思惟石

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梨木果歩『海うそ』一緒に島を歩いた気分に

2019-01-17 11:31:04 | 日記
梨木果歩『海うそ』。
岩波文庫版をパラパラっとめくってみたら
章のタイトルが地名と植物名らしき単語だったので、
『家守綺譚』みたいなお話しかな?と思い手に取りました。

そういった自然の描写の細やかさは通じるものがありますが、
こちらはさらに主人公が抱える喪失や内面への問いかけが濃いですかね。
ちょっと深くて考えさせられる物語です。

舞台となる九州の「遅島」は作者による架空の島ですが、
平家落人伝説や、修験道が盛んだったが廃仏毀釈で破壊され尽くされた寺、
民間信仰のモノミミ、狭い島ながらに気候差と文化差があること
などなど、設定の細やかさには驚かされます。

中盤は、主人公の秋野氏(30代前半の研究者)と案内人の青年
梶井くんの島内フィールドワーク。
道なき道をたどって山歩きをしつつ、
杣小屋に泊まったり洞窟を覗いたり、
珍しい植物や蝶に出会い、島の歴史を語り、
秋野氏が抱える喪失を振り返ったり、ちょっと不思議な体験をしたり。
ついでにヤギや伊勢海老を食べてます。

読んでいるうちに、一緒にフィールドワークをしている気分になれる
というか、遅島の自然と歴史に触れ、魅入られてしまうような、
不思議な物語です。

さらに最後の章として(というわりに長いけど)、
50年後、80代になった秋野氏が開発によって変わり果てた島を再訪し、
再び、何らかを感得します。

80代になった秋野氏は、
   喪失とは、私のなかに降り積もる時間が、増えていくことだ
と語り、作者はインタビューで
   人生は、喪失することの連続で成り立っているようなもの
と語っているそうです。
どちらも、それなりに長い時間を生きないと出ない言葉ではないかと。
許嫁と両親・恩師と死に別れたばかりの30代の秋野氏は、
遅島でようやく、その端っこに触れたのではないかと思います。

ところで、島の自然や歴史の設定もすごかったのですが
家屋に於ける民族建築的な設定もリアリティがあって。

南方系の居住棟と炊事棟が別々になっている(分棟型・多棟型)
流れから二ツ家(分棟が屋根で繋がっている)や
カギ家(L字型)ができたのでは?という説が
主人公の考察としてもっともな感じに書かれており、
なんだかフムフムとなってしまいます。
(二ツ家は、九州の方に実際にある形態だそうです)

もちろん細部もとてもすてきです。
獺(かわうそ)に対してアシカを「海うそ」と呼ぶとか。
島の地名のひとつひとつに由来がある感じとか。
島がたつのおとしごの形をしていて、
秋野氏が最初に逗留した場所が龍目蓋(タツノマブタ)とか。
山奥なのに「波音(ハト)」という地名がある謎とか。
立ったまま凍死するカモシカの話しは
心打たれるものがありました。

作者の『家守綺譚』系が好きな人にはおススメです。

が、テーマは主人公(と、時の流れという大きなもの)の
「喪失」であり、それが主軸でもある物語です。
「若隠居(ほぼニート)の綿貫くんの愉快な日常」的な
要素はありません、ということだけ付け足しておきます。

あ、でも、タライに乗って湖を渡るじいさんとばあさんの描写は
すごく良いよね!
コメント
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