うてん通の可笑白草紙

江戸時代。日本語にはこんな素敵な表現が合った。知らなかった言葉や切ない思いが満載の時代小説です。

酒田さ行ぐさげ~日本橋人情横丁~

2012年05月04日 | 宇江佐真理
 2012年1月発行

浜町河岸夕景
桜になびく
隣りの聖人
花屋の柳
松葉緑
酒田さ行ぐさげ 計6編の短編集

 日本橋で繰り広がられる、六つの人生。家族の繋がりを描き、苦難を乗り越え笑顔で締め括られている作品がほとんどで、心が晴れる一冊と言えるだろう。
 表題の「酒田さ行ぐさげ」のみは、ほかと趣向が違っているが、こちらも実に感慨深い作品である。


浜町河岸夕景
 商いは成功していたが、口さがなく、けちで手習もさせてくれない両親が嫌いなおすぎは、事ある度に近所のいちふくを訪い、ひとり息子の風太と遊んでいた。
 だが、見栄っ張りな親が、近所の手前おすぎを手習に通わせると、次第に風太とは疎遠になっていく。そんな中、いちふくの客が食中毒になった事から…。
 子どもの興味の推移や目線をリアルに描きながら、最終章では、思わず口元が綻ぶ結末を迎えている。また、その書き方が巧い。

主要登場人物
 おすぎ...富沢町天蓋屋上総屋の娘
 九兵衛...おすぎの父親
 おまさ...おすぎの母親
 風太...久松町煮売り屋いちふくに息子
 富松...風太の父親
 おさと...風太の母親
 丸山此右衛門...田所町手習所の師匠
 園江...此右衛門の妻

桜になびく
 妻の死の回想から物語は始まる。そして、上役の着服を探る密偵となった苦悩。後妻を迎えるまでと、ひとりの同心の日々を、桜をシンボリックに使いながら、綴っている。大事件も心振るわせる問題も起きないが、それこそが人の一生なのだから。
 「笑いながら顔を上げれば、頭上は陽の目も見えないほどの桜の花びらで覆い尽くされている」。
 この一文が好きである。

主要登場人物
 戸田勝次郎...北町奉行所年番方同心
 勝右衛門...勝次郎の父親
 みと...杉ノ森新道居酒見世小桜の女将
 羽山三郎助...内与力
 森川蔵人...年番方筆頭同心
 とせ...勝次郎の後妻(前妻りよの妹)

隣りの聖人
 信頼していた番頭に、掛け金を持ち逃げされ、夜逃げを余儀なくされた呉服屋一文字屋。引っ越し先で知り合った、浪々の身で裏長屋住まいだが凛とした相馬虎之助とその家族と親交を深めるのだった。
 大店から生計(たつき)を失った一文字屋一家だが、家族の絆が深く、誰しもがくよくよしていない。そんな明るさから物語は始まり、同業の中田屋と件の番頭に再度貶められるところを、虎之助の思慮で回避する。
 友情と、くよくよせずに真っ直ぐに生きていれば、良い人が寄って来る。悪事は必ず我が身に振り返るといった、痛快娯楽時代劇である。

主要登場人物
 惣兵衛...小舟町呉服屋一文字屋の主
 おりつ...惣兵衛の妻
 辰吉...惣兵衛の長男
 おいと...惣兵衛の長女
 相馬虎之助...尾張家安藤家講師、小舟町義三郎店の店子
 福太郎...虎之助の長男
 正江...虎之助の妻
 琴江...虎之助の長女
 忠助...元一文字屋の番頭

花屋の柳
 「どうして花屋は店前に柳を植えるんだい」。幸太の疑問である。辛気臭く陰気な柳をどうして植えるのだろうか。
 家族は仲良く暮らしてはいるが、父の滝蔵が、喧嘩をすると、身寄りのない事を承知で、母親のおこのに出て行けと叫んだり、そのおこのが姉のおけいには厳しい事が気掛かりではあった。
 ある日、滝蔵の知り合いらしい卯之助と言う男と出会った事で、幸太の中で、家族に秘密があるのではないかと疑念が膨らむ。
 「昔のお父っつぁんは柳みてェに辛気臭くて陰気な男だったぜ」。
 ラスト、滝蔵にこう言うに幸太は、「柳の樹を辛気臭いとも陰気だとも思わなくなった」。とある。これにて結末はご想像頂きたいが、家庭内の秘密が明かされた事により、滝蔵だけでなく幸太自身も変わったという事だろう。
 
主要登場人物
 滝蔵...上槇町花屋千花
 おこの...滝蔵の妻
 おけい...滝蔵の長女
 幸太...滝蔵の長男
 孫六...隣家の元大工
 おくめ...孫六の妻
 卯之助...染井植勘の植木職人
 勘太郎...染井植勘の主

松葉緑
主要登場人物
 貧しい娘たちに行儀作法を教える美音。物語は、武家だった美音が山里屋へ嫁ぐまでの回想と、現在、教え子のひとりが借財の為に、老人に嫁がされると聞き、胸を痛める話の二部形式である。
 こちらも、ほっとする話になっており、また、回想シーンのお桑という商家の内儀が、胸の好くような気っ風の良さを示している。
 
主要登場人物
美音...中橋広小路町蚊帳商山里屋の内儀、行儀作法の師匠
金五郎...山里屋の主、美音の長男
旬助...美音の三男
おふみ...質屋松代屋の女中
おうた...棒手振り魚屋の娘
おはつ...小間物屋の娘
あさみ...幕府小普請組小久保彦兵衛の娘
きな...幕府小普請組工藤平三郎の娘

酒田さ行ぐさげ
 酒田の出店を任されている権助が江戸にやって来た。江戸の出店の番頭を務める栄助は、この権助が好きではない。だが、酒田での破竹の勢いは凄まじく、金の使い方も並外れていた。おまけに酒田のお大尽の若い娘を内儀に迎え、更には出店を買い取り主に座ると聞いて、内心穏やかではない。
 堅実派と成り上がりの比較とでも言おうか。「悪い人ではないんだが」。といった感の否めない権助。物語自体は最後の最後までは明るいタッチで進んでいくが、「酒田さ行ぐさげな」。の言葉が脳裏に木霊する。表題になったこの作品だけは、ちょっぴり切ない幕切れとなった。

主要登場人物
 栄助...北鞘町廻船問屋網屋江戸店の番頭
 おすわ...栄助の妻
 おみち...栄助の娘
 権助...廻船問屋網屋酒田店の番頭
 おちぬ...権助の妻
 藤右衛門...網屋江戸店の主

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