うてん通の可笑白草紙

江戸時代。日本語にはこんな素敵な表現が合った。知らなかった言葉や切ない思いが満載の時代小説です。

春風ぞ吹く~代書屋五郎太参る~

2012年03月26日 | 宇江佐真理
 2000年12月発行

 先祖の不始末から、小普請組に甘んじる村椿五郎太は、学問吟味に通り御番入りを目指している傍ら、生計(たつき)の為に、文茶屋ほおずきで、代書の内職をしている。
 悪人の登場しない、ほのぼのとした時代劇に、読み終えた後の爽快感が残る。
 実はわたくしは、この後編の、「無事、これ名馬」を先に読んでしまい、村椿? どこかで聞いたような名だと思い出し、たろちゃんのお父さんだと知り、もの凄く嬉しく興奮しながら読んだものだ。

月に祈りを
 文茶屋ほおずきに、文を頼んできた武家風の女。作年の同時期にも文を託された事に気が付く。手紙の宛先は少年だった。
 また、幼馴染みの俵紀乃の家に文を届ける事になった五郎太。最近、紀乃の事が気になっていた。
 村椿家と俵家の関係の序章にもなっているが、五郎太、紀乃との恋が始まる件。
 「遠くで野良犬の遠吠えが聞こえる。しかし、静かな春の夜だった」。恋に焦がれ寝付かれない夜の比喩が素晴らしい。
 また、紀乃の父親平太夫の横柄な態度を、「そっくり返って、後ろにばったり倒れないかと心配になるほどである」。など、五郎太目線の平太夫の様が全編を通して笑える。

赤い簪、捨てかねて
 五郎太のかつての手習所の師匠の橘和多利が、備前国での仕官が叶った。五郎太が荷物の整理を手伝っていると、1本の簪が出てきた。
 「猪口の中に和多利の涙が滴り、小さな波紋を作った」。和多利の言葉に出来ない苦しい胸中を現した一説である。大人の男の涙を嫌味な程に現している。
 これを受けて五郎太は、「男は、このような涙を流すべきではないのだと五郎太は思った」。とある。これは涙を卑下するのではなく、もっと素直でいられる時に泣くべき時は泣くべきだと伝えているのだ。
 大人の恋の始末の仕方と、静かに進む五郎太と紀乃の恋が絡み合う。

魚族の夜空
 客に頼まれた手紙は、父親が家出した息子に宛てたようだが、訛りが強く届け先が明確でない。
 そんな折り、五郎太は、昌平坂学問所の天文方指南の二階堂秀遠に出会う。
 風変わりな秀遠に引かれる五郎太は、秀遠に同行し彼の故郷の檜原村へと向かい、秀遠を通し親子の在り方を学ぶ、夏休み要素の強い一編である。また、紀乃と大川の花火を見物するなど、ふっと蚊遣りの香りが鼻腔をくすぐる話に仕上がっている。

千もの言葉より
 昌平坂学問所の師匠大沢紫舟の元で、試験勉強の追い込みを掛ける五郎太。そんな矢先に、俵紀乃の兄の内記に、吉原へ誘われる。その吉原で五郎太は、思いも寄らずに大沢紫舟の過去を知る事になる。
 祝言を控えた紀乃の兄内記が、男女の事を知っておきたいと、吉原に繰り出す話である。
 そこで花魁、遊女と男たちの件で笑わせながらも、紫舟の過去の純愛に触れるなど、宇江佐さんならではの、一度で二度美味しい技法(?)が生きている。

春風ぞ吹く
 一人の老人と知り合った五郎太。後日、老人から譲り受けたのは、学問吟味の仔細を纏めた指南書だった。その老人こそ、狂歌師として有名な蜀山人大田南畝であり、彼こそ齢四十六で学問吟味を一番の成績で通った伝説の人だったのだ。
 一方で紀乃との間にクライマックスが訪れる。結果はどうなるか…。
 最期までおのぼのとし、後味の良い一作である。

 余談ではあるが、続編の「無事、これ名馬」。わたくしは、宇江佐さんの作品の中で、この作品が一番好きなのだが、ここに登場する十数年後の五郎太も、相も変わらずおっとりとして鷹揚な良い父親である事を付け加えよう。

主要登場人物
 村椿五郎太...小普請組
 里江...五郎太の母親
 伝助...水茶屋(文茶屋)ほおずきの主、五郎太の幼馴染み
 彦六...水茶屋(文茶屋)ほおずきの奉公人(文の配達)
 俵平太夫...小普請組
 内記...平太夫の嫡男、御番入り
 藤乃...平太夫の妻
 紀乃...平太夫の娘
 弥生...吉原引手茶屋えびす屋内儀、五郎太の幼馴染み
 橘和多利...手習所の師匠
 二階堂秀遠...昌平坂学問所の天文方指南
 大沢紫舟...昌平坂学問所の師匠
  

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