であり、障害者とは分かりません。言動をしばらく見れば、何か変だと感じるかもしれませんが、なかなか障害によるものと理解するのは難しいことでしょう。平和な世界だからこそ、障害者についての福利厚生が、国や地方自治体により実施されているのです。万が一、再び戦争が勃発したら、真っ先に障害者は戦えないとか、避難する際の邪魔者になると考えられ、健常者である多くの自国民に虐(しいた)げられることでしょう。どんなに素晴らしい知識のある福祉の専門家であっても、経験豊富なスタッフの方でも、いざとなれば自分を守ることを優先し、障害者は蚊帳の外。彼ら、彼女らを守れるのは「家族」だけといった気がしてなりません。先般、朝ドラでヒットした「花子とアン」でも戦時中の様子が克明に表現されていましたが、結局は弱者は生きる術(すべ)がないに等しいのでは?歴史は繰り返すと言われますが、決して日本は戦争に巻き込まれても、自ら起こしてもいけないのです。」
ちょっと遅い夏休みの家族旅行へ行ってきました。行先は東京スカイツリー・浅草寺・鬼怒川温泉・日光東照宮。事前に私が9月最初の週に連休を計画しており、女房と次男が2日間それに合わせて仕事を休んでくれたので、実現できました。(長男と長女は、それぞれ家を出て単身生活をエンジョイしていますので、今回はパスしました。)
海外旅行なら旅行代理店に全てお任せでしょうが、国内でしたから私がリーダーシップを発揮。旅程・特急券や宿泊先予約の手配など、全てを計画し、留守番をお願いする両親用に詳しい旅行日程表を作成しました。血液型がOであり、普段は大雑把なことが多い私ですが、時々はA型の父の影響か、細かい事も苦にせず行っています。
写真は、スカイツリー前から出発する「SkyDuck」という水陸両用バスです。これに乗って、1時間にわたり都内の陸路と水路を楽しみながら、1泊2日の旅行がスタートしました。2日目の日光で、想定外に歩いたり、階段を上り下りすることになり、くじけて90分も予定を早めて帰宅することになりましたが、3人とも楽しめたと思います。
海外旅行なら旅行代理店に全てお任せでしょうが、国内でしたから私がリーダーシップを発揮。旅程・特急券や宿泊先予約の手配など、全てを計画し、留守番をお願いする両親用に詳しい旅行日程表を作成しました。血液型がOであり、普段は大雑把なことが多い私ですが、時々はA型の父の影響か、細かい事も苦にせず行っています。
写真は、スカイツリー前から出発する「SkyDuck」という水陸両用バスです。これに乗って、1時間にわたり都内の陸路と水路を楽しみながら、1泊2日の旅行がスタートしました。2日目の日光で、想定外に歩いたり、階段を上り下りすることになり、くじけて90分も予定を早めて帰宅することになりましたが、3人とも楽しめたと思います。
空港で働く3交替制勤務者という立場上、なかなか思い通りの日に休めないものですが、今年は事前の根回しが上手くいき、12~16日までお盆の期間中5連休となりました。しかしながら、女房と次男はシフトの関係で、思うように休みが取れませんでした。もともと、田舎にある元々専業農家をしていた本家ですから、これまでもお盆に旅行へ行った記憶はありません。
私が幼い頃は、たくさんの親戚が我が家に集まり、従弟たちと遊ぶのが楽しみでした。時代の流れで、徐々に集まる親戚も減り、大人になった従弟たちもお盆に集まれなくなりました。我が兄弟でさえ、近所に住む弟ファミリーは毎回顔を出してくれますが、遠くに住む妹ファミリーは一緒になれないことが多いです。まして、子供たちが成人すると、なおさら集まれません。
一時期、母の実家を継いでいる兄貴分の従弟が中心となり、「いとこ会」を結成して若い夫婦とその子供たちだけで年に1度は集まる行事をしていたこともありました。今でも覚えていますが、我が家が会場になった際は、ちびっこギャングが大勢で家の中を駆け回ったり、カラオケをしたり、ダンスをしたりして楽しんでいました。あの頃が懐かしいと思えるお盆の初日でした。
私が幼い頃は、たくさんの親戚が我が家に集まり、従弟たちと遊ぶのが楽しみでした。時代の流れで、徐々に集まる親戚も減り、大人になった従弟たちもお盆に集まれなくなりました。我が兄弟でさえ、近所に住む弟ファミリーは毎回顔を出してくれますが、遠くに住む妹ファミリーは一緒になれないことが多いです。まして、子供たちが成人すると、なおさら集まれません。
一時期、母の実家を継いでいる兄貴分の従弟が中心となり、「いとこ会」を結成して若い夫婦とその子供たちだけで年に1度は集まる行事をしていたこともありました。今でも覚えていますが、我が家が会場になった際は、ちびっこギャングが大勢で家の中を駆け回ったり、カラオケをしたり、ダンスをしたりして楽しんでいました。あの頃が懐かしいと思えるお盆の初日でした。
自販機を良く利用している私にとっては、天下の成田空港であってはならない大事件が、7月14日の正午直前に発生しました。なんと、自販機で150円のコーヒー飲料を購入しようとしたら、その代わりに小サイズのポカリスウェットが出てきたのです。(500mlサイズで150円ですから、半分の250mlでは100円程度と思われます。)乗る電車の時間が迫っていたため、JR改札口前自販機での対応は大切な部分を写真撮影するだけにし、自販機に掲載されていたサービスセンターへのクレームは帰宅後にゆっくりしました。
消費者をバカにしており気分を害したことや、急いでいたのですぐの連絡は無理だったこと、機械の不調ではなく品物を入れ違えただけではないのか、自分だけではなく多くの観光客が迷惑していることなどを、感情を抑えて担当者に訴えました。相手は、現金書留で150円を弁償したいと申し出てきたので、自宅の住所と名前と電話番号を伝えました。もし私が「たかが150円くらい構いません、ポカリも出たきたことだし」と言えば、うやむやにされそうなので、相手会社の規定に則り、現金を受け取ることにしました。
かなり以前に、東成田駅(かつての成田空港駅)改札前にあった自販機でも、違う飲料が出てくる経験をしたことがあります。その時の管理会社は、近所にありましたが、会社の規定なのでしょうか、自宅訪問ではなく今回同様に現金書留での送金でした。自販機を管理する側では、私のようなクレームには即座に対応し、問題のある自販機の調査や再設定が必要なはずです。そうしないと、大勢の消費者が迷惑するし、中には泣き寝入りする方も出てくることでしょうから。特に人通りの多い場所では、管理を徹底してほしいです。外国人にとっても、日本の自販機は高く評価されていることを、関係者の皆さんは心に留めておいてほしいです。
消費者をバカにしており気分を害したことや、急いでいたのですぐの連絡は無理だったこと、機械の不調ではなく品物を入れ違えただけではないのか、自分だけではなく多くの観光客が迷惑していることなどを、感情を抑えて担当者に訴えました。相手は、現金書留で150円を弁償したいと申し出てきたので、自宅の住所と名前と電話番号を伝えました。もし私が「たかが150円くらい構いません、ポカリも出たきたことだし」と言えば、うやむやにされそうなので、相手会社の規定に則り、現金を受け取ることにしました。
かなり以前に、東成田駅(かつての成田空港駅)改札前にあった自販機でも、違う飲料が出てくる経験をしたことがあります。その時の管理会社は、近所にありましたが、会社の規定なのでしょうか、自宅訪問ではなく今回同様に現金書留での送金でした。自販機を管理する側では、私のようなクレームには即座に対応し、問題のある自販機の調査や再設定が必要なはずです。そうしないと、大勢の消費者が迷惑するし、中には泣き寝入りする方も出てくることでしょうから。特に人通りの多い場所では、管理を徹底してほしいです。外国人にとっても、日本の自販機は高く評価されていることを、関係者の皆さんは心に留めておいてほしいです。
私の職場では、7・8・9月の3か月間で所謂(いわゆる)夏休みが3日もらえます。公務員の世界では、「特別休暇」と呼ばれ、通常の有給休暇となる年間20日とは別扱いです。昨年は、7月初めに東北へ2泊3日の旅に出ました。結婚25周年、つまり銀婚式の記念旅行となり、当時流行っていた某国営放送の朝ドラ「あまちゃん」の舞台となる場所を、女房と目指しました。しかし、残念ながら予約が遅かったため、震災被害が大きかった日本一大きな防波堤で有名な田老地区に行って、被災者の皆さんに手を合わせてきました。
かつての大災害の舞台となった場所は、ずっと気になっていたので、女房が私の提案に応じてくれて、嬉しかったです。さて、今年はどうしようと未だに思案中です。とりあえず、8月中旬のお盆に休みを入れましたが、田舎の本家では旅行なんて許されるはずがありません。別の日に有給休暇をとって、今回は女房の希望する場所へ行こうと思います。もちろん、国内旅行に限られますけど。
かつての大災害の舞台となった場所は、ずっと気になっていたので、女房が私の提案に応じてくれて、嬉しかったです。さて、今年はどうしようと未だに思案中です。とりあえず、8月中旬のお盆に休みを入れましたが、田舎の本家では旅行なんて許されるはずがありません。別の日に有給休暇をとって、今回は女房の希望する場所へ行こうと思います。もちろん、国内旅行に限られますけど。
早いもので、2014年前半が先日終了しましたので、自分にとってもの総括を考えてみました。色々なことがありますので、生活面・職場・趣味の三つに分けて、簡単に述べさせて頂きます。あくまでも、篠原透個人のものですから、勘違いされませんように、お願いします。
まず生活面ですが、2月以降は葬儀のオンパレードでした。小・中学校で親友だったAさんから始まり、近所の方や親戚の方が次々とお亡くなりになり合計で5件もあり、私ひとりでは無理なので、父・母・妻も代わる代わる参列してもらいました。また、3月末で平成2年4月から務めてきた消防団も、23年で卒業となりました。
次に職場ですが、2月末に4月1日付けの異動内示があり、非公式に3月20日以降、同じ建物内の新しい部署で勤務を始めました。1年振りの3交替制勤務であり、慣れているはずなのですが、1年のブランクや人間関係が変わることで、かなり戸惑いました。7月現在の今でも、日々冷や汗を掻きながら学んでいます。
最後に趣味ですが、走ることについて年頭で考えた目標(上半期で通算の走行距離850km)は、花粉症などによる不調の時期や異動による職場・生活環境の変化により、遙かに下回り712kmに終わりました。年間目標1800kmを達成するには、あと1088kmですので、不可能ではない数字ですから、精進します。
まず生活面ですが、2月以降は葬儀のオンパレードでした。小・中学校で親友だったAさんから始まり、近所の方や親戚の方が次々とお亡くなりになり合計で5件もあり、私ひとりでは無理なので、父・母・妻も代わる代わる参列してもらいました。また、3月末で平成2年4月から務めてきた消防団も、23年で卒業となりました。
次に職場ですが、2月末に4月1日付けの異動内示があり、非公式に3月20日以降、同じ建物内の新しい部署で勤務を始めました。1年振りの3交替制勤務であり、慣れているはずなのですが、1年のブランクや人間関係が変わることで、かなり戸惑いました。7月現在の今でも、日々冷や汗を掻きながら学んでいます。
最後に趣味ですが、走ることについて年頭で考えた目標(上半期で通算の走行距離850km)は、花粉症などによる不調の時期や異動による職場・生活環境の変化により、遙かに下回り712kmに終わりました。年間目標1800kmを達成するには、あと1088kmですので、不可能ではない数字ですから、精進します。