小林紀興の「マスコミに物申す」

第三の権力と言われるマスコミは政治家や官僚と違い、読者や視聴者の批判は一切無視、村社会の中でぬくぬくと… それを許せるか

安倍政権は風前の灯火か? コロナ感染が拡大しつつあることを証明した。 小池・西村はどうする?

2020-07-13 01:32:12 | Weblog
 解散風が吹いているのか、それともそよとも吹いていないのにあたかも「解散近いぞ」と野党を揺さぶっているのか、政治の世界は一寸先が闇と言われるから、絶対に解散がないとは言い切れない。
 確かに解散と各省庁の大臣・長官任命は総理の専権事項とされているが、国会開催中の解散は内閣不信任案が国会で可決された場合だけだから もっとも早いケースとして考えられるのは臨時国会開会冒頭(9月)か、臨時国会終了後(11月)ということになる。いずれにしても自民党にとって猛烈な逆風が吹いている中では、安倍さんとしても解散に打って出るほど馬鹿ではあるまい。
 ただ、17年9月にはモリカケ問題で内閣支持率が急落していた中で安倍総理は解散に打って出たことがある。現在と同様、野党がまとまっていないという状況はあったが、安倍さんにとってタナボタ的な神風が吹いたからでもある。その神風とは北朝鮮が8月29日に事前予告なしに北海道・襟裳岬上空をかすめるミサイルを発射したことで、安倍さんはこれ幸いと「国難突破解散」に打って出て成功したことがあったのだが、そうたびたび神風が吹いてくれるわけではない。
 
 少なくともいま安倍政権は大きな爆弾を二つ(あるいは三つか四つ)抱えている。
 まず最大の爆弾は言うまでもなく河合克行・杏里夫婦の公職選挙法違反裁判(買収事件)である。現時点で判明している買収地方議員や後援会役員は100人とされている(返金した議員も含む)。買収金額は克行が2730万円、杏里が170万円で、計2900万円が明らかになっている。そのほかウグイス嬢への違法報酬や、選挙の応援に来てくれた山口の人の秘書3人に対する謝礼、選挙カーやポスター、戸別配布のチラシなどの選挙運動費用が約2500万円かかったとされている。それだけでも約5400万円もかけての「大名選挙」だったが、自民党本部から支給された選挙費用は1億5000万円(内訳は政党助成金すなわち税金が1億2000万円、党費からの支出が3000万円)というから、1億円近い大金が「使途不明」だ。この「使途不明金」について当初、二階幹事長は「党勢拡大のためのチラシを大量に配布した」と記者たちに語っていたが、のちに前言を翻して「渡した金がどう使われたかは関知していない」と逃げた。言っておくが、チラシやポスター類の費用は約2500万円の選挙費用に含まれている。もし、「使途不明金」約1億円が山口の人にキックバックされていたとしたら、戦後最大の政治家公金横領事件になる。検察は、この「使途不明金」の行方を徹底的に追求してもらいたい。
 次の爆弾は森友学園問題で自殺した近畿財務局職員の赤木俊夫氏の妻・雅子さんが国と元理財局長の佐川氏を告訴した裁判が7月15日から始まることだ。
 この事件も山口の人の奥さんが異常に肩入れしたケースである。塚本幼稚園を経営していた森友学園(籠池理事長)が、「瑞穂の國記念小學院」を設立すべく、2013年に大阪航空局が管理していた国有地の払い下げを近畿財務局に申し入れた。この土地は11年に民間に払い下げることが決まり、買い手として大阪音楽大学が約7億円で入札したが、最低予定額の9億円に満たず破談になった経緯がある。籠池氏と山口の人の奥さんがどういう関係かは明らかでないが、小学校設立時には奥さんが名誉理事長に就任することになっていたという。売買契約に至る過程をこのブログで詳細に書くことはあまり意味がないので省略するが、本省の財務省との交渉に奥さんのおつきをしていた女性公務員が動いて、最終的にごみ処理などにかなりの費用がかかるという名目で大幅に値下げされ、16年6月に1憶3400万円という破格の値段で国と学園の間で売買契約が結ばれることになった。
 この払い下げが不自然だということで朝日新聞がスクープ、国会でも大問題になった。その結果、17年2月17日の衆院予算委員会で野党から追及を受けた山口の人が「私や妻が関係していたということになれば、首相も国会議員もやめる」と爆弾発言し、その時点から財務省の「忖度作業」が始まった。具体的には財務省本省や近畿理財局と学園との交渉過程の記録文書の改ざんである。そして改ざんを命じたのが当時理財局長だった佐川氏であり、その「功績」が認められてか国税庁長官に昇進したが、国会で「記録文書はない」などと虚偽の答弁をしたことが明らかになり辞職した。なお、この問題を朝日より先行して取材していたNHKの相澤氏が突然記者職から外され、退職したのちも事件の真相を追及し、自殺した赤木氏の妻・雅子さんから赤木氏の手記を入手、週刊文春でスクープ記事を書いている。相澤氏が朝日に情報提供したかどうかは不明だが、メディアの世界では上からの圧力でスクープ報道を葬られた場合、親しい同業者に情報を提供して憂さ晴らしをするといったことはしばしばある。メディアは腐っても、腐らないジャーナリストは間違いなくいる。
 それはともかく、雅子さんは多くの市民の応援もあり、とうとう今年3月、国と佐川氏を相手取って訴訟に踏み切った。公判は当初、5月に予定されていたが、コロナ禍問題もあって延期になり、7月15日に初公判が大阪地裁で行われることになった。被告席に座らされることになった佐川氏の現在は不明だが、もし山口の人から「トカゲの尻尾切り」の目にあわされていたとしたら、公判で爆弾証言をするかもしれない。当然メディアは退職後の佐川氏のその後を追っているはずで、山口の人も見え透いた「論功行賞」を用意することはさすがにできないだろうと思うが…。
 あとの二つは黒川麻雀事件と菅原前経産相の寄付問題。両事件とも検察は不起訴にしたが、理由が常識からはるかに遠い。黒川氏の場合は、市民団体が賭博法違反と常習賭博で立件するよう求めたが、東京地検特捜部は「賭けレートが高額とは言えない」「常習とも言えない」と判断した。菅原氏の場合も後援会の主だった人や支援者の葬儀の際、議員本人以外の代理人が常習的に香典などを持参していたことは明らかに公職選挙法で禁じられている寄付行為にあたるが、これも東京地検特捜部は不起訴にした。言っておくが、警察官や検察官、議員などの公職者の違法行為に対する処罰は、一般人と同じ基準ではない。同じ犯罪でも警察官や検察官、議員の場合は量刑もはるかに重い。そういう責任ある立場の特別公務員だからだ。たとえば贈収賄の場合も、一般人なら大目に見られるケースでも、公務員の場合は確実に罪に問われる。東京地検特捜部も、身内にはやはり甘いのか。
 この稿では横道にそれすぎるので詳述はしないが、民主主義の重要な基本とされている「三権分立制度」はもう賞味期限切れになっていると思う。トランプ大統領が自身の大統領選挙で選挙顧問だったロジャー・ストーン氏が、ロシアの選挙介入疑惑に関して偽証した罪に問われて禁固3年4か月の判決を受けて7月14日に収監される予定だったのを、大統領特権を使って刑を免除してしまった。トランプは11月の大統領選での勝利を諦め、自分のために尽くしてくれたストーンに、今のうちに借りを返しておこうと考えたのかもしれないが(※まさかトランプが再選のためにストーンが必要だと考えたわけではあるまい)、図らずもアメリカが「三権分立」の国ではないことが明白になった。そういう意味では私たち日本人が民主主義の「三種の神器」のように考えている「三権分立」は、本当に民主主義の根幹をなす制度なのかを改めて考え直す、いいきっかけになったかもしれない。
 結論だけこの稿で述べておくが、私は「六権分立」を民主主義制度の根幹にすべきだと考えている。六権とは以下の六つである。

①  立法権(国会)
②  行政権(政府および省庁)
③  司法権(裁判所)
④  捜査・逮捕権(検察・警察)
⑤  金融政策権(中央銀行=日銀)
⑥  公共放送権(NHK)

 日本の場合、行政機関のトップである政府(内閣)が力を持ちすぎている。立法府である国会の長は議長なのだが、議長に立法権はない。給料が高いだけだ。国会で選出される総理大臣は、実は国会では1議員としての権利しかない。国会で選出される総理大臣は実は行政の長なのだ。トランプが裁判で有罪判決が確定した犯罪者を大統領特権で刑を免除したりできるのと同様、日本では国会では1議員の資格しかない総理大臣が大きな権限を持っているのは行政の長だからだ。そこで問題が生じる。たとえばこの稿でも書いた黒川氏を検事総長に就けるために検察庁法を改定しようとしたり、アベノミクスを成功させるために日銀の金融政策を左右したり、NHKを政府べったりの放送局にしたりできるのも、行政権を一手に握っているからだ。
日本の国民が一番勘違いしているのは、政府(内閣)が国会の最高機関であり、内閣総理大臣が国会の最高権力者だと思い込んでいることだ。アメリカの大統領特権のように、日本にも総理大臣特権はあるが、厳密には衆議院の解散権と内閣の組閣権だけである。大臣が問題を起こすたびに、野党は総理の任命責任を追及するのはそのためだ。
 問題は、衆議院の解散が総理の専権事項になっていることだ。国会が選ぶ総理大臣は行政府のトップであり、だから正式名は「内閣総理大臣」なのだ。国会のトップは名目上だけになっているが、実は衆議院議長と参議院議長なのだ。そういう意味では衆議院の解散権は総理大臣ではなく、衆議院議長が持つべきなのだ。私は知らないが、そういう国もあるのではないだろうか。「六権分立論」については改めて書く。

 さて、もう一つの問題がある。言うまでもなくコロナ禍問題だ。私たちの世代では経験したことがない世界中を恐怖に陥れているパンデミック(大流行)だ。私がコロナ問題について初めてブログで発信したのは3月26日。この時点(25日)で日本の感染者数はわずか1,193人。当時トップだった中国が81,216人。2位イタリアが69,176人。3位アメリカが52,384人。(※数字はいずれも累計) いまアメリカに次ぐ2位のブラジルはランキングにさえ入っていなかった。ところが25日の夜、小池都知事が緊急記者会見を開き強い危機感を表明した。
「オーバーシュートが懸念される重要な局面だ。平日は職種にもよるが、仕事はできるだけ自宅で、夜間の外出も控えてほしい。また今週末は不要不急の外出は控えてほしい」「いわゆるロックダウン(都市封鎖)などの強力な措置を取らざるを得ない状況も出てくる可能性もある」と。
 念を押すが、この小池発言は3月25日だ。当時よりはるかに感染が拡大している今日、なんと楽観的な発言を繰り返していることか。なお、この時期、数字だけ見れば、日本がそれほど危機的状況にあるとは到底思えない。で、この稿の終わりに、この疑念を書いた。
「刑事裁判においては『疑わしきは罰せず』が原則であることは私も否定しないが、コロナ感染については『疑わしきは即検査』を原則にすべきだ。が、なぜか日本では検査を受けるためのハードルが極めて高く、実は隠れ感染者が相当数いるのではないかと私は疑っていた。小池氏の記者会見での懸念が見事に当たるようだと、今後の検査のハードルが下がることを意味するのかもしれない。そうなれば隠れ感染者が爆発的に表面化する可能性も考えられよう」と。7月以降の状況は、このとき私が抱いた疑念を証明している。

 緊急事態宣言が発令された直後の4月9日にコロナ問題の第2弾『いまなぜ「緊急事態宣言」――敢えて問う「これだけの疑問」』をアップした。その冒頭で私はこう書いた。
「昨日(8日)国内の新型コロナ感染者数が509人と初めて500人を上回り、累計感染者数も5000人の大台に乗った。だが、この数字を鵜呑みにしてはいけない。PCR検査のハードルが高く(後略)」
 実はこの当時、厚労省は感染者数は公表していたが、PCR検査数は公表していなかった。実際メディアが感染者数だけでなく検査数も明かにするようになったのは6月半ば以降である。現時点でメディアが明らかにしたPCR検査数は4月16日の約900件が初めてだと思う。
 前回のブログ『コロナ感染対策と社会経済活動再開は両立しうるのか?』(7月1日)で、私はようやく入手した厚労省のデータを根拠に日本の感染状況を分析してみた。その結果についてこう書いた。
「実は一番問題視すべきなのは、感染者数の推移ではなく(それはそれで重要な指標ではあるが)、PCR検査数に占める陽性反応者の比率である。たとえば感染者数が倍になったとしても、PCR検査数も2倍に増えていれば感染状態に変化はないと考えるのが統計学の基本的な考え方である。ということは感染者数が2倍になってもPCR検査数は4倍に増やしていたら、感染者数は増えてはいるが感染状態はむしろ良化しているということになる。ただし、この統計手法が有効である条件はPCR検査の基準が一定であることで、検査のハードルを緩めると陽性反応者が占める割合は当然低下するから(ただしハードルを緩めすぎると無症状の感染者が引っかかるから陽性反応率が上がる可能性もある)、その相関関係も考慮に入れる必要はある。なお、ノーベル賞学者の本庶・京大特別教授によれば、無症状感染者(隠れ感染者)は公表感染者数の5倍はいるのではないかという。また世界最大の感染国アメリカでは「隠れ感染者」が2000万人いるという推計もある」
「それはともかく、メディアは感染者数だけでなく、PCR検査の実施数も併せて報道すべきだ。そうでないと、単純に感染者数の増減だけで日本の感染状況を判断してしまうという愚を犯すことになる。なお厚労省によれば、現在のPCR検査体制は2万9,767件分あり、検査実施数は日によって異なるが大体4,000件前後である。ということはまだ2万5000件以上の余力があることになり、「宝の持ち腐れ」とはこういう状態のことを言う。東京は大阪、神奈川なども、軽症者用に確保しているホテルの空室率も8割前後あるようで、重症化する前に軽症者を早くPCR検査で見つけてホテルに隔離し、感染の拡大を防ぐというのが「早期発見早期治療」という医療の原則ではないか」

 ところが、このブログをアップした途端、皮肉なことに感染者数が急増し始めた。特に東京の場合、6月30日までは毎日新たにPCR検査で感染が確認された人は50人台でとどまっていたが、7月に入ってから急増し始めた。7月1日から12日までの感染者数はこうだ(カッコ内はPCR検査数 ※は陽性率=PCR検査を受けた人で感染が確認された人の割合 小池都知事や西村経済再生相がいかに嘘つきか、それともバカなのかが一目瞭然となる)
 1日  67人(1,842) ※3.6%
 2日 107人(2,603) ※4.1%
 3日 124人(2,735) ※4.5%
 4日 131人(未公表)
 5日 111人(未公表)
 6日 102人(4,971) ※※6.9%
 7日 106人(2,082) ※5.1%
 8日  75人(3,186) ※2.3%
 9日 224人(47,050) ※0.47%
10日 243人(未集計)
11日 206人(未公表)
12日 206人(未公表)
 4,5日及び11,12日は土日にあたり、厚労省はPCR検査数の集計はしていないようだ。そのため6日の月曜日の検査数に土日分も含まれており、したがって※※のパーセンテージは4~6日の3日分の陽性率になる。また9日の検査数が異常に多い。東京都の検査能力をはるかに超えているはずなのだが、実は厚労省が公表している感染者数とPCR検査数の数字は47都道府県別と全国の合計が記載されており、私が丹念に電卓をたたいたところ計算上はぴったり合う。この計算がぴったり合っている以上、厚労省の職員が9日の東京都のPCR検査数のデータだけを誤入力したとは考えられない。
   ※9日のデータは厚労省担当者の誤入力であることを厚労省が認めた(14日)。ミスに気   付いた担当者は翌10日のPCR検査数を―35,695件として修正した。つまり9日の実検査   数は≪47,050‐35,695=11,355件≫ということになるが、それでも多すぎる。11日以降の   実検査数はまだ公表されていないため、再修正するかもしれない(14日11:35)。
 さて、7月9日から感染者数が急増したことについて、小池都知事や西村経済再生担当相は、接待を伴う「夜の街」でクラスター(集団感染)が発生したため、PCR検査数を増やしたと理由説明(?)をしている。本当に正しい分析と言えるのだろうか。これはカイロ大学の卒業証書のねつ造(かどうかは不明だが)のように逃げるわけにはいかない。
 私の手元にある厚労省のホームページからプリントした表によれば、厚労省がPCR検査数を土日を除いて毎日集計するようになったのは6月18日からと思われる。というのは16日までのPCR検査数は毎日0になっており、17日に一気にそれまでの検査累計44,761件が記載されているからだ。で、18日から30日までの陽性率を計算してみた。その結果はこうだった。
 18日(2.1%) 19日(2.0%)   22日(2.9%) 23日(1.9%) 
 24日(2.6%) 25日(2.6%) 26日(2.9%)   29日(3.5%)
 30日(2.4%)
 6月の毎日の陽性率は29日の3.5%を除いてほぼ平均している。だが、7月に入った途端陽性率が爆発的に増大しており、しかも陽性率のばらつきが激しい。小池都知事が接待を伴う「夜の街」で発生したクラスターのためにホストクラブなどの従業員を集中的に検査するように指示したのは感染確認者が200人の大台を超えた9日からであって、実は100人を超えるようになった7月2日からすでに陽性率は危険水域に入っていたのだ。なぜか。東京の感染状態がどうなっているかを見極めずに、都知事選で自民党の支援を得るために前倒しで「東京アラート」を解除した結果、それまで「コロナ冬眠」状態を強いられて我慢していた若者たちが「もう大丈夫だ」と通常生活に戻ってしまったことが原因としか考えられない。が、小池氏は「PCR検査数を増やせば感染者数も増えるのは当然」とうそぶくだけ。そのこと自体はまったくの間違いとは言えないが、それだけでは説明がつかないことが私の分析で明らかになった。7月に入ってから8日までの平均陽性率は4.4%になる。つまり6月のほぼ倍に増えたのだ。
 本来、統計学上の常識に従えば、PCR検査数を増やせば確かに感染者数も増えるのだが、陽性率は下がるはずだ。なのに、東京都の場合、検査数を増やした結果、感染者数が増えただけでなく、陽性率も上昇するという、統計学理論上はありえない結果が生じた。このことは何を意味するか。本格的な感染拡大期に入ったと考えざるを得ないのだ。
 私は7月1日のブログで、これほどの状態になるとまでは予測していなかったが、感染対策と社会経済活動の再活性化の両立は難しい、「二兎を追うもの一兎をも得ず」の結果になりかねないと警鐘を鳴らしたのだが、想定以上のスピードで感染拡大が進んでいると見なければならない。そんなときに経済活性化のための「GoToキャンペーン」を前倒しして7月22日からスタートさせるなどとはとんでもない話だ。感染拡大にますます拍車をかけるだけの結果になることだけは断言しておく。
 なお首都圏では感染者数もPCR検査数も東京都がダントツなのは当然だが、心配なのは神奈川県だ。東京都のように七面倒くさい日別計算はしないが、累計感染者数と累計PCR検査数及び陽性率だけ書いておくと、
 埼玉  1,352人(42,105件) 3.2%
 千葉  1,062人(19,698件) 5.4%
 神奈川 1,653人(13,698件) 11.9%
要するに神奈川県は東京都以上に危機的状況にあるということだ。人口比で埼玉並みにPCR検査を実施したら、神奈川県の感染者数は爆発的な数字になるだろう。

 もうかなり疲れたが、最後にちょっとだけ書いておかなければならないことがある。一つは感染者数についてだが、厚労省が発表する数字はその日のPCR検査で陽性であることが確認された人の総数で、その日に感染した人の数ではない。実際には数日前に感染しており、何らかの症状が出てPCR検査を受け感染していることが判明した人の総数である。またクラスターが生じた場所で濃厚接触があった人が、無症状であってもPCR検査で感染していたことが判明するのもそのためだ。

 最後に感染経路について、これまた誤解が生じやすいので説明しておきたい。厚労省では感染経路について、これまで「飛沫感染」と「接触感染」だけを認定している。「飛沫感染」は感染者が咳(せき)やくしゃみなどをした時に飛び散る飛沫に含まれているウイルスが鼻や口から侵入するケースである。普通に話をしていても、目に見えない飛沫が飛び散っており、だからマスクの着用が欠かせないということだ。
「接触感染」は皮膚からの感染を意味しているのではない。人は皮膚呼吸をしていないというのは現代科学の知見であり、だから前回のブログでも書いたが「健康な皮膚」にはウイルスは侵入できない。ただし傷があったら傷口から侵入する可能性はあり、また皮膚病の方はそこから感染する可能性もある。そもそもコロナウイルスの大きさは国立感染症研究所によれば100nm(ナノメートル)ほどで、80~120nmのインフルエンザウイルスとほぼ同じ大きさだ。そんな小さなウイルスが健康な皮膚から侵入することは考えられず、「接触感染」が生じるのはウイルスが手について状態で鼻や口をこすったりしたときに感染するリスクが高くなるという意味だ。スーパーなどで出入り口に消毒液のボトルが置いてあるが、見ているとほとんどの人は手のひらだけ消毒している。鼻や口をこするのは手の甲側の指が多いので、消毒するときは手のひらだけでなく甲の方も丹念に消毒するようにしてほしい。だから握手したりハグしたりすることは何のリスクもなく、ソーシャルディスタンスも意味がない。要するに感染リスクについてはインフルエンザと同じ程度と考えておけばよい。ただ感染した場合のダメージはインフルエンザの比ではない。
 最後にWHOが、海外の感染症学者の提言を受け入れて第3の経路として「空気感染」を認めたが、咳やくしゃみをしたり大声で叫んだりしたときに飛び散る飛沫は、スーパーコンピュータの「富岳」を使ってのシミュレーションで明らかになったように、当然のことだがウイルスを大量に含んだ飛沫はサイズも大きく重いので、そう遠くまでは飛ばないが、小さな飛沫は風にのったりしてかなり飛散する。欧米人は日本や中国、韓国などアジア人と違ってマスク嫌いが多いため、マスクをかけていない場合、ある程度のソーシャルディスタンスを確保していないと、空気中のウイルスを含んだ小さな飛沫を吸い込んでしまうリスクがあるという意味だ。だから今のところ厚労省は日本では「空気感染」のリスクを感染経路に含めていない。

 ここまで書いたら、ついでに行政の問題点についても指摘しておきたくなった。まず日本ではコロナ対策も社会経済活動対策も二重行政になっていることだ。コロナ対策は本来厚労省が担当すべき所管だ。加藤厚労相は厚生行政には弱いらしいが、それなら副大臣に医療行政に詳しい人を任命して、その副大臣のもとにコロナ対策本部を設置すべきだ。安倍さんは何でも自分が親分の座に就きたいのかもしれないが、内閣府に自分が本部長になってコロナ対策本部を作り、西村氏を担当相に任命したりするから、厚労省はやりにくくて仕方がないだろうと思う。経済再生も何のために内閣府に経済再生担当相として西村氏を任命したのか。経産省には任せられないというなら、最初から西村氏を経産相に任命すればよかった。これまた二重行政である。
 それにもっとおかしいのは西村氏がコロナ対策と経済再生という180度立ち位置が異なる大臣職に就いていることだ。その結果、西村氏はアクセルとブレーキを同時に踏み続けなければならなくなった。あるいは一人シーソーをする羽目になったと言ってもいい。野球でいえば、巨人と阪神の両方の監督を一人で担うようなものだ。そういうバカげた人事をやって、安倍さんは自己矛盾を感じないのかな。
 実際、緊急事態宣言中は西村氏がテレビに登場するときの肩書は「コロナ対策担当相」だったが、宣言が解除されてからの肩書は「経済再生担当相」に変わった。このまま感染拡大が進んだ場合、西村氏は再び「コロナ対策担当相」に衣替えするのかな? 西村氏はよほど優秀なのかどうかは知らないが、もう一つ大臣の肩書を持っている。「全世代型社会保障改革担当相」というのがそれだ。西村氏が特別優秀なのか、それとも自民党にはろくに人材がいないからなのか。
 あ、ごめん、間違えた。自民党にも有能な議員はたくさんいるはずだが、安倍さんのお友達が無能な議員たちだけだったようだ。そういえば河合氏や菅原氏など、ろくでもない人を安倍さんは大臣に据えてきたね。「任命責任は私にある」と言いながら、いまだに責任は取っていないよ。

【追記】厚労省は14日、国立感染症研究所が東京都・大阪府・宮城県で6月に実施した新型コロナウイルスの疫学調査の結果、ウイルスに感染してPCR検査で陽性反応が確認され、その後、治癒した8人に抗体がつくられ、ウイルスに対する免疫が獲得されていたことが判明したことを発表した。免疫獲得が明確に確認されたのは、国内では初めてという。
 ただし、英ロンドン大学の抗体獲得者の追跡調査によれば、免疫力は数か月で減衰するようだ。そのため感染症研究所は医療機関などと協力して感染患者が治癒・退院後も継続して追跡調査し、免疫がどのくらい持続するか調査・研究を続けるという。
 いうまでもなく私は医療に関してはまったくの素人である。だから、あくまで論理力だけを駆使して考えてみた。ウイルスに対する免疫を獲得するには、体内に抗体をつくることが最も有効な方法であることは広く知られている。
そしてウイルスに感染後、抗体ができる方法も2ケースある。一つはウイルスに感染したのち治癒した時。この場合も二つのケースがあり、一つは安静にして栄養を摂り、人間にもともと備わっていた免疫力を強めてウイルスを撃退した結果つくられる抗体。もう一つは治療薬によってウイルスを撃退した結果つくられる抗体。
もう一つ、未感染の健康な人の体内に人工的に抗体をつくる方法がある。それがワクチンだ。
だから世界中の医学者や薬品メーカーは、新型ウイルスの治療薬とワクチンの開発にしのぎを削っている。問題はいかなる方法によるにせよ、できた抗体による免疫力をいかに持続させるかだ。おそらく、そういう視点で抗体の研究をしている学者はたぶん、世界中に一人もいない。私は素人だから、そういう発想をする。
私はウイルスと抗体の関係は、言うなら「ライバル関係」にあるのではないかと考えてみた。人間も、スポーツでも芸術でも学問でも、いいライバルに恵まれた人は競い合うことで、ともに成長する。たとえば相撲。練習にせよ試合にせよ、相手がいなければ相撲は取れないし、強くもなれない。「一人相撲」という言葉があるが、だれも相手にしていないのに自分一人で勝手にいきがることだ。せっかく抗体ができても、強敵のウイルスと闘う機会がなければ、抗体の免疫力は次第に減衰する。その間、抗体は「一人相撲」を取り続けているのだから弱体化するのは当たり前だ。
そうした抗体の性質を考えれば、インフルエンザのワクチンがなぜ数か月しか免疫力を維持できないのか、素人にも分かる。インフルエンザ・ウイルスは季節性のウイルスである。例年、11月末ごろから流行が始まり、3月で活動時期を終える。医療機関では10月頃からワクチン接種を始めるが、抗体ができて早い時期にインフルエンザ・ウイルスに感染して撃退すれば抗体も強化されて流行が終わるまで免疫力を維持できるだろうが、そういう機会がなくインフルエンザ・ウイルスと一戦まみえることがないと、免疫力が衰退しだしたことに強敵のウイルスと出っくわして、せっかくワクチンをうったのにウイルスにしてやられるという結果になることがある。
インフルエンザ・ワクチンが1シーズンしかもたないのは、インフルエンザ・ウイルスが季節性のウイルスで、春になると「夏眠」に入ってしまい、ワクチンでつくられた抗体が闘う相手を失い、抗体の免疫力も衰退の一途をたどるからだ。
新型コロナ・ウイルスの場合、厄介なのは、どうやらインフルエンザ・ウイルスと違って「夏眠」しない「通年」型のウイルスのようだからだ。私は新型コロナが流行し始めたとき、インフルエンザと同様、季節性のウイルスではないかと思っていた。おそらく感染症の専門家の多くもそう考えていたと思う。なぜなら、流行時期がインフルエンザより2~3か月ほど遅く始まったが、流行地帯が初めは北半球に限定されていたからだ。だから新型コロナ・ウイルスの寿命の方がインフルエンザ・ウイルスの寿命より多少長くても、流行地帯が南半球に移れば北半球で暴れたウイルスは「夏眠」に入るのではないかと思ったからだ。専門家たちが「第1波」「第2波」といった考え方をしたのも、おそらくそういう認識だったからだと思う。
が、この時期になって新型コロナ・ウイルスは季節性のウイルスではなさそうだということがはっきりしてきた。つまり「通年型」のウイルスだと考えざるを得なくなったと言えよう。いやもう、「通年型」のウイルスだと決めつけても間違いないかもしれない。
そうだとすると、抗体の免疫力についても、インフルエンザと同じように考えるのは間違いということになる。相手が「通年型」なら、こっちも通年で免疫力を維持する必要があることになる。
抗体の免疫力を通年維持するためにはどうしたらいいか。いったん抗体ができて(感染し治癒してつくられた抗体でもいいし、ワクチンが開発されて人工的につくられた抗体でもいいが)強化された免疫が通年、新型コロナと闘える状況を維持することだ。つまり、抗体ができた人はマスクなどでウイルスを防御するのでなく、逆にウイルスをやっつけながら免疫力を強化していく。それが、いま未知の敵と人類が闘う最善の方法ではないかと思う。
 子供も過保護で育てたら虚弱体質になる。獅子は子を谷底に落とすという。本当かどうかは別にして、抗体も過酷な環境に置くことで免疫力を強化する。もちろんウイルスも強敵の抗体を相手に死闘を繰り広げながら自らも攻撃力を強めるだろう。「進化」というのは、そうやってつくられるものだと私は思う。最後は人類の英知が勝つか、それとも未知のウイルスに惨敗を喫するか。新型コロナとの闘いは、そういう闘いになると私は思う。
 抗体ができた人は、マスクをやめよう。ただし手洗いだけは欠かさないほうがいい。自分だけのリスクにとどまらないからだ。そういう闘い方を、日本から発信したい。(15日)

【追記2】16日、コロナ感染者の判明数が急増した。全国ベースで622人。14,15日と200人台をいったん割っていた東京の感染判明者数が最多の286人に大幅アップし、神奈川も緊急事態宣言解除後最多の43人に上った。私が「判明数」をアンダーラインを引いて強調したのは、それなりの理由がある。最近TVメディアの中でもようやく「確認された感染者」と表示するところも出てきたが、まだアナウンサーやコメンテーターの中には「感染者が何人」などと発言する人がいて、国民の多くはまだ「今日の感染者は何人」と誤解している人が少なくないようだからだ。東京都の小池都知事も7月に入って「感染者数」が急増し始めたとき、「PCR検査数を増やしたため」と、ノー天気な説明を記者会見でしたが、その説明の間違いを指摘した記者が一人もいなかったことにも、誤解がいまだに解消していない原因がある。実際にはPCR検査で陽性反応が出た人はほぼ全員、検査当日以前にすでに感染しており、たまたま検査を受けた日に感染していることが判明したに過ぎないのだ。
 新型コロナの感染状況を正確に判断するためには、「陽性率」(この言葉が使われるようになる前は、私は「感染者率」と表記していた)を分析しなければならない。「陽性率」は、PCR検査数を分母、PCR検査で感染が判明した人(陽性者)を分子にして百分率を計算した数値で、現時点の感染状況が手に取るようにわかる。
 検査とその結果のデータは、保健所から各自治体(市町村→都道府県)に上がり、厚労省が最終的に全国のデータを集計している。が、各都道府県からデータが上がってくる時間がまちまちなため、厚労省が表にまとめて公表するのは翌日午前0時である。メディアはそれを待っていられないから、各都道府県に直接問い合わせているようだ。ただ、都道府県でもデータの集計時間はまちまちだから、すべてを一斉に報道はできない。東京都の場合は比較的早く結果が判明し、午後2時過ぎにはその日のデータがわかる。問題は各自治体からデータを集める記者たちが「陽性率」のことを理解していないため、「感染者数」(実際にはその日、感染=陽性が判明した人数)だけしか本社報道部門に報告しない。また、本社報道部門も、「陽性率」の意味を理解している人がいないせいか、「PCR検査件数は?」と記者に問わない。そのため、メディアは相変わらず「感染者数」しか報道せず、肝心の陽性率を計算するために必要なPCR検査件数をキャッチせず報道もしない。国民の間に誤解が蔓延したままなのはメディアと政治家の無知のせいだ。
  ※ ちょっとここでぶっちゃけ話をする。実はこの「追記」を書き始めたのは16日の午後5時過ぎ。書いていて、全国の感染データをどういう流れでメディアは入手しているのかが気になった。というのは厚労省のホームページで調べると、最新の感染データは15日だった。2週間分のデータの表が掲載されているが、とっくに東京や横浜の今日(16日)の感染判明者数が明らかになっているのに、厚労省が公表しているデータ昨は昨日15日)のものであることに疑問が生じたのである。で、6時ころ、厚労省コールセンターに電話をして初めて先に書いたような方法でメディアは各都道府県から情報を入手して流していることが分かったというわけだ。なぜそんなぶっちゃけ話をしたかというと、メディアの情報入手のいい加減さを明らかにしておきたかったからである。
その後、NHKの「ニュース7」を見たら、陽性率の重要性を熱心に説明していた。とくに新宿の国際医療研究センターに4月に設置されたPCR検査スポットで検査を受けた人の陽性率が、5月までは5%前後だったのが、6月18%、7月に入って33%と急上昇しているというのだ。このNHKのニュースを見ていて、感染状況を正確に把握するためには陽性率を重視する必要があることが、この説明で視聴者に正確に理解できただろうか、という疑問がふと生じた。実は私が前日、陽性率の重要性をNHKに伝えたのだが、そしてこの稿でもNHKと同じような説明したのだが、その説明では不十分だということに気が付いた。で、改めてわかりやすい説明をする。
新宿のPCR検査スポットで検査した人の陽性率が高くなるのは、ある意味当たり前で、その陽性率をそのまま東京都全体に当てはめるのは間違いである。で、厚労省が公表している最新15日のデータで東京都の平均陽性率を計算してみた。
  《165(感染が判明した人数)÷4077(PCR検査件数)×100=4%》
  今日(16日)の検査件数も15日と同じだとすると、今日の陽性率は
  《286(感染が判明した人数)÷4077(PCR検査件数)×100=7%》
  たった1日で感染者がこれほど急増することは考えにくいから、13日にアップした記事で計算した7月1~8日の平均陽性率4.4%を、いちおう東京都民の平均陽性率とすると、東京都民1400万人の隠れ感染者数は
  《14000000×0.044-8354(これまでに感染が判明した総数)=607646》
  驚くなかれ、計算上は東京に現在60万人以上の隠れ感染者がいるということになる。東京といっても都市部と地方部では感染リスクもかなり違うし、PCR検査を受ける人も都市部の住民が圧倒的に多いから、この計算方法が一概に東京の感染状況を正確に表しているわけではないが、たとえ実際の隠れ感染者数が10分の1だとしても6万人の隠れ感染者がいることになる。実際、そのくらいは隠れ感染者が潜んでいるのではないかと私は思う。陽性率が重要だという意味が、これでお分かりになったと思う。ただ、問題を感じたのはテレビに登場する感染症の専門家が、「感染者が増えた」と発言していたことだ。新型コロナが出現するまで、感染症研究者はインフルエンザのように、感染即発祥という思い込みが脳裏に刻み込まれてしまっているのではないかという気がする。
  同様に、すでに書いたが、厚労省が確認している感染経路は「飛沫感染」と「接触感染」だけだが、「接触感染」の意味が十分理解されていないようだ。新型コロナは「皮膚感染」はしないから、肌と肌が接触したとしてもウイルスが皮膚を通り抜けて体内に入り込むことはない。リスクが大きいのはウイルスが付着した手で目や鼻、口をこすったりすることで、その場合はウイルスが侵入する可能性が高くなるというのが「接触感染」の意味なのだ。だから、これもすでに書いたが、ソーシャル・ディスタンスを取る意味はまったくない。人混みの中では必ずマスクを着用することと、手洗いは裏表とも丹念に行う習慣をつけることが重要だ。
  サージカルマスクや不織布のマスクは粒子状のウイルスを防げないと、バカげた研究「成果」を発表して得意になっている研究者もいるようだが、歩道を歩いていても車が突っ込んでくる可能性はあるわけで、「マスクではウイルスを防げない」は、歩道を歩くのと同じ程度のリスクでしかない。かえって人々の不安感を募るだけで、何のメリットもない。

さて、昨日(16日)急変したことがある。Go To キャンペーンから東京発着の観光旅行を外すというのだ。Go To キャンペーンはコロナ禍でインバウンド客も国内の観光客も激減し、窮地に追い込まれている観光地のホテル・旅館などの観光関連業界を経済再生の足掛かりにすべく1兆3500億円の巨費を投じての観光支援事業である。もともとは8月に入ってからスタートする予定だったが、7月10日、赤羽国土交通層が突然記者会見で7月22日に前倒しスタートすると発表、メディアも含めて大論争になった。
というのも、緊急事態宣言解除後、いったん沈静化に成功しつつあるかに見えたコロナ対策だが、7月に入って繁華街の「夜の街」を中心にクラスターが随所で発生し、とくに東京の感染判明者が急増するなど、いわゆる「第2波」が懸念されだした中でのキャンペーン前倒しだったから、私もブログで「ばかげている」と糾弾したくらいだ。さすがに小池都知事も「(キャンペーン前倒しは)ブレーキとアクセルを同時に踏むようなもの」と不快感を示していた。
とくに今週(13日以降)に入ってからコロナ感染は全国的に拡大傾向に入ったことが明らかになり、地方の知事たちから「再考」を促す声が急速に高まりだした。政府が観光事業を経済再生の足掛かりにしたいと考える気持ちは私にも理解できないわけではない。
少子高齢化が進み、生産人口(あるいは労働人口)の減少に歯止めがかからない状況の中、昨年まで日本の経済再生の柱になりつつあったインバウンド効果が、このコロナ禍で一気にしぼんでしまった。とくに客層がほとんど外国人の観光客に占められるようになったホテル・旅館も少なくなく、老舗旅館も閉館に追い込まれるところが続出し、コロナ禍が過ぎ去るまで、何とかインバウンドの受け皿を維持しておきたいと考えるのは自然ではある。
だが、コロナ禍が7月に入ってぶり返しだした時期に、なぜコロナに手を貸すようなキャンペーンの前倒しに踏み切ったのか、私は理解に苦しむ。むしろ、この時期は、何とか予定通り8月にキャンペーンを開始して経済再生の足掛かりにできるよう、緊急事態宣言を再発令して7月中にコロナを可能な限り抑え込むという政策をとるべきだったのではなかったか。
しかも、日本は中国のように情報統制ができる国ではない。敢えてキャンペーンの実施から東京を外してまで前倒しに踏み切るということは、当然世界中が知ることになる。つまり「東京は日本で最も危険な都市だ」というイメージが世界中に拡散しかねない。それが、どういう影響を生じるか。いうまでもなく、まだかすかに開催の可能性が残っている東京オリンピックにとって、昨年の19号台風のような逆風として襲ってくることを意味する。
はっきり断言する。東京外しのGo To キャンペーンを本当に7月22日からスタートさせるということは、東京オリンピックに「死」を宣告することを意味する。そういうことを意味する結果になることが、政府には分からなかったのか。
だとすれば、もはや現政府は死に体状態になっていると言わざるを得ない。小池都知事の「アクセルを踏みながらブレーキをかける」は、まさに言いえて妙だ。実際に自動車でアクセルとブレーキを同時に踏み続けたら自動車はどういう状態になるか、私は試したことがないのでわからないが、無事ではすまないような気がする。私は小池都政は評価していないが、この表現の小気味よさは評価したい。 
私は7月1日に書いたブログで「政府は二兎を追おうとしている」と批判したが、まさにそういう政策の結果が今日のコロナ感染拡大を招いたことにまだ気が付かないのか。それとも、あえて目をそらしているのか…。(17日)