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第346回「反買い物運動」の伝道師

2019-11-22 | エッセイ

 「感謝祭(サンクスギビング・デイ)」が近づいてきました。ん?と思われる方が多そうですね。11月の第4木曜日と決まっていて、今年は28日に当たります。アメリカ人にとっては、大切な祝日です。

 イギリスからアメリカに渡って来た初期の移植者たちが、その年の収穫に感謝して始めた行事とされています。年に一度、普段は離れて暮らしている家族も集まって、食事などで絆を深めるしんみりした行事のはずだったんですが、近年、だいぶ様相が変わりました。

 それというのも、翌日の金曜日が「ブラック・フライデー」と呼ばれる狂乱怒濤の日になるからです。70年代頃からのことだというのですが、大規模小売店が、一斉に大売り出しを始める日なのです。クリスマスまで続く大規模商戦の初日ですから、お店もとにかく力を入れます。おかげで、お客が殺到して、お店は大儲け。黒字=ブラック、というわけです。

 モノによっては6割引、7割引、普段は何万円もするデジタル機器が10ドル以下とか、ゲーム機がほとんどタダ、などと各店も目玉商品を用意しますが、数は限られます。なので、熱心な客は、前日の早い時間から並びます。家族揃ってのディナーどころではないという本末転倒の事態です。寒い時期ですから凍死者が出たり、当日は当日で、商品に殺到する客同士が衝突してケガ人が出たりの大騒動は、アメリカでは、ニュースの定番です。2018年の狂乱ぶりです。


 そんな買い物に狂奔する人がいる一方で、それをケシカラヌとして、「反買い物運動」というアクションを起こす人がいるのもアメリカという国です。以前(第322回「裁判でマジックショー」)に紹介した「コラムの花道 2007傑作選」(TBSラジオストリーム編 アスペクト刊)という本から、もうひとつ、町山智宏氏(アメリカ在住の映画評論家)が語る「反買い物運動」をとり上げることにします。

 さて、その運動のリーダーが、「ビリー牧師(本名Bill Talen)」なる人物です。ドリフターズの少年少女合唱隊みたいなスモックを着た「使徒」10名くらいを引き連れて、店に乗り込んでは、過激なパフォーマンスを繰り広げます。こちらがその方で、頑固に信念を貫きそうな面構えでしょ。


 「皆、聞け!無駄な買い物は罪だ!悪魔の誘惑だ!ショッピングを今すぐやめないと神の裁きが下るぞ!ハレルヤ!」などと説教を始めたり、「買い物やめろ、買い物やめる」とゴスペルの大合唱をやったりします。牧師と使徒との一問一答形式パフォーマンスの、クリスマス版です。

 「クリスマスって、そもそも何の日なんだ?」
 「貧しい人々を救うために主イエス・キリストが生まれた日です!」
 「じゃあ、なぜその日にiPhoneだの、ニンテンドーだのを買うんだ!?関係ね~だろ!」
 「そうで~す」と答える使徒一同。更に、牧師の質問が続きます。
 「主イエスが一度だけ激怒されて、暴力をふるわれた時がある。それはいつだ?」
 「欲に目を血走らせた商人を蹴散らしたとき、その一度だけです!」
 「ならば、主が一番憎んでいることはなんだ?」
 「買い物です!!ハレルヤ!!」

 主イエスの暴力云々は、聖書に書いてある事実で、キリスト教原理主義的色彩が強い運動ですが、実は、ビリー氏のグループは、宗教団体ではなく、どこかの宗教団体からお墨付きを貰っているわけでもなく、正式の「牧師」でもない、というのです。
 活動のきっかけは、9・11テロの翌日に、ブッシュ大統領が行った「アメリカ経済を救うために買い物をしろっ!」という演説に溯(さかのぼ)ります。
 
 買い物しても儲かるのは、経営者、オーナーだけ。大規模ショップが雇用を産み出す一方で、小さな店は潰れていく・・・・そんな現状への疑問と、キリスト教原理主義的信念に加えて、パロディ精神がビリー氏の活動の出発点のようです。

 そして、町山氏によれば、ビリー牧師を突き動かしている要因がもうひとつあるというのです。それは、同じビリーですが、ビリー・グラハムというテレビ伝道師の存在です。

 ビリー牧師の主張するところによれば・・・
 グラハムのようなキリスト教原理主義者であれば、金儲け主義の世の中とか、地元のビジネスを壊す商売に反対すべきである。なのに、テレビ(今ならネット)を通じての寄付金集めにうつつをぬかしている。誰もそれを批判する活動をしないから「オレがやる」、というわけです。
 なるほど、世俗化したキリスト教原理主義への批判というひとひねりが加わってました。

 とはいえ、お店にとっては大迷惑で、営業妨害ですから、警察に通報されて留置されることもたびたびですが、懲りることなく活動を続けるビリー牧師と仲間の皆さん。信念を貫き、わずかな寄付金だけで貧しいアパート暮らしに甘んじる彼の生き方に共感を覚えます。
 今も元気に活動をしておられるのでしょうか?一緒に活動までは出来ませんが、「無駄な買い物は罪だ」の一点で友だちにはなれそうな気がします。

 いかがでしたか?次回をお楽しみに。