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第428回 知の巨人の読書案内-1

2021-07-02 | エッセイ

 ジャーナリストの立花隆氏が亡くなられました。政治、社会などの人文系だけでなく、宇宙、脳死、臨死体験、分子生物学、遺伝子など科学系のあらゆる分野をカバーしてこられた「知の巨人」です。私も興味の赴くままの拾い読みでしたが、随分知的刺激を受けました。

 氏の「読書脳 ぼくの深読み300冊の記録」(2016年 文春文庫)は、週刊文春に連載の「私の読書日記」の06年12月から13年3月分までをまとめたものです。追悼の意を込め、3点を「ご案内」することにします。しばしお付き合いください。

<アンティキテラ>
 まずは、こちらをご覧ください。いったい何でしょうか?

 1901年といいますから、今から120年前に、エーゲ海のアンティキテラ島沖の沈没船から、この奇妙なサビだらけの機械のようなものが引き揚げられました。大きな歯車とたくさんの小さな歯車が組み合わさったもので、数百のギリシャ文字が刻まれていましたが、サビで大半は読めませんでした。
 はたしてこれは何か?その謎に挑んだ記録が「アンティキテラ 古代ギリシャのコンピュータ」(文藝春秋)です。私もワクワクしながら読みました。タイトルに答えは出ているのですが、氏のガイドで、解明のプロセスを追います。

 星座を意味する言葉があったので、はじめは古代の天体観測儀と考えられました。1907年、ミュンヘン大学の古代文字専門家が、これは惑星の位置を示す天体運行儀との説を発表しています。50年代後半、古代中国の天文時計の専門家や、SF作家のアーサー・C・クラークなども調査研究したものの目立った進展はありませんでした。

 機械の正体がわかってくるのは、X線でサビの下の文字が読めるようになり、さらに、ガンマ線を使った装置で、8層にも重なりあって見えなかった歯車の詳しい構造が明らかになってからです、 
 その結果、この機械は、車でよく使われるディファレンシャルギア(差動歯車)を利用したアナログコンピュータだということが分かったのです。

 その後も最新装置を利用した研究が進み、その成果が、2006年、科学雑誌「ネイチャー」に発表されました。この機械は、太陽、月、5つの惑星の動きをリアルタイムでモニターするだけでなく、日食、月食まであと何日という具合に表示できる未来予測装置でもあったというから驚異です。単純な進歩史観が打ち砕かれ、なんだか頭がクラクラします。

<眠れない一族>
 イタリアのヴェネツィア近くに住むある貴族の家系が数百年にわたって苦しめられてきた「致死性家族性不眠症(FFI)」と呼ばれる恐ろしい遺伝病があります。「眠れない一族」(ダニエル・T・マックス 紀伊國屋初書店)はその病いを扱う科学ミステリーです。

 一族の二人に一人が50歳代で発症します。いくら眠ろうとしても眠れません。血圧が上がり、脈が速まり、心身ともに過活動状態が続きます。疲労困憊するのですが、それでも眠れません、遂には精神に破綻をきたし、発症後、1年あまりで全員が死んでしまいます。

 長年の研究の末、原因は、プリオンであることが分かりました。細菌やウィルスのような生命体でなく、ただのタンパク質です。でも、実にやっかいな存在で、かつて世界を騒がせた狂牛病の原因ともなりました。本書の後半は、そのプリオンを巡る研究史となっています。私も年齢とともに寝つきが悪くなっていますが、眠れるだけでも感謝しなければいけないと痛感しました。

<水とアクアポリン>
 地球は「水の惑星」で、植物もヒトも動物もそれなしでは生きていけません。ヒトの体の60%は水であり、その大部分(体重の40%)は、細胞の中に細胞内液として存在します。
 ヒトを構成している60兆個の細胞(直径10~100ミクロン)で、たえず細胞に物質分子と情報分子を運び入れ、そして、運び出すのが水の役割です。

 「水とアクアポリンの生物学」(佐々木成編 中山書店)によれば、それほど大事な水が出入りする仕組みが分かったのは、最近のことで、2000年とのこと。あらゆる細胞に水だけをハイスピードで通す穴(水チャネル)が発見され、アクアポリン(水の穴の意)と名付けられました。発見したピーター・アグリ博士は2003年のノーベル化学賞を受賞しています。
 
 それが、どんな穴かというと、太さわずか3オングストローム(100億分の3メートル)で、そのパイプの中を直径2.8オングストロームの水分子が、毎秒20億個も通過しているというのです。私たちのカラダのミクロな世界で、そんなスゴイことが起こってるなんて、いや~、知りませんでした。造化の妙に、ただただ感謝。

 いかがでしたか?「読書案内」といいながら。3冊だけの紹介になってしまいました、いずれ続編をお送りする予定です。それでは次回をお楽しみに。


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