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さんたろう日記

95歳、会津坂下町に住む「山太郎」さんたろうです。コンデジで楽しみながら残りの日々静かに生きようと思っています。

あの道どこへ行くんだろう

2015-04-04 | 日記
 
ふと思い出した懐かしい道路標識です>


 郷戸の駅に着いたのは8時50分、帰りの駅発車は13時17分、郷戸には4時間の時間があるんです。どこへ行こうかと考えました。そうだ車で通るとき「この道はどこへ行くんだろう」といつも思っていたこの道路標識まで行って見ようと思いました。

 
道路標識のあった所まで降りると只見川の流れの向こうに集落がみえました



 右に目を移すと緩やかな斜面に作られたたくさんの棚田が見えました。山沿いの集落の耕地は棚田だったんですね。今は耕地の基盤整理で整然として見えますけども、かっては小さな不整形の田圃の集まりだったんでしょうね。


 私は百姓のせがれです。昭和初期(1940)の頃の私ら百姓は小さな不整形の水田を馬を使って耕耘し、手で苗を植え、這いつくばるようにして除草をし、鎌で刈りとった稲を馬の背につけたり背負ったりして家の近くに運び、はぜ(稲を架けて乾燥させる丸木の垣)に架け乾燥して足踏みの脱穀機で脱穀していました。

 つらい百姓の仕事でしたけど、当時の集落には小さな子どもや若い衆がいっぱいいて、祭りや節切々の行事で賑わっていました。古くから伝わる礼式もあって結婚式もお葬式もみんな親戚や集落の人がそれぞれの家に集まって自宅でおこなわれていました。山沿いの集落を見て遠い昔の古里のことを懐かしく思い出しました。当時の農村は貧しく苦しかったんですけど心は豊かでした。

 
国道沿いにこんな集落がありました。家の作りが農家の作りではありません



 
出倉(いずくら)と言うんですね



 郷戸駅から出倉にはこんな急な坂道を通って来るんですね。ちょうど私と一緒に列車を降りたあのお二人さんの姿がありました。


 
あれ、この集落には水力発電所があるんですね



 最高出力75,000kw、大きな水力発電所です。あるいは出倉の集落はこの発電所となにか関係があるのかも知れません。昭和26年(1951)着工、昭和28年(1953)発電開始とありますから、64年も前に作られた発電所なんですね。当時としては大変に大きな工事だったんだと思います。

 
柳津発電所です。大きくて立派な発電所です



 今はこの発電所は無人で運転されているんですけど。私の記憶にある只見川水系にたくさんある昭和時代の水力発電所にはみなな社宅がありました。

 テレビが発売され始めた頃は一般の家庭では高値の花でなかなか購入が出来ませんでしたけど電力会社の社宅にはテレビのアンテナが林立していてうらやましかったんです。社宅で暮らしている電力会社の社員の方の暮らしは豊かだったんでしょうね。

 ネットで郷戸駅のことを調べてみたら、この水力発電所が起工されて発電所にたくさんの人が働いていた時代には郷戸駅には立派な駅舎があって職員が常駐し、列車を利用する人たちで賑わっていたとありました。時代は移り変わって行くんですね。

 30分ちょっとの散策が終わって駅に帰ろうとしたら坂の上にあのお二人さんの帰る姿が見えました。私はふと、あの人たちはあるいはかつて発電所に社宅があった頃の電力会社社員の奥さんで中学校が休みになっているので息子さんと一緒に懐かしいこの出倉の地を訪ねてお出でになったのではなかろうかなどと思いました。息子さんはあちこち写真など撮っていましたし。あの人たちは9時40分頃の上りの列車でお帰りになったようです。


 
駅に帰った私はこの坂の県道226号線を登ったらどこへ行くんだろうと考えました


そして登ってみたら考えてもいなかった風景が見られました。明日報告させて頂きます