goo blog サービス終了のお知らせ 

相模太夫の旅録=Tabi Log

☆ 旅は一枚の写真から始まる!!

☆ 旅先での四季彩々一期一会の被写体を瞬撮!!

小田原城守護の祈願所であった「蓮上院」

2025-05-17 07:29:32 | 寺院
小田原市浜町に小田原城守護の祈願所、真言宗関東三十四院の一寺「花木山蓮上院」(満願寺)は鎮座している。建長6年(1254)に僧実証が聖智院として創建。寛正年間(1460-1466)頃に修蔵院と改号、文明年間(1469-1487)に「蓮乘院」(蓮上院)と改めた。大永2年(1522)北條氏綱の命により、13世亮海が江の島弁財天を小田原城内に勧請、大永7年(1527)には北條氏康の病気平癒祈願、天正元年には北條氏政の関宿城攻城の勝利祈願など「小田原城守護の祈願所」となって、堂宇以下、仏具などに至るまで城主が修造した。江戸期には京都「東寺宝菩提院」の末寺で真言宗「関東三十四院の一寺」で数多くの末寺門徒寺を擁し、また法談所(僧侶養成機関)でもあった。本尊は大日如来他に地蔵菩薩。山門=寺号標より入山すると境内正面に鉄筋コンクリート造りの「本堂」、右に「庫裏」がある。かつては関東三十四院の一つらしく「地蔵堂」、護摩堂、大鐘、天神社、子院の宗玄寺の伽藍を誇った。(2505)
 
 
 
 
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

不動明王を祀る寛永寺末の「恵日山本源寺」

2025-05-16 08:44:42 | 寺院
小田原市栄町に天台宗東叡山寛永寺の末、大久保氏六内庵の一つ「恵日山本源寺」(如法院)は鎮座している。当寺は大久保加賀守忠職が濃州加納に法華宗の一寺「本禅寺」を創建。貞享3年(1686)大久保加賀守忠朝が天台宗に改宗し寺号も「本源寺」と改称。本尊は釈迦如来像。大工町通りを七枚橋に向かう左手にあり「寺号標」(石柱)より入山すると手入れの行き届いた美しい寺域・境内が続く。正面に朱を基調とした「本堂」、その左手に不動明王と慈恵大師(三大師)像を安置する「護摩堂」がある。その他「聖徳太子堂」、「六道能化地」、「六地蔵」、「七福神」などがある。当寺には八反畑(栄町)の「元禄大地震」(元禄16年11月)による犠牲者の供養塔がある。(2505)
 
 
 
 
 
 
 



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

久遠寺の末寺の「今正山大乗寺」

2025-05-12 13:14:58 | 寺院
小田原市栄町に江戸時代には身延「久遠寺」末寺の日蓮宗寺院「今正山大乗寺」鎮座している。慶長2年(1597)創建。玉泉院日養上人が慶長6年(1601)に開山。本尊は三宝の諸尊。小西法縁。小田原駅を下った数分の所に構えられた「寺号標」(寺門)より入山すると正面に入り母屋造り風の「本堂」、右に庫裏がある。境内には本尊は釈迦如来の「第六天社」、末社として六浦明神(疱瘡=天然痘の守護神)、勤皇の志士殉難三士の首塚、甲斐の武田家の家臣七人の首塚がある。(2505)
 
 
 
 
 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

座間栗原の古刹「栗原山崇福寺」

2025-05-11 07:22:34 | 寺院
座間市栗原に臨済宗建長寺末寺の「栗原山崇福禅寺」は鎮座している。戦国時代に村民の太郎衛門(鈴野家の先祖)が創建。本尊は釈迦如来。昭和53年(1978)に「開山450年祭」が盛大に行われている。「山門」右脇にある「お地蔵様」は文久元年1861に建立されたもので土地の人々から「子育て地蔵」として厚く信仰されており、幼児抱いて慈愛深いその姿は子を思う母親の情愛を感じさせる。「山門」より入山すると左手に「鐘楼」、正面に入り母屋づくりの「本堂」、本堂右に「庫裡」がある。境内の植木は手入れが行き届き美しい。また当寺の裏山の歴代僧墓地には無縫塔、キリシタンに関係する「マリア地蔵」がある。更に1200~1300年前の人々の二基お墓「北横穴墓群」がある。境内にはオオデマリ、ショウブ、シランが咲いている。(2504)
 
 
 
 
 
 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

小田原に「信州善光寺」所縁の「華葉山善光寺」がある!!

2025-05-10 07:28:54 | 寺院
「牛に引かれて善光寺参り」で有名な「信州善光寺」に所縁のある善光寺と名がつく寺院は全国に120か寺ある。その中の一寺が小田原市栄町に鎮座する浄土宗寺院「華葉山善光寺」(龍雲院)である。創建は不詳だが、元は光誉竜雲(文禄元年・1592没)が荻窪の寺町に創建した浜町「誓願寺」の末寺で「華葉山一乗院龍雲寺」と号したと「風土記稿」に掲載がある。その後、廃寺となり「誓願寺」に合併されるも、西念寺と小田原善光寺の僧侶「松蔭宣龍」(大正12年亡)が発願により龍雲寺の廃寺跡を購入し明治18年(1885)に堂宇を建立。本尊は阿弥陀如来である。「寺号標」(寺門)より入山すると正面に亜鉛葺きの宝形造り屋根、流れ向拝の「本堂」、右に「庫裏」「仏堂」がある。本堂前には「三界萬霊塔」が建てられ「地蔵」が祀られ、左には「慰霊塔」がある。また当寺のすぐ隣には「笠森稲荷神社」が鎮座している。当寺は足柄三十三観音霊場20番霊場である。今日小田原は「第61回 北條五代祭り」が開催中、行列の最後に練り歩く「神輿」が出番を待機していた。(2505)
 
 
 
 
 


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする