さんたろう日記

95歳、会津坂下町に住む「山太郎」さんたろうです。コンデジで楽しみながら残りの日々静かに生きようと思っています。

小さな小さな旅を楽しんで [Ⅳ]

2016-05-30 | 日記
金山町大塩の村に行って来ました。
静かな静かな村でした。



集落の真ん中あたりこんなに立派な顕彰碑が立っていました





 顕彰碑の説明を見ると、350年ほど昔江戸時代の寛文年間にこの地方の郡奉行であった関藤右衛門と言う人が滝沢川を堰き止め1.5kmの水路を開鑿し広大な新田を開田して大塩をこの地方随一の米作地帯とした功績をたたえた顕彰碑のようです。

 
今も広々とした豊かな水田が広がっている大塩集落です

 

 
集落は裕福な農村なんでしょうね大きな曲がり屋がいっぱいありました。




 
でも、今はどこの農村でも見られますけど淋しい風景もあちこち見えました

大塩小学校の跡地です。小学校の跡地は大塩体育館になっています


 
こんな小さな幟もはためいていました


 どこの農村でも子どもと若者の数が少なくなって集落人口の老齢化は避けられないようです。私は大塩のすぐ隣の只見町が古里です。80年ほど昔のことですけどお地蔵さんは子どもを守る温かい仏様で、地蔵様を祀る地蔵堂は子どもたちの遊びの根拠地でした。でも今はどこの集落でも地蔵堂はひっそりと静かです。

 JR只見線の橋梁が新潟福島豪雨による洪水で破壊されて川口只見間は線路が復旧せずバスによる代行運転がなされるようなって5年が立ちました。大塩駅はこんなに寂れています。




 でも、大塩集落には今新しく輝いているものがあるんです。大型の自動二輪でそして自転車のサイクリングで若者達が、車で家族旅行を楽しむ人達が訪れ楽しむ場所があるんです。

 
これは大塩聚落入口にあるトイレの建物です。脇には休憩所が建設中のようです。


中は綺麗な洋式トイレです。もちろん水洗です。



 金山町で作られた施設なんでしょうね。じつはこの大塩聚落には珍しい炭酸水がわき出る井戸があるんです。そこにお出でになる人達のための施設なんです。





 炭酸水の井戸です。炭酸水は深さ3mほどの井戸の底から湧いているんですけど中は暗くてはっきりとは見えません。もし間違って井戸に落ちれば二酸化炭素で充満している井戸ですから即死してしまいます。だからしっかりと材木と厚い板で保護されています。



 この井戸は中は暗くてはっきりとは見えません。私はニコンのP330というコンデジを愛用しております。オートにセットしてストロボを焚いて撮って見ました。だが水面に光が反射してうまく撮れません。試しにストロボを使わずにオートにセットして井戸を覆っている厚い板に手でしっかりとコンデジを固定してシャッターを切りました。そしたら肉眼では見えない井戸の中が撮れました。井戸は固い岩をくりぬいた井戸であること、そして井戸の底で炭酸水が湧き出ている様子が写っていました。 今のコンデジはよく出来ていますね。二酸化炭素の泡が白く浮き出ているのがよく分かりました。



 私が井戸の底を苦心して撮っているのを見ているかっこいい若い男の人が目につきました。私は「どちらからお出でになったんですか?}とお聞きすると「私は地元です。若松市に近いところなんですよ」とおっしゃいました。「私も地元です。坂下です」というと「私も坂下です。青木です」とおっしゃるので「いや~、奇遇ですね私は中政所です」と答えてなんか親しみを感じてしまいました。もちろん20歳前後のお若い方と90歳前後の老体ではすぐ近くの集落であったにしてもわかり合うはずはありませんですけど、こんなところで出会うとなんか特別な親しみが湧いてくるから不思議です。お若い方がヤカンで井戸から汲んで下さった炭酸水を飲んで見ました。綺麗に澄んだ水でラムネと同じ味がしました。もちろん甘くはありません。ただピリピリと刺激のある味でした。この炭酸水はボトルに詰めて「道の駅かなやま」で販売していると説明にありました。



 実は私が14歳の頃は父に連れられてこの大塩を訪れているんです。この炭酸水の井戸も見ております。ちょうどそのときは雪解けの季節で炭酸水の量も多く、井戸には囲いなどありませんでしたから中の様子がよく分かりました。澄んだ綺麗な水で二酸化炭素の泡がいっぱい出ていました。

 その頃この集落の只見川沿いに露天の炭酸泉の温泉がありました。泡がたくさん出ているので熱そうなんですけど温泉の温度は低くて長い間入っていないとあたたまりませんでした。ただ東屋みたいに屋根がついているだけの露天の温泉で男女混浴でした。

 炭酸泉のある場所からは1.5km前後離れた場所なんですけど懐かしかったので行って見ました。茅葺き屋根だった宿屋の岩崎屋はこんな綺麗な旅館に変わっていました。


 
 温泉は国道から100mほど只見川にくだったところにありました。露天風呂だった温泉はすっかり変わってこんな綺麗な建物に変わっていました。



 ドアが閉まっていて静かです。営業しているのかな?、どうしようかと思っているとヘルメットをかぶってたサイクリングのかっこいい若者がやって来ました。そして「中に受付がありますよ、入りましょう」と誘ってくれました。

 受付のおばさんがおりました。私を案内してくれた若者はここは入湯料を払うのではなくて「御芳志」300円をこの箱に入れればいいんですと教えてくれました。あれ千円札しかない困ったというと側に両替器がありますよというんです。若者はどうやらなお馴染みらしかったんです。受付のおばさんは笑ってみておりました。入湯料と言わないで「御芳志」というのが心憎いですね。

 温泉は垂れ流しですけど低い温度の温泉の湯を適温に暖めていますので二酸化炭素は逃げてしまっていて子どもの頃みた湯船の中の二酸化炭素の泡はありませんでした。只見川のうつくしい眺めも見られる露天の浴槽もあるんあですよ。





 帰りに代行バスで川口駅に着いて見ると駅は大混雑していました。私は知らなかったんですけどもこの日はJR只見線でSLが運行されていたんです。 





 帰りの普通列車もたくさんの方が乗っていて賑わっていました。




途中の駅で私よりひとまわりほどお若かそうな熟年の撮り鉄さんがカメラやらがっちりした三脚やらなどの機材を持って乗っておいでになって私の隣の席に座られました。そして私に「うまく撮れましたか?」とおっしゃるんです。私はSLには興味がありませんので川口の奥の大塩とゆう集落で遊んで来ましたと答えました。聞けば小田原からお出でとのことでした。そして今日は只見川第三橋梁を通るSLを撮って来たとおっしゃるんです。私は地元ですから第三橋梁を撮るポピュラーな撮影場所は知っております。でもお話をお聞きするとそのポピュラーになったいる場所ではなくて山の中腹から撮って来たとおっしゃるんです。お話をお聞きすると驚いてしまいました。JR只見線の撮影場所のあちこちやら、只見線の歴史やらを細々と知っていらっしゃるんです。はるかに遠い小田原の方が地元の私の知らない只見線のことをこんなに詳しく知っていらっしゃる。驚いてしまいましました。そして私の話す大塩聚落の炭酸泉のことやその奥の塩沢集落では戦時中製塩が行われていたことなど奥会津のいろんなことどもをとても興味を持って聞いて下さいました。

 そんなこんなで充実した旅を楽した1日でした。また駄文を長々と書いてしまいました。お恥ずかしいです。

緑の山が呼んでるよ 嬉しくて 

2016-05-27 | 日記
  
糸桜里の湯の裏の遊歩道「教育の森」にいって来ました。




 3月25日に発病してから2ヶ月60数日ぶりに山で遊んで来ました。「教育の森」は発病前の元気だった頃はゆっくりと歩って30分コースの山の遊歩道です。

 病気は完治して気力もすっかり元通りになったんですけど、老齢の上2ヶ月の闘病生活で散歩していませんから足の筋力がすっかり衰えてしまいちょっと山が怖かったのでずっと山に行っていなかったんです。

 でもちょっとばかり回復したようにも思えてきたので家内を糸桜里の湯に迎えに行ったついでにちょっと山を覗いてみようかと「30分コースの教育の森」に行ってみたんです。

 森の緑は綺麗でした。「ああ俺の家に帰ってきたんだ」「そして俺の名前は山たろうの思いが甦りました」「山の森が俺を迎えていてくれる」そんな思いで私の心は喜びにふるえました。

 
やっぱり山の道はいいですよね。綺麗な花々が迎えてくれました

まだタニウツギの花が咲き残っていました。


    
山の道いっぱいにヤマツツジが咲いていました

 
 

まだ少し早かったよですけどウラジロヨウラクの花も咲き初めていました


撮る時には気づかなかったんですけどツクバネウツギの花が一輪写っていました

 
 
ツクバネウツギの5枚羽の実も見つけました



 
そして嬉しいことに林の中に一株だけでしたけど日光キスゲの花も咲いていました



 なんという蛾なんでしょうか、2.5cmくらいの小さくてきれいな蛾が飛んで来て近くの木の葉に止まりました。昨年会津マッチャンさんに「シャクトリムシ」の蛾かも知れないと教わったような気がするんですけど、ボケ爺いの記憶はぼんやりしてしまっています。


 
 1時間ほど山を楽しみましたけど、筋力の衰えはまだまだ回復していません。昨年の秋には何にも感じなかったちょっと急な下り坂が怖くて周りの柴につかまりながらようやっと下りました。実は一度激しく足を踏み外して転倒、筋力の弱っている足では中々立ち上げれず苦労したんです。老体の哀しさをいやといううほど思い知りました。まだまだなじみの取上峠道には行けそうにありません。

 でも平地を歩くのはだいぶ回復しております。明日はJR只見線を列車と代行バスを乗り継いで大塩聚落を訪ねてみるつもりです。二酸化炭素(CO2)をいっぱいふくんだ天然の炭酸水井戸があること、それに昔只見川の川縁に炭酸水温泉の共同温泉があって男女混浴のその温泉でした。20歳前後つまり70年ほど昔ですけど岩崎屋という旅館に宿泊してそのぬるい温泉に入ったことが一度あるんんですけどそういうところではごく普通のことで何の違和感もなかった記憶ですから不思議です。その温泉は平成23年の新潟福島大豪雨による洪水で破壊されてなくなっていると思いますけどその跡地なりとも、訪ねるのが楽しみです。