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第233回 映画字幕の話-英語弁講座14

2017-09-08 | エッセイ

 若い頃、英語の勉強に本格的に取り組もうとした時、目標を「字幕なしで、映画を理解できる」というエラい高い所に設定しました。

 で、面白そうなビデオを何本か借りて、チャレンジしたんですけど、ものの見事に、挫折しました。

 まずは、英語の聞き取りに集中するんですけど、聞き取れなかったところなんかは、つい字幕を見てしまう。元の英語と、字幕の関係に注意を向けてると、その間に、英語のセリフはどんどん先に行ってて、追いつけない・・・・同時通訳並みのスキルが必要な学習法だというのが、(私なりの)結論でした。

 先日、古本屋で「映画字幕の作り方教えます」(清水俊二 文春文庫 1988年)という本を見つけました。ほろ苦い想いを胸に読み出したら、ヘタな語学書より面白い面白い。著者は、昭和6年から、半世紀にわたり、映画字幕の作成一筋に携わってきた方で、映画字幕界の重鎮のひとりとして、洋画の普及に大いに貢献した人です。

 字幕作りに関わる技術的なこと、戦前の検閲での苦労話、失敗談、裏話も興味尽きませんが、実際のセリフを教材にした字幕作成プロセスの「セミナー」が随所に登場する。自分ならこんな字幕を付けるかなぁ、などとシュミレーションしながら読めるのがなにより楽しい。

 さて、映画字幕は、ただの翻訳とは違う、というのは、ご存知の方も多いでしょう。セリフの長さに応じた字数で収めないと、観客が字を追えませんから、大胆な意訳、省略、置き換えの工夫が必要です。また、登場人物のキャラに応じた自然な日本語にする技術も要求される仕事です。

 論より証拠。同書から、実例を引いて来るのが一番ですね。是非、自分流字幕を考えながら、お読みになってみてください。

 素材になっているのは、「エレファント・マン」。不幸にして大きな障害を抱えて生まれ、「エレファント・マン」と呼ばれた主人公を描いた作品です。DVDのタイトルです。

エレファント・マンの噂を聞いた医師のトレブス(以下、T)が、見世物小屋の座長(Proprietor)のバイツ(以下、B)を訪ねる場面です。カッコ内の数字は、使える文字数で、”/  ”は、字幕の切れ目です。

 T:Are you the Proprietor?(4-7)
 B:And who might you be,sir?(7-10) 
 T:Just one of the curious.I'd like to see it.(8-11) 
 B:I don't think so. NO,sir.We are…(9-12) /closed(4-7)
 T:Now I'd pay handsomely for a private showing.(11-14)/ 
  Are you the  Proprietor?(4-7) 
 B:Handsomely? Who sent you?(7-10) 
 T:I beg your pardon? (このセリフの字幕は作成されていません)
 B:Never mind.(4-7)/I am the…owner.(7-11) 

 いかがですか。そんなに難しい単語はないと思います。使えそうな字幕は思いつきましたか?
 尊大な態度の医師が、ややお願い調になる後半部分。一方の座長も、儲かりそうな話だと気がついて、身を乗り出していく気配。
 その辺りを、日本語のニュアンスとして、どう字幕化するかもポイントになりそうですね。ちなみに清水先生の字幕は・・・・

 「君が座長か」
 「あなたはどなたで?」
 「客だ 見せてもらいたい」
 「せっかくですがだめです / 閉めたので」
 「見せてくれれば金は十分払う / 座長だろ」
 「どこからおいでで」
 「いいでしょう / 私が・・・持ち主です」

 最後の「持ち主」という言葉が効いてますね。見せ物としての「エレファント・マン」の持ち主というわけで、”it ”と呼ぶ医師とセリフと呼応しています。

 同書から、オマケのネタをひとつ。
 「エンドレス・ラブ」のなかでの、かのブルック・シールズのセリフ。
 ”You know what comes between me and Calvin? Nothing !”
 (私と、Calvinの間に何があるか、知ってるわよね。何もないのよ!)

 著者も、英語台本の注釈で分かったそうですが、Calvinというのは、Calvin Klein Jeansという当時人気のあったジーンズのブランド。こんなセクシーな言葉で誘われてみたいもんですね。

 いかがでしたか?次回をお楽しみに。