さんたろう日記

 91歳、会津坂下町に住む「山太郎」さんたろうです。コンデジ持って残りの日々を楽しもうと思っている爺いです。

ご心配頂きました

2014-08-24 | 日記
 皆様の厚いお心本当にありがたく思い感動しております。さんたろうは本当に幸せ者だとしみじみ思っております。心から感謝もうし上げます。

夢覚めてみれば今日も病室のベットです


 一ヶ月あまり病室のベットからこの窓の景色を眺めて暮らしました。そして昨日無事に退院することが出来ました。

 帰りたい、もう一度だけ帰りたい。39度前後の高熱のベットで心に泣いておりました。総胆管の奥が化膿して膿がたまっていたんです。内視鏡で取り除こうとして頂いたんですけど、私の胆管には10数年前、胆管炎で治療して頂いたときにステントという小さな管が入っていて内視鏡がそこから先に進めることが出来ず熱源の膿を取り除くことが出来ない、でもどうにかしなければ・・そしてかならずどうにかする・・と先生に告げられたとき私は高熱の中ですごく不安になりました。帰りたい、もう一度だけ帰りたい、もう一二年の命が欲しい、よろめきながら休憩室に入ってばばちゃんに電話しました。

「プリントして欲しい写真もいっぱいある、たとえ動けない体になっても生きて帰って欲しい、私もがんばるからじいちゃんもがんばって欲しい。」とばばちゃんに励まされて、次の日の朝息子たちがベットわきにきて「大丈夫必ずまた山を散策することが出来るようになるから」と励まされて私の目に涙が浮かびました。

 私の主治医の先生は広瀬さんとおっしゃるお若いイケメンの優しい先生でした。先生は私に病状や治療状況を告げてくださるときは厳しい真剣な顔でなさいましたけど、そうでないときは私のわがままも、必要以上の私の心配なども温かい笑顔でうけいれて頂けた優しい先生でした。

 三回もの内視鏡による検査と治療、二回の造影剤CT、抗生物質の点滴、血液検査などの治療で病状が安定してきたとき広瀬先生は腹部から針を胆管にさしてたくさんの化膿した膿をとってくださいました。昔なら開腹手術をしなければならないところだったんでしょうけどたいして痛みもなく手術はおわりました。そして日ごとに病状は改善してついに完治したのです。

 私は「帰れないかもしれない」、あるいは内視鏡で処理出来ないなら別な大きな手術を受けなければならないだろうと覚悟していましたから先生に「もう大丈夫退院出来るよ」とおなかの針を抜いて頂いたときには本当に嬉しくて先生の姿が神様のように輝いて見えました。

 それに本当にありがたかったことは会津中央病院の看護師さん温かい看護です。いつでも笑顔で優しく励ましながら看護していただきました。高熱や、内視鏡の検査で麻酔が完全に覚めない朦朧としていたとき私は夜半に二度程失禁してしまいズボンやシーツを濡らしました。

 恥じ入っている私を看護師しさんは笑顔で慰めズボンやパンツを替えシーツを替えてくださいました。本当にありがたいと思いました。

 私は主治医の広瀬先生の治療で「命を頂きました」、そして苦しい闘病生活の中でいつも笑顔で励ましながら看護してくださった看護師さんのおかげで一ヶ月余の病院生活を耐え抜いて生きて退院することが出来ました。本当にありがたいことだと感謝しております。

 重い病気も見事完治はしましたけれど、一ヶ月余の闘病生活で体力が衰えて散歩もままなりません。そのうちに体力が回復してきましたらまたブログに投稿させていただきます。どうかそのおりには温かく見守ってくださるようお願いいたします。
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