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第409回 フェルメールと手紙の時代

2021-02-19 | エッセイ

 17世紀オランダの画家フェルメールの虜(とりこ)になって、若い頃から国内で作品の「追っかけ」に精を出してきました。美術展をこまめにチェックし、30数点といわれる作品のうち、25点を目にしています。

 退職を機に、夫婦でオランダに旅行したのも、門外不出といわれる彼の「デルフトの眺望」を見るのが、主な目的でした。朝一番でゆかりの地であるデルフトの美術館を訪ね、二人っきりでこの作品と向き合った時の感動は格別で、今でも大切な思い出です。

 さて、彼の作品の中に、後年「恋文」と題されたものがあり、私も日本で見ています。こちらです。

 明るい光が差し込む室内に二人の女性が描かれています。室内の人物像というのは、フェルメールでは馴染みのモチーフです。でも、なんだかドラマチックで、愉快な状況が浮かび上がります。

 楽器を膝に豪華な衣裳を身にまとい、手紙を手にする裕福そうな女主人。傍らの召使いの女性と見交わす目と目が妖しげです。
 「あの方からの手紙ですねっ」
 「あなた、見たの?」

 思わずそんな下世話なやりとりを想像してしまいます。彼氏か、ひょっとしたら夫以外の特別な人からの手紙、、、そんな秘密を共有しているであろう二人の表情がリアルです。

 「名画の謎」(中野京子 文春文庫)の著者も、この作品を取り上げ、同じような見立てをしています。が、そこは専門家、当時の社会的背景へのツッコミが興味深いです。

 「十七世紀はオランダの世紀だった」(同書から)とあります。

 スペインのハプスブルグ家による支配から、血まみれで独立を勝ち取った勇敢な国オランダ。他のヨーロッパ諸国が王政を敷く中、商業を中心とした貴族的共和制とでも呼べるような稀有な政治体制をいち早く実現していました。
 海外貿易による空前の好景気が豊かな市民社会を構築、享受していたことは、この作品の女主人の身なりからも想像できます。

 また、この国はプロテスタント国家でしたから、個人個人が聖書を読むことが奨励されていました。その結果、男子の識字率は57%、女性のそれは32%と、(日本を別にすれば)当時のヨーロッパでは突出していました。手紙もある程度は身近なものであったはずです。

 そんな商業を中心にした市民社会を支えたインフラが、他のヨーロッパ諸国より半世紀以上も先駆けて整備された郵便制度です。

 定期的で確実な配達の仕組みと合わせて、ちょっとした「技術革新」が起こりました。
 意外なことですが、それまで、手紙は開封のままやりとりするのが普通でした。相手に届くまでの間、何人もの人の目に触れるのが前提で、人々も仕方がないと諦めていました。特に、商人にとっては、商売上の秘密が漏れる困った問題です。

 それを解決したのが「封蝋(ふうろう)」という仕組みです。四角い紙の四隅を中央に集め、そこに蝋を垂らし、固まらないうちに印章(シーリングスタンプ)を押します。受取人以外が勝手に開封できません。
 主人が手にしている手紙にも封蠟してあることが、この拡大図(同書から)から見てとれます。

 個人同士でも秘密めいた私信のやり取りが可能になったことがこの作品の背景にあった、というわけです。最先端の仕組みを利用してますのよ、という自慢っぽい雰囲気も伝わってきます。現代に置き換えれば、ブログやってます、インスタやってます、、、というのもいささか色あせて、ZOOMで飲み会やってます、という感じでしょうか。
 一枚の絵からいろんなことが見えてくるものです。

 いかがでしたか?それでは次回をお楽しみに。