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相模太夫の旅録=Tabi Log

☆ 旅は一枚の写真から始まる!!

☆ 旅先での四季彩々一期一会の被写体を瞬撮!!

町田市小山田の堂宇を移建の「大沼観音堂」

2025-05-08 09:55:19 | 寺院
相模原市南区西大沼、大沼公会堂裏に「井出の沢の合戦」による戦死者を弔うために創建された曹洞宗寺院「大沼観音堂」は鎮座している。本尊は大日如来(千手観音)。村持としているが新編相模国風土記稿によればこの堂の創建年代等は不詳だが、天保年間(1830~)の凶作と疱瘡の大流行による死者の供養のため、町田市小山田にあった堂宇を移建したと伝わる。現在の堂宇は平成19年11月、新しく建て替えられ。明治時代以降は念仏講が催されており「本堂」では毎月1回、年寄りが集まり明治時代に伝えられた念仏が唱えられている。戦前まで「双盤念仏」も行われていたが鉦を供出したため中止となり以来行われていない。相模原市道大沼通りに面しバス停「大沼」より南へ100mのところに小さな「堂宇」が建てられている。(2505)
 
 
 
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麻溝台の「源吾山顕正寺」のツツジ景!!

2025-05-08 07:25:52 | 寺院
相模原市麻溝台に日蓮宗寺院「源悟山顕正寺」は鎮座する。当寺は開山は明治30年(1987)で百年の寺歴を誇る。本尊は釈迦牟尼仏。当寺は病気平癒を祈った「源吾上人」が観音様のお告げを受け山梨県の身延山日朝堂にて修業の後、故郷へ帰る時、東の方へ千箇寺参りをせよのとのお告げからここ下溝の地へ来られた時に篤信の信者を得て留まり開山いう経緯を辿る。「山門」を正面に入り母屋造りの「大本堂」、左前には「敬信殿」がある。堂内は「鬼子母神」、境内には鐘楼が建ち、一角に「金龍弁財天」が祀られている。寺号標に左側境内では三株のツツジが満開である。(2505)
 
 
 
 
 
 
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江の島弁財天の御分霊を祀る「谷津満願弁財天」

2025-05-07 15:56:37 | 寺院
小田原市城山、小田原駅西口を右手に出て横左手を下りてゆくと450年前に創建された曹洞宗の古刹「華岳山福泉寺」の寺号標左手前境内一画に江ノ島明神より御分霊を受けた神祠「谷津満願弁財天神社」鎮座している。芸術、学問、恋愛を成就のご利益がある弁財天様をお祀りした神社で「満願」と名の付くはここだけである。「華岳山福泉寺」が室町時代の15世紀後半開創でその頃には境内社として祀られている。弁財天は「弁天さん」として広く人々に親しまれている。七福神の中でも唯一女性の神で随神として十二神が周囲に付き添っている。「福泉寺」の弁天は「満願弁財天」と称し、ふくよかなお顔で迎えてくれる。この辺一帯は昔から「谷津」と呼ばれ良質の泉が湧く田園地帯で、弁財天は美白の神様であることから多くの女性がご利益に授かろうと訪れる。(2505)
 
 
 
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小田原城山の曹洞宗の古刹「華岳山福泉寺」

2025-05-07 09:07:38 | 寺院
小田原市城山に曹洞宗の古刹「華岳山福泉寺」は鎮座している。創建は室町時代の宝徳・享徳年間(1449~1454)、開創は1470年の頃とされ550年超えの寺歴を有する。寛永・享保の火災により寺の記録を消失するも開山の巨山州嶽和尚が文明9年没、開基の陽林宗春居士が文元年間没などから推定できる。中興・開基は大森氏頼の血族である「三浦道寸」で、当寺に奇宿し安叟開山の久野総世寺に参禅した。江戸時代の「大雄山最乗寺」の輪往であり歴代の和尚が上山した。本尊は釈迦牟尼仏。かつてこの地は「谷津」といわれ泉が湧く田園地であり、寺名の「泉」もここに因んでいる。「寺号標」(山門)より入山すると境内正面に入り母屋造りの「本堂」、右に庫裏がある。右側の奥には「墓塚」がある。本堂前の花壇ではピンクと黄色の「シャクナゲ」が咲いている。当寺は小田原七福神で唯一女性の神様である「満願弁財天」(江の島より分霊・勧請)を祀っている。美白の神様であることから多くの女性がご利益に授かろうと訪れる寺である。(2505)
 
 
 
 
 
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相卯歳観音霊場札所の「金森山宗保院」

2025-05-04 07:19:10 | 寺院
町田市原町田に鶴見総持寺末、曹洞宗寺院「金森山宗保院」は鎮座している。土地の豪士「大河伊与」が先祖の菩提として一宇を天文11年(1542)に建立し、守り本尊の千手観音を安置したのが興りである。1590年に没した吸江和尚が開山。本尊は千手観世音菩薩。町田図書館前の線路を挟んだ反対側にあり、大きい石造りの「寺号標」より入山すると、右手に鐘楼があり「六地蔵」と「満願地蔵」が祀られている。その先に平成に入り建立された巨大な「仁王門」が構えられ、その左右には仁王像が祀られている。仁王門の右に「鐘楼」、仁王門より石畳の参道の左に「観音像」、その先正面に昭和47年再建の白い鉄筋コンクリート、入り母屋造りの「本堂」は重厚感がある。本堂右手に「庫裡」、左手には「禅堂」と「火除けの神」として信仰されている「秋葉殿」がありその脇に小さな「白山社」が祀られている。当寺は武相卯歳観音霊場四十八ヶ所39番札所、原町田七福神の布袋尊を祀っている。訪拝時はまだ桜が満開であった。(2504)
 
 
 
 
 
 

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